第11話 進也の性格とドライブと・・・
進也は店を出ると、いつもなら真っ直ぐに帰宅する。しかし、今夜は少し寄り道したい気分だった。店から駅までの間で適当な赤提灯を探してもよかったのだが、いつものホルモン屋まで足を運んだ。
「いらっしゃい。おう、シンちゃんやないか。一人か?」
「うん、一人や。今日はヒデちゃん和歌山へ出張や。きっと向こうで飲んでるんちゃうかな。」
「そうか。一人にしては、いつもより遅い時間やな。残業か、それともどっか行ってたんか。」
「ちょっとね。とりあえずビールとミックス焼きと塩キャベね。」
そんなに空腹感はなかったのだが、ここへ来るといつもの注文をしたくなる。
「ところでシンちゃん、この間の彼女の話はどうなったん。」
親方は先日の話を覚えていた。
「まだ彼女ちゃうねん。せやけど進行中ではあるかな。今も会って来た帰りやねん。」
「おいおい、それにしては時間が早すぎひんか、まだ八時やで。」
「会って来たっていうたかて、デートしてたわけちゃうし。ちょっと買い物付き合っただけやねん。彼女は今からお母さんと待ち合わせらしいし、時間調整のために呼ばれたみたいなもんや。」
進也は思った。我ながらウソをつくのが上手くなったなと。
「まあええがな。シンちゃんはヒデちゃんと違って慎重やからな。せやけど、その慎重さが命取りになることもあるんやで、行くときは行かんなアカンで。」
いつになく親方もこの話には乗り気だ。
「ワシはお前さんを見てて思うねんけどな。シンちゃんは真面目すぎる。ヒデちゃんはちょっと遊びすぎてるけど、あいつの大らかなとこも少し見習った方がええと思うねんで。特にシンちゃんの女の子に対する接し方がな、見ててもどかしいときがあんねん。」
「ボクは確かに慎重派かも知れんけど、それで不自由やと思ったことはないで。」
「ちゃうちゃう。端から見ててな、女の子が明らかに待ってるのを見過ごしがちやと思うで。別れた奥さんかて、その辺が物足らんかったんちゃうかな。」
進也は明らかに少しばかり痛いところを突かれたのである。離婚調印の後、別れ間際に言われたことがあった。
「あなたは自分のしたいことをはっきり事前に言わないタイプ。全ての方向性が決まってからしか相談してくれなかった。それはパートナーとして淋しい。」
またあるときは、
「女は素振りで解ってもらいたいときがあるのよ。それを気づかないフリをしてたんじゃない?もっと悪く言えば、あなたにはその配慮が欠けているわ。」
とも言われた。今、親方が指摘している点はこのあたりの意見と合致するのであろう。進也にも心当たりがあるので言い返せない。
「やっぱりな、無理して嫌な顔されるんが怖い。自分自身が小心者であることは認める。せやけど、ちゃんとした返事もらおうと思ったら、ちゃんと準備しなアカンやろ?ヒデちゃんみたいに誰でもええのとはちゃうねん。」
「そらそや。シンちゃんのはいっつも真剣やからな。ワシが言うてんのはな、慎重になり過ぎんようになってことやで。そらヒデちゃんみたいにチャラチャラしとったら、女の子も嫌がるやろしな。まあ、ガンバリ。」
親方も進也の性格は理解していた。最近のどことなく淋しげな背中が心配だった。もし本当に恋しているのなら、是非とも成就して欲しいと心から願っていた。
「それにしても、なんで彼女を送ってからウチに来たんや?」
なぜここに来たのだろう。それは進也自身もわからなかった。何かが足りない自分を、何が足りないのかを発見したかった。ここへ来れば見つかるとまでは思っていなかったが、親方との会話の中で何かを掴みたかった。
「親方は年上の女性と年下の女の子とやったら、どっちと付き合いたい?」
唐突に突拍子もないことを投げかけてみた。
「そうやなあ、遊ぶんやったら若い方がエエかもしれんけど、付き合うんやったらちょっとぐらい年上でもエエかな。長いこと一緒におるには若い子は話題がもたんやろ。ワシらシンちゃんみたいに物知りやないからな。」
「別れた奥さんは元同級生やった。今日会って来た子は年下やねんけど、年下の女の子と付き合ったことないから色々と難しいなあと思てる。」
