オモイデ

 無事遅刻することなく登校する事が出来た私たちは、退屈な入学式を終え割り振られたクラスへと移動した。なんの偶然か、私と幸は同じクラスだ。流石に出席番号が離れているので席は遠い。私が窓際の後ろで、幸が教卓の正面。ちらりと視線を送るが、背中越しには伝わないらしい。

「おい、私が隣にいるのに挨拶もなしか? 」

 突然、金髪の不良に絡まれた。首を決められ、頬を拳でグリグリされる。一体なんなんだこの暴力的な不良は。せめて常識を学んでから高校生活に参加して欲しい。

「今失礼なこと考えてなかったか? 」

「義務教育からやり直せなんて、一切考えてません 」

「おま、親友に対してなんて事を…… 」

 自称親友の腕から頭を抜き、拳を叩く。

「はいはい。自称親友さん。ホームルーム始まるから席に座ろうねー 」

 少し冷たく答えると、自称親友を名乗る不良は寂しそうに自分の隣に座った。

 しばらくクラスメートとなった人と話をしていたら担任の教師がやってきた。美人な先生だ。

「遅れてごめんなさい。このクラスの担任になった伏見です 」

 見た目通り、真面目そうな人だ。担任の挨拶が終わったところで、私たちの自己紹介が始まった。私は出席番号が6番なので、すぐに自分の番になってしまった。まだ何言うか決まって無かったんだけど。

「榎本 美来です。趣味はスポーツですが、部活に入るつもりは今のところありません。これからよろしくお願いします 」

 ありきたりな自己紹介になってしまったが、変に滑るよりはよっぽど良いだろう。第一、他のみんなもこんなものだし。

「神崎 エリカです。イギリスと日本のハーフで、この髪は地毛です。別に不良とかじゃないです。よろしくお願いします 」

 隣の不良も自己紹介を終える。わざわざ自分のことを不良じゃないとか言うなんて、よっぽどそう思われたくないんだろうな。実はエリカとは中学の時からの付き合いで、私の所属していた陸上部にエリカも所属していたのだ。入部当初、というか、入学当初からその見た目から不良だと思われてほとんど1人で過ごしていたのを見て、私が声をかけたのだ。それからエリカは私とつるむようになり、こうして同じ高校に進学する程には仲良くなった。話してみると気さくないい子だが、打ち解けるまではかなり威圧的な態度を取っていたので、恐らく本人も後悔しているのだろう。だから今はこうして威圧的にならずに自己紹介をしたのだ。多分エリカの友達私だけだし、増やしたいんだろう。

 っと、エリカの次は幸だった。

「小泉 幸です。最近引っ越してきたばかりでこの辺りの事はあまり分からないので、教えてくれると嬉しいです。1年間よろしくお願いしますね 」

 幸の見た目からだろうか。微笑んでいる姿はどことなくお嬢様を感じさせた。

 幸に見惚れていると、隣から机を叩かれる。

「あの子おっぱいめっちゃでかくない? 」

「おっさんかよ」

 私が突っ込んだにも関わらず、エリカは続ける。

「私もある方だとは思ってたけど、あの小泉さんって子は格が違うわ 」

 耳を澄ますと、男子からもでけーなどの声が聞こえてくる。あまり私の幼馴染をそういう目で見てもらいたくないけど、確かに幸の胸は大きい。それはそれは立派なメロンでも入れてるのかと言いたくなるくらいだ。

「私もあれくらい欲しい〜 」

 自分のを撫で下ろしながら私に同意を求めるように視線を送る。

「なんで私に振るのよ 」

「いやぁ?自称Bカップの女の子も同じ気持ちかなって 」

「なっ! 」

 確かに、私の胸は小さい。でも、全くないという訳では無い!はず。自分の胸に手を当て、撫で下ろそうとする。が、その手は虚空を撫でるだけだった。

「そう落ち込むなって。女の子の成長は中3までらしいよ 」

「私は信じない! 」

「そこ!静かにしなさい! 」

 顔を埋めるのと先生に叱られるのはほぼ同時だった。

 クラス全員の自己紹介が終わり、配布物が配られ入学初日の学校生活は終了した。他の子は元々仲の良かったグループか新しく仲良くなったグループで分かれていて、今日の予定を話している。もちろん、私も誘われたりしたが、今日は少し幸と話したいことがあるので申し訳ないが断った。

「あれ、幸は? 」

「おっぱいちゃんならさっさと出て行ったけど 」

「変なあだ名を付けるな 」

 軽くチョップを食らわせ、エリカと共に教室を出た。

 昇降口までの道のりで関係を聞かれたので、軽く説明すると少し複雑そうな顔をされたのはなんでなのだろうか。

「あれ、なんだろこれ 」

「ラブレター? 」

 靴箱を開けると、そこには1枚の紙が入っていた。『正門の前で待ってる』とだけ記されたその紙は、ラブレターと呼ぶにはシンプルすぎる。それに、その文字は明らかに女の子の書いたものだろう。この髪の差出人が誰かはすぐにわかった。

「ごめん、私行くね 」

「いいよ。どうせ正門抜けたら家は逆方向だし 」

「ありがと 」

 軽く礼を言い、駆け足で正門まで向かった。門を抜けてすぐ横に、彼女はいた。

「遅いよ 」

「ごめんって 」

「じゃあ、行きましょう 」

「どこへ? 」

「私たちの、思い出の場所! 」

 さっき見せた笑みよりも数倍明るい笑顔を向けて、早足で幸は歩く。あぁ、まるで昔のようだ。幸が先に進み、私がそれを追いかける。そしてそのあとは……

「美来ちゃん 」

 私が追いつき、横に並ぶと必ず名前を呼ぶ。そんな事を覚えてたんだ。

「美来ちゃんってば 」

「あぁ、ごめん。考え事してた 」

「もぅ。私この辺りあんまり詳しくないんだから、案内してよ」

「数年前まで暮らしてたじゃん 」

「私が覚えてるのは幼稚園までの道のりと公園くらいよ 」

 確かに私たちの活動範囲はその辺までだったけども。それでも親と一緒に歩いたりはしたでしょうに。

「じゃあ、とりあえず商店街行こっか 」

「それもいいけれど、私、もっと行きたいところがあるわ 」

「え? 」

「言ったでしょう?私たちの、思い出の場所って 」

 なんだ。それならもっとハッキリと言ってくれればよかったのに。

「公園、行こっか 」

「えぇ! 」

 本日4度目の笑顔を、私は直視することが出来なかった。その笑顔はあまりにも可愛すぎるから……。


「わぁ! 」

 しばらく歩き、ようやくたどり着いた。私の家の近くで、私たちの思い出の場所。遊具は滑り台とブランコしかないが、良くここで鬼ごっこやおままごとをして遊んでいた記憶がある。父親役はずっと私だったが。だから、ここは思い出の場所。私たちの唯一の場所だ。

「美来ちゃん、久しぶりにやりましょうか 」

「え?鬼ごっこ?この歳で? 」

「違うわよ 」

 少し不機嫌そうに言う。今日はなんだかよく表情が変わりますね。

「じゃあなに? 」

「おままごと! 」

「はぁ? 」

 予想よりも遥かに幼稚で、それでいて真面目な顔でアホな事を言う幸に対して、ついエリカに対する口調で言い返してしまった。

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