新歓コンパとセクハラ
「うっほー! こんな可愛い子が四人も入るんすか? まじっすか? よりどりみどりじゃないっすか!」
訂正しよう、石尾は女子の入会に大変喜んでいるようだった。聖愛はこの手の男が大嫌いである。石尾は女子だけ名前を聞いて回ると、男子は無視して、今度は
「早苗先輩、今日も綺麗っすね! おっぱいも健在で俺、嬉しいっす!」
聖愛はゾッとして翼を見た。翼は笑って二人を見つめている。なぜ、怒らないのだろうかと聖愛は不思議に思った。すると、早苗はいつもと変わらない表情で「そう、ありがとう。石尾くんもつむじの薄さが素敵よ」と軽くディスりながら、ちゃんと距離をとっていた。
聖愛は初めて隼人以外の人を殴りたいと思った。だが相手は今日会ったばかりの先輩である。聖愛はなんとか我慢すると、隼人のほうをちらっと見た。すると、隼人は意外にも気に入らないという顔で石尾を見ていた。だが、その理由はすぐにわかった。
「石尾、俺が会長だ。俺より目立つでない」
そう言った後、椅子の上に足を乗せて「俺のターン! 新歓芝コンを開く!」と宣言した。
聖愛は家に帰ったら隼人を殴ろうと思う一方で、いつものダメ兄に戻ってなんだが安心していた。
新歓芝コンとは新人歓迎芝生コンパの略であると隼人は説明し、今日開くと言い出した。
「上級生は買い出し、一回生は芝生の確保を頼む!
そう行って隼人たちは部屋から出ていった。残された一回生はとにかく中庭の芝生の確保に向かうことにした。
一回生には聖愛、
中庭につくと、同じく新歓を開くのか、すでに場所をとっているグループも少なくなかった。聖愛たちは桜が良く見える場所を探し、シートをひいて、みんなで座ると、自然と雑談が始まった。
「あの石尾って先輩、危険な臭いがする。みんな気をつけてね、特に女子」
聖愛がそういうと唯がコクコクと頷いた。
「要注意人物だよ! 顔からにじみ出るエロオーラが半端じゃなかった!」
「あのハゲ、わかりやすい変態ですねえ。キャラ立ちしすぎて、なんかムカつくですよ」
杏が石尾を辛口批評すると、みんな笑った。
聖愛はふいに気になって、翔のほうを見ると、翔は話に入りづらそうにしていた。聖愛は翔の近くに言って話しかけた。
「北条くん、今日からよろしくね」
翔は少しびっくりしたような顔をしたが、すぐに顔を伏せてしまった。
「みんな仲いいんだね。俺、まだ友達できてなくって、うらやましいよ」
翔の言葉に聖愛は笑った。翔は何がおかしいのだというように聖愛を軽く睨んだ。聖愛は笑い終わると翔に手を差し出した。
「今日から北条くんも私たちの友達だよ。ほら、これでうらやましくないでしょう」
翔はしばらく目を開いて聖愛の顔を見ると、赤くなりながら聖愛の手を恐る恐る握った。そしてすぐに手を離した。聖愛は翔のシャイなところに好印象を持った。石尾のようなデリカシーのない男より、シャイな翔のほうがよっぽどいい。
十六時頃になると、隼人たちが戻ってきた。隼人は「我、帰還セリ」と言って、大量の食べ物と飲み物をシートの上に置いた。美味しそうなピザやおつまみに唯とこはるはすでによだれを垂らしている。
「今日は新人の歓迎会だ。大いに食って、飲んでくれ。それじゃあ乾杯しよう」
翼がそう言うと、石尾が女子のところに来て、お酒を注ごうとした。聖愛たちはまだ十八歳である。飲酒は二十歳になってから。それは昨今より厳しく取り締まられていることだった。
「私たちジュースでいいんで、大丈夫です」
聖愛がそう言うと、石尾は「ああ、そう」と、つまらなそうに、なっつぁんリンゴ味を注いだ。しつこい人だと思っていたので、意外と話が通じて聖愛は安心した。
だが、三十分後、石尾はすでに酔っていた。そして、今度は唯に絡むとセクハラ発言を連発した。
「唯ちゃん、可愛いよね。おっぱいは早苗さんに負けるけど、お尻とか足とかマジ俺の好みっすわ。ちょっと触らせてくんね?」
あまりの下品さに唯のテンションはどんどん下がっていく。それを見かねてこはるが石尾に突っかかった。
「ねえ、先輩だからっていいかげんにしてよね。唯が嫌がっているのがわからないの?」