「せやけどなシンちゃん、ワシが思うに女ちゅうのは年上やろうが年下やろうが基本的には一緒とちゃうかな。何がって、女の方から積極的にって無いやろ。」
「今の時代は違うで、女の子の方から告白することってザラにあるみたいやで。」
「ほう、時代も変われば変わるもんやなあ。」
進也は親方も妙なところに感心するものだなと思った。とはいえ、ミホにそんな積極性があるとも思ってはいなかった。
しかし親方の言うとおり、今までの自分は慎重になり過ぎていたのだろうか。ミホとのデートも三回目でやっとキスができた程度である。いやいや、自分たちはまだ付き合っていないのだからさにあらず。進也もミホもまだ互いの気持ちの確認をしていないのだからさもあらん。
いっそのこと次のデートで告白してしまうか。進也の気持ちの中では少しずつその方向へと動き始めていた。
ビールを二杯とつまみを平らげると、進也はホルモン屋を後にして自宅へと戻った。
親方は進也の去り際にエールを送って。
「シンちゃん、慎重にかつ大胆にな。」
K市の駅まで迎えに行くとして、そこからマリンシティ和歌山までは高速道路を使って約二時間のドライブ。九時に出発すれば充分に市場の中を楽しめる。
クルマの中の音楽も用意した。ミホはいつも店の中でかかっている有線の曲を口ずさんでいたが、それらの歌はみなアメリカンポップだったので、進也にはどうすることもできない。それでも最近お気に入りの若い女の子たちがグループになって踊りながら歌う曲や進也が学生の頃に流行った少しマニアックなグループの曲などをいくつか用意していた。目的地へはゆっくり行けばよい。
進也はクルマ好きにありがちな飛ばし屋であった。日ごろの進也の性格を知っている者には、ハンドルを握ると性格が変わると言われたこともあるが、初ドライブでミホを怖がらせてはいけない。そう思っていた。
途中の休憩場所も事前にチェックしておいた。これで準備はほぼ万端である。こんな準備をしているときでも進也の心は躍っていた。図らずも大人気ないワクワク感をもって臨んでいる自分を。つい先日はミホとの年齢差について、悲観的な妄想がよぎったばかりであるのに、今はこうして楽観的な気持ちでその日を待ちわびている。
そんな気持ちで約十日間、進也はポジティブな気持ちに心弾ませて過ごしたのであった。
来る土曜日は天候もよく、十一月ながら陽気な朝を迎えていた。
進也にとっては、心なしか窓の外でさえずっているスズメの鳴き声さえ、自分の背中を後押ししているかのような錯覚に陥っていた。
進也の自宅部屋からK市駅まではクルマでざっと二十分。土曜日の午前中は比較的道路も空いている。到着したのは待ち合わせ時間の十分前。駅のターミナル近くにパーキングしてミホを待つ。
あまり約束の時間に遅れたことのないミホは程なくターミナルに姿を見せた。
「おはよー。どう?ボクのクルマ。先月買い換えたばっかりやねん。中古車やけどな。まあどうぞ。」
進也は助手席のドアを開けて、ミホをエスコートする。ミホはクルマのフォルムをさらっと見渡して助手席のシートへ座る。
「あんまりようわからんけど、かっこええんちゃう。」
「何て言ってウチを出てきたの?」
「お友達と遊んでくるって言うてきたよ。」
「今日は何時までに帰ったらエエの?」
「無事に帰してくれるんやったら何時でもエエよ。ミホも子供やないねんで。」
「そうやったな。ほんなら行くで。」
二人を乗せたクルマは、今日はやや大人しい進也の運転で南へ向かって颯爽とエンジンを噴かせていった。
「シンちゃん、安全運転でお願いやで。ウチまだ死にたないからな。」
「はいはいお嬢様。ヤツガレはお嬢様の意のままに走行させていただきます。」
「ヤツガレって聞いたことある。前にもシンちゃんが言うとった。」
初めて行った焼肉デートのときのエピソードである。ミホもよく覚えていたものだ。
「ホンマは高速道路やったら、もっとかっ飛ばしたいとこやけど、今日はお姫様が乗ってるからメッチャ安全運転してるで。」
そう言いながらミホがスピードメーターを覗き込むと、長い針が真上を指していた。
