第15話 八坂神社と連理の賢木・・・
そしてその週の土曜日。進也が予想していた展開になるのである。
先ずはその前日の金曜日。夜の八時頃にリナから電話が入る。
「シンちゃん、ご飯食べた?ちゃんと食べんとアカンよ。明日やけど、京都に連れて行ってほしい。まずは八坂神社。それからもう一つ。なんでかは明日会うたときに話したげる。」
京都の神社仏閣なら目的地としては簡単だ。
「じゃあ、いつものロータリーにクルマで迎えに行くわ。何時にする?」
「そうやな、朝はゆっくりでええし、お昼を食べてから出かけよか。そや、お昼はリナがシンちゃんちで作ってあげる。いずれ二人で住むことになるんやから、今のうちに色々と節約しとかなな。」
リナの声はウキウキと弾んでいた。
「で、何時に迎えに行ったらええの?」
「リナがシンちゃんとこへ行くんやから、B市駅まではバスで行く。B市駅まで迎えに来てくれたらええねん。ほんで一緒に買い物しよっ。」
「大丈夫か?ホンマに迎えに行ってもええで。」
「ええの。明日は晴れやし、大丈夫。ほんならおやすみ。」
これで土曜日の予定は立った。
後は明日の朝が来るのを待つだけである。
どうして八坂神社なのかは不思議だったが。
翌朝十時。リナから電話が入る。
「今からバスに乗るから、混んでなかったら三十分ぐらいで着くと思う。」
電話があってからおおよそ三十分後。途中の道路は混んでいなかったと見えて、予定通りバスが到着し、リナが降車してきた。
「いらっしゃい。よく来てくれたね。今日は何て言って出てきたの?」
「お母さんにはちゃんとシンちゃんとこへ行くって言って来た。」
「ほんならボクの責任は重大やな。」
「もう子供やないねんから、そんなに構えんでもええねん。お母さんは解ってくれたんやから。」
「そうか。ほんで?お昼は何を食べさしてくれんの?」
「何にも考えてない。買い物行こ。」
このあたりはリナらしい。逆に言えば臨機応変に何でも出来るってことだろう。
二人は近くのスーパーに立ち寄り、あれこれと物色して行く。
「何が食べたい?あんまり手の込んだもんは作られへんけど。」
「寒いしな。冷ご飯あるから雑炊でも作ってもらおかな。」
「なんや、そんなんでええのん?楽チンやな。手のかからん人好きやで。」
スーパーで買うものは、万能ネギとつみれ団子と三つ葉、そして舞茸ぐらい。玉子も出汁の素も進也の部屋の冷蔵庫に眠っているものでことが足りる。
「オウチで食べるお昼ごはんやん。シンプルでええねん。二人で食べられるだけで幸せやんか。」
「シンちゃん上手やな。やっぱり女たらしやな。」
「リナが好きなだけやし。」
「うふふ。」
買い物の最中もずっと手をつなぐ二人。
おかげで北風も少しは温度が上がったか。
買い物が終わり部屋に到着すると、二人して昼食の準備にかかる。もちろん作業の前に熱いラブシーンが展開されたことはいうまでもないけれど。
二人の作業は的確だった。
鍋に湯を沸かし、出汁の素とつみれを煮立たせて、火が通ってから舞茸を投入する。あとはご飯を入れて少し煮込むだけである。ネギと三つ葉を切るのはリナが率先して行う。最後に溶き玉子を回し入れ、ネギと三つ葉を散らせばほぼ完成である。
コタツの上には電磁調理器がセットしてあり、ぐつぐつと煮立った雑炊は鍋ごと運ばれてくる。
二人で行った最初の共同作業とも言えるお昼ご飯。楽しくないわけがない、美味しくないわけもない。たったこれだけのことで二人の体も心も温まるのである。
この光景を秀雄が見たらなんていうだろう。それは悔しがるに違いない。
手早い二人の作業は、午後の時間を有効に活用させるための業でもある。
お茶をすすってホッコリしてもまだ十二時半だった。
「少し抱っこしてもええかな。」
進也が上目遣いで求めた。
「少しだけ?」
そう言って両手を広げて進也を迎える。
進也はそれが儀式であるかのように、リナの首筋の匂いを堪能する。いつもと変わらぬリナの匂い。いつの間にかリナも進也の首筋の匂いを確認していた。やはりリナも犬だったということか。
