これ(カップめん)を食べたかったら、僕とキスをしろ
おしゃかしゃまま
第1話これ(カップめん)を食べたかったら、僕とキスをしろ
「で、どうするの?」
メガネをかけた男子生徒に問われ、金髪の、目つきの悪い女子生徒は、唇を噛みしめた。
「……どうするの、って? 今の、本気か?」
「ええ本気です。これを食べたかったら……」
そう言って、男子生徒は、カップめんを女子生徒の顔の目の前で揺らす。
そのカップめんは、女子生徒にとって二日ぶりに見た、マトモな食料。
「僕とキスをしろ」
文明が崩壊した世界で、金髪の女子生徒はメガネの男子生徒に、キスを強要されていた。
ことの始まりは、二週間ほど前にさかのぼる。
突如、世界中に、おとぎ話やファンタジーに出てくる化け物、魔物達が現れた。
魔物達はあっという間に、人類が築きあげてきた文明を崩壊させ、人々を虐殺しはじめた。
そんな中、金髪の女子生徒は、学校を休んでいたこともあり、自宅にいた。
高層マンションの一番上の階。
魔物が現れてすぐは、まだインターネットがつながっていたので、それで女子生徒は外の様子を知り、自宅に籠城することにした。
二週間、家にあった食料品を消費しながら、家族の帰宅を待ちつづけた。
そして、やっと来たのが、家族ではなく、メガネをかけた男子高校生。女子生徒のクラスメイトだったのだ。
「なんで、アンタなんかと……」
食料品が完全に尽きたのが昨日。その数日前からクッキーなどのお菓子で食いつないでいた女子生徒にとって、カップめんは喉から手がでるほどに欲しい、食べたい品物。
しかし、そのために、クラスメイトとキスをするというのはためらいがある。
それに、許せないこともある。
「お前、今の状況わかっているのか? こんな時に、女の子を脅して……そんなヤツとキスが出来るか!!」
いくら空腹であろうと、女子生徒にはプライドがあった。
カップめん一つでキスを売るほど、安い女ではないのだ。
キスを拒否した女子生徒に、しかし男子生徒は一切の動揺も見せない。
「今の状況はよく知っていますよ。だって学校からここまで歩いてきたのだから。普通ならここまで、一時間もかからないでしょう。なのに、まさか二週間もかかるなんて、何回もドラゴンとかの魔物に襲われて死ぬかと思いましたよ。大変な状況だ。もう、人類は滅亡するのかもしれないですね。少なくとも、前みたいに安全な生活は保障されない。僕もいつ死ぬかわからない。だから……」
男子生徒は、女子生徒の目を見て、力強く言う。
「僕は、アナタとキスがしたい」
「…………は?」
女子生徒は、首をかしげる。
「いや、意味が分からないんだけど。なんで、滅亡するかもしれないのに、死ぬかもしれないのに、私とキスをしたいのか……」
「いやいや、だから、死ぬ前に心残り残したくないでしょ? やりたいこと全部したいと思って。そのために、僕は二週間もかけて、ここまで来たんですよ?」
男子生徒の言葉を反芻し、その意味するところを推察し、そして、女子生徒は顔を赤くした。
「……は? いや、え? ちょっと待て。お前、今の言葉気をつけろ。なんか、それだと、お前、私とキスするために命がけでここまで来たみたいな……」
「だから、そう言っているでしょう?」
「っっっっつ!???」
しっかりと、はっきりと男子生徒に言われて、女子生徒の顔はさきほどよりも、真っ赤に染まる。
「ば、バカじゃねーの!? 何いきなりそんな事……そんな……」
女子生徒は、胸に手を当て、大きく深呼吸をする。
(お、落ち着け。とりあえず、まずは……そう、はっきりさせておきたいことがある)
女子生徒は、キッとにらみつけるように男子生徒と向き合う。
「つ、つまり、お前は私の事が好きってことだな!?」
女子生徒の問いに、しかし男子生徒は首をかしげる。
「……いや、別に」
「なんでだよ!! お前は私が好きだから危険を犯してここまで来たんじゃないのかよ」
「いや、単純に、学校で魔物が他の人を襲っているのを見て、『うわー僕死ぬかもなー死ぬんだったら、死ぬ前に何かやり残したことをしないとなー』と考えて『そう言えばキスをしたことないなーキスは死ぬ前にしてみたいなー』となり、アナタの家に」
「おかしいだろ!! キスがしたいだけなら、そこら辺のヤツでいいだろ! 学校にいたんなら、他に可愛い女子いただろ!!」
「いや、どうせならキスが上手そうな人がいいじゃないですか。アナタがクラスメイトの中で一番キスが上手そうだったので」
「最悪だな! お前!! 私のドキドキを返せ!!」
涙目でツッコんだ女子生徒に、しかし、男子生徒は笑顔を見せた。
