第9話 再び三人称の目線・・・

ここからは再び進行を語りに戻してもらおう。


甲子園デートから数日後、進也はかなり儚い想いに耽っていた。

望んでいたこととはいえ、実際に独り者に戻ると、途端に人恋しくなる自分がいる。だからと言って四十になってしまえば、新しい恋の出会いもない。

思い出すのはミホの温かい唇と柔らかい肌のぬくもり。特に梅田駅での別れ際のキッスは進也の心を十分すぎるほど揺さぶっていた。されども彼女とは未だに恋愛の対象とはならない店の嬢と客との関係。思い出したところで儚く消えていく幻のよう。

外の風は随分と秋らしくなり、ときおり冷たい風が進也の頬をすり抜ける。そんなときになおさら独り身の淋しさを実感するのである。

しかし、以前とは異なりプライベートデートができている現在、進也は少しばかり淡い期待を抱いていた。彼女が真剣に自分を恋愛対象に見てはくれないだろうかと。

イメージが想像になり、想像が妄想になるとき、進也はふと現実の次元に引き戻されるのである。「今は今なりで楽しむしかないやん」とね。

どのみち彼女に気に入られたいのは事実である。そのために進也は色々と工夫を凝らして考えるのだ。

そして次の訪問日に進也はミホに自分とのある共通点を見出すこととなる。

では、その様子を見てみよう。


とある夕暮れのこと。いつものように足早に会社を後にした進也は、見慣れた風景を流し見ながら『エロチックナイト』の前に立っていた。

心地よく晴れた空には、少々不気味な目をした半月が進也を見下ろしている。穏やかな夜ではあるが繁華街は人ごみの喧騒だけは消し去れないと見える。風だけはゆっくりと吹いていた。

少しナイーヴな心境で店のドアを潜り抜けて、妖艶な光源が舞い踊るフロアへと足を踏み入れる。

「シンちゃん、また来てくれてありがとう。こないだは楽しかったで。また連れて行ってな。今度はどこへ連れて行ってくれるん?」

のっけから矢継ぎ早で進也に話しかけてくるミホ。進也は少し戸惑い気味か。

「次はどこへ行きたい?どこでもええけど、なるだけ賑やかなとこにしよな。最近ちょっと気分がブルーやねん。どうせやったら賑やかなとこがええなあ。」

「どうしたん?なんかあったん?」

ミホは少し心配そうに進也を見つめる。

「そうやな、元々一人やったけど、いざ離婚してまるっきり独りになったら、何となく淋しいな。ここでミホと楽しい時間を過ごしたら、その後は余計にな。」

「ほんならミホが慰めてあげるさかい、もっと元気出して。笑ってるシンちゃんの方がステキやで。」

女の子というものはときおり矢で心臓を射抜くようなセリフを吐くものだ。このときのミホの言い草がまさにそうだった。

それでも進也はニッコリと微笑んでミホを膝の上に誘う。

「ほんなら癒されよかな。」

ここでの時間は限られている。その間に、ミホの匂いを彼女の感触を存分に体に覚えこませておかねば。進也の今宵は何かを紛らわせるかのような行動に似ていた。

「なあシンちゃん。今度は遊園地に行こか。ミホが楽しませてあげる。」

「ボクはジェットコースターとかは苦手やで。」

それを聞いたミホはなにやら嬉しそうな顔をして、さらに進也を誘う。

「一緒に乗ってあげるやん。何やったら手も握っててあげるで。」

「ボクが小学生の頃、大きな遊園地へ行って、大きなジェットコースターに乗ったときに、おしっこを漏らしそうになったことがあんねん。それ以来、落ちる乗り物は大嫌いや。」

ミホはさらに嬉しそう。

「シンちゃんにも弱点があるねんな。なんか可愛いな。」

「そんなこと言うて、またボクをたぶらかそうとするやろ、コイツめ。」

そう言って進也はミホの顔を両手で掴み、おでことおでこを合わせてから、ギュッと抱きしめた。すると、

「なんか今、犬の気持ちがわかった気がした。」

「えっ?」

「ミホんちにも犬がおんねんけど、ときどきシンちゃんが今やったことみたいなんをウチの犬にすんねん。それをされてるときに犬の気持ちがわかった気がした。」

進也はしばらくキョトンとした感じだったが、思い出したようにミホに話し出す。

「きっとそれは、ミホも犬やねんで。ボクも犬の生まれ変わりやけど、ミホもきっとそうなんちゃう。」

「そうかな。ほんなら犬のときもシンちゃんと知り合いやったかも知れんな。」

話の内容がかなり幼いけど、それもこの不思議な空間のなせる業といった所だろう。

「じゃあ、遊園地行くか。デートの行き先が決まったら、あとの時間はクンクンとペロペロさしてな。」

「ワンちゃんやからな。でもペロペロは遠慮してな。」

「唇以外はな。」

そう言って進也はミホの唇を奪いに行く。そして祠の中の女神へのあいさつを怠らない。そこだけはペロペロが許される唯一の場所でもあるから。

さらに進也はいつも通り、わずかながらのビキニの内側へ手を入れる。そして美しい丘陵をあらわにして楽しむのである。もはやそのしぐさは芸術品を扱っているかの様でもあり、美術品を鑑賞するかのようでもあった。

