遊園地と恋バナ

 聖愛は湖の中にいて、息ができなかった。周りには何もない。ただただ、深いところに落ちていく感覚である。もう息が続かないと思ったとき、目を覚ました。

 目を覚ましても息苦しさは続いていた。目の前は真っ暗で何か柔らかいものに顔を押し付けられている。聖愛は必死でそこから逃れた。

 そこには聖愛に抱きついている早苗がいた。今まで息苦しかったのは、早苗の胸に顔を埋めていたからだった。

 ――爆乳は凶器にもなるのか。

 聖愛は起き上がると、大きく伸びをした。周りを見るとまだみんな寝ているようだ。

 昨日は温泉から出た後、ロッジでトランプなどをして遊び、カレーを食べて、夜になってから花火をした。その後、上級生たちの酒盛りが始まり、隼人と翼は悠貴と早苗に潰されてしまった。


 聖愛が外に出ようとドアを開けると、目の前に昨日のダイビングオジサンが立っていた。聖愛は即座にドアを閉めて鍵をかけた。扉が叩かれる。

「おーい。うまいもん持ってきてやったぞ」

 聖愛は少しドアを開けると、オジサンは鍋のようなものを持っている。どうやら変態ではないらしい。聖愛はオジサンから鍋を受けとり、蓋をあけてみると、たくさんの野菜と麺のようなものが入っている。

「これ、なんですか?」

「『ほうとう』っていうこの地方の食べ物だ。うまいぞ。朝飯にでも食べてくれ。食い終わったら、鍋はそこらへんに置いといてくれたらいいからよ」

 オジサンはとてもいい人だった。釣ってしまって申し訳ないと聖愛は謝って、キッチンに移動すると、十人分の朝ごはんの支度を始めた。


 しばらくすると、他の面々も目を覚ましたので、朝ごはんを机に並べた。

「マリリン一人で全部作ったの?」

 机の上には味噌汁代わりにほうとう、昨日、翔が釣ってきたニジマスのホイル焼き、特製玉子焼きにほうれん草のおひたしが並んでいた。

「まあまあ、言ってくれれば手伝ったのに」

 早苗がそう言い出すと思ったので一人で作ったとはとてもじゃないが言えない。

 早速みんな席について、ご飯を食べだした。

「うむ。この素朴な味。悪くない」

 隼人が言うように、ほうとうはいかにも田舎料理という味がしてほっこりする。

「ん~、まりあ氏の玉子焼きは相変わらず絶品だね! ところで今日は遊園地に行くのかにゃ?」

 唯が玉子焼きを頬張りながら、今日の予定を相変わらず可愛らしい口調で聞いた。

「ここから電車で二駅行ったところに巨大レジャー施設があるらしい。発射二秒足らずで時速一八〇キロメートルに到達するという『ボ・ボンバイエ』や最大落下角度一二一度の世界記録を持つ『飛車角』など絶叫系や『絶凶・県立高校』などリアルなホラーハウスが人気、だそうだ」と翼が遊園地のパンフレットを見ながら説明した。

 ご飯を食べ終わるとさっそく準備をして、みんなで遊園地へ出かけることにした。


 目的の駅を出ると、すぐ目の前に巨大なアトラクションがいくつも見えた。唯やこはるといった絶叫マシーン大好きっ子たちは目を輝かせ、涼やと翔の顔は青ざめていた。

 さっそくフリーパスを買って、園内に入ると、そこには家族連れやカップル、聖愛たちのような団体など、人が溢れかえっていた。GW真っ盛りなので仕方ないだろう。全部のアトラクションを回るのは諦めたほうが良さそうだ。

 まずは『ボ・ボンバイエ』である。ちょうど十人乗りである新幹線を思わせる車体を占領し、聖愛は翔の横に座ることとなった。目の前には隼人の頭が見え、その横には唯、翼の横には早苗、涼の横にこはる、杏の横には悠貴が座っている。トンネルの中をゆっくりと動き出す。移動中は「ボボボ・ボンバイエ! ボボボ・ボンバイエ!」という音楽とともに青いLEDが前方へ流れるように光りだす。「時速一八◯キロメートルの興奮を、皆さんにお届け致します。ボ・ボンバイエ発射!」とアナウンスが流れ、「ラウンチ タイム 3、2、1、ボンバイエ!」の声とともに一気に加速をしていった。体中にGを感じ、心臓がしめつけられて、頭が飛んでいきそうになる。翔は絶叫しながら、気を失いそうな結構面白い顔をしている。そして、前の席の隼人はすでに気を失っているのか、頭がガクンガクンと動いていた。そんな隼人の様子を見て、唯はキャッキャと笑っている。

