B型ジェノサイド

青辺 獄

第1話

 目が覚めると、僕は人がいっぱいいる倉庫のような場所に閉じ込められていた。

「ど……どこだここ?」

 僕は首をかしげた。目覚める前の記憶を思い出す。

 たしか、僕は病院で健康診断を受けていたはずだ。そして、血液検査が終わった後で、診察室に案内された。その時に、先生からヘンな薬を飲まされて、意識が朦朧として――。

気づいたら、ここにいたのだ。

 僕は周りの人達を見回した。どうやら、みんなも同じような経緯でこの倉庫に連れてこられたらしい。

 当然のことながら、僕と同じように誰もが戸惑っている。

 いったい、誰が、何の目的で、僕たちをこんな場所に閉じ込めたというか――?



「おい! 早くここから出せよ!」

 誰かが大声で怒鳴った。いきなり眠らされて、わけもわからないままこんな所に連れてこられたのだ。苛立つのも無理はないだろう。僕だって叫びたい気持ちだった。

 すると、壁にかかったスピーカーから、くぐもった女性の声が聞こえた。


「……ここに集まった奴らは皆、血液型がBなのよ」


 女がそう言うと、天井から霧のようなものが吹き出して、倉庫を覆っていった。視界が白く霞んでいく。かすかに薬品の匂いがする霧だった。吸い込むと、鼻の奥がひりひりしてくる。

 スピーカーから、女の声が続けた。


「B型の人間は、自分勝手でわがままよ! 生きている価値なんてないわ! だから、私はあんたたちを殺すことに決めたのよ! あははは!!」

「ちょっと待て。そういうお前は何型なんだ?」


 さっきまで怒鳴っていた男が、訊いた。スピーカー越しに女が答えた。


「私は、O型よ」

「こんなところに閉じ込めて皆殺しにしようとするなんて、お前の方こそ、自分勝手でわがままじゃねーか」

「でも私はOなの。B型とは違うわ! 一緒にしないで、このクズ!!」

「だから、B型はわがままだって一方的に決めつけるお前の方こそ、わがままだろうが」


 男が正論を言った。たしかにそのとおりだと、僕も思った。

 そもそも、いまだに血液型で性格が決まると思ってる人間がいることに、僕は驚いていた。

 血液型というのは、ただの抗体の違いであって、性格には何の影響も与えないのである。B型が自分勝手とか、A型が神経質だとかいう決めつけは、なんの根拠もない話だ。

 血液型性格診断なんてものを信じてしまう人は、もうちょっと物事をじっくり考えたほうがいい。じゃないと、マイナスイオンだとか、水素水だとか、ゲルマニウムだとか、磁気ネックレスだとか、コラーゲンだとか、そういったしょうもない詐欺にひっかかってしまう。


 たとえばコラーゲンを例に取ってみよう。美肌効果を謳ったコラーゲン入りのドリンクなんかには、『飲んだ翌日にお肌がぷるぷる!』などという、すっとんきょうなことが書かれていたりする。

 考えてもみてほしい。皮膚というものは、新しい細胞と入れ替わるまでに、だいたい一ヶ月くらいはかかるものなのだ。いわゆるターンオーバーといわれる現象で、これはもう常識といってもいいくらい当たり前の事実である。

 さて。ドリンクから摂取したコラーゲンが、体のなかで分解・消化されたあと、すぐに新しい皮膚として代謝すると思いますか? そんなわけがない。

 もし仮に、あなたがコラーゲン入りのドリンクを飲んで、その翌日に肌がぷるぷるになったと感じたのなら、それはコラーゲン以外のなにかによるものだ。もしくはただの勘違いである。


 繰り返そう。『血液型では、性格は決まらない』。そこには、なにひとつ科学的な根拠などない。

 そして、「血液型で性格が決まる」と思ってしまう人は、科学リテラシーがあまりにも低いことを自覚したほうがよい。世の中に出回っている情報から、正しい知識を得ることができないため、これからもインチキに騙され続けるだろう。

『健康にいい!』『免疫力があがる!』『病気がなおる!』などという謳い文句にのせられて、何の効果もない、ときには害のあるものですら買わされることになるのだ。


「うるさいわね。私はO型なの。だから、テキトーな性格なのよ!」


 スピーカーから、女がいかにも頭悪そうに言った。その口ぶりは、あたかも自分の性格的欠陥を血液型のせいにして、安心しようとしている感じだった。

 自分がズボラであることを、『O型だからしかたない』と責任逃れしたいだけなのだろう。

 バーナム効果、と呼ばれる概念がある。これは興行師であったフィニアス・テイラー・バーナムなる人物が提唱した説で、要約すれば『誰にでも当てはまるような性格にまつわる曖昧な説明を、あたかも自分のことのように思い込んでしまう』現象のことだ。

 人間の性格には、いろいろな側面がある。どんなにしっかりとした人物であっても、時と場合によっては、テキトーな態度になることもあるだろう。

『テキトーである』というのは、あくまでもひとつの側面にすぎず、多かれ少なかれ誰もがもっている性格の要素である。それを、『自分はO型だからテキトーな人間』と決めつけてしまうのは、あまりにも浅はかだと言わざるをえない。


「とにかく! 私はテキトーだから、こまかいことは気にしないの。虫けら以下のB型がなにをわめこうが、気にしないわ!」

「だからそれが……」

「うるさいわね。B型ごときが歯向かうんじゃないわよ。いますぐ皆殺しにしてあげる!!」


 スピーカー越しに、女がくぐもった声で叫んだ。倉庫にただよう霧がいちだんと強くなった。刺激臭が鼻の奥をつく。頭のなかが、くらくらしてきた。


 もう……ダメだ……。


 僕はその場に倒れた。さっきまでスピーカーに向かって反論していた男も、倒れた。すでに死んでいるようだ。

 周りの人達も、次々に死にはじめた。


 世の中とは理不尽なものである。

 正しい判断をする人間が、常に報われるとは限らない。むしろ世の中の多くは、間違った判断をする人間によって決められてしまうものなのだ。



「あはは! 死んじゃえ、B型どもめ! あはははは!!」



 女が笑っていた。その白痴じみた笑い声を聞きながら、僕は死んだ。

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