その後は、自然と唇を求め合う。先の情事からは既に中二日が経過していた。進也のインターバルは十分だった。
「今すぐ欲しい。」
リナの耳元でささやいた。
「うふふ、知ってる。」
そう言って進也のズボンのバックルに手をかける。
リビングはエアコンで十分な室温を維持していた。進也はソファーにリナの背中をもたれさせたままセーターとスカートを脱がせて行く。リナの肌が露になったとき、進也はそのぬくもりと匂いを貪った。
ふっくらとした丘陵を包んでいたテントを剥ぐと、可愛い突起物が現れる。それを摘むと女神の木霊が聞こえてくる。反対の突起物でも同じ木霊だった。
リナは進也のシャツを剥ぎ取り、同じような場所に同じような突起物を探す。小さなそれはすぐに発見され、リナも同じような攻撃を放つ。すると、女神ほどではないにせよ、やはり聞き覚えのある木霊が聞こえてきて、リナはそれで満足する。
進也はリナの最後の物を剥ぎ取ると、その奥にある洞窟を探り始めた。リナはいち早く進也の拳銃を発見し、すでに祠の中で捕虜として拿捕している。
すでに他人ではない二人にとって、覚えのある肌触りと匂いであったが、まだまだ新鮮なままで臨めていた。情事を重ねていくことで理解し会えると思っていたのかもしれない。
二人をつなぐ体と体は、この日も熱く燃え盛る。
突然進也はソファーの側に置いてあったタオルを見つけた。そして彼のエスの部分が躍動する。
「リナ、ちょっとだけガマンしてね。」
そう言って、そのタオルでリナの視界を奪ってしまう。
「怖い。痛いことせんといてな。」
視界を奪われたリナは、甘えるような声で嘆願するしかなかった。その声が、またぞろ進也のエスの部分を刺激する。しかし、それほど進也も強烈なサディストではない。決して鞭打ったり切り刻んだりしたいわけではない。少しばかりバイオレンスチックな雰囲気が欲しいだけなのである。
故に、リナを撫でたり愛撫したりする行為は、いつもよりも優しい。そして、その雰囲気を感じながら進也はリナの中へと侵入していった。
視界を奪われたまま、進也の侵入を許しているリナは、感じたことのない感覚の中で進也を感じ、自らの矛先を模索している。
進也はそのままリナを膝の上に乗せて下から突き刺すように再侵入していく。目の前には美しい曲線を描く丘陵が迫っていた。その機会を逃す進也ではない。両の手でそれぞれの丘陵を陵辱し、指でその頂点を弄ぶ。もちろん唇や舌でも堪能する。
次に進也はリナの体を反転させて、後ろを向かせる。両の手はリナの丘陵を鷲掴みにしたままだ。
やがてここでの技巧を尽くした進也はリナの視界を開放し、普段通り抱きしめる。
「ゴメンネ。怖かった?」
「ううん。シンちゃん優しいの知ってるもん。」
進也は愛おしいリナの唇を猛烈に求めた。リナも抗うことなく受け入れる。二人は二箇所で繋がったまま大団円を迎えようとしていた。
リナの白魚のような指が進也の銃口に合図を送る。その刺激が拳銃の引き金を引くことになるのである。
進也はリナの洞窟から引き抜いた銃口をサディスティックにリナの祠に突き刺した。
その瞬間である。銃口は暴発し、進也は思いの丈を吐き出したのである。
「リナありがとう。でもそれは無理して飲み込まんでもええねんで。」
「ええの。大丈夫やから。それよりも抱っこして。」
進也はリナの望み通り、強く抱きしめながら余韻を味わった。
「うふふ。ここへ来たらシンちゃんに犯されるって思っとかなアカンな。」
「抱かれるって言う言葉に訂正してくれへん?」
「そうやな。」
「さあ、後片付けして京都に行こか。なんか目的があるんやろ?」
「そやそや。行かなアカンねん。」
二人はそそくさと着ていた衣服を身につけて、リビングを片付け始めた。
片づけを終えた二人は、颯爽と進也のクルマに乗り込み、いざ京都を目指す。
