第6話 三人称の視点・・・

進也がミホと次のデートの約束をした翌々日のことである。

九月における進也の会社は相当忙しかった。

役所がらみの仕事は年度としては四月からだが、実質の事業スタートは七月から八月にかけてが通常である。

そして、作業として最初にテンコ盛りとなるのが九月なのである。

進也も秀雄も毎日残業が続いた。

「シンちゃん、こう毎日遅くまで仕事しとったら気持ちが腐ってまうな。今日は遅うなったけど、ちょっとビール飲んで帰らへんか。」

「そうやな、どっかで発散しとかんかったら死んでまうで。」

ちょっとオーバーな内容が大阪の会話らしい。いつも二人の会話は少し盛りぎみだ。

「はよ終わらしてコキコキ行くで、今日はのっけからホルモン突きに行こか。」

この日の仕事も終盤が見えた頃、二人の行き先が決まったようだ。

大阪の街並みでホルモンの店は珍しくない。元来、焼肉文化の進んでいる地域とも言える街である。二人は御馴染みともいえるホルモン屋の暖簾をくぐった。

「親方、二人あいてる?」

「おう、ヒデちゃんとシンちゃんやないか。カウンター空いてるで、ここに座りぃ。」

どうやら親方とはかなり親密なようだ。

「ナマチュウ二つとミックスホルモン焼き二人前と塩キャベな。」

決まっているかのような注文の仕方も、かなり板についている。

二人は冷たいビールを喉の奥に注ぎこみながら、ホルモンを目の前の七輪で焼き上げていく。モウモウとした煙と共に、タレの焼ける匂いが香ばしい。

「ところでシンちゃん。『エロナイ』のことやけど、こないだっていうか、実は昨日行ってきてん。ほんならオイラのオキニの嬢がな、やっぱりシンちゃんのことを見たっていうねん。しかも一昨日の話や。流石に直近のことやし、オキニの嬢も前の事あったから、絶対間違いないって言うねん。怒らへんから、正直に言うてみ。」

進也は進退窮まった。まさかそんなニアミスが起こっているとは気づかなかった。昨日一昨日のことを朧気に誤魔化せるはずもなく、一部については白状すべからざる状況に陥ってしまった。

「せやな、一昨日は行った。こないだ一緒に飲んだときにな、ヒデちゃんが『エロナイ』の話をするから思い出してしもたんや。ちょっと顔出しただけやし、おおっぴらに遊ぶつもりもないからこっそりと行ったんや。」

「へへへ、やっぱりな。あの店は良かったもんな。シンちゃんでも思い出したら行きたなるほどええ店やっていうことやんか。オイラもホッとしたわ。」

「なんでなん?」

「オイラとオキニの会話がすれ違っとったから、これで修正できるやん。ところで、シンちゃんのお目当ては誰なん?」

「内緒や。あんまりヒデちゃんのオキニの嬢さんから、その娘のいらん情報を聞きたないし、ヒデちゃんもヘルプで会うたら気まずいやろ?もう行くかどうかもわからへんし。」

「オイラは気まずないで、だってオイラはヘルプの嬢さんとは話しかせえへんからな。ん?気まずいって思うってことは、シンちゃんはヘルプの嬢にもチューとかしてるな。」

「してないって。ヘルプの嬢さんにもそんなんしてええの?指名してるからエエって言われてたと思うんやけど。」

どんどん会話が秀雄のリードに導かれている。進也もしまったと思いながらも、もう引き返せないところまで来ていた。

「ホンマはアカンねんけど、嬢が許せばええのと一緒。それか、シンちゃんがその嬢に焼き餅を妬かれてるんちゃうか。結構、ええ線いってるんちゃうん。」

進也もそれほど多くのヘルプ嬢に会っているわけではなかった。ミホが抜群の人気を誇っているなら、そんなこともあったかもしれないが、まだ固定客も多くなく、早い時間に行っているので、ほとんどの時間を二人だけで過ごすことが多かった。間違いなくヘルプ嬢には手を出していない自信もあった。

