第17話 出発前夜・・・

さては金曜日。ホルモン屋でクリスマスのイブイブプチパーティ。参加者は秀雄と進也とリナと親方。

進也はケーキを、秀雄はシャンパンを、リナは花束をそれぞれ持ってきた。悪く言えば薄汚い、良く言えば味のある店内。その一角だけが華やかに彩られる。

カウンターはリナを中心にして、両サイドに進也と秀雄が座る。親方はカウンター越しの参加である。

いつものようにミックスホルモンと塩キャベは注文する。これは外せない。それと奥の厨房では親方が焼いている七面鳥がいい匂いを運んでいる。

秀雄が持ってきた三角帽子をみんなで被り、パーティの始まり始まりぃ。

座を仕切るのはもちろん秀雄だ。シャンパンを開けて乾杯の音頭を取り、七面鳥はまだかと騒ぎ出す。リナはその様子を見ておなかを抱えて笑っていた。

「ほおら焼けたぞ。」

親方が奥から大きな皿で七面鳥を運んできた。

「シンちゃんもリナちゃんも明日やな。気ぃつけて行っといでな。もう雪降ってるやろ、向こうは寒いぞ。」

「オッチャンありがとう。楽しんでくるわ。お土産は何がいい?」

「せやな、リナちゃんがくれるんやったら何でもええで。」

秀雄は呆れたように親方に突っ込みを入れる。

「おっさん、鼻の下がめっちゃ伸びてるで。人の女に手ぇ出したら閻魔さんにケツの穴ほじられんぞ。」

「アホ、手ぇなんか出せるかい。リナちゃんにな、シンちゃんのことよろしくってお願いしてるだけやないか。ヒデちゃんの嫁さんにも頼んだろか?」

「堪忍してくれ。それより七面鳥食べよ。こりゃウマそうや。」

楽しいクリスマスのパーティは店内の他の客もどんどん巻き込んいくこととなり、挙句の果ては全員参加のパーティとなってしまった。

結果的にそのパーティは朝まで続くことになるのだが、翌日の朝が早い進也とリナは先に帰ることにした。

「リナ、そろそろ帰ろうか。明日も早いし。ヒデちゃん、明日も起きるん早いから先に帰るで。親方もありがとう。お土産楽しみにしててな。」

「気をつけて行っといでや。」

店を後にした進也はリナを駅まで見送りに行く。

「明日、伊丹空港八時半集合。大丈夫?起きられる?」

「シンちゃんこそ大丈夫?ほんなら六時にお互いに起こし合いっこしよ。」

「よし、六時ちょうどにな。じゃあお休み。」

改札口での抱擁シーンはこれで何回目だろう。もう抱擁ぐらいでは周囲の目は気にならなくなっていた。それでも流石に口づけは憚れるべきだった。無理にここでしなくても、明日から丸二日間はずっと一緒にいられるのだから。

