第7話 一人称再び・・・
待ちに待った水曜日。ボクは東京で買ったお土産を鞄に詰めて店に向かった。
今までと同じように扉を開けて、今までと同じように受付を済ませる。
そして今までと同じようにツーショットのシートへと案内されて、今までと同じようにミホを待つ。
「やあシンちゃん。今日も来てくれたん、ありがとう。」
「一応、予定通りの水曜日やからな。それに、ほら、例の。」
ミホは不思議そうな顔をしてボクの目を見つめ返す。
「東京へ出張やって言うてたやろ。」
ボクは鞄からお土産を取り出してミホにお土産を手渡した。
「ほら、約束のごま玉子。変り種やけどチョコ味やで。期間限定って売ってたからこれにしたんやけど、どうやろ?」
「うわー、すごい。今どき、こんなんがあるんやね。」
ミホは目をクリクリとさせながら箱を回す。
「さあ、ご褒美をもらってもええかな。」
ボクはミホの唇を貰いに行く。
「ええよ。」
ミホもボクの首に腕を回してボクを受け入れようとする。
今夜も甘い吐息とネットリとした女神様の歓待から始まる。
「これ、皆でわけわけしてもいい?」
「皆ってそんなに沢山入ってないんちゃう?何個入りって書いてある?」
ミホは箱の裏書を見つけて、
「五個入りって書いてある。ちょうど今日来てる女の子五人やし、ぴったしや。」
「それやったらええよ。ちゃんとシンちゃんのお土産って言うといてな。いやいや、ボクの名前を知ってる人っておらんし。」
この時は、もしかしたらマヤさんに名前を知られるのは良くないかもと思っていた。今夜はヒデちゃんのオキニ嬢であるマヤさんも出勤しているのだ。
「お客さんからもらったって言うわ。」
「それでええんちゃう。皆でワケワケするのって、ミホ優しいな。」
ボクはミホの頭を撫で撫でして、そして抱き寄せる。
「それはそうと、こないだのデートはどうやった?」
二回目のデートを終えて、帰り際に「楽しかった」とだけ聞いたが、その後の詳しい感想をまだ聞いていなかった。
「シンちゃんがあんなにボウリングがヘタクソやったのは面白かったし、シンちゃんが女の子を連れ込むためのレストランがどんなとこかわかったし、それにシンちゃんが狼やないってのもわかったし、また行ってもええで。」
「へへへ、二回目までは安心させとくのがボクの手やねんで。三回目は狼になること間違いないな。」
ミホはボクの耳元でそっとささやく。
「できひんくせに。」
ボクはニッコリと微笑んでミホの首筋に唇を這わせる。今のボクにとってミホはただ一緒にいたい存在である。エッチなことなんてできなければできないでそれでもいい。そう思っている。
「ボチボチ次のデートの約束できるんかな。そろそろ十月やし、紅葉とかもあるで。」
「人が沢山集まるとこはめんどくさいな。それよりも野球見に行かへん?そろそろ夜は涼しなるやろ。」
ちょっと驚きのリクエストだ。
「ミホ、野球見るん?ドームやったら空調あるから、夏でも秋でもあんまり変わらんと思うけど、もしかして甲子園?」
「行ってみたい。夏の高校野球ちょっと見てん。めっちゃ暑そうやったけど、ナイターは綺麗そうやったから、いっぺん行ってみたい。シンちゃん詳しそうやし、一緒に行けたらええなあって思ってた。」
そう言われて嬉しくないわけもない。
「じゃあ、いつ行く?今週?来週?週末?平日?土日やったらデーゲームの可能性もあるで。平日やったらほぼナイターやと思う。」
「ほんなら平日の夜。来週の火曜日か木曜日。」
割りと気軽にこたえるミホ。
「随分と約束するんが平気になってきたな。夜やで。しかも隣の県まで行くんやで。」
「シンちゃん、頼りにしてるし。」
ニッコリ笑ってボクの膝の上に乗ってくる。あとはそのまま胸の膨らみに唇を這わせていくだけである。もう何も答える必要がない。
やがて場内コールがボクからミホを取り上げる。
=ミホさん八番テーブルごあいさつ=
ミホは身支度をしてボクの席を離れる。離れ際に優しく言葉を言い残して。
「フリーやから、すぐ戻ってくるし。」
この日は人気のヒトミ嬢がいないこともあり、ボクの席を離れるのはフリー客への顔見せだけである。若い嬢は指名客があっても、次の固定客確保のためにフリー客へは頻繁に回される。可愛いミホならば店としてはなおさらであろう。そんな今宵のヘルプに来てくれた嬢はチヒロ嬢とユカリ嬢、そしてマヤ嬢だった。チヒロ嬢はミホよりも二ヶ月ほど後に入った期待の新人。接客もかなり積極的にこなしているようだ。ボクの所でもその積極性は変わらない。ユカリ嬢は少し年配のおねいさん。それでもボクよりは年下なのだから、ボクには違和感なく話ができる。やはりおねいさんだけあって、対応の仕方もかなり大人だ。たまにボクにはコツンと忠告してくれる。幻想の世界と現実の世界をちゃんとわかってないとダメだよってね。
そしてマヤ嬢がやってっくる。
彼女はボクの顔を見るなり薄っすらと笑みを浮かべた。
「やっと会えたな。あんたがヒデちゃんのお友達やな。なんやヒデちゃんよりハンサムやんか。で、ミホちゃんのお客さんやねんな。」
「あのう、マヤさん。お願いがあるんですけど。」
するとマヤ嬢はそれだけで理解したようにうなずいた。
「わかってる。今日来てる事とか、ヒデちゃんに言わんように、やろ?」
「はい、お願いします。」
「そのかわり、しょっちゅう通ったってな。ちょっとでもお客さん多いほうが、お店も賑やかになるし。それがみんなのためになるって言うことやし。」
中々達観した人だ。素直にそう思った。彼女に言われたからではないが、結果的にボクはしょっちゅう通う客となるのではあるが。
結論を言うと、マヤさんとちゃんと話が出来てよかった。少なくとも今後、彼女の口からは、ボクがここへ通っていることがヒデちゃんに伝わることはないだろう。
数分もするとミホはボクのところへ戻ってくる。
「フリーやから短かったやろ。」
「ボクにとっては一分でも長すぎる。あんまり淋しい思いさせんといてな。」
ボクはミホが戻ってくるなりすぐに唇を求めたがる。ミホも素直にボクに唇を奪われてくれる。そんな時間が今のボクにとって唯一の心のゆとりの時間。柔らかな彼女の体を腕の中で確認して、匂いを堪能して、何だか安心した気持ちになって落ち着いていく。
「とにかく帰ったら、来週の火曜日か木曜日に甲子園でナイターがあるかどうか調べるから。わかったら連絡するし。せやけど、雨降ったらどうする?」
「そんときはそんときや。ご飯だけ食べて帰ったらええやん。」
これで、晴れだろうが雨だろうがデートの約束は取れたことになる。
このところ、ボクの店での遊び方は少し変わってきたかも。
すでに何度かミホとはデートを重ねてきているので、気持ちに余裕があるのは確かだ。今となっては、下心を持って少しエッチなことを考えたいなどという領域は超えていて、いろんな意味で今のボクにとって最も失いたくない存在となってしまっている。こういうのを恋心というのだろうか。いや、すでに恋煩いとなっていることは間違いないだろう。
ボクの恋を自覚したのはこの夜だったかもしれない。
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