「オイラのオキニの嬢はマヤちゃんて言うねん。今度会うたらよろしく言うといてな。週に五日は出勤してるはずやし、いつかはヘルプでも会うかも知れんで。」

「もし行ったらな。」

何気に答えたつもりだったが、内心は色んなことを見透かされた感じがして、おかげで一気に酔いが冷めていく気分だった。

しかし、このときの秀雄の予言は、後日に現実化するのだが、彼女とも顔見知りになっていたことが数ヵ月後には功を奏することになるのである。

「いやあ、今日はええ気分晴らしになったわ。ええから、今日は一緒に行こな。」

秀雄にとってはいい仲間ができたという気分。打って変わって進也にとっては秘密を握られた気分。全くもって異なる感情のままに肉を焼く。

「ゴメンやけど、今日は行かへんで。そんなに余裕のある金もって来てないし。ここの御代も借りなあかんかもしれんのに。」

というのは言い訳で、今宵はミホの出勤日に当たっていない。今日は金曜日である。金曜日に出勤していない嬢は限られているので、およそそれだけでミホの正体があからさまになってしまう。進也はそれを恐れたのである。

そんなことは気にも留めず、秀雄はさらに進也を誘う。

「金やったらたんまりおろして来たで。奢るとは言いかねるが、3セット分ぐらいは借金できるで。」

「ヒデちゃん、ヒトに借金してまで行く店やないで。やっぱり今日は帰る。」

「そうかあ、残念やなあ。今度はちゃんと行く前に誘うから、ちゃんと軍資金用意しといてや。」

「あんまり期待には応えたないけどな。」

そこへにょっきりと顔を出してきた親方。

「何の話をしてんねん。シンちゃん、だいぶ渋い顔してるで。仲良うしいや。」

「別に喧嘩してる訳やないで。シンちゃんの新事実を発見して、オイラが勝手に喜んでるだけやねん。シンちゃんはちょっと気まずい感じかな。」

「なんや、シンちゃんの秘密でも見つかったか。」

「ああ、まあでもそんなに秘密でもないかな。シンちゃんも男やったって言う話や。親方には縁のない話かもしれんけどな。」

秀雄の得意顔はまだまだ続く。

「シンちゃん、黙ってんとなんか言い返しや。」

親父さんは進也の肩を持つ。

「別に脅されてるわけやないよ。ちょびっと秘密にしてたことがバレただけ。バレたらしゃあないぐらいのことやし。」

「ほんならオイラはこれから行ってくるわ。親方、お勘定して。」

なんだかんだで二人前のホルモンをビールと共にすっかりと食べきった二人は、明暗の分かれた顔で店を出た。

そして、進也は帰路へ秀雄は店へと足を向ける。

進也にとって少し憂鬱な感じが残る飲み会だった。

思えば今日は金曜日。明日は待ちに待ったミホとの二回目のデートである。

まさか、そんなことまでは秀雄も彼のオキニ嬢も知る由もないだろう。



その日は朝から軽快だった。

前日のビールは少量だったし、ホルモンだって秀雄ほどは口にしなかった。と言うよりも話している途中からドンドンと食欲が落ちていたことによるものだ。

最後は二人別々の選択肢を引いた。それだけは満足していた。

今日のデートは夜からである。彼女は土曜日の昼も仕事なのだろうか。

まだ彼女の昼間の仕事のことを詳しく聞いていなかった。職場にはあまり多くの男性がいないとまでは聞いていたが、彼女が派遣社員であること意外は何も知らなかった。

彼女の日常エリアと進也の日常エリアでは、淀川を挟んで南北に分かれている。淀川にかかる橋を渡らないと、二人の日常エリアは繋がらない。

今夜の待ち合わせは大阪市内なので、二人は淀川の川下にある中州近くの駅で落ち合うことになっている。そう考えると少しロマンチックな構図だ。

太陽が高く昇っている時間帯、進也は今夜の店を確認すると共に、二人だけの二次会を想定していた。

おしゃれなバルか渋い感じのショットバーか、選択肢はいくつもあった。

少し色っぽいことも考えたが、なるべく期待はしていない。

とはいうものの昼過ぎごろから落ち着きがなくなっていくのがわかっていた。何かあれば時計を見て時間を確認する。一人暮らしであるが故に、そのみっともない姿を誰に見られるわけではないが、妻と別居していなければ、あっという間に不振な姿に映ったことだろう。それほどまでに、進也の期待は高まっていたのである。