そう思ってリナの体を離し、そっと改札の中へと送り出す。そしてリナの姿が見えなくなるまで手を振った。



翌朝、六時少し前に目覚めた進也はケータイの前に鎮座していた。先にかけようか、かかってくるのを待とうか迷っていた。

そして五時五十九分。進也は思い切ってかけてみる。と同時に進也のケータイのベルが鳴った。

「おはよー!起きてた?ちょっとリナの方が早かった。」

「ずるいな、三十秒早いで。ボクも今かけようと思ってたけどな。ほんなら八時半集合やで。待ってるわな。」


そしてその八時三十分。伊丹空港国内線ロビー。向こうから進也とリナがやってっくる。結局は駅で鉢合わせした二人、空港内へはこぞって足を踏み入れた。

出発時間は十時十分。チケット確認と手荷物検査で少々時間がかかる。それでも一昔前よりは楽になったものだ。

出発を待つ間、ロビー前のショップにてコーヒーで暖を取る。朝が早かったので、まだ体が目覚めていない。

「昨日は良く眠れた?」

進也は眠そうな目をしているリナに話しかける。

「ううん。興奮して眠れんかった。シンちゃんは?」

「ボクは普通に寝たかな。」

「頼もしいな。やっぱり頼りになるなあシンちゃんは。」

天気は上々、雪もさほどないらしい。雪に慣れていない二人には朗報かもしれない。

やがて出発の時間がやってくる。するとリナがはしゃぎだした。

「飛行機乗るんも初めてやし。めっちゃ緊張するやん。落ちたらどうしよ。」

「落ちたらなかなか助からんやろな。ほんでも今時飛行機で落ちるなんて、宝くじ当たるより難しいらしいで。」

とは大げさだが、自動車事故よりは明らかに少ない数字がデータとして弾き出されているのも事実である。


フライト時間は約一時間四十五分、新幹線のことを思えばあっという間に到着する。

飛行機を降りて空港の玄関を出た途端、目前に広がっている雪景色に感動するリナ。

「わあ凄い。何かドキドキする。」

リナにとっては初めての北海道。見るものすべてが初体験。その辺に普通に積もっている雪でさえ物珍しい。

「さてお嬢さん、とりあえず荷物をホテルに詰め込んで、市内見学にでも行きますか。」

「アイアイサー。よろしくお願いします。」

ちょっとふざけたやり取りがあったのちに札幌へ向かう。新千歳空港から札幌までは快速を使って約四十分。大きな荷物を抱えているので移動も一苦労だ。札幌市内へ到着すると、メインストリートから公園まで一面の雪景色が広がっていた。

「うわあ、すごいなあ。こんなにたくさんの雪って、スキー場以外で見たことないで。」

「歩く時、気ぃ付けな滑ってこけるで。絶対走ったらアカンで。」

「うわっ、ほんまや。道路ツルツルやん。」

歩き慣れない雪道だったこともあり、ようやくホテルに辿り着いた時には、そこそこ疲れていた。

チェックインには時間が早かったが、荷物だけ預けて市内観光に乗り出す。まずは時計台だ。ホテルから時計台までは徒歩で約十五分。散策しながらの距離としては妥当な距離だった。大通公園を横切り、路地に入ると時計台はすぐに見つかった。

「ちっちゃ。噂通りのちっちゃさやな。」

とはリナの第一声。

一応記念撮影はしておく。

「どうやったらあのアングルで撮影できるん?」

「リナ、きっとこっからやで。」

進也が示したのは足元から約十センチのところ。

「それはええわ。思い出の写真だけ撮れたらええねん。ウチ写真家やないから。ほんで次はどこ行くん?」

「メイン通りにあるテレビ塔でも見に行くか。ほんで途中のどっかでランチしよ。」

「そうやな。おなかペコペコや。」

「予定通りラーメンにする?それとも海鮮丼にする?」

しばらく考えたフリをして、神妙な顔で答えるリナ。

「折角やから海鮮丼にしよかな。」

ニヤニヤとした顔しながら、リナに向かって手を伸ばす進也。

「絶対そう言うと思った。」

直線距離ではすぐそこだったが、わざわざ大通公園を経由してランチの店を探す。

しばらく歩いていると、海鮮の店が見つかった。観光客で賑やかだったが、ちょうど二人分の席が空いたところだった。

魚卵好きの進也はイクラとトビッコと数の子の丼を、海鮮目当てのリナはカニとホッキ貝とサーモンが乗った丼を注文した。

モーニングを軽く済ませてきた二人にとって、一杯ぐらいの丼をペロリと平らげることは造作なく、ときおり丼を交換しながらお腹を満たした。

食後は散歩がてらのテレビ塔見学。エレベーターで上まで昇ると、札幌の市内を一望できる。雪の積もった札幌市内は清楚で美しい。

「ええ景色やな。綺麗や。」

うっとりとした顔をするリナ。そんなリナの顔が可愛いと思う進也。

「シンちゃん、こっちに来て。」

進也はリナに呼ばれて隣に立つ。上から見える景色を背景に記念撮影を忘れない。

「シンちゃん、新婚旅行もココへ来よか。」

「ボク、まだプロポーズしてないで。」

「せやったな。まあ、結婚したらの話やな。」

すると進也はポケットからなにやら取り出した。

「もうちょっと後でするつもりやったけど、折角リナが切り出してくれたんやし。」

そう言ってリナの目の前で片膝をついた。

「リナさん、幸せにします。ボクと結婚してください。」

いきなりのことに呆然とするリナ。自ら口に出した冗談のつもりが、現実に今、目の前で演出されている。そして二人の周りには多くのギャラリーが集まってきた。

「シンちゃん。こんなとこで恥ずかしい。」

「ボクと結婚してください。」

リナの顔がどんどん赤くなっていく。

「もう、シンちゃんはずるい。いきなり過ぎて心臓が止まりそうや。」

そう言いながら進也に抱きつくリナ。

「そんなんOKに決まってるやん。えーん。」

進也の胸の中で大粒の涙を流すリナ。

周囲に居合わせた客も皆一様に拍手を送っている。

「ありがとう。絶対に幸せにするからな。」

二人は周囲の目も気にせずにキスを交わす。周囲の拍手はさらに大きくなっていた。

拍手が鳴り止む頃、進也はケースから指輪を取り出してリナの指にはめる。リナは再び進也にキスを捧げる。多くの見知らぬ人々からの祝福を受ける二人。その見知らぬ人たちが二人の様子を写真に収めていた。今夜の札幌界隈はインスタグラムもブログも、きっとこの写真の話題でもちきりになることだろう。


