第220話 カシュタンテの優雅な一日

 

 これは焼きたてのパンの香り。

 今日の朝食も楽しみだ。


 主さまは……。

 どうやらベッドにはいないようだ。

 いつも一番動いてるはずなのに。


 しかしこのベッドも大きくなったものだ。

 13人も一緒に色々するのだ、しょうがないのか。


「あ」


 お腹が。

 主さまが側にいなくて良かった。

 朝一のパンの香りは危険だ。


「ん〜」


 ナディがもそもそと動き始めた。

 しかし主さまといる時のナディの豹変ぶりは凄まじい。

 私も人のことを言えないが、あそこまでベッタリ甘えるとは。


 長い間、柄にもない王なんてものをやっていた反動なのかもしれない。


 王か……。

 ナディと一緒に国を治めていたのが遥か昔のことのように思える。

 その証拠に、あの国のことをほとんど思い出さなくなった。


 いや、違うな、忘れられないことがあるな。

 主さまとの一戦。

 あの時の衝撃そして……あの目。

 あの目だけは忘れられない。


 戦場で相対した主さまの目。

 狂気や殺意なんて生易しいものじゃない。

 命の源を圧殺するかのような、心の奥底から畏怖の気持ちを引きずり出されるような、圧倒的な力を持った目。


 あの目に射ぬかれて、私は……。

 っと、これ以上盛り上がると朝から大変なことになってしまうな。


 ん。

 良い所でなりましたね、私のお腹。

 さあ、朝ごはんをいただきにいきましょうかね。




 うーん、今日の朝食はすばらしかった。

 クリオネさんとエチゴラさんの作るパンはいつも格別だが……。

 まさか主さまが朝食を作ってくれるとは!


 あのサンドイッチなるもの、ただ具材を挟んだだけなのに、素晴らしく美味しかった!

 起床していない連中には悪いが、全て食べてしまった。

 私には、あれを残しておくという選択肢はあり得ない。


 寝坊したナディと派手な喧嘩になったのは不味かったかな?

 まあ、主さまの料理を自慢して、からかった私が悪いんだがな。

 誰からも咎められなかったし、問題ないか。


 さて、朝から軽く暴れてしまったし。

 何をしようか?


 ん。

 あれは、主さま。

 今日はあまり忙しい雰囲気ではなさそうだ。

 ならば決まりだな。


「おう、カシュタンテ」


「1ラル」


「わかった、わかったから。顔に金をグリグリ押し付けるな」


 んー。

 このちょっと、困った顔がたまらない。

 こう、なんと言えばいいのか。

 うん、たまらない。


「主さま、今日は?」


 やはり主さまの背中は気持ちいい。

 最近、皆この背中の素晴らしさに気づいてしまったからな。


「とりあえずはなにもないかな?」


 素晴らしい!


「一緒に散歩でもするか?」


「はい」


 ふふふふ。

 朝から主さまの手作り料理。

 そして今は主さまを独り占め。

 なんと素晴らしい一日か。


「カシュタンテ、なんか楽しそうだな」


「なぜ?」


 多分私は笑ってる。

 でもこちらを見たわけでもないのに?


「雰囲気? なんとなくかな?」


「ん」


 ああ、こういう何気ない一言が!

 もう、もう、もう!


「お、おい、苦しいぞ」


「ん」


「ん、じゃねーよ。おい」


 今日は本当に素晴らしい一日だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る