最高の夫婦

turtle

第1話

 僕の妻は最高だ。朝は毎日手作り味噌の味噌汁と、流行りの土釜で炊いたご飯に焼き魚という手間暇惜しまない和食で、玄関先まで笑顔で送り出してくれる。

 私の夫は最高なの。仕事は超安定した公務員。その上皆勤賞を取るぐらい真面目だから解雇の心配もないわ。30年ローンでマンションを購入してくれ、結婚記念日には同僚にアドバイスされたらしい歳の数だけバラを送ってくれるの。私はポプリにして今日も香りを楽しむわ。


「山田、相変わらず豪勢な弁当だよな。」

 お手製のカニクリームコロッケと手でもやしのひげをとったナムルに切り干し大根、という和洋中混在の弁当に同僚が感嘆する。ここで言う豪勢とは、値段ではなく、手が込んでいるという意味だ。同期と後輩の視線に満面の笑みを浮かべ、ほっぺにご飯粒を付けたまま山田はおこげのついたおにぎりを頬張る。二人は幸せな山田氏をしり目に近所のソバ屋に向かう。

「山田先輩幸せですね。」

 ソバ屋で横に並び、ざるそばのつゆにワサビを溶く同僚に、カレー南蛮を注文した後輩が羨ましそうに言う。同僚はそばをすすりつつ言う。

「まあな、前の彼女がマルチ請だったからな。気の毒というか、馬鹿といか......。」

「え、そうなんですか?」

 後輩がむせりながら答える。

「おい、気をつけろ、シャツにカレー付いたぞ。俺の手ぬぐいつかっていいから取れ。」

 後輩はワイシャツの表裏に手ぬぐいで挟み撃ちにし、カレーを落とそうとする。見かねて同期が

「カレーは丁寧に上から抑えるんだ。擦ると落ちないぞ......。あの時の山田は落ち込んで目も当てられなかったよ。あいつが未だにファイリング係なのも精神的なものだろう。」

「そうだったんですか。それじゃあ今の奥さんに出会って良かったですね。」

 後輩は染み抜きを終え、はだけたシャツをズボンに入れながら答えた。

「まあ、そういうことにしておこう。」

 同僚は曖昧な笑みを浮かべ、支払いを終えた。


 山田の妻はベランダから雲一つない晴天を確認し、布団を干す事に決めた。あの人が良く眠れるといいわ。山田の妻はよっこらさといいながら、押し入れから布団を下す。あらやだ、よっこらさなんて、私おばさん臭い。あの人に嫌われちゃううわ。


 同僚は知っている。山田の妻は結婚前、勤めていたベンチャー企業の社長と不倫をしていた。社長からは今の妻とうまくいっていない、いずれ結婚すると言われその言葉を信じて関係を続けたらしい。しかし社長の妻は妊娠した。激情した山田の妻は社長と行為の最中に男根を切り取った。刃傷沙汰を起こしたものの、彼女には情状酌量の上執行猶予がついた。丁度その頃市役所の事業の一環として、前科のある人を派遣として雇い入れる事となった。失恋のショックでぼんやりしていた山田は資料室と医務室を往復するのみで、事情を知る由もなかった。しかし山田に伝える者は誰もいなかった。もし山田が知ったら鬱が悪化するし、彼女が逆上して刺されでもしたらと恐ろしくてたまらない。


「ある意味、似たもの夫婦なのかもしれないな。純粋で......。」

 帰り道、同僚は遠い目をして呟いた。

「え、先輩、なにか言いましたか?」

 聞き返す後輩に同僚ははっと我に返り、

「なんでもないさ、さっきの話は内緒だぞ。それとこの件に深入りするな。」

「あ、はい。」

 後輩は一瞬怪訝な顔をしたが、直ぐに普通の顔に戻った。公務員の処世術は、見ざる、聞かざる、言わざるだ。


 もうすぐ夫が帰ってくる。定時出社、定時帰宅。なんて誠実な人!今日は布団も干したわ。あの人が良く眠れる。ごはんは肉じゃがとひじきの煮物。乾物が体にいいってTVで言っていたわ。少しでもあの人が長生きしますように。少しでも長く、永く、ずっとずっとずっと一緒に居られますように!




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最高の夫婦 turtle @kameko1

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