牛タンと下着

 聖愛たちがオジサンとの奇跡の邂逅から戻ってくると、ちょうどバーベキューを始めようかというところだった。

 翼と悠貴はよくキャンプに行くらしく、バーベキュー奉行を任されることとなった。

「この牛たんすごい分厚さだな」

 たしかに買ってきた牛タンは焼肉屋さんで見かけるような薄いものではなく、カルビのように存在感があった。セオリー通り、翼が牛タンから焼こうとすると、隼人がそれを遮った。

「牛タンゲーム!」

 隼人は宣誓のように手をあげると謎のゲーム名を叫んだ。牛タンゲームとは牛、タン、牛、タン、牛、タン、タンと複数の人数で回しながら、タンのときに手を叩くというゲームで叩き忘れたり、逆に言葉で「タン」言ったりしてしまうと、負けという四半世紀前に流行った合コンゲームである。今では廃れていて、若者では知らない人も多い。聖愛は盛大にため息をついた。

「そんなのいらな――」

「説明しよう!」

 隼人は聖愛を無視して牛タンゲームについて語りだした。

「ここに牛タンとよく似たカルビがある。こいつらを焼いて一人ずつ目をつむって一切れだけ食べる。そして、それが牛タンなのかどうなのかを当てるゲームだ。牛タンではないと思ったらダウトと叫ぶがいい。外した人は一発芸をしてもらいます」

 聖愛はつい面白そうだと思ってしまった。他のメンバーは悠貴までもがノリノリだ。こうして、新・牛タンゲームが開かれることとなった。


 聖愛は目をつむって口を開ける。そこへほどよく焼けたお肉らしきものが入ってきた。噛みしめると肉汁がぶわっと染み出して、なんとも言えない旨味が広がった。聖愛は「ん~!」と言って体を揺すった。

「さあさあ、始まりました牛タンゲーム。実況は私、八神隼人、解説は肉のスペシャリスト一ノ瀬翼さんでお届けします」

「よろしくお願いします」

「普通ならわかりそうな牛タンですが、この分厚い牛タンは皆さん未経験でしょうねー」

「そうですね。今まで食べてきた牛タンの味と比較するのは難しいでしょう。カルビの味も未知数ですしね」

「聖愛さんの、あの幸せそうな顔。私、兄ながら見たことがありません!」

「兄妹の仲というのも複雑ですね。うちの姉弟は大変仲が良いですよ」

「うらやましい限りですが、このゲーム勝負の分け目はなんでしょうか?」

「ふむ。やはりタンのほうが少し淡白な味なのではないでしょうか。脂身が少ないとも聞きますしね。しかし、カルビの味にもよります。うん、まことに難しい勝負になりそうです」

「さあ、そろそろいいでしょうか? 聖愛さん、答えは?」

 隼人と翼の茶番は終わったようだ。聖愛はお肉の味を思い出して考えた。あの厚切りのタン。きっと食べたことのない味がするに違いない。今さっき食べたお肉はなんとなく覚えがある味だった。なので、カルビに違いない。

「ダウト!」

「ファイナルアンサー?」

 隼人が確認をとる。

「ファイナルアンサー……」

 聖愛はだんだん自分が恥ずかしくなってきた。今、目をつむりながら肉を頬張り、大きくダウトと叫んでしまい、完全にゲームに飲まれている状況をみんなに見られているのである。

 隼人は中々答えを言わない。焦らしに焦らすつもりなのだろう。

「答えは……カルビです!ジャストナウ!」

 何が「ジャストナウ」なのかわからないが、聖愛は一発芸をしなくて済んだことに安心した。

 次は悠貴の番である。悠貴が口を開けただけで色気が漂っている。聖愛の中に不思議な気持ちが広がっていった。唯が震える手で、そっとお肉を悠貴の口の中に入れる。悠貴はゆっくりと咀嚼すると首をひねった。

