第125話

「おい、爺さん。どこ行くんだよ」


「ネルバなる工房じゃよ」


 しかしこの街はあれだな。

 あのクリオネが一匹で飛び回っても、誰も気に止めないのか。

 変わったものに耐性ありすぎるな。


「場所知ってるのかよ」


「知るわけがなかろう」


 知らないのに先陣切ってどこ行くんだよ。


「爺さん」


「大丈夫じゃよ。この区画のどこかにはあるはず」


 全く大丈夫に聞こえねえよ。

 しらみ潰しに店を探すつもりか?


「あっちじゃな、何かを感じるぞ!」


 うるせーよ。

 窯作る工房になに感じるんだよ、あんたは。

 絶対、適当に言ってるだろ。


「左の字、行っちゃったよ!」


 不味い。

 どこ行った?


「先生、建物が……」


 くそったれ、いきなりかよ。


「ケイト、巴、ジジ、パポール、跳ぶぞ! 舌噛むなよ」


え?ぴゅいっ えぇぇぇぇぇぴゅいぃぃぃぃぃ


「爺さん、なにやった?」


「いきなり襲ってきたから、軽く小突いた」


 小突いたって……。

 相手は誰だよ。


「次からは、壊れないようにする」


 反省するのはそこじゃねぇ。


「壊れないようにするんじゃなくて、まず小突くなよ」


「いや、急に襲われるとどうしてもな」


「どうしてもな、じゃねーよ」


「そうは言っても、いきなり斬りかかってきたからのう」


 いきなりねぇ。

 爺さんの話だと爺さが何かした訳でも無さそうだしな。

 ガウンティの方には話を通してあるし、街の住人は全く気にしていないし、どこのどいつだ?


「とりあえず壊した建物の持ち主に謝罪か」


「先生。そのクリオネさんにやられた方はどうするんですか?」


「放っておく。爺さんが何かしたわけでもなさそうだし、勝手に喧嘩売って返り討ちにあったんだ自業自得だろ」


 阿呆に構ってる時間はないからな。

 それよりもこの建物だよ。

 完全に倒壊しちまってる。


「これは派手にやりましたな」


 ん?


「もしかして、この建物の関係者の方ですか?」


「ええ、この倉庫を保有しているネルバ商会のものですよ」


 ネルバ?


「ネルバということは、お主、もしかしてパン焼き窯を作っているネルバなる工房の関係者でもあるのか?」


「そうですね、私が個人的に運営している工房になりますね」


「儂の直感は間違っていなかったな。儂はパン焼きの窯が欲しいのじゃが、どうすれば良いかのう?」


 その前にまずはぶっ壊した倉庫だろ。

 爺さん、あんた本当に己の欲望一直線だな。


「ふむ、新しい窯ですか。新しいパン焼きのお店をはじめられるのですか?」


 おっさん、食い付いてきたぞ。

 倉庫どうでもいいのかよ。


「店を開くつもりはない。窯が欲しいのはパン焼きの研究をするためじゃ」


「研究?」


「先ほどトゥーナムという店でパン焼きを見せてもらったが、実に面白い」


「面白い、ですか」


「あれは窯の形や大きさのほかにも様々な要素で、変化を生み出せるものではないのか?」


「ほう」


「儂の見立てだと、実を作る所からして数えきれないほどの可能性を秘めたもののはずじゃ!」


「なるほど。ですが、窯の場所ならまだしも、様々な実の作り方を試すような場所までは中々ないのでは?」


「ふん、こやつが今作っている村ならなんの問題もないわ。のう、ケイト、パポール」


 そういう話だったっけ?

 ってケイトとパポールは頷いちゃってるね。

 いや、農業関連の方々がいいならいいけどさ。


「ほう、それは興味深い。ちなみに何処で村を興しているのですか?」


「竜の娘が住んでいた浮遊島じゃな」


「な!? その竜とはもしや狂竜アスクリス?」


「たしかそうじゃったような……お主の妻はアスクリスで間違いなかったかの?」


「は? 妻!?」


 うん、まあこういう反応になるよな。

 まず信じてもらえないだろうけどな。


「面白い!」


 え?


「その話、是非私も参加させてもらえないでしょうか?」


 は?

 何言ってるの、このおっさん。


「うむ。よろしく頼む」


 爺さん、勝手によろしくするなよ。


「よろしくお願いいたします」


 なんなのこの人達。

 意味わからないんですけど!?

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