「シンちゃんも若いな。昔からそんな運転してんの?」
「ミホの友だちもこんぐらいは出すやろ?」
「ミホの友だちとかクルマなんか持ってる人少ないし。あんまし乗ったことないねん。お父さんなんかめっちゃ安全運転やで。眠たくなるぐらい。」
「ちょっとぐらいはスリルがあったほうがエエやろ。普段やったらこの針はもう少し右の方へ傾いてるで。」
すでに三桁の数値を超えているにもかかわらず、進也は不敵な笑みを浮かべている。
「そんなに急がなアカンの?ミホは南の方へはあんまり行ったことがないから、ゆっくりと景色も見たいし。」
「大丈夫やで。長い時間ミホといたいし。ゆっくり行くで。向こうの時間も予約してる訳でもないしな。」
「うふふ。なんかドキドキするなあ。」
少しいつもと違うワクワクした気持ちがミホの表情に表れていた。そんな表情を見て進也も少なからずウキウキしてくるのである。
「シンちゃん面白い音楽聴いてるな。」
「これはな、歌詞がええねん。」
それは進也が最近気に入っている女の子グループの曲である。メロディーもさることながら、歌詞の内容が特に気に入っていた。それは、ある程度の大人になった人たちが若い頃に遣り残した努力に対する憤りを綴った内容のものが多かった。
進也も学生の頃にいくつかの諦めを経由して今があるので、戻れぬ過去への嫉妬が心のどこかに埋もれていた。だからこそ、若い女の子たちに歌わせている歌詞の内容に心打たれるのである。
そして、まさに今、進也は若い頃に戻ったかのような恋愛を繰り広げようとしている自分がいる。後悔の無い様に自分を生きたいと奮い立たせるのである。
「今度カラオケに行く機会があったら歌えるで。」
「ほんならミホも練習しとくわ。」
「今度一緒にドライブ行くときは、ミホの好きな音楽持っておいで。ボクもミホがどんな音楽聴いてるんか興味あるし。」
「無理して合さんでエエねんで。ホンマはシンちゃんも演歌とか聞くんちゃうん。」
「そんなん全然聞かへんで。あとはSバンドとかGGボーイズとかやな。それよりもベートーベンとか聞くかも。」
「ああ、あの眠たくなるやつな。お願いやから、このクルマの中ではやめてな。」
「せやな、ボクも釣られて居眠り運転になったらアカンからな。」
車中の会話は思いのほか弾んだ。途中でSAによって休憩もした。側にあるベンチに座って手をつないで景色を楽しんだが、霜月の風は長くその時間を与えてはくれなかった。
道は南の方へ向かっているけれど、決して南国へ行くわけではなく、陽気な風が出迎えてくれるわけではない。むしろ山際の道を通るので風が吹けば都会の空気よりも冷たい。
「とりあえず、あと一時間ぐらい。ゆっくりいこか。」
「運転すんのはシンちゃんやし。」
ほっと一息入れた二人は、いざ和歌山へとクルマを進めた。
「ところでミホは運転免許持ってるん?」
「一応な。高校卒業してからとったし、クルマも持ってるで。」
そんな話は初耳だった。
「どんなクルマ乗ってんの?」
「女の子やで、かわいいクルマに決まってるやん。」
「ほんで飛ばすんやろ?」
「えっ、なんでわかるん。」
「顔に書いてあるで、飛ばしたいって。それに、ボクの運転でも平気な顔して乗ってるやん、少々のスピードやったら平気ってことやんか。」
とはいえ、無理してスピードを出す必要もないのが今日のドライブ。二人を乗せたクルマは滑る様に走り、山々の景観を堪能しながら和歌山へ到着した。
マリンシティは和歌山市の海沿いに設置されている海浜公園である。いくつかのアトラクションと海鮮市場が隣接され、ちょっとしたデートにはもってこいの場所なのである。
無事にパーキングまで辿り着いた二人は、大阪よりも少し温かく感じる和歌山の空気を満喫しながら背伸びした。
「やっぱりこっちの方が少し暖かいかな。」
「そうかも。ええ天気でよかったな。」
「まだランチには少し早いし、遊覧船でも乗らへん?」
進也は波止場に停泊している遊覧船を指差し、ミホの顔色を伺う。
「ええで。クルマの後は船やな。ミホを乗り物で酔わせる作戦?」
「ん?その作戦、何の役に立つん?」
「か弱い女の子は乗り物に弱いねん。」
