逢坂真生は憂鬱だった
毒針とがれ
お題『シチュエーションラブコメ』
逢坂真生は憂鬱だった。
夏、うだるような暑さの公園で一人、木陰で水分補給をしている。だが、この煩わしい猛暑すら、これから訪れる出来事のことを思えばなんてことはない。
ゆっくり目を細めて、公園の入り口を見る。
半ば彼女のテリトリーらしき公園の敷地に、足を踏み入れてくる者がいた。制服を着た、同じ年頃の男子。
「こんにちは、逢坂さん」
すると、こちらに向けて男子が親しげに手を振ってくる。
やれやれ、懲りないやつだな。
綺麗な漆色の長髪をボリボリと掻いて、うっとうしそうに逢坂は言う。
「また来たな、矢原良介め」
「うん、また来たよ」
「アタシ、呼んでないんだけど」
「僕も呼ばれてないし、今日も勝手に来たよ」
はい、一つ目のノルマ終了。
もはや何度目になるか分からない、無駄なやりとり。
逢坂が公園に居着くようになってから今日まで変わらない、変わらなさすぎて挨拶の一部にさえなってしまった会話。
「毎日毎日よく飽きないよね。どうして学校を休んでまで会いに来るのか、アタシは不思議でたまらないよ」
「飽きるわけないでしょ」
逆に、矢原の方に不思議な顔をされてしまう。
来るな。
平然を装いながら、逢坂は心の中で密かに準備を整えた。
「僕は、逢坂さんのことが好きなんだから」
「・・・・・・あっそ」
はいはい、二つ目のノルマ終了。
どうにか顔色を変えずに、やり過ごすことができた逢坂だった。
「アタシ、ちっとも嬉しくないからな」
十分ほど経った後、ようやく逢坂は口を開いた。
「あんたに好きだって言われても全然全然全っ然嬉しくない。むしろ、どうして好きになられちゃったんだろうって残念な気持ちになる」
辛辣な物言いで、ブスブスと突き刺してみる。
「知ってるよ、逢坂さん。だから僕の片思いなんだ」
だがこの矢原良介、ひるまない。
見かけこそひ弱な高校男子にしか見えない(実際、体育の体力測定ではビリに近かった)が、対逢坂になると信じられないくらい図太いし、図々しいのだ。
さて、どうするか。
「ねえねえ、最近ずっと考えてることがあるんだけど、相談に乗ってくれない?」
「いいよ、何?」
「どうしたら矢原良介がアタシのこと嫌いになってくれると思う?」
「ならないと思う」
「簡単に諦めないで。アタシずっと悩んでるの、夜も眠れないくらい」
「諦めなよ逢坂さん、そうしたら夜もぐっすり眠れるよ」
「このストーカー野郎」
「知ってる・言われ慣れてる・あと実際見張ってる」
「マジの変態かよ、矢原ぁ~」
一戦目、あえなく敗北。
素直に打ち負かされたことを認めて、逢坂はゴロンと芝生に寝そべって空を見上げた。
いや、嘘。
青空を見るフリをして、こっそり隣の男子の顔を盗み見ている。
お世辞にも、整っているとは言いがたい顔面。
ニキビの出来た肌。寝癖みたいなくせっ毛。いかにも「勉強だけが取り柄です」って雰囲気の陰キャメガネ。スクールカーストの上位にいた逢坂とは間違いなくヒエラルキーが違う。賭けてもいい、100%童貞。
「ねえ矢原、正直に言うね」
「うん」
「アタシ、あんたのこと大っ嫌いだったよ」
「知ってるよ。ていうか、それ前にも聞いたし」
ダメだ、やっぱり口では勝てない。
二度目の敗北を受け、逢坂は勢いよく芝生から立ち上がる。そのまま公園に備え付けられた自販機に直進しチャリンチャリンと小銭を投入。ミネラルウォーターの購入ボタンを押・・・・・・
待て、こんなんじゃダメだ。
さらに小銭を追加して、やっぱりコーラの方を購入。ガチャン。自販機の中からコーラのペットボトルが落ちてくる。
「よく聞け、矢原。今からアタシは、これをあんたの顔にぶっかける!」
「どうぞ」
「顔にだけじゃない。盛大にぶちまけて、制服だってビショビショにしてやる!」
「だから、どうぞ」
「アタシは本気だからな!」
ペットボトルの蓋を開けると、黒い液体からプシューと炭酸の抜ける音がする。
本気、本気、アタシは本気。
本気で今から、矢原にコーラをぶっかける。
長い深呼吸をして、逢坂は何とか胸の動悸を落ち着ける。そして、やがて意を決したように、
びしゃっ。
矢原の顔に、コーラの液体をぶちまけた。
メガネのレンズが黒ずんで見えなくなる。ポタポタと髪の毛の先からコーラが滴り落ちていく。甘い香料の匂いが制服の布地に染みていく。
「・・・・・・逢坂さん」
びくっ。
名前を呼ばれた逢坂の胸が飛ぶように跳ねる。どくんどくんと動悸が始まる。
なに、なに、なに?