 車体がスタート位置に戻ってくると、情けないことに男連中はみんな腰を抜かしていた。隼人は平気そうな顔で、「うむ、なかなか楽しかったな」と言ったが、膝が笑っている。


 いくつかの絶叫マシーンに乗って、男子がギブアップした頃にお昼休憩を取った。

 ハンバーグやピザ、ホットドッグを食べながら、次にどこに行くかの話し合いが行われると、男子連中がこそこそと話し合いをしている。決まったのか、隼人が立ち上がるとチラリと聖愛の方を見てからパンフレットの地図を指で差した。

「次は、ホラーハウス『絶凶・県立高校』に行くぞ」

 隼人の提案を聞いたとたん、聖愛と唯は青ざめた。聖愛と唯はホラーが大の苦手である。いつかその案が出るとは思ったが、できるだけ話題に出ないようにしていたのだ。これは絶叫マシーンで苦しんだ男子軍団からの復讐だと聖愛は確信した。

「いいじゃないか、二人一組で行くことにしよう。今、くじ引きで決めよう」

 悠貴がそう言って、ささっと、くじ引きを作った。

 結果は隼人と聖愛、翼と早苗、悠貴と唯、涼と杏、こはると翔の組となった。


 ホラーハウスに着くと、そこには三階建ての古い学校がいかにもという雰囲気に包まれていた。

 この『絶凶・県立高校』は実際に廃校となった古い県立高校をそのまま使っており、そのリアルな雰囲気が人気の理由だ。

 隼人と一緒に昇降口のドアを開けると、そこにはたくさんの下駄箱が並んでいる。いかにも何か出てきそうな雰囲気に聖愛はすでに足がすくみそうであった。

 その下駄箱を抜けようかというとき、一斉に下駄箱の扉がバタバタと開いた。聖愛は絶叫して、隼人に抱きついた。

 しばらくすると、聖愛の背中をぽんぽんと隼人の手が叩いた。

「聖愛、大丈夫だ。兄ちゃんが付いてるぞ」

 隼人はそう言って、聖愛の手を握った。普段なら殴り飛ばすところだが、このときばかりはその手の温かさが聖愛の頼みの綱だった。

 聖愛がこれほどホラーを苦手になったことには理由がある。

 聖愛たちが小学校の林間学校で肝試しを行ったとき、道の両側に火の点いたロウソクが置かれていたが、急に吹いた強風により、全部消えてしまった。真っ暗な山道に取り残された聖愛と唯は風が草を揺らす音やフクロウの鳴き声などに恐怖を覚え、先生が見つけるまで、お互い抱き合って泣き続けた。それ以来ホラー映画もまったくダメだし、暗い道を一人で歩くのも苦手である。

 隼人と手を繋いで歩くのはいつぶりだろうか。小学生のとき泣き虫だった聖愛をいつも隼人が手を繋いで一緒にいてくれた。今では隼人のことを軽蔑しているが、当時、聖愛は隼人のことが大好きだった。

 手だけが弾いているピアノの音楽室や絵から血の涙が流れる美術室、幽霊のような学生が寝ている保健室や、「こっくりさん」をしておかしくなっている生徒たち、人体実験をしている理科室や廊下の奥から聞こえるうめき声、それらに出会うたびに聖愛は隼人に抱きついた。そして、隼人は聖愛が落ち着くまでじっと待っているのである。

 なんとか出口にたどり着いたときには、聖愛はぺたんと座り込んでしまった。隼人は何も言わずに、聖愛の肩に手を置いた。そして、「また、おっぱい大きくなったな」と言った。

 聖愛は即座に立ち上がり、腰を入れてコークスクリューを隼人の腹に放った。隼人は体をくの字に曲げて吹っ飛んだ。隼人は復活が早いので、涙を流しながら立ち上がると、鼻をすすった。