「か弱いとこ見てから考えるわ。とりあえず行こ。」
二人は約一時間の周遊コースを走る遊覧船に乗り込んだ。白浜とは違い、海中を観覧するものではない。シティの船着場から南の方へ下って行き、いくつかの島を見学する、何とものんびりした遊覧ツアーだ。
特に島に対する知識も博学もないので、一時間揺られている間が二人の蜜月タイムとなるのだ。流石に外では風が冷たいので、船内のシートに肩を並べて座っている。
「案外揺れへんもんやなあ。これぐらいやったら平気?」
「うん。大丈夫やで。ミホは乗り物平気やもん。」
進也はミホの体温を感じていた。ミホも進也の温もりを受け止めていた。景色よりも寄り添う時間の方が優先した遊覧船の航行は、この日の二人のスタートに最適の乗り物だったかもしれない。
一時間の遊覧コースが終わると、ちょうど空腹感を感じる時間になっていた。ここには遊園地もあるが、それらのイベントは前回のデートで体験済みである。今回進也は、海鮮市場見学ともう一つの遊びを用意していた。
「ミホは魚大丈夫?」
「美味しい魚は大好きやで。」
「よし、ほんなら美味しそうなの探してランチにするか。」
海鮮市場の中には、より取り見取りのお店が並んでいた。港から上がってくる魚の種類はどの店も似たようなものだが、和食であったりイタリアンであったり、はたまた中華であったり。
進也もミホも折角だからと、新鮮な魚を刺身で提供する店をチョイスした。
「折角やから、違う魚を選ぼうや。」
こういうことに興味津々の進也は、おのずとイニシアチブを発揮してメニューを確定していく。
「シンちゃん面白いな。なんか目がめっちゃ輝いてるで。」
「ボクこんなん大好きやねん。」
「あはははは、ホンマおもろい。子供がおもちゃ選んでるみたい。」
二人はそれぞれ二種類ずつの魚を選んで刺身にしてもらい、それらをシェアしながら食べることにした。
海の見えるテラスでの食事は美味しいに決まっている。流石に屋外のテーブルは遠慮したが、窓際のテーブルが確保できたのは運がよかった。
「ご飯食べ終わったらどうすんの?」
「この先に海釣り公園があんねん。そこへ行こうかなって思てる。」
「寒ない?」
「和歌山やし、昼間のあったかい時間にちょっとだけチャレンジしてみいひん?ボクもあんまり釣りなんかしたことないけど。」
「よっしゃ。どっちが大きいの釣れるか勝負やな。」
ミホも次々と新しいアイテムを繰り出してくる進也の誘いに乗った。
海釣り公園は海鮮市場から徒歩五分。海に面して柵が立てられており、その範囲ならどこでも釣り糸を垂らしてもよいという場所だった。釣り竿とエサは入場料に含まれており、チケットを買えば提供される。沖釣りではないので、まさか鯛が釣れる筈もないけれど、エサの付け方だけ教えてもらって、いざチャレンジ開始である。
海に面しているので風はある程度冷たい。そんな条件も踏まえると、制限時間はせいぜい二時間程度だろう。二人して肩を並べて糸を垂らして五分もすると、最初の当たりはミホにあった。
「ほらっ、来たでっ!」
揚がった魚は五センチほどのイワシか。
「なんや、小さいな。それでもシンちゃんより先に釣れたで。」
進也よりも釣果が先行したことで満面の笑みがこぼれ出る。
「先にやられたな。ビギナーズラックってこのことをいうねんなあ。」
「負け惜しみやな。はよ頑張って釣りや。」
ミホのご機嫌も上々か。やがて進也にも最初の当たりが来る。
「おおっ、ボクにも来たで。」
そこは流石に素人。勢いよく釣竿を上げたは良かったが、針の先には・・・。
「ははは。シンちゃんヘタやな、逃げられたみたいやん。」
「ははは。ボクには向いてないのかもしれんな。せやけどもう一回、今度こそはミホのより大きい魚を釣ったるで。」
なんて言ってる間にミホの竿に当たりがある。
「ミホにも来たで。」
竿を上げると恐らくはアジだろう、さっきよりも一回り大きな魚がぶら下がっていた。
「今日はミホの方に運があるんちゃうかな。」
「いやいや、これからやし。まだわからへんで。」