最初の目的地は八坂神社。四条通にある京都では最も有名な神社の一つである。
「何で八坂神社なん?」
クルマの中でリナに尋ねた。
「実はシンちゃんと付き合う前に、八坂神社に恋愛成就の祈願に行ってんねん。そのお礼参りに行かなアカンねん。」
「それってもしかしてボクと?」
「そうやで。シンちゃんがリナの良い人になりますようにって、ちゃんとした恋人になってくれますようにって。叶ったんやもん。お礼しに行かな、なっ。」
進也は感動で胸が高まった。自分が一方的に惚れていて、リナがそれを受け止めてくれているだけだと思っていた。彼女も自分のことを慕っていてくれたとは、今初めて知ったのだった。
「もう一つ告白するとな、大雨の日に地下鉄の入り口でリナが背中を突き飛ばしたことがあったやろ?あれな、リナもシンちゃんと同じビルの会社におってん。ほんでエレベータから降りたシンちゃんを見つけて、追いかけて行ってん。せやから、あそこで会うたのは偶然やったけど、シンちゃんの背中にぶつかったのは偶然やないねん。」
進也の胸はさらに熱くなる。思いもしなかったリナの告白に、これまで以上の自覚と責任を感じていた。
「リナ、ボクはもっとリナのこと愛さなアカンねんな。なんかめっちゃ嬉しいわ。」
「シンちゃん泣いたらアカンで。前見えてる?」
「うん。大丈夫や。」
でも確かに進也の目には涙が潤んでいた。もともと感受性は強い方である。若い頃から映画やドラマを見てよく泣いた。
「それで、もう一つの行き先は?」
「それは八坂さんのお参りが終わったら教えてあげる。」
それから約四十分後、二人は八坂神社に到着していた。冬だというのに参拝客は後を絶たない。それほど人気の高い神社である。近年は外国からの訪問客も増えて、神社の中はさながら人種の坩堝のようになっていた。
恋愛のパワースポットとして誉れの高い石碑は神社の奥にあるようだが、リナは本殿に祈願していた。
「さあシンちゃん、お礼参りやから、叶ったことを報告するのにちゃんと見せなアカンからな、腕組んで行くで。」
そんな作法があっただろうか。いや、ないだろう。それでも進也はリナに言われるがままに歩を進める。
さい銭を投げ入れ、神妙に手を合わせるリナ。進也もそれに倣った。正式な参拝方法を理解している二人ではない。それでも気は心という。きっと通じたことだろう。
「お参り終わったら、お守り買おか。」
進也が札所へ行こうとするとリナがそれを制止する。
「これからのお守りは次のとこで買うねん。」
「次ってどこ?」
「下賀茂神社。そこにはな、『連理の賢木』っていうて、二本の木が一本に繋がってる木があんねんて。これから二人がずっと一緒におられるようにお願いすんねん。」
流石に恋愛系の信心は女子力の所以か。進也には聞いたことも無い神仏である。それでもリナの想いが通じるならばと、祈る気持ちに変わりはない。
クルマをざっと飛ばせば二十分ほどで下賀茂神社に到着する。人気の高い京都とはいえ、十二月上旬は大晦日に備えてか、日本人の参拝客はそんなに多くない。従って交通渋滞もたかが知れている程度だった。
目的の『連理の賢木』はすぐに見つかった。そのあたりには恋愛成就したカップルがいくつか参拝をしており、その群れだけで位置がわかる程だった。
進也とリナも皆と同様にお参りして手を合わせる。
「今度はお守り買うんやろ。」
「うん。一番ご利益のあるやつ買う。」
札所では様々な色のお守りが販売されていたが、値段は全部同じだった。
「リナは白が好き。シンちゃんは大人やから紫にしとき。」
「だいぶ渋い色やな。」
「ええねん。お坊さんでいうたら一番偉い人が着る色らしいで。」
「それは知ってるけど、ここは神社やで。お坊さんやのうて宮司さんか神主さんやで。」
「ええの、シンちゃんは紫。」
理屈はどうあれ、色違いだけれど、お揃いのお守りを買った。
その御利益は、二人の知らないところで叶うことになるのである。