「ドキドキしたんですか?へぇー」
「うるせーよ!! そこに反応するな!!」
男子生徒はニヤニヤしている。
「と、とりあえず、そんな理由ならキスは出来ない。さっさと帰れ! このバカ!」
「……つまり、理由さえ良ければキスが出来た、と?」
「そういうこと言っているんじゃねーよ!!」
女子生徒はフーフー唸っているのだが、男子生徒は頭を軽く抱えて『しまったなー』とどこか余裕を感じさせている。
「本当に、帰れよ。これ以上いるなら、警さ……いや、ぶん殴るぞ?」
警察なんて組織はもう機能していないだろうと、女子生徒は拳を握って見せる。
「まぁまぁ、とりあえず落ち着いて」
「落ち着けないのはお前のせいだからな!」
女子生徒の拳を軽く避けながら、男子生徒は言う。
「よく考えましょうよ「。カップめんが今、どれだけ貴重なモノかわかっていますか? 正直、外だとこれ一つのために殺し合いがあっても不思議じゃないんですよ?」
「……うっ」
男子生徒に言われて、女子生徒は、動きを止める。
確かに、今の世界では、カップめんは貴重なモノだ。
前は、百数十円で売られていたモノではあるが。
「そんな貴重なカップめんを、キスするだけで手に入れられる。これはかなりお得な取引だと思いますが……」」
「うぐぐぐ……」
女子生徒は、唸る。確かに、男子生徒の言うことも一理あるのだ。
「……いや、でも……」
「いいじゃないですか。別にハジメてってわけじゃないんでしょ? じゃあ、一回や二回、僕はハジメてなんだから……って、ん?」
やけに、顔を赤くしてモジモジと落ち着かない様子を見せた女子生徒に、男子生徒は、首を傾げる。
「……え? もしかして、アナタ、今までキスの経験が……」
「う、うるせーよ! なんだよ! なくて文句があるのかよ!!」
女子生徒、実はキスどころか、異性と手を握ったこともなかったりする。
「……へぇー。まさか、ね。へぇー」
「なんだよ。ちくしょう。もういいだろ。私はお前が思っているようなテクニシャンじゃないんだ。だから、別のヤツとキスをしてこい」
顔を赤くしながら、女子生徒は男子生徒を追い払うような仕草をする。
しかし、男子生徒は動かない。
「いや、僕はアナタとキスがしたい」
「なんでだよ!! 私はキスが上手くないってわかったじゃねーかよ!!」
女子生徒の言い分に、男子生徒は呆れたように息を吐く。
「いいですか? 僕はアナタがキス上手だからキスがしたいわけじゃない。アナタがキスが上手そうだから、キスがしたいんです」
「……わけわかんねーんだけど」
「じゃあ、わかりやすく言いますね」
女子生徒が困惑した表情を浮かべていると、男子生徒は女子生徒の手を取る。
「僕は、アナタのその柔らかそうな唇とキスがしたいんです」
「んなっ!?」
驚愕している女子生徒を無視して、男子生徒は続ける。
「いつも、しっかりと手入れしているんでしょうね。ぷるぷるとした、まるで旬の果実を思わせるようなアナタのみずみずしい唇と、僕はキスをしたい。アナタのその、力強い意志を思わせる、切れ長の目で見られながら、僕はアナタとキスがしたい。絹のような、柔らかくて、艶があるアナタの頬に、キスがしたい。星々のように輝くアナタの美しい金色の髪の感触をこの手で感じながら、僕はアナタとキスがしたい。一息すえば、肺の奥まで焦がすような、甘い香りがするアナタのにおいに包まれながら、僕はアナタとキスがしたい。アナタの……」
「や、やめろーーーーーー!!」
耐えきれなくなり、女子生徒は男子生徒の口を塞ぐ。
「お、おま、お前! お前は! そんな風に私の事見ていたのか!? なんて事を……」
「そりゃあ、アナタな魅力的でしたから……」
「っっっっっっっつ!?」
女子生徒は完全に顔を赤くして、動かなくなる。
「……じゃあ、もう一度聞きますね」
男子生徒はカップめんを女子生徒の目の前で振る。
「これを食べたかったら、僕とキスをしろ」
それから、しばらくして、男子生徒は女子生徒の家を去っていった。
男子生徒が去った後の女子生徒の家には、カップめん以外の食料品も大量においてある。
「……何が『キスだけじゃ、ちょっと……』だよ。チクショウ!」
女子生徒は、おかれている食料品を見て、壁を殴る。
その顔は、真っ赤になっていた。
結局、このあとも男子生徒は女子生徒の家を訪ねるようになり、彼らは末永く生きながらえたとさ。
めでたしめでたし。
これ(カップめん)を食べたかったら、僕とキスをしろ おしゃかしゃまま @osyakasyamama
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