鈴音ちゃんは撫でてほしい!

吉乃直

鈴音ちゃんは撫でてほしい!

 私は幼い頃から撫でられることが好きだった。というより、お兄ちゃんに頭を撫でてもらうことが好きだった。

 

 大きくて温かい手でゆっくりと頭を撫でられると、とても心地良くて落ち着く。だから私はお兄ちゃんに頭を撫でられることが好き。

 

 お兄ちゃんも私の頭を撫でるのが好きみたいで、よくやってくれた。

 

 でも……最近はあまり進んで撫でてくれることはない。私がお願いしても、苦笑してすぐどこかへ行ってしまう。

 

 けど、お兄ちゃんは優しいから何かいいことがあると頭を撫でてくれる。

 

 だから私は、今日も頭を撫でてもらえるよう頑張るの! 

 

 

   ◇

 

 

 俺──葉桜はざくら智也ともやには天使の如く可愛い妹がいる。

 

 名を鈴音すずね。名前通りの綺麗な声音は、聞くだけで心が和み穏やかになる。スーパー完璧妹だ。

 

 体の成長は同年代よりやや遅い程度で、パッチリと開いた赤い瞳と幼さ残る童顔が庇護欲を駆り立てる。

 

 人一倍小さい胸を気にしているが、そこがまた可愛い。

 

 まぁ本人に言えば拗ねてしまってしばらく口を利いてもらえなくなるから言わないが、とにかく可愛いのだ。

 

 そんな可愛い妹は、行動も可愛い。どこが可愛いのかと訊かれたら──実際に見てもらった方が早いだろう。

 

 いつの間にか着いていた自宅を眺め、俺はゆっくりと玄関のドアを引く。

 

 

「お帰り、お兄ちゃん♪」

 

 

 ドアを開けると、そこには飼い主を待つ犬さながらに玄関で俺を待つ鈴音の姿があった。

 

 見える、俺にはプロペラのように振り回されている尻尾が見えるぞ。

 

「ただいま、鈴音」

 

「うんっ♪ 今日も部活だったの?」

 

「あぁ」と答えると鈴音は「いつもお疲れ様♪」と労いの言葉をかけてくれる。

 

 その言葉だけで部活の疲れは癒え、体の重みも吹き飛ぶのだ。

 

 この光景はほぼ毎日行われており、もはや兄妹の日課と言っても過言ではない。

 

 嬉しそうにはにかむ鈴音と共にリビングに向かい、息抜きがてらに背伸びをする。

 

「毎日部活で大変だね」

 

「んー、そうだな」

 

「お兄ちゃんは頑張りやさんだねー」

 

「まぁな」

 

 いつものように鈴音が褒めてくるので、俺はつい照れくさく感じ頬を掻いて気をまぎらわせる。

 

 まったく、恥ずかしいからそんなに褒めなくていいって何回も言ってるんだがな。

 

 

 

「ところでお兄ちゃん」

 

「なんでしょうか鈴音さん」

 

 あれからしばらく、シャワーで汗を流しサッパリした後のリビングにて。

 

 二人で仲良くテレビを見ていたのだが、ふと鈴音が改まった様子でこちらを向いてきた。

 

 こういうとき鈴音が何を言おうとしているのか、もう繰り返しすぎて間違う方が難しいだろう。

 

 だから俺は一つ深呼吸をして、

 

「お兄ちゃんっ、頭撫でてっ!」

 

「ごめん」

 

 間髪入れずに断ると、鈴音は目に見えて不機嫌になり「なんで?」と小首を傾げた。

 

「そ、それはその……」

 

「なんで頭撫でてくれないの?」

 

「……ほっ、ほらっ、鈴音はもう高校生になるし、いい加減そういうのは卒業しなきゃじゃないかな、なんて」

 

「なんで?」

 

 さっきから『なんで』のオンパレードである。ちょっとプレッシャーすごいんですけど。

 

 というか、どうして今日はこんなに圧がすごいのだろう。いつもは早々に引き下がったり、別の行動を取ってくるのだが。

 

 そう疑問に思いながらも、俺はなんとか理由を捻り出そうと思考する。

 

「ねぇ、なんで高校生になったら頭撫でてもらっちゃダメなの?」

 

「教えてお兄ちゃん」とやけに淀んだ瞳を向けてくる鈴音に、俺は久々に恐怖を感じた。

 

 す、鈴音ってこんなキャラだったか? もっと朗らかで優しい性格だったような……。

 