「ああん、口の悪い女には興味がないんだよ。ちょっと黙っとけ、でこっぱち」
これにはこはるは顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。こはるが石尾に殴りかかりそうになったとき、翔が止めた。
「
そう言って、翔は深呼吸をした。
「石尾先輩、未成年への飲酒の強要は刑法223条 強要罪に触れます。もし、対象の未成年が飲酒をした場合、監督責任を怠ったとして、二十歳未満の者の飲酒の禁止に関する法律にも抵触する可能性があります。また、さきほどの唯ちゃんに対するセクハラ発言は迷惑防止条例の範囲で厳しく処罰されます。こはるちゃんに対する暴言は刑法230条に規定される名誉毀損罪が適用される可能性があります。お先真っ暗になりますが、それでもいいんですか!」
翔はそう言うと、もう一度深呼吸をした。隼人を除いて全員ぽかんとしていた。そういえば、翔は法学部だと言っていたなと聖愛は思い出した。それにしても、まるで弁護士か検事のようである。石尾も気が抜けたような顔をしていたが、元々赤くなっていた顔をさらに赤くして翔を睨んだ。
「お前、先輩に向かってそこまで言って覚悟はできているんだろうな」
石尾が翔の襟を掴んで腕を振り上げたとき、隼人が早苗に目配せをした。早苗はお酒を持って、石尾の肩を叩いた。
「なんだ……」
文句を言いかけた石尾だったが、相手が早苗だったために黙ってしまった。
「まあまあ、石尾くん。楽しくしましょう、ほらお酒が足りないんじゃないかしら」
そう言って、早苗は石尾の紙コップにお酒を注いだ。石尾はいっきに気分が良くなったようで、ニヤニヤしながら、お酒を一気に飲んだ。そこに早苗がさらに注ぐ。早苗の「ほらほら」という声に石尾はなんども一気をして、ついに倒れてしまった。それを見て、隼人が立ち上がった。
「うむ、万事解決! こやつはこれから出禁とする」
そう言って、石尾を中庭のゴミカゴに入れてしまった。
なかなかやるじゃないかと聖愛は隼人への信頼度をレベルアップさせた。
「翔くん、私たちのためにほんとにありがとう」
こはると唯が翔にお礼を言っていた。翔は顔を赤くして、「いや、別に」と目をそらして頭をかいている。何はともあれ平和になった。飲み直しということでもう一回乾杯をした。
夜も更けてきた頃、突然、隼人が立ち上がった。
『
隼人は某バラエティ番組のナレーションのモノマネをした。無駄にクオリティが高い。聖愛は隼人の隠れた才能を認めざるを得なかった。
そこから先は無法地帯だった。
隼人が中学時代、腹を下して公衆トイレに行ったら紙がなくて辞書を破って拭いたという下品な話を皮切りに、こはるはそのトーク力で笑いをとり、唯や杏も不思議オーラ全開でみんなを笑わせた。
聖愛の順番が来たが、自分の事で面白い話が特に思いつかない。思いつくのは隼人の事ばかりだ。隼人との思い出は結構あるものだなと聖愛は気がついた。
「お兄ちゃんの話なんだけどね、家族でスキーに行ったときに車の中でお兄ちゃんが『俺のボードが火を噴くぜ』とか意味わからないこと言って調子こいてたんだけど、一滑り目でいきなり骨折して、滑ることができなくなったの。これがほんとの滑らない話。なんてね」
一瞬、沈黙が訪れたが、翼が大爆笑しだした。
「そういや、高校生のとき、隼人骨折してきたことあったよな。お前、悪と戦った名誉の負傷だとか言ってたけど、スノボで折ったのかよ。だっせー」
翼につられて他のメンバーも笑いだした。隼人は恥ずかしくなったのか、頭を抱えてぐるぐる転がっている。
しばらく経つと、隼人は酒が回ったのか「きもぢわるい、今日はお開き」と言って翼に肩を借りていた。残りのみんなで片付けをした後、石尾を置いて、帰ることにした。
石尾が目を覚ましたのは翌朝になってからだった。
新歓コンパの次の日、隼人は二日酔いでトイレにこもっていた。周子は「大学生っぽいわね」と言いながら、胃薬を用意しているあたり、家族だなと聖愛は感じていた。
今日は休日である。聖愛がこれからのんびりしようと思ったときに、こはるからライッターが届いた。