「ゆ、悠貴さんの番ですね。弟さんから見てどうでしょうか」

「隼人さん、急に元気がなくなりましたね。姉は舌が肥えていますが、今回買ってきたものはどれも高級品ではありません。逆に難しいかもしれませんね」

「ゆ、悠貴さんも間違えると一発芸をするんでしょうか……」

「もちろんです。姉の一発芸大いに楽しみですね」

「そ、そうですか。首をひねったまま動きません。かなり迷っているようですね」

「これはまさにフィフティーフィフティーですね。間違える可能性も大ですよ」

 悠貴にみんなが注目する。悠貴の一発芸など誰も見たことがない。みんな期待と不安を織り交ぜたような顔をしている。しばらくすると、悠貴はついに、かしげていた首を戻した。

「ダウトだ」

 さきほどまで迷っていたとは考えられないほど、自信ありげな声である。

「ファ、ファイナルアンサー……?」

 隼人の不安が声ににじみ出ている。これを聞いては意見を変えてしまうだろう。

「ファイナルアンサー」

 だが、悠貴は言い切った。隼人は答えを言うのに聖愛のとき以上に時間をかけた。いや、かかってしまったと言ったほうがいいだろう。

「こ、答えは……牛タンでした! 残念!」

 その瞬間メンバーは震撼した。翼だけが笑っている。

「ははは、間違えてしまったか。残念だね。さて、一発芸か、何をしようかな」

 悠貴は本気で一発芸をするようだ。聖愛は憧れの先輩の一発芸を見たいような見たくないような複雑な気持ちになった。悠貴は思いつかないのか、あごに手をやっていたが、「そうだ」と言いながら指を鳴らした。

「一発芸というのは無理なんだが、その代わり、温泉で男子諸君の背中を流してさしあげようじゃないか」

 悠貴の発言を聞いたとたん、聖愛は時間が止まったような感覚に襲われた。それは唯やこはるも同じらしく、大きく目を見開いたまま動かない。男子は一斉に背を向けてブツブツ言っている。隼人にいたってはぶるぶると震えている。

「俺はまったく嬉しくないぞ」

 そんな中、翼だけが面白くなさそうに呟いた。

「まあ、姉弟で親睦を深めるのもいいじゃないか。それとも、私の代わりに他の子に洗ってもらうかい? 早苗とかいいんじゃないか?」

 悠貴はいたずらをする子供のように翼をからかう。翼は冗談とわかっているのだろうが、顔が赤くなり、鼻血を出していた。やはり男はみんな変態だと聖愛はがっかりした。

 聖愛は隼人の背中を流す想像をしてみた。隼人の着替えなど何度も見ている。今更と思ったが、カラオケ屋で不良に絡まれたときに庇ってくれた背中は思ったよりも広く、頼もしかった。それを思い出すと、少し照れくさい。

「次は誰だい?」

 悠貴はそう言って、牛タンゲームの再開を告げた。


 イレギュラーはあったが、牛タンゲームでそれなりに盛り上がった後は、普通にバーベキューを堪能した。

 片付けを済ませると、汚れたり、臭いがついたりしたので、さっそく温泉に入ろうと悠貴が発案した。なぜ、そんなにポジティブなのかと聖愛は思ってしまう。温泉があることを知らなかったので、水着も持ってきていない。ということは、バスタオルだけで入らなければならない。男性にそんなに素肌を見せたことなど小さい頃にお父さんと隼人相手にしかない。それは唯やこはるも一緒なのか、そわそわしているのがわかる。男性陣はもっと落ち着かないようだったが。

 十分ほど歩くと、和風の建物が見えた。大きく日本一温泉と書かれている。どうやら、公共の温泉のようだ。

 脱衣所はさすがに男女別々となっており、聖愛は安心して服を脱いでいると、急に胸を揉まれた。

「マリリン、いい感触! 着痩せするタイプ?」

 こはるが聖愛の胸を掴んでぐいぐいと揉んでいる。聖愛は真っ赤になって腕を振りほどき、胸を隠した。下着姿のこはるがニタニタと笑っている。こはるの下着はセクシーな黒で、白いレースが凝っていてとても綺麗だ。ショーツは面積が小さく、お尻のレースは透けていてエロ可愛い。胸はとても大きく女子が見ても興奮するが、長くて綺麗な髪のおかげで清楚に見える。黙って動きさえしなければの話だが。