 これではまるでヤンデレではないか。そんな考えを飲み込み、俺は焦りながらも今思いついたばかりの理由を口にする。

 

「ほ、ほらっ、鈴音にもそろそろ彼氏ができると思うし、頭撫でるのはそっちの役目だろ?」

 

「私はそうは思わないよ? だって私はお兄ちゃんに頭撫でてもらうの好きだもん」

 

 自然な口調で返してくる鈴音に、俺は言葉を詰まらせる。

 

 そんなこと言われると、もうこの理由じゃ抑えられなくなってしまうじゃないか。

 

 どうする、このままじゃ鈴音の頭を撫でなければならないぞ。そうなったら……、

 

「ねぇお兄ちゃん、頭撫でてほいなぁ?」

 

「っ!?」

 

 前屈みになり猫撫で声で言い寄ってくる鈴音に、俺の心臓は速く脈打つ。もう過労で心臓が息絶えてしまいそうだ。

 

 胸元からチラリと覗く柔肌、ふわりと香る甘い匂い、俺を見つめる赤い瞳。全ての要素が俺を惑わせる。

 

 

 正直に言おう、俺は鈴音にのだ。

 

 

 言い訳がましいが、こんな美少女と十何年も一緒にいれば少なからずそんな想いを抱くのは当然だ。

 

 ソレを自覚した俺は、鈴音とある程度の関係を維持することでこの感情を抑えていたのだが……。

 

 毎日毎日「頭撫でて♪」とお願いしてくる鈴音に、俺の理性は絶体絶命。このまま鈴音の頭を撫で続ければ、いずれ本気で恋をしそうだ。

 

 だから俺は毎度理由をつけて断るのだが、今度は「○○したから褒めてっ」と別の方法で頭を撫でさせようとするのだ。

 

 それならとなんやかんや撫でてしまう俺は甘いのだろうが、いい加減厳しくしなければならない。鈴音にも、俺にも。

 

「鈴音、そろそろ兄離れする歳だぞ? 俺だってそのうち家を出ることになるかもしれないんだし。だからナデナデは──」

 

「ぐすっ」

 

「え?」

 

 突如大粒の涙を浮かべ泣き出した鈴音に、俺は戸惑いを隠せなかった。

 

 今まで不機嫌になったり拗ねたりすることはあっても泣き出すことはなかったので、どうすればいいのかわからない。

 

 どうすれば落ち着いてくれるのか。そう焦っていると、鈴音は涙を拭いながら震える唇を開く。

 

「そう、だよね……っ。ごめんね、お兄ちゃん……」

 

「す、鈴音?」

 

「ごめんね、ワガママ言って……っ、いい加減止めた方がいいよね……」

 

 鼻をすすり声を上擦らせながら、鈴音は何度も「ごめんね」と謝り続けてくる。

 

 その姿に、胸を締め付けられたような痛みを感じた。

 

 ……なに俺は自分勝手な考えばかりしてんだ。鈴音はただ頭を撫でてほしかっただけじゃないか。それなのに俺は変に意識してから、バカみたいだ。

 

 兄妹なら頭を撫でるくらい普通じゃないか。いやずっとしているのもどうかと思うが……。とにかく、自分勝手な理由で妹を泣かせるなんて、兄として失格だ。

 

 俺は深呼吸をして泣き続ける鈴音の頭に手を乗せる。

 

「おにい、ちゃん……?」

 

「今日だけだぞ?」

 

 そう言うと、鈴音は先程まで泣いていたのが嘘のように、眩しい笑みを浮かべた。

 

「えへへ♪ やっぱりお兄ちゃんに頭撫でてもらうの好きー♪」

 

「そうか」

 

「うんっ♪」

 

 あーもう、うちの妹が可愛すぎてヤバい。

 

 結局、俺は親が帰ってくるまで鈴音の頭を撫でていた。

 

 

   ◇

 

 

「ふふふっ」

 

 部屋で一人、私は多分人に見せられないくらいだらしない笑みを浮かべているのだろう。

 

「やっぱり、お兄ちゃんは甘々だなぁ」

 

 そんな言葉を溢しながら、私は机の引き出しから一冊の手帳を取り出す。

 

 カレンダーの今日の日付に、私は赤いペンで『成功』と書き、またにやける。

 

 今日私の勝ちー♪ 明日はどんな方法で頭を撫でてもらおうかなぁ♪

 

 

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