第2話 進化と適応 そして肩こり
先日、あるテレビ番組を見ていたら。
「腰痛や肩こりの存在は、人間の身体が進化に失敗した証拠」
などと述べられており、フンと鼻から息を吹きたくなる。
ちなみに人類の進化における最大の失敗は、脳を肥大させ過ぎたことだろう。
まず間違いなく、我々はそれが原因で滅ぶ。
こんな風になっていなければ、種としてもっと長期間生存できた可能性があったというのに。
まあ、それはともかくとして。
確かに人間の身体というものは、全知全能の神が設計したにしては出来が悪い。
だが同時に。
進化という盲目の時計職人が組み上げたにしてはなかなかだ。
前述のような評価に対して筆者が鼻白んでしまうのは。
進化というものの評価は長期的なスパンで考えるべきなのに、余りにも狭く小さな部分にフォーカスを基準でそれを語っているからだ。
本来、人間の寿命は四十年程度。長くて五十年。
それが十万年以上続いた相場だ。
平均寿命が六十を超えたのなんて、この国ですらつい最近の出来事。世界的に見れば達成できているのは恵まれた地域だけで、それが今後も続く保証はない。
言っちゃえば、現代が異常なのだ。寿命が長すぎるのである。
あなたが三十歳を超えているのなら、良く思い出してみてほしい。
二十代ぐらいまでなら、腰痛も肩こりも大抵はなんとかなるレベルだったろう。
そもそものメーカー保証期限はその辺り。
よって設計の失敗呼ばわりされる謂われはなく、仕様の一種。
想定された使用年数を大幅に超過しているのに故障に文句をつける日本人の耐久性要求は余りに過大だと、創造神にぶち切れられてもおかしくはない。
昨今、DNAの分析やら脳の働きの解明やらで。
人間をより望ましい方向に改造できる可能性が生まれている。
倫理的な部分はさておき、その手の話題における最大の問題は。
「優れている」「望ましい」という要素があまりにも現代視点に偏っていることだろう。
食べても脂肪にならない性質はこの現代日本でこそ素晴らしいと思われるだろうが。飢えが常態の氷河期では、ほとんど呪いに等しいマイナス能力に変化する。
数十年後の世界では、使い切れないほどの金を所有しようとする情動は病的なものとされているかも知れず。そうなると成功を快楽と結びつけるホルモンの分泌を抑えるために脳を改造するのかも知れない。
AIに劣る数学的思考能力なんてなんの役にも立たなくなっていて、詩を書く能力を高めるために、論理的な考えを抑制する薬を飲むようになるのかも。
現代社会において個体に優位をもたらす能力が、未来でも同じ効果を持っている保証はまるでないのだ。
進化における適応とは、特定の環境下において生存の能力を高めた、という意味でしかない。
ゆえに環境が変化すれば、優位性は瞬く間に失われる。
砂漠ステージでは耐暑スキルが、雪山ステージでは耐寒スキルが有効だ。
それはTPOに合っているという意味であり、どちらかのスキルが絶対的に優れているのでは無い。
多分、この文章を読む人々が生きているうちに。
人間を変化させるための様々な技術が生まれるだろう。
だけどもし、それを自分の子孫に対して使用するならば。
我々は未来の世界を知ることが出来ない、その事実を心に留めた方がいい。
終戦直後は鉄鋼業や造船が花形産業とされ。
バブルの頃、銀行員はスーパーエリートだった。
子供の幸せを願ってそんな会社に入れるよう力の限り努力した親たちも少なくないだろうが。
結局のところ、その努力は無駄だった。
これからも世界は変化していく。
その確率はほぼ百パーセント。
だから、現代というあまりに異常な世界に適応し過ぎた個体は。
ほぼ百パーセントの確率で、未来の世界に適応することができないだろう。
狭き門より入れ。滅びに至る門は広く、そこを潜る者は多い。
遺憾ながら我々に言えるのは。
その程度の教訓でしかないのである。
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