サプライズセレモニーを終えて、まだ火照りが治まらぬままの二人は、テレビ塔を後にしてホテルに向かう。

「もうビックリした。ホンマに心臓が止まるかと思った。」

「だって、リナがその話を切り出すから。ホンマは今夜のディナーが終わるタイミングにしよかなと思ってたんやけど、もしかしたらサプライズのシチュエーションがあるかなと思ったし。指輪をポッケに入れといて良かった。」

サプライズ、した方もされた方も体が芯からポッカポカ。札幌中の雪が解けてしまうのではないかと思うぐらいに熱かった。

ホテルに戻ると、既にチェックイン可能な時間になっていた。預けていた荷物と共に部屋へと案内される二人。

テレビ局が用意していた部屋はカップル向けのダブルベッドの部屋だった。ボーイが去った直後、熱い抱擁から二人の時間は始まる。

つい今しがたプロポーズが終わったばかりの二人の体は、確認するまでもなく燃え滾っていた。

進也は今日も美しく輝いているリナをそっと包み込むように抱きかかえる。そして、順繰りに、ゆっくりと素肌を覗かせていく。ほんのりとピンク色に火照っているリナの肌はいつもにも増して妖艶に色づいている。

「シャワーを浴びないと。」

「ボクはこのままでもかまへんで。リナのそのままをボクのモノにしたい。」

熱く火照った体はもう誰にも止められなかった。

衣服を全て剥ぎ取った進也は、リナを抱きかかえてベッドへ連れ去る。なす術もなくリナは進也の餌食になるしかなくなっていた。

進也はリナの体を万遍なく探索しつくし、その一部始終を彼の目に鼻に、そして手のひらに覚えこませた。

そして最後に唇に戻ってくるのだ。祠の中では待ちくたびれた女神が進也を歓待する。ネットリとした愛撫が二人の情熱をさらに滾らせる。

リナも思い出したように進也の昂りを探し当てていた。それはいつもよりも熱く、いつもよりも激しく震えていた。

誘われるように口づけを施すリナ。進也の昂りはリナの祠の中を暴れまくり、女神を困らせた。ときおり嗚咽する悲鳴にも似た声が進也を狼に変えた。

その瞬間、進也はリナを広々としたベッドの中央へおびき寄せ、更なる陵辱を施していく。リナの祠は進也の思うとおりに陵辱され、リナの洞窟は進也の思うとおりに弄ばれた。進也の思うとおりに体を預けていたリナもやがて気が付いたように反撃を試みる。

両の手で進也の昂りを捕まえたリナは、今の今まで陵辱されていた祠の中で粘液による反撃を開始していた。洞窟では熱い泉を噴出させ、進也を溺れさせる。

互いの体を惜しげもなく愛し続ける二人の姿がそこにあった。もはや二人を止める術は見つからない。

やがて進也とリナは互いに上になり下になり、前になり後ろになりを繰り返し、互いの体の一部始終をくまなく調べ上げるかのように確認しあっていた。二人の肌の温度はさらに熱く燃え盛り、全ての物を焼き尽くすかの様な紅蓮の炎と化している。

やがて何度か体を入れ替えたとき、リナの上に覆い被さるように進也がいた。リナは全ての人がひざまずきたくなるようなマリア様に似た慈愛の微笑を浮かべて、そっと進也に手をさしのべる。