「さてと、リナの今日の予定はこれで終了。後はシンちゃんの好きな所へ連れて行って。」
「じゃあ、一旦ボクの部屋に帰ろう。そしてクルマを置いてホルモン屋へ行こう。親方に報告しとかなアカンこともあるし。」
「ん?何?」
「とりあえずクルマに乗ろう。道々で話す。」
進也はリナをクルマに乗せて大阪に向けて南下する。BGMはFM局のパーソナリティに一任しよう。
やがて動き出したクルマの中で、進也はリナに報告する。
「一昨日、ヒデちゃんに会社で呼び止められて、ミホのことを聞かれてん。今までは知らぬ存ぜぬって言うて来たし、マヤさんも黙っててくれてたんやけど、他の女の子から聞いたらしくて、ボクがミホの最後の客やったこともバレたみたい。」
そこまで聞いてリナも慎重になる。
「ミホのラストデーに彼氏が来るって聞いてて、それがボクやって解ったモンやから、お前の彼女はミホやろ?って聞かれてな。もうウソは吐かれへんかった。せやから、今度会うた時にはその事を聞かれると思う。」
「で?」
「今まで黙ってたことと、これまでの経緯とかは、ちゃんと親方には報告しとかなアカンと思って。」
「そう。ある程度は覚悟してたことやから、大丈夫やで。」
「どうせハッキリしとかなアカンのやったら、初めからキリつけときたいし。」
「せやな。その方がエエかもな。リナは大丈夫やで。シンちゃんが側におってくれたらエエねんから。」
そう言ってリナはニッコリと微笑んだ。
二人を乗せたクルマは、一抹の不安と共に師走の北風と競いながら道路を走る。
しかし、二人の不安はこの日のうちに一気に解消することになるのである。
進也の部屋に到着すると、進也は秀雄に電話をかけた。
「今晩、リナを連れて親方のところへ行く。ヒデちゃんも来るか?」
電話の向こうでは、待ってましたとばかりの声が聞こえる。
「もちろん行くで。今から行って席とっといたるわ。」
こんなことには誰よりも元気な秀雄らしい。
「今夜は梅田の駅でバイバイやから、その前にちょっとだけ時間ちょうだいな。」
言った途端に進也はリナを抱き寄せ、首筋の匂いを確認し、次に濃厚な口づけを交わす。ネットリとした熱い吐息と芳香は、互いの体温と気持ちの高ぶりを上昇させる。
「大丈夫。行こうか。」
「うん。」
二人はニッコリ微笑んで駅へと向かった。
店では宣言通り、秀雄が三人分の席を陣取っていた。しかもカウンター越しに親方と最も近く話ができる場所で。
進也はリナを従えて暖簾をくぐった。
「お待たせ。」
「おお、待ってたで。一応あらかただけは親方に説明しといたから。」
「って一体、ヒデちゃん何時からここにおるん?」
「まだ三十分ぐらいやで、オイラの方が家が近いからな。親方、シンちゃん来たで。ビール二つとホルモン追加な。」
そして、ビールを持って親方が現れる。
「いらっしゃい。ヒデちゃんからちょっと聞いたけど、シンちゃんカッコええな。」
それが親方の第一声だった。
「リナちゃん、心配せんでもええで。このオッチャンもヒデちゃんも悪いようにはせんから。今日も美味しいホルモン食べて帰ってな。」
この言葉にリナは一気に救われた。何を言われるかドキドキしていたのだが、親方の優しい言葉がリナを安心させた。
「結局シンちゃんはリナちゃんに惚れて、それが恥ずかしかったからヒデちゃんにも黙って通ってただけやろ。」
「その通りです。ただそれだけ。」
「ちょっと待て。それだけで茶を濁すのは納得できんで。まずは二回目にコソッと行った話を聞こか。」
秀雄は経緯をトコトンまで聞きたいらしい。
「色々黙っててゴメン。でもボクはああいう店は元々苦手やったやんは知ってるやろ。たまたま会うた女の子がこの子じゃなかったら、二回目は行ってないで。」
「そうやな。今までも何回か連れてったけど、二回目行ったことはなかったな。」
「リナちゃんはいつごろからシンちゃんを意識しだしたん?」
秀雄はリナに矛先を変えた。急に話を振られたリナは一瞬戸惑う。