 杏が自分の胸を揉んでいる。

「貧乳の需要はありますかね? それにしても早苗さんの胸はメガトン級なのです」

 みんなの視線が早苗に集まる。早苗の下着は薄い緑にとても凝った刺繍がしてあり、大人可愛い。ただブラの大きさが半端ではなく、それでも胸が弾けそうだ。

「はは、私も大きい方だけど、早苗にはかなわないね」

 今度は悠貴に視線を映す。悠貴はこれまた紫のレースの下着をつけており、谷間のところが網状なっており、セクシーすぎて聖愛は鼻血をだしそうになった。ブラから見える双丘はとても綺麗で、下着のモデルのようである。

 巨乳四人と貧乳二人の女子たちはバスタオルを巻いて、おっかなびっくりと露天風呂に向かった。すると男子たちはすでに温泉に浸かっているようで、話し声が聞こえてきた。

「皆さん、誰のおっぱいを一番見たいですか?」

「翼は早苗一択だろ」

「な、なんで一択なんだよ。お前こそ姉貴に決まってるんだろ」

「僕は杏ちゃんですかねえ」

「え、涼は結構フェチだね。翔はどうだ?」

「お、俺は……聖愛ちゃんがいいかな」

「ふむ、聖愛はなかなかのおっぱいをしているからな」

 聖愛は誰からぶっ飛ばしてやろうか迷った。それにしても涼はなかなかの堂々としたスケベだ。そして、名前が出なかった唯とこはるは微妙に悔しそうだった。なんとなく、その気持もわかる。聖愛たちが扉を開けて、足を踏み入れるとともに、男子のおっぱいトークはピタリと止まった。

「や、やあ遅かったね、みんな」

 涼はさっきまでの話はなかったかのように、爽やかな笑顔を浮かべていた。

「涼くん、杏のおっぱい見たいのです?」

 杏は涼が逃げるのを許さなかったようだ。涼はお湯の中に沈んでしまった。

「さあ、最初は誰から洗ってあげようかな。やっぱり新入生からにしようか」

 悠貴は本当に男子の背中を流すようだ。隼人までもお湯の中に沈んでしまった。

 まず、翔が洗ってもらうことになった。他の女子は男子と離れたところでお湯に浸かっている。翔は女の子に慣れていないようで、がちがちに固まっている。その背中を悠貴が優しく洗っていった。隼人はその様子を見ていたが、どういう気持ちなのか聖愛にはわからなかった。

 翔、涼、翼と悠貴に洗ってもらい、ついに隼人の番になった。

 悠貴はすぐに洗わず、じっと隼人の背中を見ていた。隼人は気が気でないのか、目をぎゅっとつむっている。

「大きな背中になったもんだね」

 悠貴はそう言うと、優しく背中を洗い出した。隼人は目をつむったままだったが、どこか緊張が解けたような顔をしていた。

 唯が突然立ち上がると「唯も洗う!」と言って、隼人のところへ走り出した。ところが、途中で足を滑らせて、こけそうになった唯は隼人に向かってダイブしてしまった。聖愛は目を覆ったが、音ひとつしなかった。聖愛が目を開けるとそこには、唯を抱きしめる隼人の姿があった。

 その瞬間、聖愛は風呂桶を隼人の頭に見事に直撃させた。

 隼人はその衝撃で今度は悠貴の胸の谷間に顔を埋もれさせた。悠貴は平気そうだったが、唯はこの世の終わりかというような顔をしている。

「唯だって、まだ大きくなるんだから!」

 そう言って、唯は隼人の腕に噛み付いた。隼人の叫び声がやまびこで聞こえた。

この日の隼人は幸せだったのか、不幸だったのかは誰にもわからない。


 聖愛はこの後気づいたのである。男女時間をずらして入れば良かったのではないかと。

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