九月とはいえ、昼間の気温は三十度を超える日が続く。まだまだエアコンなしでは、室内を快適な空間に保つことはできない。

さらに喉の渇きもフォローすべくであるが、まさか今日は昼間からビールを煽るわけにもいかないので、ローカロリーな炭酸飲料で喉を潤すしかなかった。

エアコンがついているとはいえ、汗ばむ温度には違いなかったので、夜のデートのことも考えて、二度三度とシャワーを浴びる。

もちろん、髭を整えて清潔にしておくことも忘れない。進也はそういったところは昔からマメな男なのである。

やがて夕方を迎え、六時Y駅を目指してアパートを出る。

夕方になると少し涼しげな風を感じるかも。夜にはひんやりとした空気がときおり頬をすり抜ける。

進也は六時の少し前に待ち合わせ場所に着いていた。ホントに来てくれるのだろうか。そればかりを気にしていた。

「シーンちゃん。うふふ。」

割りと時間きっかりに姿を見せたミホ。案外キチンとした娘なんだなと感心する。

「ホンマに来てくれたんやな。」

「ん?なんで?」

「だって夜やし。オウチの人にはなんて言うて出て来たん?」

「お友達とご飯食べに行くって。ホンマの事やろ?」

確かにそれが一番適切であり、現実の話だ。

「そうやな。ホンマの事やな。ほんならボクの友だちのミホちゃん、ご飯食べにいこか。」

二人は自然の流れで手をつないでそぞろ歩き始める。

進也が予約を入れた店は、待ち合わせの場所から七~八分も歩いたところ。お洒落なレンガ造りの壁とブーケが飾られたドアが女性客のハートを掴んでいるかのよう。

「シンちゃん、なかなかお洒落な店を知ってるやん。ようココへ女の子連れてくるん?」

いたずらっ子っぽい目線を投げかけて、ニコッと微笑む。

「初めて来る店やで。ミホが好きそうなんはこんな感じかなと思って。」

今日の料理はシェフのおすすめコース。進也もイタリアンについてはさほど詳しくもないので、料理のチョイスはシェフにお任せしてしまう。

「ビールにする?ワインにする?それとも?」

「折角やし、ワインにしよかな。でもそんなに飲まれへんで。」

二人はグラスワインを注文し、今宵の二人の宴に乾杯。

『チン!』

シェフのおすすめは、サラダに始まりピザで締める。メインは子羊のローストのようだ。

「ボクはこんな洒落たお店なんてなかなか来る機会が無いから、ちょっと緊張してるのわかる?」

「それにしては女の子とのデートにはピッタリの店やけど?」

「喜んでくれてちょっと安心したわ。ドキドキやったんやで。」

店内は若い男女の客が多く、ボクのような中年は目立つことこの上ない。

「本当はミホもそれなりの彼氏と来たかったんやろ。こんなオッチャンでゴメンな。」

「ええねん。シンちゃんやったら楽しいから大丈夫やで。最近の若い男はなんか勘違いしてるとこあるように見えるし、シンちゃんみたいな大人の男の人は憧れやで。」

そう言われて嬉しくないわけもなく、

「あんまりオッチャンをからかったらアカンで。」

少しはにかみながら答える。

彼女はホントはどう思っているのだろう。ご飯をおごってもらえるオジサンとの食事会。そんな程度だろうなと思っていた。

イタリアンの食事会はゆったりと一時間半ほど。ボクは会話が途切れないようにネタの収集に余念がなかったので、話は大阪人らしく弾んだまま時間を通り過ぎる。

ときおり、彼女の手を握ったり、彼女から手を握らせたりすることを忘れなかった。

若い娘とオジサンの食事会とはいえ、ボクとしてはデートのつもりである。かなり頑張って楽しい空間を造り上げていた。

やがてテーブルの上の料理があらかた無くなり、デザートであるジェラートの出番が訪れる。つまりは食事デートがそろそろ終わりを告げるということ。

時計を見れば時間はまだ午後八時前。

「お嬢さん、もうお帰りですか。もしよろしければ、もう少しお付き合いしていただけませんか?」

「えらい丁寧やな。どこ行くん?」

「そうやな、バルがショットバーでも行かへんか。」

「ホンマはガールズバーとか行きたいねやろ。」

ミホはちょっと意地悪な目線をボクに向けた。

「ボクはそんなとこ行ったことないで。ミホに会いに行くときでも飲んでないやろ。カラオケでもいくか?」

「ミホあんまりカラオケ好きやない。でもお腹も一杯やしな。」

「なんやったらボウリングでもしてみるか?」

少し変則的なプランを提案してみた。すると、

「それ面白そうやな。ボウリングなんて何年ぶりやろ。」

意外な反応に少し驚いたが、これで二次会の会場はボウリング場と決まった。

少し歩きながらお腹を軽くしていく。並んで歩く二人の姿は不倫の匂いがプンプンするカップルに見えるだろう。もちろん手をつないでいることは言うまでもない。