「そうやな。体調があんまりよくない時に嫌なお客さんに当たって、そん時にシンちゃんには色々と我慢してもらったんやけど、その次の時もわがまま聞いてくれたし、この人やったら信頼できると思ったのが最初かな。」
それを聞いた親方が秀雄に問いかける。
「ヒデちゃんやったらどうしてた?おんなじようにお触りとかガマンできるか?」
「そんなん無理に決まってるやん。アホ、ええから触らせって言うやろ普通。」
「シンちゃんは二回続けて我慢してもらった。それが後で考えたら申し訳なくて、それでもリナのことを一番に考えてくれたのはシンちゃんだけやった。」
「それがシンちゃんの優しいとこやな。そやけどシンちゃん優しいだけやないと思うで。リナちゃん、思い当たることないか。」
「ん?どんなとこ?」
リナは首をかしげる。
「例えば、シンちゃんは毎週行ってたか?どんな通い方をしてた?」
「二週間おきの水曜日が基本で、しかも開店してすぐの時間帯を2セットだけやった。」
それを聞いて秀雄は思い当たることがあった。
「それって、一番客が少ないときやんか。」
親方はその事を次のように分析した。
客が少ない時にも女の子に指名客があるように店に印象付けること、進也自身が女の子を独占したいこと、定期的なプランを実行することでいつ訪問するのか女の子側で予想がつきやすくなること。そして、無理な通い方をしないことで定期的に訪問できることなど。
「シンちゃんは真面目やからな、オイラみたいにムチャしいひんもん。」
三人が話している間中、黙って聞いていた進也だったが、親方が分析する内容に感心していた。
「ヒデちゃん、シンちゃんはお前さんとはまるきり人が違うと言うことや。リナちゃん、このオッチャンが保証したる。この男はホンマにエエ奴や。大事にしてもらいや。」
「はい。」
素直に返事をするリナ。
ブスブスとコンロの上ではホルモンが焼かれている。秀雄が関心の高かった話題もひと段落し、あとは週末の宴が賑やかに広げられる。そんな土曜日の夜だった。
時計を見た進也はリナに帰宅を促す。彼女は明日も仕事があるためだった。
「駅まで見送りに行って来る。」
「ああ、リナちゃん、またおいで。」
親方は最後まで優しい。
「リナちゃん、今度はオイラも一緒にデートしてな。」
秀雄は最後までふざけていた。それが彼のいいところでもあるのだが。
進也はリナを駅まで送る。店を出て、角を曲がったあたりから、ちゃっかりと手をつないでいる。
改札口では、恋人たちの別れのシーンがいくつも展開されていた。進也はリナの手を握って瞳を見つめる。
「次はいつ会える?また電話して。」
「うん。でも次の休みは木曜日なんやけど、職場の女の子とデートする約束やねん。せやから、次は土曜日かな。」
不定休の休みのシフトは色々と大変だ。ところが進也はこのとき、まだ彼女が何の仕事をしているのか聞いていないことを思い出した。
「ところで、リナは何の仕事してるん?」
「ん?まだ言うてなかったっけ?食品加工の会社でOLやってるで派遣やけど。」
「土曜日や日曜日でも営業してるん?」
「小売店とかが営業してるから、工場は土日も動いてんねん。事務は土日のどっちかでええねんけどな。」
「ほんなら交代で受付してんの?」
「ううん。日曜日出勤の方が時給高いから。そっちに回してもらってる。」
「いずれは土日休みの仕事に変わってくれるとありがたいな。」
「うん。契約が二月までやから、三月以降は違うとこ探すわ。土日ともシンちゃんに会える仕事をな。」
「ほんならまた土曜日な。ウキウキして待ってるし。」
「うん、それまで会えんけど、浮気せんといてな。」
流石にキスは憚れたが、二人してそっと抱き合って別れを惜しんだ。他のカップルと同じように。
リナを見送った後、再び親方の店に戻ってきた進也。そして、着席と同時に秀雄に責められる。
「シンちゃん、やっぱりどう考えても水臭いで。」