とは言いながら、進也は勝負に勝つことよりもミホの笑顔を獲得する方が大事。自分の竿に余り大きな獲物がかからないように願っている。
「運が良かったら鯛が釣れるらしいからな、がんばらな。」
それでも進也の釣竿にはせいぜいアジが数尾揚がった程度だった。それに引き換え、やはり運は女神にあったのか、ミホの竿には進也も知らない十センチを超える魚が揚がった。これにはミホも大喜び。しかし、二人とも釣った魚を持って帰るわけにもいかず、隣で釣っていた親子連れの少年に全てをプレゼントして海釣り公園を後にした。
「ああ、楽しかった。釣りっておもろいな。シンちゃんに勝てたから、さらにおもろい。」
「ミホに喜んでもらって良かった。さあ、手を洗って次のとこへ行こか。」
「次はどこへ行くん?」
「そうやな、ちょっとだけ移動して水族館に行こか。そこやったら屋内やから寒かったりしいひんやろ。」
「ええ考えやなあ。ついでにそこにカフェがあったら嬉しいなあ。」
「よし行くでぇ。」
日が傾きかけた午後三時。少しずつ気温が落ちてくる。それでも二人の間には寒さを感じさせない空気がただよっていた。
水族館の中にカフェはあった。
時間帯がいいのか空席もあり、まずは一息入れる二人。
「あんまり大きな水族館やないから、見て回るのは一時間もかからへんかもな。」
「大きな水槽があったらええのにな。大阪の海水館の水槽はめっちゃ大きいから迫力あってよかったけどな。」
「あれとおんなじもん期待したらアカンで。何せここは県立やねんから。」
確かにミホが期待したほどの大きな水槽はなかったが、色々な熱帯魚や珍しい外国の魚も展示してあり、何気に一時間ほどは楽しめた。
館内を歩く間、二人はどちらからともなく腕を組み、手をつないでいた。まるで本物の恋人同士のように。
進也にとっては、まさに夢のような時間だった。そして、時間が経つにつれて緊張感が高まってくる。
「さて、そろそろ大阪へ戻ろうか。」
「まだ時間早いで。今度はどこへつれて行ってくれるん。」
「内緒や。急がへんけど、そろそろいこか。」
時計は十七時を指そうとしていた。流石に十一月の夕方は陽が落ちるのが早い。気がつけばあっという間に周りの街灯に明りが燈されている。
二人はまたぞろクルマに乗り込み、マリンシティを背景にエンジンを噴かして立ち去って行った。
県境を越えて海沿いを走るクルマ。進也の次の目的地は関西空港であった。
りんくうタウンから長い橋を渡り、空港の建物に到着する。流石に国際空港だけあってか、陽が落ちても飛行機の離発着は簡単には終わらない。
進也は空港内のレストランでの食事を予約していた。二人がついたテーブルは夜の空港内が見える窓際の良い席だった。
「ボクは運転があるからアルコールが飲まれへんけど、ミホは飲んでもええんやで。」
「ううん、ミホも別にいらんで。」
二人は予約されていたコースの料理を順番に平らげていったが、そのうちにミホはあることに気づく。そしてデザートが出てきたタイミングで進也に問いただした。
「なあシンちゃん。なんか口数が減って来てない?」
「う、うん。」
「どうしたん?ミホ、なんかした?」
「いや、違うねん。」
そう言って進也はコーヒーカップを置いた。
「笑わんと聞いてな。今日は楽しかった。前のデートもその前のデートも楽しかった。ミホといるとずっと楽しい。こんなタイミングで言うのがエエのかどうかわからんけど、ボクはやっぱりミホが大好きや。ボクはミホの彼氏になれんやろか。」
進也としては思い切った告白をしたつもりだった。・・・が、
「うふふふ。ミホはこないだのデートの後から、もう彼氏やと思てたで。そやから唇にキスしたんやで。でも、面と向かって告白されるとうれしいなあ。」
「ホンマに?ホンマにボクでええの?」
「そうやな、ちょっと年上やけど、その年の差を感じひんぐらい楽しいし、なによりもウチかてシンちゃんのこと好きやもん。」
「ありがとうミホ、最高にうれしいやん。」
「シンちゃん、告白してくれてありがとう。せやからな、これからはミホやのうて、リナって呼んでな。それがウチの本名。サトウリナです。よろしくね。」