進也は若い女の子を連れて街中を歩くことに少なからず優越感をもたらしていた。夜の喧騒を意気揚々と歩くのは何年ぶりだろうかと思う。

「あそこなんかどう?」

進也が指差す方向に大きなボウリングのピンの看板が見える。

「なんかワクワクするなあ。」

二人は専用のシューズを借り、受付を済ませてボールを捜す。進也も実はあまり得意ではないのだが、少しはいいところを見せたいとも思っていた。

「ほなボクからな。」

何年ぶりかの第一投は、中央ピンをわずかに外れて左隅の三本だけを倒す結果となった。二投目は逆に右隅の三本を倒し、結果的に中央の4本が残った。

「はははは、シンちゃん面白い。よっぽど性格がひねくれてんのんちゃう?」

そういうミホの腕前はどうだろう。

ミホの投じたボールは一番ピンに向かって一直線に進んでいく。

やがて軽快な音と共に多くのピンが倒れて、一番端っこの十番ピンだけが残った。

「おしい。」

二人で声を合わせながら目線も合わせる。

二投目も丁寧に投じたボールは、残りの一本を綺麗になぎ倒していった。

「ミホ上手やな。あの一本を倒せるなんてすごいで。」

「たまたまやけどな。」

結果的にこの第一フレームの結果が二人の合計の差となった。進也は散々な結果に、ミホはそれなりの結果に。

「よし、今度は負けへんで。」

しかし、言うのは容易い。結局のところは、次のゲームにおいても進也が名誉を挽回することはなかった。

「シンちゃんはヘタやな。真っ直ぐに投げられへんて、やっぱりひねくれてるんやで。」

「そうやな、ひねくれ者なのは認めるけど、ちょっと今回の結果は納得いかんな。でも、これ以上やっても結果は一緒のような気がする。今回はミホの勝ちやな。」

「ミホが勝ったら、なんか商品があるん?」

「何が欲しい。」

するとしばらく考える仕草をして、

「ううん、なんもいらん。今日も無事に帰してくれたらええ。」

「しゃあないな、負けは負け。今日も諦めるわ。」

「ありがとう。うふふ、やっぱりシンちゃんはええ人やな。」

どうやら進也も狼にはなりきれない性格だと見える。

時間はすでに午後九時を回っていた。随分ゆっくりとボウリングを楽しんだものだ。

「今日も楽しかったで。無事に帰したげるさかい、気いつけて帰りや。」

「またお店にも来てな。」

ここは大阪市の繁華街。中心部からミホは淀川の北の地域へ、進也は南の地域へと帰る。エンジ色の電車が走る駅までミホを送り、

「またね。」と言って手を振る進也。「うん。」と言って笑みを返すミホ。二人のランデブーは今宵も淡い雰囲気だけを残して幕を下ろそうとしていた。

一旦背を向けたミホが、再び進也の元へ駆け寄って、ほっぺに軽くキスを置いていく。

「今日はホンマにありがとう。また連れてってな。」

それだけ言い残して、すぐに改札の中へと消えていく。

一瞬の出来事に、その場で立ちすくむ進也。予想外の置き土産に少し戸惑っていた。

「まあ、今日のところはこれで満足しておくか。」

そんな独り言を呟きながら踵を返し、深緑色の電車に乗るためのホームへ向うのだった。



やがて九月も中旬を迎えると、朝の風が涼しく感じる日が現れる。昼間との気温差に苦しめられる季節の始まりと言っても過言ではない。

進也はどちらかというと暑さ寒さをあまり気にしないタイプで、さほど汗かきでもない。

それでも忙しい日常はむせ返る気温が仕事の能率を低下させているに違いない。

普段は会社をはけると、近所の馴染みの食堂で食事を済ませ、あとは部屋でのんびり過ごすことが多く、秀雄と飲みに行くのは月に二回程度か。

しかし、秀雄は例のちょっとした秘密を見つけ出してからというもの、頻繁に進也を誘うようになっていた。

「シンちゃん、今日は飲みに行かへんか。」

誘っている顔がすでにニヤけているので、その後のお楽しみまで含んだ話をしていることがすでに予想される勧誘だ。

その日は木曜日だった。前回の飲み会は金曜日だったこともあり、秀雄も進也を例の店に引っ張り出せる曜日を探っているのかもしれない。

「ごめんやけど、離婚の書類に目を通しとかなアカンて弁護士から連絡があってな、今日は勘弁して欲しいねん。」

「おお、もうそんなタイミングになってんのか。それやったらシャアないな。ほんなら飲み会は来週にしよか。それまでに片付けときや。」

秀雄は飲み会の交渉に粘ったりはしない。誰もいなけりゃいないで、一人でも飲みに行くタイプだから、全く持って苦労しない。

また、進也の手元に弁護士から書類が届いているのも事実だった。彼はまもなく調印される離婚調停に対して、いくつかの条件を受け入れる必要があった。しかし、その条件も後に裁判沙汰になるほどの事でもなく、進也は素直に受け入れる方針を固めている。

