第5話 香港について

 香港情勢が混沌としている。


 若干報道にも飽きがきつつあるとは言え、外交関係の報道ではまだまだ韓国との関係についての報道が多いが。


 実のところ、日韓関係は国際社会としてはひどくマイナーな話題であろう。

 世界情勢に対する中短期的な影響という意味では、香港情勢の方が遙かに重要度が高い。まあ、長期的な影響という意味ではアマゾン火災の方に軍配が上がるかも知れないけど。


 それはともかく。

 最近、ニューズウィークで気になる記事を二つほど読んだ。


 一つ目はこれ。

【香港人は「香港民族」、それでも共産党がこの都市国家を殺せない理由】

 https://www.newsweekjapan.jp/youkaiei/2019/09/post-46.php


 記事の内容はもうちょっと突っ込んで欲しかったが、話の要点は面白い。

 香港には中国の高官が多額の不正蓄財をしており、武力弾圧を行えば彼等の不動産、株などの資産に多大な損実が生じかねない。

 だからこそ中国政府は武力介入に慎重なのだ、というもの。


 もう一つがこれ。

【香港長官「条例撤回」は事実上のクーデター】

 https://www.newsweekjapan.jp/sekihei/2019/09/post.php


 憶測記事に近いが、今回発表された条例案の撤回が中国政府の了承を得たものでは無く、香港政府の独断なのではないかという内容。

 あれは中央の指示に反する、一種の政治的クーデターだという可能性を指摘している。


 ここで空想が走る。

 ちょっと考察をしてみよう。

 ちょうど、小説のシナリオを組むように。


 香港に利権を持つ中国高官は多い。

 これは誰にでも推測がつく。

 資産を守ることを重視する者も少なくないだろう。


 そして同時に。

 デモを終結させることが出来なければ。

 それは習近平の指導力不足が原因である、という批判が可能になる。


 中国内部の権力闘争が熾烈であること。

 現在は習近平が権力を掌握しているが、だからこそそれに対立する派閥の巻き返しにかける熱量が凄まじいことも周知の事実だ。

 習政権の反対派達は、現在の状況をなんとしても政治的に利用したいところであろう。


 だとすれば既に香港の動乱は。

 中国本土の代理戦争としての要素を帯びている可能性が高い。


 別に陰謀論にまで進む必要は無いが。

 自らの資産を守るため、習近平政権にダメージを与えるため。

 あるいは自らの政治権力を維持するため、習近平政権を守るため。


 デモ隊を援助する者、弱体化させようとする者。

 過激化させようと目論む者、沈静化させようとする者。

 武力弾圧を目指す者、それを回避しようとする者。


 様々な思惑の中で、有形無形の手が伸びているであろうことは間違いない。

 むしろ、そうでなければおかしい。


 そう思うと、今回の香港行政長官による条例案撤回発言は。

 中国内部で習近平派に公然と反対する一派が出現したことを示すサインなのかも知れない。


 強力な中央集権が全土を支配するが、やがてその力は衰え始め。

 地方の有力者から最初は密やかに、だがいつしか明かな叛意が示され。

 やがて巨大な変革の時期が始まる。


 典型的な中国の歴史スタイル。

 中国内部の統制は今、大きな揺らぎを迎えているのかも。


 十年後ぐらいには、この件を扱ったハードなノンフィクションが出版されるのではないかと期待している。「香港動乱の真実」みたいなタイトルで。

 いつか是非読んでみたいものである。


 だが、現時点での個人的予想としては。

 今回の香港デモは、最終的に武力弾圧で幕を閉じると思っている。


 なぜなら、デモ隊側に交渉能力が欠けているからだ。


 これは個人の資質などによる問題ではなく、今回のデモが自然発生的で、明確な指導者を持たないという構造上の問題である。


 明確な指導者が無いからこそ、これまでデモ隊はしぶとく、弾圧に負けることなく活動を継続できた。

 だがそれは同時に「誰にも停止が命じられない」ことをも示している。



 2.26事件を取り扱ったノンフィクションに、こんな分析があった。

 当時、軍部はむしろ事件を起こした将校達に同情的であった。

 同時に上手く自体を収集すれば軍にとってより優位な状況を作り出せるという考えから、なんとか将校側と交渉し、双方が満足できる妥協点を探そうとした。


 しかし、熱意に溢れた青年将校達は。

 熱意のみで暴走したがゆえに、グループ内での意思統一を欠いていた。

 明確なリーダーすら存在していないほどに。


 だから一つの妥協も行えず。

 情熱的な、しかし非現実的な原則論を振りかざすことしかできず。

 それが武力鎮圧という結果を招いたのだと。



 香港における事態の収拾にも、当局側・デモ隊側双方の妥協が必要だが。

 デモ隊の側にその能力があるように思えない。


 勝手な予想としては、香港政府はもう一度だけデモ隊に融和的な条件を出すのではないだろうか。

 これが最後のラインだと語りつつ。


 しかしそれはデモ隊側の求める条件とはほど遠い。

 政府がみせる融和的な態度を自分達の強さの表れだと考えて。

 デモ隊側の多くは闘争の継続を決定するだろう。


 だが、中国当局はデモ隊そのものなど恐れてはいない。

 彼等が恐れているのは、弾圧が自分達のカネと権力に及ぼす影響だけだ。


 損益分岐点。

 弾圧による損失よりも事態を放置することによる損失が上回ると判断した瞬間、彼等は躊躇うこと無く動き出す。


 妥協案を拒否したデモ隊を騒乱者と決めつけて弾圧に走り。

 中国国内は基本的にそれを支持するだろう。

 政府がこんなにも寛大な条件を出しているのに、それを拒否するとは何事か。

 それが一般的な中国人の認識であるはずだ。


 アメリカも欧米も。勿論日本も。

 形ばかりの批難以上は行うことが出来ず。

 ひとまず状況は沈静化する。


 皮肉なことに、これによって当事者全てが利益を得られる。

 習近平政権は、騒乱を終わらせた功績を主張し。

 反対派は、国際的な批難と莫大な経済的損失を理由に政権を揺さぶり。

 デモ隊は自由と民主主義のために最後まで戦ったという物語を手に入れる。


 だから彼等は引くこと無く。

 そこを目指して突き進んでいくのではないだろうか。

 例えそれが、恐ろしい痛みを伴う苦い結末であったとしても。


 遺憾ながら、手持ちにある設定資料からでは。

 それ以外のシナリオが、思いつけそうにないのである。

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