『今日、忙しい?』
『ううん、特に用事はないけど、どうかした?』
『涼と一緒にマリリンの家に遊びに行ってもいいかな?』
こはるは涼の実家に居候している。涼の家は大学の近くなので電車で三駅というところだ。
『別にいいよ。唯と杏も呼んでもいいかな?』
『いいよ、女子会みたいで楽しみ。それに隼人先輩の様子も気になるし』
『女子会って、涼くんもいるでしょ。お兄ちゃんなら、二日酔いでグロッキーになってるよ笑』
『www』
『いつ頃来る?』
『これから向かうよ、待っててねー』
ライッターを終えてから、聖愛は唯と杏に連絡を入れると二人とも快諾した。こはるは意外と寂しがり屋なところがある。一人違う環境に来たので仕方ないかもしれないが、普段強気な分、ギャップが可愛いと聖愛は自然と笑顔になった。
「お邪魔しますー」
こはるは元気に挨拶をすると、玄関でキョロキョロとしている。今日のこはるはタイトなジーンズに黒のカットソー、ベージュのロングカーディガンと少し大人っぽい格好をしていた。一方で涼は安定のかわいい服装が中学生のようである。
「大きい家ー。外から見ても凄かったけど、マリリンの家って金持ちなの?」
「ほんとだねえ。僕の家よりずっと広いし、綺麗だよ」
こはると涼は部屋に入ると聖愛の家に感激しているようだった。聖愛の家が金持ちかそうではないかというと、金持ちの部類に入る。聖愛の父親はマグロ遠洋漁船の船長で結構儲かるらしいし、母親は人気のボイストレーナーである。どこで出会ったかは謎に包まれている。
「まりあ氏のママさんが使ってるスタジオもあるんだよ」
「スタジオ!」
唯がスタジオのことを言うと、こはるは飛び跳ねるほど驚いた。そこに周子がお茶とお菓子を持ってきた。こはるは周子を憧れの目で見ている。聖愛や唯は小学生の頃からスタジオに出入りして、歌やピアノを教えてもらっていたので、いまさら驚かないが、たしかにスタジオがある家というのも珍しい。
そんな話で盛り上がっていると、隼人がやっとトイレから出てきた。すると、こはるが目を輝かせて、隼人に抱きついた。それを見た聖愛は固まり、唯は青くなり、周子は「あらまあ」と言っていた。杏はお茶菓子を食べている。
「せんぱーい! 昨日はありがとう。石尾のやつをやっつけてくれて、ほんとに助かったよー」
こはるはそう言って、体をさらに隼人にくっつけた。隼人はしばらく、何の反応も示さなかったが、こはるを引き剥がすと一言言った。
「こはるちゃんのおっぱいは聖愛以上、早苗未満」
聖愛は思いっきり振りをつけて、隼人の腹にパンチを繰り出す。隼人は予想していたのか防御姿勢をとった。だが、聖愛はすぐに切り替えると隼人の脳天に渾身の踵落としをくらわせた。隼人は「ごあっ」とどこかの国の元副大統領の名前――知らない人は検索してね――を呼んで、倒れ込んだ。それを、こはるが指でつついている。
「大丈夫なの、これ?」
「大丈夫よ。いつものことだから」
聖愛はそう言うと、追い打ちをかけるように隼人の背中を踏んだ。隼人は蛙のような声を出すと、ゆっくりと起き上がった。
「今日のパンツは……」
隼人は聖愛の拳にオーラを感じたのか途中で口を閉じた。それを見て、こはるは大爆笑している。
「あははっ、おもしろい兄妹よね。でも、同じセクハラ発言でも隼人先輩が言うとエロく聞こえない。石尾とは大違いで不思議」
それには同意というように、みんなが首を縦に振った。どんどん隼人の人気があがっていくことに聖愛は納得がいっていなかった。杏が聖愛に顔を寄せる。
「お兄さんを取られた気分です?」
その言葉に聖愛は驚いた。
「そんなことあるはずない!」
聖愛の大声にみんなびっくりして黙った。
「どうしたのん? まりあ氏」
唯が心配そうに聖愛のことを見ていた。聖愛は「ごめん、なんでもない」と笑顔を返しながら、深呼吸をして、隼人の方を見た。
「絶対、ないんだから」
聖愛はそうつぶやいて、みんなの会話に加わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます