両片想いのすれ違い

立花 零

すれ違い



「じゃあな」

「うん。また」


 駅前で手を振り合い別れる2人。


「あのさ、」

 我慢できず振り向いて声をかけようとする。でも彼女は真っ直ぐ前を向いて離れていく。こんなに思っているのに、俺は未だに素直になることができない。


「...」

 もう見えないだろうと高を括って振り返ってみる。彼はもう角を曲がってしまって見えなかった。見えたら都合が悪いくせに、見えてほしいと思ってしまう。



 彼女とのデートはもう10回は超えていて、その中で1度も好きだと言えていない。彼女には本命がいて、自分は所詮2番目だと思ってしまうからか、うまく気持ちを伝えられない。

 伝えることで彼女の中で1番になれるのなら、そうなれるという確証があるのなら正直に伝えられるかもしれない。確証がないと行動できないから2番目にいるのだと、自分でわかっているはずなのに。


 何度彼と出掛けても、彼を信じきれない自分がいる。私の好きな所に行っても、彼の好きな所に行っても、彼の大事な婚約者がいる事実は変わらないのに。私を選んでくれるはずはないのに、期待してまた今日も会ってしまった。自分が傷つくだけだと、いい加減気付けばいいのに。自虐なんてするようなタイプじゃなかったのにな、と苦笑が漏れる。



 彼女に1番に愛する相手がいるということは、付き合う前に知った。彼女を知らない段階で、眩しい笑顔でその相手に寄り添っている彼女を見かけた。その後出会い、そういった相手がいるにもかかわらず惹かれていき、断られることを前提に気持ちを伝えた。頷いてくれた時はただただ嬉しかった。2番目であろうとも、彼女の傍にいることを許されたような気がして心が弾んだ。そんな浮かれすぎた自分を恨むようになったのは最近だった。

 俺は1番に愛されたいと思ってしまった。


 ずっと気になっていた彼に付き合ってほしいと告白された時は、天にも昇る気持ちだった。でもそんな気持ちは一瞬だった。彼が世間一般的に可愛らしいと言われるであろう小柄な女性と腕を組んで歩いているのを見た。彼の家が裕福であることは会話の中から薄々気付いていたことで、決められた女性がいるであろうということは予想できたはずだ。それにも拘わらず彼の気持ちに応えた私に何を責められるだろうか。それに彼と恋人として会うようになり、以前よりも気持ちは高まってしまった。今更手放すことなんてできない。

 私は彼にどうしてほしいのだろう。



「その人に何を望むの?」

 兄の奥さんである女性は、俺の悩みに対してそう尋ねた。その人は、おっとりしていて小動物のようで、実は意志が強くマイペースな兄を尻に敷くような人だった。

 その問いに暫く考えこみ、出した結果は「自分が動くしかない」だった。

 彼女に何を望んだところで思い通りに動いてくれるわけじゃない。彼女は同じ人間だ。彼女にも意思があり意見がある。それは尊重すべきもので、つまり彼女に自分を選んでほしければ自ら行動すべきという答えになる。そんな答え、もっと早くに気付けることだったのに、遠回りをしすぎた。


「その人にどうしてほしい?」

 何よりも私を優先してくれる兄は、私に難しい問題を出した。それは今までで一番私に厳しく接した瞬間でもあったと思う。

 私に答えを出すことはできない。彼が決めることであると思ったからだ。家の問題にまで踏み入ることはできない。ここからは彼が私を選ぶか切り捨てるかだけなのだ。だからこそあえて何も言わず、態度も変えず、今まで通りに接するべきだと思った。彼が選ぶその時まで、一時も無駄にしないように、大事に過ごす。それが今の私にできる全てだと思った。いや、思いたかった。



 彼女といる時間は心地いい。兄がわが道を行く性格で自由に生きてきたからか、両親からの期待が大きく常に息の詰まる生活をしている中で、兄にとっての奥さんのような存在が俺にとっては彼女だった。決められた道を進むだけの俺に、彼女は道を選ばせてくれた。選ばせてくれるけど、迷った時は指し示してくれる。そんな存在が必要だったのだと彼女と出会ってから気付いた。

 ずっと兄が羨ましかった。好きに生きて、大事な存在を見つけて、何物にも縛られないその生き方が羨ましくもあり疎ましくもあった。けれど、彼女に出会えて自分は自分でよかったと初めて思えた。決められてばかりだった人生の中で、初めて必要だと心から思えた人を簡単に手放すことなどできない。だから動くのだ。自分の意思に。


 彼といる時間は楽しかった。みんなが私に意見を求めてくれるからこそ、それに応えなければと自分を作り上げてきた生活の中で、彼は選択をしてくれて、私に選択肢をくれる。彼が迷った時は私が選択肢を与えれば答えを出してくれる。理想の関係じゃないかと思える瞬間だった。私は自分の意思を出すことが苦手だったのだとその時知った。

 私の好きなように決めさせようとしてくれる周囲の存在は、自由をくれる反面、私に選択肢を与えてはくれなかった。真っ白なスケッチブックに何かを形作るのはいつだって気力が必要で、それは私の精神を確実にすり減らしていた。そんな私にとって彼は唯一無二の存在で、そんな彼だからこそ選択権をとることはできなかった。だから委ねたのだ。彼の意思に。



 彼女とのデートはこれで15回目になるだろうか。今日は彼女の誕生日だった。彼女はテーマパークが好きなのでそこでお祝いをすることにした。プランは立ててあった。帰りに彼女に伝えようと。

「俺を選んでほしい」

 どんな反応をするのだろうか。それでわかるだろう、彼女の答えが。悲しく微笑むか、驚くか、眩しい笑顔を見せてくれるか。

 終盤になるにつれ彼女の表情が曇っていく。彼女も同じ決心をしてきたのではないかと不安になる。でもそれはそれでしょうがない。俺が自分で動くことを決めたように、彼女にも選ぶ権利はあるのだから。

 終わりが近づく。それが今日の終わりか、二人の終わりかは誰も知らない。


 15回目の彼との待ち合わせは私の誕生日の日だった。彼が知っているかはわからない。場所は私の好きな所で、何か彼の決心が見えるような気がした。

「俺と別れてほしい」

 本当にそうだったらどうしようと、自分の考えたことながら怖くなる。真顔でそう言うのか、笑顔か、悲しい表情か。私はどういう反応をしようか。

 終わりが近付くほどに不安も高まる一方だった。そんな私に彼は「大丈夫?」と尋ねてくれるけどうまく答えられなかった。彼に切り捨てられてもしょうがない、と自分がひどく不甲斐なく思えた。私を選んでくれる確証がないからこそ不安も募っていくばかりなのだ。

 もう少しで終わる。今日が・・・この関係が。



「話したいことがあるんだ」

 女が肩をすくめる。まるで居場所をなくすことを怖がっているように。少なくとも男にはそう見えたのだ。自信のなさが立ち方に表れていた。

「なに?」

 それを隠すように女は顔を俯かせた。その行動が更にそう見せてしまっているということに気付かなかった。


 男はしばしの沈黙を置いて決心する。

 女は沈黙に耐えられず口を開いた。


「俺を!」

「私を!」


「え?」

「え?」


 二人の声が重なる。

 どちらもお互いの言葉を構わなかった。


「選んでほしい」

「切り捨ててもいい」


「どうして?俺は君を選んだんだ」

「・・・え?」


 カチッと音がした。

 二人の関係は終わり、また始まる。







FIN

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