「やっと元気が出てきたな。聖愛はそうでなくては」

 聖愛は顔を背けた。今の顔を隼人には見られたくない。

 次々と絶叫しながら、他のメンバーも出てきた。唯は悠貴に抱きつきっぱなしで、意外なことにこはるは乙女パワーを発揮したのか、翔の手を握っていた。翔は真っ赤になっている。早苗はいつもどおりにこにこしていて、翼は頭を抱えていた。涼は杏に怖さを増長されたらしく、ブルブルと震えていた。

 ホラーハウスというのは不思議なものである。なんでもなかった関係が出口にたどり着いたときにはとても親密になっている。遊園地の中で最高のデートスポットなのかもしれない。


 ある程度、アトラクションを回った後はソフトプレッツェルやクレープ、たいやきに、ケバブを食べたり、ティーサロンに寄ったりと食を楽しんだ。

 いい時間になってきたので、最後にお土産物屋に寄って、『ボ・ボンバイエ』の凄い顔で映った写真や限定のグッズなどを買い漁って、一日が終了しようとしていた。


「楽しかったねー。もう最高テンションあがりまくりんぐだったよ!」

 唯がぴょんぴょん跳ねながら、駅へ向かう道を歩いていた。

 こんなに充実した一日を過ごしたのはいつ以来だろうか。聖愛はサークルに入って良かったと少し思った。大学生活を満喫している気分も悪くない。それに今日は翼とは何もなかったけれど、隼人との距離が縮まった気がしたことも恥ずかしいが良かったと思っている。ダメだと思っていた兄が昔と変わらない心を持っていたことが嬉しかった。


 ロッジに戻ると、みんな疲れ果てていて、男女別で温泉に入り、上級生はまた酒盛りを始めて、すぐに寝てしまった。翔や涼も寝てしまって、起きているのは聖愛と唯とこはると杏である。ソファーに座りながら、こはるが神妙な顔をしている。

「ねえ、みんな。好きな人いるの?」

 旅行で女子が集まったら恋バナが始まるのは定番である。こはるが、みんなの顔を順番に見ていく。誰が最初に言うか、それぞれ牽制をしている。

「私はねえ、やっぱり一番は隼人先輩だけど、今日、ホラーハウスで翔君が凄く助けてくれて、いいなあって思いだしたよね」

「こはるん、お化け屋敷では翔君の手をずっと握ってたもんね、ふへへ」

「そういう唯だって悠貴先輩に抱きつきっぱなしだったじゃない。そっちの気があったりして?」

「こはるんは私の好きな人知ってるくせにー。いじわるなんだからっ」

 唯の暴露に聖愛は食いついた。唯が好きな人なんて今まで聞いたことがない。とても興味深い話題である。

「唯に好きな人がいるなんて知らなかったんだけど、教えてよ」

 唯はあきらかに狼狽しだした。聖愛から目をそらして、涼しいというのに汗をかき出している。

「まりあ氏にだけは言えない! 唯寝るからね!」

 聖愛は呆然としてしまった。

 こはるが聖愛の肩を叩いた。

「しばらくは聞かないであげて。親友だから言えないってこともあるの。きっと必要になったら、教えてくれるから」

 こはるは微笑みながら、いつになく真面目なことを言った。しかし、今度は聖愛の肩に手を回して、にっこりと笑った。

「で、マリリンは翼先輩のことをどう思ってるの? 結構いい線行ってると思うけど、ライバルが強いよね」

「な、な、な、何を突然言い出すのよ。私と翼先輩は何でもないんだから! それに翼先輩は早苗ちゃんのことがずっと好きなんだよ?」

 こはるはあごに指を当てて、首をかしげている。

「でも、早苗先輩はまったく翼先輩を相手にしてない気がするよね。そこで絶望している翼先輩の心を癒せるのはマリリンしかいないでしょ。そう思わない?」

 こはるに詰め寄られると、聖愛はそんな気がしてきた。杏が聖愛の耳に顔を寄せる。

「『恋は交戦の一種なり』と昔の人は言いました。チャンスがいつ巡ってくるかわらかないですー」

「恋は……戦い……って、ちょっと待てーい!」

 正気を保とうと必死で抵抗する聖愛だったが、それから眠るまで、聖愛はこはると杏にからかわれ続けたのである。


 二泊三日の旅行は本当に楽しかった。それぞれの関係や思いは少し変わったかもしれないけれど、来てよかったと聖愛は思いながら、眠りについた。

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