最後の時を予感した進也はマリア様に嘆願の意を述べた。

「リナの中でイッてもええやろ?」

「リナの中でイッてくれな嫌や。」

進也はリナに口づけを奉仕し、首筋の匂いを存分に堪能しながら果てる手段を選択した。今までにない快感の咆哮と共に。そしてリナも同時に共演することとなる。

幸せな虚脱感と快楽の後の開放感が二人を包んでいた。

「もう絶対離さへんで。」

「もう絶対離さんといてな。」

そして二人は互いのぬくもりを感じあうように余韻を楽しんだ。

ようやく体の火照りが治まった頃、そろそろディナーの時間が迫っていた。二人でシャワーを浴びるのは何度目だろうか。

互いに染み込ませあった汗を二人で流す。プロポーズの後だけに、既に互いが他人ではないことを意識し始めていた。ほとばしる飛沫さえも二人を羨むほどに・・・。


しばらく余韻に浸っている間に、外はあっという間に暗くなっていた。

そしてお待ちかね、ディナーパーティの時間である。会場へは正装で参加するようにと事前に要請を受けている。リナはドレスに進也はスーツに身を包んでいた。

やがて会場に現れた十組のカップル。その年齢層も幅広い。リナよりも若いカップルもあれば、進也よりも年配のカップルもあった。

会場を見渡した途端、進也は思いも寄らぬ雰囲気に驚かされる。招待されたパーティはクリスマス企画でもあったが、カップル応援企画でもある番組撮影のようだった。ディナーの様子をそれぞれの簡単なインタビューを織り込みながら撮影を行うみたいだ。

「リナ、これって番組なん?」

「うん、そうみたい。なんや撮影はするって言うてた様な気もする。」

もしかしたら、ディナー招待がクリスマスの特別企画番組だったということを知らなかったのは進也だけだったかも知れない。

「ボクはええけど、リナは大丈夫か。」

「アカンかったらシンちゃんが守ってくれたらええねん。」

なぜかリナは半べそをかいていた。

「どうしたん?」

「うん、嬉しいのと恥ずかしいのとが混じって、なんや訳わからへん。」

厳かに始まったパーティは、北海道の厳選素材を活用した見事なフレンチのコースで彩られる。番組のことは予想外であったが、進也もリナも美味しいディナーを堪能した。二人にとって今宵は記念すべき日なのである。

但し、番組に関してはあまり眼中に無く、途中で何度かマイクを向けられたが、何をどのようにして答えたか、進也もリナもほとんど記憶がなかった。ただ、リナがこの旅行中に進也からプロポーズを受けたエピソードを披露し、皆から大いなる祝福を受けたことだけは覚えていた。このエピソードが最大の山場となったため、二人は過去の馴れ初めよりも未来の結婚のことがメインの取材となった。おかげで、リナの名誉を守れただけでなく、番組プロデューサーをも大いに喜ばせることとなった。

やがて約三時間に及ぶ撮影も終了し、二人は会場を後にする。

役目を終えたキャストたちは、それぞれ部屋に戻り、今宵のプライベートタイムを満喫することになるのである。


部屋に戻ると今までの緊張の糸が一気にほぐれる。

リナは突然、来ていたドレスをかなぐり捨てて進也に抱きついてきた。

「もう一回抱いて。今日を忘れられん夜にするために・・・・・。」

進也も妖艶に映るリナの姿に、もはや逃れられない自分を発見していた。

静かな札幌の夜。広いベッドの中央で、そこだけで別世界を創造している二人。どんな音もどんな光も、二人の世界に入ることを許されるはずもなかっただろう。

そんな夜がひっそりと静かに更けて行くのであった。

二人の熱い吐息だけを残して・・・。



翌朝の目覚めは良かった。

すっきりとした表情で太陽の光を浴びる二人。

朝の熱めのシャワーが皮膚を刺激する。

昨日は生まれたままの姿で眠っていたが、シャワーの後もしばらくの時間は生まれたままの姿だった。

「リナ、愛してる。」

「シンヤさん、愛してる。」

昨夜の抱擁からリナは進也のことをこう呼んでいた。

新しい未来が始まる。そんな朝だった。


モーニングを食べている時も多少のインタビューはあったが、昨夜の感想を聞かれた程度で、あまり踏み込んだ内容の取材は無かった。

チェックアウト時、局側のあいさつと共にディナーショウの企画は終了し、参加者たちはそぞろホテルを後にする。帰りの飛行機が出発するまでは自由時間だ。

進也とリナは前もって計画していた温泉へと足を運ぶことにする。札幌から地下鉄に乗って、さらにバスに乗り込むのである。

着いた先は豊平峡温泉、露天のロケーションが素晴らしい温泉だ。

残念ながら二人だけの混浴は叶わなかったが、長旅と慣れないシチュエーションの疲れをほぐすには持って来いの温泉だった。

温泉施設でもゆったりとした時間を過ごせた。景色もよく、都会の喧騒など糞喰らえと言わんばかりの雄大さに魅了されていた。お昼も施設内で済ませて、充分に温泉を満喫した二人は、充実した顔で札幌駅に戻る。