何を言うつもりなの、矢原?
期待と不安の入り交じった胸中。そんな逢坂を見ながら、矢原は言った。
「これ・・・・・・『漆黒の水に濡れた堕天使』って感じで、ちょっとかっこ良くない?」
ガクッ!
予想の遙か斜め上を行く発言に、思わず脱力してしまう逢坂だった。
そんなわけで、日も暮れてきた頃。
「アタシ、そろそろ帰るから」
夕焼け空を見上げながら、逢坂が立ち上がった。
今日もいつも通りの流れだった。矢原に好きと言われ、嫌われようと試みて失敗して、時間切れで帰路につく・・・・・・
「明日からは来ないでよ。学校休まれてまで会いに来るとかほんとドン引きだからさ」
「逢坂さん、一つ聞いていい?」
「あーはいはい知ってるあんたはそういう男・・・・・・って、え?」
いつも見送りの言葉をされるところで違うものが挟まれて、逢坂は少しだけ戸惑った。
「何? さっきのネーミングの感想だったらノーコメントだけど」
「そうじゃないよ。もっと真面目な話」
「じゃあ何よ、早く言って」
苛立ったように、逢坂は急かす。
すると、少し躊躇った後に、矢原は言った。
「もしも僕が逢坂さんのことを嫌いになったら、どうするつもりなの?」
「死ぬよ」
当然の気持ちを、素直に伝える。
「矢原がアタシのことを嫌いになってくれたら、アタシは心置きなく首を吊って死ねる」
ちょっと前のことだ。
逢坂には付き合っていた、少なくとも自分はそう思っていた男性がいた。年上の、垢抜けた雰囲気の大学生だった。クラスの男子たちとは違う余裕のある態度に惹かれて逢坂はどんどん好きになっていった。
そのまま、流されるようにセックスした。
次の日、そのときの動画がインターネットにアップロードされていた。
遊ばれていたのだと気づいたときにはもう遅かった。学校の皆にも発見されて、その日から明らかに奇異の視線を向けられるようになった。たくさんいた友達にも一斉に距離を置かれた。「ああ、あの人が例の・・・・・・」話したこともない生徒の間でも噂になっていて、何度も吐き気がした。あることないこと言われまくって、ずっと頭痛が取れなかった。
死にたい。
素直にそう思った。あの日から身も心も汚れ物になってしまったような感覚がして仕方がなかった。親しかったはずの友達たちが自分がどこかに消えてなくなることを望んでいるのが悲しかった。首を吊って死んで、この苦しみを全部終わらせてしまいたかった。
そんな気持ちで逢坂が教室の机に座っていたとき、
一度も話したことのなかったはずの矢原が、クラスの皆の前で言ったのだ。
「逢坂真央さん、ずっと前から好きでした。僕と付き合ってください」
あのときと全く同じ言葉を、矢原は再び逢坂に言った。
どこにも行かせないと言わんばかりに、逢坂の手を強く握って。
「・・・・・・なんでだよ」
逢坂は、苦笑してしまう。
「嫌ってくれたら死ぬって言ってるじゃん。なんでそういうこと言うかなぁ、矢原くんは」
「好き、好き、逢坂さん超好き」
矢原は質問に答えなかった。ただひたすら、つなぎ止めるように同じ言葉を繰り返す。
「好き、好き、超好き、逢坂さん世界一好き」
「もー、だからちっとも嬉しくないっつーの」
嘘ではない。
この言葉だけが、この気持ちだけが、とっとと死んでおさらばしたいクソッタレな世界に逢坂のことをつなぎ止めている。生きることをやめたくないと逢坂を躊躇わせている。
だから逢坂真生は、とても憂鬱だった。(完)
逢坂真生は憂鬱だった 毒針とがれ @Hanihiro
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