箱庭

人生とは

 今、私が見ているのは、箱庭だ。

 この狭い中で、悲喜こもごもの人生の縮図がある。

 私はそれを他人事として眺める。

 巻き込まれずにはるか高見から、こうやって眺めていられるのは短い間でしかないから。



 おや、今、少女が一人、スカートの皺を気にしている。

 さらにちらりと窓に映る自分の姿を確認して、意を決した様子で歩み始める。


「しょ、しょうくん!」


 しかし、呼び止められた少年は、振り返りはしたけれど、すぐに視線を前へと戻してしまう。


「なに。今、いそがしいんだけど」


「あのね……見てほしいものがあるんだ」


「あとにして。オレ、りゅうとサッカーするんだから」


 そう言い放つと、少年は手に持ったボールを勢いよく蹴った。


 あっさりとふられ、少女はとぼとぼと元の位置へと戻って行く。

 手には見てもらえないまま、くしゃくしゃになった一通の手紙。



 だが、ドラマはまだまだそこにある。


 少年が一人、三人の少女たちに囲まれて立ちつくしている。

 二人の少女に両手を取られ、目の前にはもう一人。


「ねぇ、いい加減、はっきりして」


 目の前の少女につめよられ、のけぞる少年。だが、両腕をがっしりと二人の少女に抱え込まれていて、逃げることもできない。


「僕、えらべないよ……」


 少年がうつむくと、少女たちは慌て始める。


「あなたがそんなに強く言うから!!」


「違うでしょ。そっちこそ、そんなに掴まないであげてよ。痛そうじゃない!」


 少年をよそに、少女たちが喧嘩を始めた。

 モテる男は大変そうである……。

 しかし、モテる男は他にもいて、今まさに修羅場を迎えようとしている。



「あなた、おかえりなさい」


「ただいま」


「ご飯にする? お風呂にする?」


「うん、おなかすいたな」


 椅子に座る夫に、かいがいしく食事をよそってテーブルへと置く妻。

 平和な家庭がそこにある。

 しかしそんな二人の目の前に、お玉を手に仁王立ちする女が一人。その表情は今にも泣き出しそうに歪んでいた。


「ちがうでしょ! 今日は私との約束だよ?」


「だって、まさ君がこっちに来てくれたんだもの」


 ふっと笑う勝ち誇った表情は、勝者の笑みか。


「まさ君、ひどい!!」


「いや、だって、ご飯できてるから来てって言われたから……」


「今日は、うちに来てくれるって、前から約束していたじゃない……!」


 泣き崩れる女。勝ち誇る女。

 そして、ただ戸惑う男。



 ***



「あら、みほ先生、またアテレコですかー?」


「あ、ゆみ先生ー。だって、楽しいんですもの」


「みほ先生にかかると、可愛い子供たちも、どろどろの昼メロじゃないですかー」


「うふふふふ」


「そういえば、聞きましたよ? 明日お見合いなんですって?」


「あ、聞いちゃいました? 恥ずかしいなぁ」


「高級ホテルで食事なんですって? 素敵ねー。あ、でも、お母さんがたに見つからないようにねー」


「ほんそれ!」


 私はマジ顔でゆみ先生を見つめた。

 ゆみ先生も、深く深くうなずいてくれる。

 いやまじ、それ、しゃれにならない。

 そんなことになったら、恥ずか死ねる。

 お母さん方のネットワークやばいから。


 そう。ここは、夢の原保育園。

 夢と現実、幼児と父兄の集まる所。

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箱庭 @Shiorin

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