わずか一泊二日の旅だったが、二人にとっては忘れられない、そしてかけがえの無い時間となった。

後はお土産をチョイスすることだけが札幌で残された時間となっていた。

「親方でしょ、ヒデさんでしょ、ナナとシオリでしょ、お父さんとお母さんでしょ。あっ、アカネも。うん、忘れた人はおらんな。完璧や」

「さあ、後は帰るだけやな。また明日から現実の世界に逆戻りやで。覚悟して戻らなアカンな。」

「シンヤさん、ウチのお父さんと会う覚悟は出来てる?」

「そんなんとっくに出来てるで。別に対決するわけやない。ボクがお願いするだけやん。それにリナのお母さんも味方やろ?」

「うふふ、せやな。」

二人はたくさんのお土産とたくさんの思い出をバッグにつめて空港に到着していた。

ロビーでは最終の受付と点呼が行われている。

「あと三十分で札幌ともお別れやな。ええとこやったな、また来よな。」

「うん。絶対来よな。新婚旅行、もう一回ここでもエエで。」

「また帰ったらプランを考えよかな。」

そして二人は仲良く手をつないで、タラップに足をかけた・・・・・・。



大阪では秀雄が今宵もホルモン屋でくだを巻いていた。

「もうぼちぼち飛行機に乗ったやろか。」

「六時の飛行機っていうとったな。それはそうと親方知ってるか?」

「何をや?」

「シンちゃんな、この旅行の間に正式にプロポーズするって言うとったんや。」

「ホンマか?」

「まあアカン事はないやろけど、どんな顔して帰って来るか楽しみやねん。」

その時である、店のテレビで緊急ニュースを報じるテロップが流れた。


=本日午後六時十五分頃、札幌新千歳空港を六時に飛び立った伊丹空港行きの旅客機の交信が途絶えました。飛行機は津軽海峡を越えたあたりから消息が不明になっております。なお、詳細がわかり次第報道を続けます=


「なんやて。六時発いうたらシンちゃんらが乗る言うてた飛行機ちゃうんか。」

「え、え、えらいこっちゃ。ヒデちゃん、シンちゃんに連絡とれる方法ないんか。」

「まだ今はないで。飛行機の中はケータイも繋がらんやろし、あと一時間たたなわからへん。」

その後も延々と特別番組が放映され、やがて乗客名簿が発表される。


=・・・京都府ヤマモトオサム、京都府タチバナレイコ、大阪府スズモトシンヤ、大阪府サトウリナ、大阪府キムラユウジ、大阪府・・・・・=


「ああ、親方あ。シンちゃんとリナちゃんの名前が出とる・・・。ウソやろ・・・。」

ホルモン屋では親方と秀雄がテレビの画面の前で声も無く、ただ固まるしかなかった。秀雄は誰憚ることなく、大きな声を上げて泣いた。

何度も進也とリナの名前を呼びながら・・・



翌日、奥羽山脈の麓、山形県と秋田県の県境付近で粉々になっている機体が発見された。さらにその翌日、最後まで一縷の希望を求めて続けられていた捜索陣の思いが届くことは無く、遂には続々と発見されていた乗客及び乗組員全員の死亡が確認された。その中で、捜索員の間で後々になっても不思議なことと語り継がれていることがある。

多くの遺体が悲惨な姿で発見されていた中、奇跡的に雪の上に放り出された状態で綺麗なまま発見された二つの遺体があった。二つの遺体はがっちりと手をつなぎ、抱き合った姿で発見されており、そのうち女性の方の指には真新しい指輪が光っていたという。


・・・・・進也とリナだった・・・・・。


また、二人の着衣からは、下賀茂神社のお守りが発見されていたらしい・・・。



後日、乗客乗員の合同葬儀がテレビでも放映され、多くの人の涙を誘った。事故の原因は主翼エンジンのトラブルらしいことが後日確認された。されど、失われた命が戻ることはもうない。

進也の両親は既に他界しており、合同葬儀には進也の弟、さらには親方と秀雄が参列し、リナの両親と顔を合わせることとなった。

親方と秀雄は生前の二人の様子と経緯を両親に聞かせる事で慰みとした。母親は経緯の殆どを娘から聞いていたようだが、あまり知らされていなかった父親の悲壮感は尋常ではなかった。

リナの父親は進也に対して多くの恨み言を漏らしたが、母親から旅行の応募をしたのがリナだと聞いて消沈した。結局、親方も秀雄もリナの両親を慰める言葉は、何一つ見つけることができなかった。



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