但し、今夜の飲み会について行かない進也の本音は少し違っていた。第一に今夜はミホが出勤する日でないこと、第二に『エロナイ』へ行くための小遣いをムダに消費したくないこと、第三に秀雄のペースに巻き込まれたくないことなどがその理由である。

これまでに二度のデートを終えて、ミホとは少し身近になれたかな。そんな思いの中、そんな事情については、秀雄にはあまり知られたくないのが本音である。


進也は学生時代にさほどモテた訳ではないが、高校時代から何人かの女の子との付き合いはあった。そんなに初心な男でもない。どちらかというと女たらしに近い方である。

現在離婚調停中の妻も学生時代から付き合っていた彼女であった。六年もの交際の後に結婚したのだが、子供ができてから妻の様子も進也の関わり方も変わってしまった。世の中の多くの夫婦がそうであるように。

つまりは、こんな店に来ても女の子と仲良くなることは造作ない。会話だってどちらかと言うと得意な方かも。だからと言ってジゴロを気取って女の子にムチャをする気はない。昔からいつも振られるのは進也の方だった。

自分でもわかっている。いつも一言が多いのだ。余計な一言を喋ってしまったおかげで別れてしまう結果になったのが、進也のこれまでの恋愛事情である。

だからこそ、それを解っている進也にとって、ミホに対する恋愛感情は慎重にならざるを得ないのだ。

特に離婚間際の彼にとって、新しい恋人などはいてはいけない存在なのである。そんな欠片や気配さえも公にはできない。そのこともあって、ミホに関しては秀雄にも知られてはいけない一端となっているのである。どこで何が漏れるかわからないと思っていた。



そんなこんなで秀雄の誘いをかわして、進也は次の水曜日のことを視野に入れていた。コンスタントに通うことが親密度を深める手段のひとつと考えている。そう、彼はマメな男なのである。

嬢たちがPRのために活用できるブログのページがあることは以前にも記しておいたが、どうやらお店のお偉いさんの提案で『ブログ週間』というのができたらしい。嬢たちはこぞってそれぞれのブログを存分に書き始めていく。今までアップをサボっていた嬢たちも客からせがまれてか、どんどんアップしていく。

ミホにおいても漏れなくであった。『ブログ週間』のちょうど中間点ぐらいの時期に、以前に進也がブログ用にとプレゼントしてあったお茶の記事がアップされていた。

これに気を良くした進也は次のネタの提供を考える。更に、ちょうど都合の良いことに、この週末に東京への緊急収集会議が決まった。対象事業の担当者は秀雄ではなく進也だったので、喜び勇んで東京へ向かう。もちろん、お土産の『ごま玉子』の第二弾を入手するためである。

この際、進也にとって会議の内容などどうでもよかった。実際には必要最低限の仕事はこなしてくる。しかし、それが終われば後は東京駅で『ごま玉子』を探すことのみに気合を集中するのだ。

そして、「あったあった。」彼が見つけたのは期間限定の『ごま玉子チョコ味』。もちろん即購入。大事に持って帰ったとさ。

そして、待ちに待った水曜日。進也は鞄の中にお土産を潜ませて出勤する。この日は午後から出張である。得意先での打合せと営業を終えた進也は十七時、会社への報告を済ませると、いつものように直帰が許された。ほくそ笑む進也の顔を想像したまえ。少しワルイ奴の顔に見えるかも。

フリーになった地点から『エロナイ』までは電車で約三十分。鞄の中に口臭予防液が忘れずに入っていることは言うまでもない。少し早めに着いたので、百貨店で別のネタ探し。こういったところも彼のマメな男たる所以であろう。

やがて店前に着いた時間は十七時五十五分。オープンまでは待合室で待てばよい。いつものようにミホを指名して開店時間と共にそぞろピンクのフロアへ招かれる。


ここから先は、再び進行を一人称の進也に任せることとしよう。



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