進也は急にミホの美しい丘陵の頂点にキスをした。

「おっぱいにキスしてもいい?」順序は逆なのである。

「もうしてるやん。アカンて言うたら?」

「それでも無理やり許してもらう。」

ミホは無言のまま進也の頭を抱きしめるように抱え込んだ。その行為により、進也の顔は自然にミホの胸の膨らみの中へと溺れさせられるのである。

その胸の膨らみの匂いと首筋の匂いを堪能している頃、場内コールが流れる。


=ミホさん八番テーブルごあいさつ=


ミホの新規顧客獲得のためには仕方のない時間。進也は残念そうにミホの体を離す。

合間にやってくるヘルプの嬢。今宵もチヒロ嬢が挑んできた。

彼女の陽気な性格は今宵も絶好調だった。

「今日も意外と暇やな。」

そう言いながらも、服の上から進也の乳首を探索している。

「おいおい、いきなりそんなことしたら、ボクだって探しにいくぞ。」

進也は元来こういう店では奥手の体勢。あまりヘルプの嬢には手を出さないのが彼の流儀だった。それでも嬢の方から仕掛けてきた攻撃には迎撃するのが本能か。

「ええよ、ウチがこの店で一番変態なん教えてあげる。」

そういってさらに指をクネクネと動かしながら進也への攻撃を続けている。

あまりヘルプ嬢からの積極的な攻撃に慣れていない進也は少し戸惑いながらも、彼女の気分を害しないように対応する。折角彼女なりに演出してくれているのだからと。

元来犬である進也は、一応ながら彼女の匂いを確かめて、心の中でそっと呟く。

「うん。ミホの方が良い匂いだ。ボクはミホの匂いの方が好きだ」・・・と。

こういう店での遊び方にも慣れていない進也は、そろそろ彼女の演出にもてあまし気味になった頃、天の声ともおぼしき場内コールを聞く。


=ミホさん、五番テーブルへバック=


ミホが進也の隣に戻ってきたときに見せた安堵の表情に、

「どうしたん。フリーやったから早かったやろ?」

「ええねん。やっぱりミホがええねん。」

その言葉だけを振り絞るのがやっとだった。

そして思い出したように進也はミホの首筋に唇を這わせる。そしてそこに漂う匂いを存分に彼の鼻腔の奥深くへ充填させていた。

進也はまだ少し戸惑っていた。

このままズルズルと中途半端な関係を続けていくことを。客観的に見れば、キャバ嬢が客の気を引くために安全な客と店外デートをしている光景にしか映らない。しかし、進也としては少なくとも友人以上の関係を望んでいる。

ミホはと言うと、はっきりとは言うはずもないが、客としての付き合いだけなら進也の気持ちが醒めていくかもしれないと思い始めていた。だからこそ延長をねだった夜はミホにとってもいいきっかけになっていたのである。

店でのミホは充分過ぎるほど進也に尽くしてくれていた。だからこそ、次のデートでは彼女の気持ちを聞いてみようと決心した。

そろそろ潮時が近いかもと予感しながら。

「どうせならMSLに行かない?そうだな、空いてそうな平日にどう?一日ぐらいなら有給とれるし。」

MSLとはムービースタジオランドと言って、映画会社がバックアップしている大規模遊園地のことである。

「ええよ。再来週の火曜日か木曜日でどう?」

「じゃあ、善は急げっていうことで火曜日。」

「その次の日は水曜日やで。お店にも来てくれるん?」

「それは火曜日次第かな?」

ちょっと思わせぶりなスケジュールとなるので、進也も返事は少し濁した。もちろん、財布との相談もあるのがリアルな事情。

やがて進也の時間は幕を閉じる頃合となり、今宵もミホに見送られる。

「再来週の火曜日。楽しみにしてるな。」

「うん。JR大阪駅東改札口に九時半ね。シンちゃんも忘れたらあかんで。」

こうして進也とミホの三度目の店外デートが約束された。結果的に二人の未来に大きな影響を及ぼすデートとなるのである。



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