今日の進也は正直、玉砕するつもりでいた。まさか四十オジサンの告白に、うら若き乙女がイエスと言ってくれるとは思っていなかったからである。
告白するのは食後のタイミングだとは思っていたし、帰りのクルマの中での不味い雰囲気をどうやって過ごそうか悩んでいたところだった。しかし、その悩みは彼女の一言であっという間に吹き飛んだのだ。
「ついでにリナも告白するけど、来週いっぱいでミホはお店を卒業すんねん。社長もエエって言うてくれたし。」
「ホンマに?リナちゃんっていうのもエエ名前やな。店も辞めてくれるんやったら、なおさら嬉しいな。やっぱり他のお客さんに預けられるんはイヤやし。今日は嬉しいことばっかりやな。」
「そう言うてくれると思った。来週の日曜日をラストデーにするつもり。お店にはそう言うてある。」
次週の日曜日といえば十一月最終日曜日。日曜日の来訪客は意外と少ない。最後は自分の手で送り出そう。進也はこの時そう決めた。
「ほんならボクはそのラストデーに行くわ。最後はボクが送り出したい。」
「シンちゃん、お店の人に冷やかされるかもよ。」
「ん?なんで?」
「ミホのやめる理由、シンちゃんと付き合うことになったからやもん。そやからお店のブログでも『もうキスはできません』って書くつもり。これからはシンちゃんだけの唇になるんやし。」
「ホンマに?ボク、お店の人に怒られへんかな、お店の女の子に手を出して。」
「手はまだ出してないやろ。せやからお店の人もエエって言うてくれてんで。本気やって思ったんやろな。」
「なんか恥ずかしいな。でもミホが卒業したら、もうあの店も行くことなくなるから、出禁になってもエエけどな。そろそろ帰ろか。今日も無事に送り届けなアカンし。」
時計の針はそろそろ午後九時を指そうとしていた。
「ふふふ、まだそんなこと言うてるし。」
「流石に今日の今日はな。今度のデートの約束はまた電話するし、今日はいつも通り無事に送らせて。」
「うん。」
一大イベントを無事に終了した進也は、最後に滑走路の見えるゲートへ誘い出す。冷たい風は吹くけれど、二人の体は熱く燃えていた。
どちらからともなく唇を求めあい、吐息と温もりを交換し合う。二人のシルエットは長い時間一つになったまま動かなかった。誰の目線も気に留めずに。
「帰りは来るときよりも安全運転で帰るよ。」
進也はミホを助手席にエスコートしてエンジンをかける。そこからK市までは、高速道路を使えば二時間はかからない。それでもゆっくりと幸せな時間を楽しむようにしてハンドルを操作する進也。クルマの中で流れていた音楽は進也の耳には入って来なかったろう。
やがてK市の駅に着き、クルマをロータリーの端に静かに停める。
「今日はここでエエで。自転車あるし。」
「リナ、おやすみ。今日はホンマにありがとう。呼び慣れるのにしばらくかかるかも。」
「呼ばれ慣れるんもしばらくかかるかもな。」
そして二人は車中で熱いキスを交わす。今宵最後となるキスを。ゆっくりと。
進也にとって長い一日が終わった。
出かける前から、今夜の告白を決めていたので、まずは無事に帰ってこられたことに安堵した。そして彼女となったリナからもらった返事と報告が、思いも寄らぬ喜ばしいものであったことに嬉しさを噛み締めていた。まさに彼は有頂天の真っ只中にいたと言っても良いだろう。
さて問題は明日以降のことである。
このことを秀雄に知らせるべきか、ホルモン屋の親方に報告すべきか。
進也の出した答えは否やであった。少なくともリナがミホとして店を卒業する日までは伏せておくことにしよう。そうでないと、きっと秀雄はミホのラストデーにノコノコとついてくるに違いない。そんな日に最も店で会いたくない人物の一人である。
そしてこれからリナとどう向き合っていこうか。干支で言うとおおよそ一回りほど違う年の差を意識しないといえばウソになる。それでも彼女を大事に思う気持ちに変わらない。
年甲斐もなく、興奮して眠れぬ夜になりそうだ。そんなことを思いながらこの日を終えた進也であった。
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