「ゴメンな。でもバツが悪かったのもあったし、彼女に振られたときに『やっぱりな』って思われるんもイヤやったし。でも、これからは何でも相談するから、許してな。」
「しゃあないな。そやけど、マヤちゃんがオイラに黙ってたぐらいやから、お前らホンマに真剣やったんやな。」
すると親方が二人の前にやってきた。
「ヒデちゃん。ワシはな、シンちゃんすごいと思うねん。あの若い女の子と一緒におるためにどんだけの気を使ってると思う?世代も違う、性別も違う、働いてる環境も違う、そんな女の子と意気投合できんねんで。少なくともワシにはできんわ。」
「確かにな。でもシンちゃん意外とインテリやから色んなこと知ってるもんな。オイラにも真似はできんかもな。」
「良かったなシンちゃん。大事にしたげてな。ま、ワシが言うまでもないやろけどな。」
「ありがとう。この先はどうなるかわからんけど、彼女が幸せになるように頑張りたい。」
「お前は偉いのお。まあ、前回の二の舞にならんようにがんばりや。」
進也は今宵の宴のおかげで、少し感じていた秀雄とのわだかまりも解消できた。リナをちゃんと紹介もできた。この夜は未来の進也とリナにとって重要な舞台となるのである。今は誰もそのことを知らないけれど。
その週の木曜日。夕方ごろ、進也はリナから電話を受ける。
「今ね、お友達とデート中やねん。夜の飲み会に行くことになってんねんけど、親方の店に行ってもええかな。」
「そんなんエエに決まってるやん。親方めっちゃ喜ぶで。ぜひ行ってあげて。」
意外な電話に少し驚いた進也だったが、否やはなかった。
「シンちゃんもあとで来る?」
「行った方がええねやったら行くけど、今日はお友達と楽しんだらええで。ボクは近くで待機しとくわ。」
「うふふ。きっと呼ぶことになるから、近くにおってな。今日一緒に行く子は職場の友だちやから、こないだの二人とは違うし。」
「わかった。飲み過ぎんように近くにおるわ。」
進也はちょうど溜まっていた仕事もあったので、しばらく残業をこなしていた。けれども結果的には多くの仕事をこなすことはできなかった。なぜならば、思ったよりも早くリナからの要請があったからである。
店に到着すると、親方がリナの隣の席を用意していてくれた。
「おうシンちゃん、いらっしゃい。今日はリナちゃんがお友達を連れてきてくれたんや。びっくりしたけど、嬉しかったなあ。あとでシンちゃんを呼ぶって聞いたから、ずっとリナちゃんの隣りを空けといたで。」
進也は親方の何気ない思いやりに感謝する。
リナの隣の席に陣取った進也はリナの職場の同僚というアカネに彼氏として紹介された。少し照れる進也だが、物怖じする年齢でもない。アカネもかなり年上の彼氏に興味津々。いくつも質問を投げかけてくる。タジタジになっている進也を尻目に、親方はニヤニヤと笑っている。今宵の進也は皆のいいネタだ。
やがて楽しい宴は終わり、リナとアカネは店を後にする。
「シンちゃん、今日は無理いうてゴメンな。リナはアカネと一緒に帰るから。でもちょっとだけでも顔が見れて嬉しかった。」
二人は帰る方角が同じなので、進也としても一緒に帰ってもらえば安心だ。
「ほんならまた土曜日。ボクはもうちょっとしてから帰るわ。」
そしてリナは進也にそっと耳打ちする。
「またシンちゃんとこでお昼ご飯作ってあげる。」
「楽しみやな。」
ニッコリ顔で応える進也だった。
二人が帰った後、親方は進也の前に静かに立つ。
「シンちゃん、今日はびっくりしたで。顔見た時はホンマかなと思た。さっそく顔を見せに来るやなんて、できた子やな。」
「これからもお世話になります。よろしくお願いします。」
「そうやって改めて言われると神妙やな。いつでもおいでやって言うといてな。リナちゃんやったら大サービスするでってな。」
なんだか親方もとっても嬉しそう。しかし、親方に本当に世話になるのはもっと先のことになるのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます