第5話 偶然と焼肉・・・

七月の茹だるような暑さったら酷いもんだ。

毎年暑くなってきているのはホントかもしれない。道路ではアスファルトが溶け出し、夕方にはゲリラ豪雨があちらこちらで襲来する。どこかしらおかしな世の中になってきたものだ。

そんなこともお構いなしに、ボクは今日も『エロチックナイト』に足を運ぶ。

・・・・・はずだった。

ところが、茹だる暑さに負けて冷房の中に浸りっぱなしのぐうたら生活に罰が当たったのか、昨日から咳が出て少々熱っぽい。

先日ミホからのメールで、「今週も来てくれる?」と入っており、「もちろん行くよ。」と返したばかりだった。

ところが、ゴホゴホと咳をしている輩が粘液の交換を楽しむところへ行ってはいけない。バレたら追い出されるかもしれない。ここは大人しく養生するしかない。薬局で薬を買って、咳が治まるのを待つしかない。

まあ、こんなこともあるよね。

ミホにはメールで「風邪引いちゃったから行けないよ」とだけ送っておいた。



翌週の水曜日、ボクは何とか風邪を治して出撃の準備に取り掛かる。

朝からシャワーを浴びて、髭をあたり、綺麗なパンツをはく。コロンはつけない。

ボクは自分ではわからないが、元々体臭があまりない体質らしい。ボク自身はこんなに匂いフェチだというのに。

やがて会社の就業時間が終わり、本日の出動を合図するチャイムがなる。今日もヒデちゃんには内緒でそっと会社を出てきた。

そこからはいつものように電車に乗って『エロチックナイト』へ直行するのだ。

風邪のおかげで前回の逢瀬から実に三週間ぶりの訪問となったのである。

「いらっしゃ~い。待ってたよお。」

例によって舌足らずな喋り方である。甘えたいのかなと思いきや彼女は普通にエスなのだから恐れ入る。ボクもエムではないので、彼女の波長に合わせるつもりはない。折角だから甘えてきて欲しいと思っているのに。女の子はその方が可愛い。少なからずボクはそう思っている。

「先週は来られへんくてゴメンな。せやけど、風邪はうつしたらアカンやろ。」

「そうやな。」

「もしボクの風邪がうつったらいつでも看病してあげるで。」

「ミホのオウチお父さんもお母さんも一緒におるんやで。」

「ボクは別にかまへんけど。誰?って聞かれたら、恋人ですって答えるやん。」

一瞬きょとんとした目をして動きが止まる。そして一瞬の間をおいて笑い出す。

「ははははは、そんなんアカンに決まってるやん。」

「なんで?ボクが中年のおっちゃんやから?」

「そうやない、シンちゃんは見た目若いし。そうやないけど、アカンしおかしいやろ。」

もちろんそんなことはありえない想定である。

しかし、そのありえない想定が面白い。

「今日は抱っこしても大丈夫?」

「したい?」

「したいに決まってるやん。」

「うふふ。」

そう言ってボクがミホの唇を引き寄せると、目を瞑って応えてはくれる。以前よりは積極的ではないけれど。祠の中の女神様もあいさつしてくれる。あんまり乗り気ではないけれど。これがミホの今のデフォルト体勢なのだろうか。あの気分がブルーになったときから少し変わっていた。

ボクとしては以前のように甘えながら絡み付いてくる腕や唇が愛おしい。最近は少しクールな態度で大人びたように見えるミホが少し遠い存在に見え始めていた。それでも、前回や前々回のこともあるので、一応否応なく体を預けてくれる。ボクも要求通りに応えてくれているミホに強引な要求をすることは出来なかった。

この日は、フリー客の顔見せに二度ほど席を離れたくらいで、後はずっとボクの側にいてくれた。

「そろそろ焼肉の想定してくれてもええんちゃう?」

「また今度な。」

「今度っていつ?来週の土曜日はどう?」

「なんもせえへんねやったら行ってもええで。」

「あのな、そんな想定はないで。肉を目の前に出されて喰らいつかん狼はおらんやろ。せやから、焼肉行くときは綺麗なパンツを履いてこなあかんで。」

「それやったら行かへん。」

「そうやな、それが正解やな。」

この会話をするのは何度目だろう。でもずっとこの会話が楽しいのもなぜだろう。

この日は可もなく不可もなくという感じで遊べた。それでも前回、前々回の不足を取り戻した気にはなれなかった。

もう少し深くミホに入り込んだ感じで触れ合いたい。スケベなおじさんの欲望は、少なからず彼女のテンションとは比例しないようだった。

所詮は店の嬢と客の関係。本来的にそれ以上でもそれ以下でもないのである。



しかし、とあるきっかけによってその一線がぐらつく。

七月のうだるような暑さは変わらない。それどころか朝から鬱陶しい熱気が陽炎となって我々を悩ませるようになってきた土曜日。

その日は用事があって大阪市内をうろうろしていた。流石に都会の人ごみの中ではどこを歩いていても汗が吹き出てくる。

そろそろランチタイムか、などと思いながらエアコンの効いている某百貨店へ逃げ込んでみた。みんな考えていることは同じだからなのだろうか、ここも人だかりで室温がかなり上がっているようだった。

それでも喉を潤そうと、店内のジューススタンドバーへ寄ってみたら、

「あっ。」

「んっ?」

お互い目が合って、途端に目を背ける。

少し遠い位置の斜め向かい側にいたのがミホであった。

ボクは一人だったが、彼女は友だち連れだったので、声をかけることを躊躇した。

彼女の本当の名前を知らないし、彼女も客に会うのは嫌がるだろうと思ったから。

ボクはお決まりのミックスジュースを注文して待っていた。彼女たちは少し早く来ていたのだろうが、おしゃべりに夢中で手元のカップが空になっているのも気づいてないのか。

それでも、ボクより少し早いタイミングでスタンドを後にしていた。

それを見送ってからボクもスタンドを立ち去り、少し濡れた手を洗うためにトイレに向かう。少しべたついた手を洗い、ハンケチで手をぬぐいながらトイレを出た途端、

「シンちゃん。」

と声をかけられて驚いた。

「やあ、・・・・・・。なんて呼んだらええんかな。お店の外であんまり慣れなれしいのはあかんよね。」

まだ遠慮がちに話していると、

「そんなに気にせんでも大丈夫やで。それより、こんなところで会うなんてすごい偶然やなあ。ビックリしたわ。」

「ボクかてビックリやわ。せやけど友達と一緒やろ?あんまり長いこと離れてるとなんかあったて思われるで。」

「もう用事は済んでんねん。あとはランチ食べて帰るだけや。今日は一緒におられへんけど、今度会うた時には一緒にご飯食べてあげるわ。」

「約束やで。」

「うん、ええで。」

どこまで本気かわからないけど、急ぎ足でそんな約束を交わし、その時は別れたのだった。

しかし驚いた。まさか土曜日にこんなところで会うとは思わなかった。

確かに最近シフトが「日月水土」から「日月水」に変わっていた。

客入りの良い金曜日と土曜日のシフトを外したのはなぜだろうとは気になっていた。

元々人見知りだとは言っていたが・・・。



そして週があけて翌週の火曜日。

暦は八月に変わっている。

積乱雲の到来が毎夕方に訪れ、毎日ゲリラ豪雨の襲来を危惧しなければならない季節となっていた。

しかし、普段は屋内の仕事が多いため、夕立に遭遇することなどは滅多に無いのだが、この日は大当たりで、まさに久しぶりに行った得意先から道路へ出た途端に滝のような雨が落ちているのが見えた。

建物の玄関先から地下鉄の入り口までは約十メートル程だったが、ダッシュで駆け込んで立ち止まった瞬間、同じようにして駆け込んできた人がボクの背中を押した。

「やあ、危ないな。」

そう言って振り向くと、

「あっ。」

「んっ?」

お互い目が合って、途端に目を背ける。

ボクの背中を押したのはミホだった。偶然のデジャブーが記憶の底から蘇る。

「ミホ、なんでこんなとこにおるん。K市とちゃうかったっけ?」

「今日は部長のお使いやねん。月に一回ぐらいあんねんけど、まさかやね。」

「こういうのをドラマチックっていうんかな。これからどうするん?会社に帰るん?」

時計を見ると午後3時を回ったあたり。中途半端な時間だ。

「書類を預かったから戻らなアカン。でもお茶ぐらいやったらOKやで。」

「いいお誘いやね。乗ってもええかな。ほんなら、その辺でちべたいコーヒーを熱々で飲もか?それとも焼肉行くか?」

「シンちゃん、焼肉はまだ早いし、ミホは行かへんって言うたで。」

「行かへんのは本気なん?」

「行ったらアカンていうたのはシンちゃんやんか。ようは連れて行ってくれへんていうことやろ?」

ちょっとすねて見せるミホ。会社の制服だろうか、かなり可愛い。女性の制服姿って、男はみんな魅せられるよね。だからお店でもコスプレフェアとかを頻繁にやったりするんだろうけど。

それはともかく、

「ボクでよかったら連れて行ってあげるで。それに、この前会ったときは、今度会ったらご飯一緒に付き合ってくれるっていうてたやん。」

「そうやな。せやけど、今日は一回会社へ帰えらなアカンし、ご飯はまた今度な。」

『また今度』の次の機会がどんどん具体的になってっくる。

「とりあえずコーヒー飲みにいこ。さあ、そこの綺麗なおねいさん、ボクと一緒にチャーしばきに行かへん?」

「なにそれ?」

今の若い娘たちは知らないのだろうか。ボクが若いころに流行ったナンパの決めセリフだったんだけどな。


とりあえずボクたちは地下に潜り、地下街の喫茶店に入る。

「二回も偶然に会うなんて奇跡的やね。今日はツイてるかな。宝くじでも買ってみようかな。恵みの雨ってこういうのを言うんやろうか。」

ミホもにっこり微笑んで、

「今日が休みやったらよかったのに。」

「なんで?」ちょっと意地悪っぽく聞いてみると、

「シンちゃんもそう思うやろ。」悪戯っぽく返された。

まさにそのとおりである。今日が休みの日ならこれからの時間は好きに使い放題なのに、ミホはもちろんのこと、ボクだってこれから会社へ戻って報告をしなければならない。

「ボクかてな、別に無理やりどっかへ連れ込んだりはせえへんねんで。せやけど、ボクみたいなんばっかりちゃうからアカンて言うてんねんで。」

「わかってるし。みんなシンちゃんみたいに大人しい人ばっかりちゃうの。結局シンちゃんはムチャできひん人やねん。それは最初からわかってるし。」

ボクたちの時間は、さっきまで雪崩のように落ちていた雨が音もなく走り去っていった気配を敏感に感じ取っていた。

「そろそろ行きますか。」

「そうやね。またお店に来てな。」

「明日は水曜日やで。」

「ホンマや。明日会えるん?」

ボクは少し意地悪な笑みを返しながら、

「ミホ次第かな。イチャイチャできるんなら行くで。」

すると今度はミホがすねたような仕草を見せながら、

「シンちゃんだけやったらええねんけどな、明日のお客さん。」

「そんなわけにはいかへんやろ。それに、お客さんがボクだけやったら、ミホのお手当て干上がってしまうで。」

「そうやな。」

納得したようなしないような。

それでも、「明日は行くよ」と言って、その日は別れた。

正直なところ、何度も涼しい対応ならボクのテンションが下がってしまうのではないかと恐れていた。



そして翌日となる水曜日。

行くと決めている以上は、朝からちゃんと準備を怠らない。それがボクのスタイル。

全力で遊ぶ以上は全力で準備する。

しかし、この日はやりきらなければならない業務が少し残った。

いつもなら就業定時には仕事を済ませ、身の回りを片付けて、さっさと退社するのだが、どうしても仕上げなければならない書類があった。

おかげで『エロチックナイト』の前に着いたのが十九時ちょうどぐらい。いつもの時間より四十分は遅い。

以前にも残業で来店が遅くなったときがあったが、その時にミホのテンションが驚くほど悪かったときだったことを覚えてなかったのは正解だった。余計なトラウマもなく、無駄な先入観も持たずに臨めたからである。

やがて、いつも通りに受付を済ませて、妖しげな雰囲気を醸し出すフロアへ導かれる。

「おはよー、シンちゃん。ホンマに来てくれたね。でも、いつもよりちょっと遅ない?」

いつもの時間を覚えてくれているのは、少し嬉しかったりする。

「今日はね、どうしてもやらなアカン仕事があったから遅なってん。」

「ええよ。来てくれてありがとう。」

ミホは隣に座ってボクの肩にもたれかかり、いつも通りの少し甘えた声で話をしてくれる。

ボクの要求する口づけや胸の膨らみへのタッチには応えてくれるが、

「シンちゃん座りはしてくれへんの?」

「うん。あとでな。」といって面倒くさがる。

やがてボクの膝の上に乗り、ボクに首筋の匂いを提供してくれる。

それでもまだボクは、彼女の胸の膨らみへの果敢な挑戦に対しては遠慮していた。

ボクはガマンしていたのだけど、なんとかビキニの上からではあるが、両の手で下から持ち上げてみる。

溜まらず、ボクはミホに嘆願の眼差しを送った。

それに気づいたミホは、ちょっと戸惑ったような顔をして、

「んん?どうしたん?どうしたんシンちゃん。」

といって、ボクの顔を両手で拾ってくれる。

わざとじゃないけど、ボクの少し甘えるような眼差しが、ミホの何かを刺激したのかもしれない。

ちょうどそのタイミングに、


=ミホさん、十一番テーブルごあいさつ=


場内コールで、フリー客への顔見せに呼ばれた。

そして数分後にボクの席に戻ってきたときに、彼女の態度が一変したのである。

「ただいま。やっぱりシンちゃんとこが癒されるぅ。」

そう言っていきなりさっきまでは「後でね」と言っていたシンちゃん座りのスタイルで、ボクに体を預けに来てくれた。

「どうしたん?」

「さっきのお客さん、いきなりやらしいとこ触ろうとするし、触らせへんかったら嫌な顔するし。」

「でも、ボクかて触ってるけどええの?」

「シンちゃんは優しく触ってくれるし。ミホのおっぱい綺麗やって褒めてくれるし。おっぱいやったら何でもええ人とは違うもん。」

確かにその通りではある。ボクは彼女の美しい曲線ラインに惹かれてこの店に彼女目当てで来ているのである。だからボクにとっては彼女の美しい曲線ラインを堪能しなければ満足できないのである。

「やっぱりシンちゃんとこがええわ。」

「えへへ。」少し照れながら、それでもボクはビキニの中へ手を忍ばせる。

そして唇を奪いに行くと、ミホの女神様がボクを迎え入れてくれる。

そして数分後、さっきと同じテーブルからの呼び出しがかかる。

先ほどのフリー客が、顔見せで気に入ったミホを指名へと変えたのである。

「指名された。行ってくるわ。」

席を離れる声が弱々しい。

しかし、これが彼女の仕事。確かにいい客ばかりではあるまい。ボクも決して自分でいい客を自覚しているわけではないが、マナーはお互いのためと思っている。金を払っているから何でも許されるなんて思ってはいない。それどころか本気で惚れ始めているのだから論外なのかもしれないが。

しかし、客の中にはそう思わない輩もいるだろう。

やがて、彼のところからボクのところへ戻ってくると、ミホの方から唇を求めてくれる。

「お客さんやからしゃあないな。ミホのこと気に入ったんやったら延長しはるかもよ。」

「ううん、それでも触らせてへんから、きっとすぐに帰ると思う。」

などとタカをくくっていたのだが、次の彼への接客タイムのときに、延長催促のコールが聞こえた。そして数十秒後、彼がミホの指名を延長したことがわかるコールが聞こえた。

やがてボクのところへ戻ってきたミホ。

「やっぱり延長したでしょ。」

「帰ったらアカンって言うたってん。シンちゃんがおるから、ガマンできるし。」

そういった途端のことであった。


=二番テーブルラブアタック=


ボクの時間がそろそろお終いですよというコールである。

それが聞こえた瞬間、ミホがボクに抱きつく。

「シンちゃんお願い、帰らんとって。」

ボクはちょっと意地悪な言い方で、

「彼への延長はキミが催促したんやろ?彼が帰ったなら、その代償にいてあげてもいいかなと思ったけど。」

「だって、ミホも仕事分は稼がなアカンし仕方ないやん。シンちゃん帰ったら、あの人に付きっ切りになる、嫌や。お願い、今日だけ、今日だけワガママ言わせて。」

ミホの訴えかけるような眼差しが可愛くないわけがない。しかも本気の嘆願だ。

「いいけど、ボクももっとスケベになるかもよ。」

「いいねん。シンちゃんやったらええし。」

そこまで言われたらボクは大満足である。今までのミホとの熱いじゃれあいを取り戻すチャンスでもある。彼とチキンレースをするつもりはないが、ミホの嘆願ともあれば否やはない。ボクはニコッと微笑んで延長を申し出た。

「ありがとう、シンちゃん。」

それからのミホは従来通り、いやそれ以上の抱擁と口づけとおっぱいのサービスをボクに施してくれる。

時折り彼の席に呼ばれて戻ってきた後はなおさらである。

ボクにとってアンラッキーだったのは、さらに十数分後に別の新しい指名客が増えたことだ。それについてミホは上機嫌になっていた。

「今はヒトミさんとおんなじだけの指名受けてる。シンちゃんのおかげや。ありがとう。」

ボクの腕の中で満足げなミホがボクに口づけをくれる。

「そろそろ焼肉いけるかな?土曜日が休みなら行けるんちゃう?」

「そうやな。行けるな。」

「アカンて言うたやろ。お客さんと行ったら。」

「でもな、シンちゃんとやったらホンマにええで。連れてってえな。」

「焼肉とホルモンとどっちがええ?」

「えええ?迷うなあ。どっちも好きや。」

「お客さんについて行ったら襲われるで。」

「シンちゃんはそんなことせえへん人やもん。土曜日楽しみにしてるな。」

どこまでが営業スマイルかわからないが、今日のとっぴな客はよほど嫌な客だったのだろう。そんな日は、思う存分慰めてあげるしかないよね。

やがて、ミホにとって嫌だった客の帰る時間が来たようだ。延長はしてもらったものの、あんまりサービスをしなかったと見える。

その数分後に、ボクのエンディングタイムがやってくる。

「今日はホンマにありがとう。焼肉の連絡楽しみに待ってるな。」

最後に渾身のキスを与えてくれて、今宵は送り出されるのである。



ちょっとウキウキする土曜日。

そんなタイトルをつけたくなるような土曜日が来るかもしれない。それほどかなり具体的な約束だった。それがいつになるのかはわからないけど。

ミホとデートができるかも。こんなワクワクした気持ちはいつ以来だろう。

あんまりすぐの土曜日の設定だと、ちょっといやらしい気もしたので、その次の土曜日を仮定してみた。

しかしその土曜日は丁度お盆の真っ最中だ。ボクには特に用事はないが、彼女はそういう訳にはいかないだろう。従って、さらにその次の土曜日をXデーと仮定した。

先日ヒデちゃんと行ったホルモンは良かった。あそこでもいいな。それとは別にT市近くの焼肉屋も検索しておこう。豚もおだてりゃ木に登る。おかげでボクの気持ちも有頂天のまんまだ。離婚調停の話も終息に近づいている。ボクの運も少しは開けてきたかな。本気で宝くじでも買ってみようかな。


仮想Xデーを二週間後に控えた土曜日。ボクはミホにメールをしてみた。

「焼肉屋探してるで。ホンマに行く?期待してええの?お店がダメって言うなら、それでもええねんで。」

翌日返って来た返信には、

「お店は自己責任で、って言うから大丈夫よ。ミホも期待してる。」

だって。ホントかな。まだボクの中では半信半疑である。

「じゃあ、予定では再来週土曜日の十一時待ち合わせね。」

とうとう具体的な日時を予告する。内心はドキドキものだ。

お店の嬢に手を出したなんて噂が流れたらボクもきっとお叱りを受けるに違いない。そうならないように、最新の注意を払わなければならないのである。

ようはイケナイことをしなければいいのである。お店にとってのイケナイことを。

そして、ミホからメールの返信が来る。

「再来週土曜日ね。楽しみにしてるわ。」だって。

もうボクの心臓ははち切れそうだ。

ますますミホにのめりこんでいく自分が少し恐くなるほどに。

そして本来のボクのお店訪問間隔に当たる週はお盆の真っ最中となる。

掲示板などの色々な情報によると、この期間は妻子だけを帰省させたオヤジ殿や行く当てのないオジサンのお客さんで店が一杯になるらしい。

そんな処へわざわざ行きたいとは思わない。もしお店がヒマだったら、ミホからメールが入るに違いない。その時に行けばいいかな。



焼肉屋の検索は終わった。

慌しかっただろうお盆も無事に過ぎた。特にミホからのヘルプメールはなかったので、ボクが救援に行くこともなかったようだ。

メールでのやりとりから翌々週の水曜日。ボクは何事もなかったかのように訪問する準備を始める。朝からシャワーを浴びて髭をあたる。後は順調に仕事をこなすだけだった。

会社ではヒデちゃんから色んなお誘いがあるんだけど、ボクは色々と誤魔化して彼の誘いを断っていく。流石に金曜日のお誘いだけは断りにくいけど、水曜日なら誘われる方が少ないのが好都合だ。

いつものように十八時きっかりに会社を後にして、二十分後には店の前でスタンバイできるのが、ボクの『エロチックナイト』の水曜日。

受付のお兄さんにミホの指名を告げて、いつものフロアへ。

「シンちゃーん。久しぶりぃ。」

確かに久しぶりである。実に前回の逢瀬から三週間が経過している。こんなに間隔があいたのは風邪を引いたとき以来だ。

「会いたかった。ミホは?」

「ミホも。」

そう言ってボクたちは、まるで本物の恋人同士であるかのように熱い口づけを交わす。ネットリとしたあいさつは数分間にも及んだ。

「こっちへもあいさつしてええかな。」

そう言ってボクはミホの小さなビキニの内側へと侵入を目論んだ。

「うふふ。ええよ。」

そういって体を預けてくれる。

ボクは美しいその曲線をまずは目で堪能し、次に唇で愛でに行く。その匂いはボクの鼻腔から脳裏へと突き抜ける。

やがてボクはミホの体を離して、「今度の土曜日やけど?」と問いかけてみる。

ニコッと微笑んで、「何が?」って聞くミホ。少し意地悪っぽい笑顔で応える。

「焼肉屋の予約を入れたままなんやけど。」

「うふふ。ホンマに予約したの?」

「ミホがやっぱりダメって言うんやったらキャンセルするけど。」

「ホンマに連れて行ってくれるん?」

「襲うつもりはないけど。狼にならない保証はないで。」

「シンちゃん優しいから大丈夫やし。」

これで土曜日の焼肉は決定だ。今夜はミホをホントの彼女であるかのような錯覚を起こすまで、彼女の体と彼女の匂いを満喫して帰ろう。そう思った。

「焼肉が終わったら、旅行の計画もしてええかな。」

「それはまだ早い。まずは焼肉が終わってからやで。」

外の空気は灼熱の太陽に焼き切られ、突き刺さるような熱風がビルの谷間を舞っている。店の中は程よくエアコンが効いているので、お互いの体温を確かめ合っても汗が滴り落ちる心配はない。

今日もミホの香りは程よくボクの脳裏を刺激してくれる。またぞろボクをいけない世界へ陥れる匂いでもある。形の良い曲線のラインは、小さなビキニの影からボクを誘惑し、懇願のまなざしをもって参拝へと誘うのだ。

少し優越感を感じながら「ええよ」と答えるミホの笑顔がボクにとっては、まるで主人に「おいで」といわれて、はしゃぎながら駆け寄る犬のような喜びようで突き進んでいく。

ミホの事を欲しくないと言えばウソになる。自分だけのものにしたいと思うのもホントである。年甲斐もなく、若くて可愛い女の子に溺れていく自分がどうしようもなく哀れだ。

それでも、自らの気持ちを抑制しながら土曜日を迎える準備を整える。

今は柔らかなミホの匂いが心地よい。

彼女の柔らかな匂いと肌の滑らかさは、ボクの冷静さをどんどん奪っていく。もうヒデちゃんには何も言えないほどのめり込んでいた。

果たして今度の土曜日。彼女にとって優しいシンちゃんでいられるのだろうか。



そろそろ暦は八月のページを残り少なくしていた。

しかしながら、岩に染み入るようなセミの声は、いつにも増して朝から厳しい唸り声にしか聞こえない。

職場では盆休みを終えた従業員たちが、滴る汗と戦いながら日々を過ごしている。ヒデちゃんも毎晩納涼ビールのお誘いを怠らない。

「シンちゃん、仕事終わったらビヤガーデン行こや。ちべたいのコキコキせんとやってられんで。オイラはいきなり大でいくかな。」

時間はまだ二時だというのに、もうすでに行く気満々だ。

「もしかして、ボクも行くことになってる?ボクは行かへんで、今日わ。」

「なんでなん?ちょっと付き合えや、話しあんねん。」

そうまで言われては断れない。このところヒデちゃんとは少し距離が置かれているのも事実である。致し方なく今宵はヒデちゃんとのビヤ納涼に付き合うこととなった。

テーブルに着き、ジョッキを注文していつも通りの乾杯を行うやいなや、ヒデちゃんはボクに彼の疑問を投げかける。

「シンちゃんな、最近付き合い悪いけど、なんかオイラに怒ってることあるん?」

突拍子もない質問内容に少し驚いた。

「ええ?何にもないで。ちょっとばかし新しい趣味を見つけたから、それに時間使いたいだけやねん。」

「ん?どんな趣味なん?オイラも混ぜてえな。」

新しい趣味を見つけたのは事実だし、それに時間を費やしているのも事実だのだが、まさか『エロチックナイト』に通っているなどとは口が裂けても言えない。

「言わんかったかもしれんけど、こないだクルマを乗り換えてん。ほんで、それでドライブしてるだけやし。そんなん一緒に行ってもつまらんやろ?酒も飲めへんし。」

我ながら素晴らしい言い訳だなと思った。

「ところでシンちゃん、キミ、あれから『エロナイ』へ行った?」

一瞬ドキッとするが、

「いや、行ってへんけど、どうしたん?なんで?」

「いや、オイラはたまに行くねんけど、オイラのオキニの嬢が、キミらしき御仁を見たって言うねん。」

因みに、オキニとはお気に入りの嬢のことを言うらしい。

「その嬢が何でボクのこと知ってんの?ボクは会うてないよな。」

「へっへっへー。実はな、オイラのオキニの嬢にな、コレコレこんなヤツが時々尋ねて来んかって聞いてみてたんや。丁度、去年の社員旅行の時の写真あったからな。」

そういって手元のスマホで二人して撮影した写真を見せる。かなり顔がはっきりと写っている写真だった。

「そうするとな、目を見張ってフンフンってうなずくわけや。ほんで、見たことあるかって聞いたら、『ある』って答えよってん。これってどういうこと?」

かなり気まずいことになったもんだ。しかし、ヒデちゃんのお気に入りが誰だか知らないし、そんなに多くのヘルプ嬢と会った訳でもないので、ここはシラを切り通す作戦をとることにした。

「知らんで。行ってないもん。ヒデちゃんのお気に入りの女の子が誰か知らんけど、見間違いもええとこやで。それかボクによう似たお客さんがおるんやできっと。」

「あのな、オイラのオキニの嬢はな、見覚えのええ子やねん。一回見た客は忘れへん言うとった。オイラは彼女の記憶力を信用してんねんけどな。それに、オイラに黙って行ってたのを責めるつもりやないねん。あの子が見たっていうのがホンマやったら楽しいなと思ただけやねん。つまりはシンちゃんと一緒の趣味が持てるって言うことやんか。」

かなり釣ってきてる話だが、それに乗ってはいけない。ウソというのは吐き通して初めてその真価を発揮するものなのだ。

「あのなヒデちゃん。ほんでも行ってないもんは行ってないし。ウソ吐いてもしゃあないんちゃう?」

「そうかあ、嬢の見間違いかあ。残念やなあ。もうちょっとあの店のことで楽しい会話ができると思たのに。」

「ボクはああいう店が苦手やって言うてたの思い出してくれた?」

「そうやねんけど、このところシンちゃんの行動がなんか怪しかったからな、ほんで嬢にも探りを入れてみたんやけど。ヘルプの娘にも聞いてみたんやけど、シンちゃんのこと知ってる嬢はおらんかったしな。」

ここでボクの通い方が功を奏する。ボクの通う時間はそうそう指名被りしないので、ヘルプの嬢と接する機会も少ない。おのずとボクのことを覚えていられる嬢も少ないというわけだ。

それに、ミホの出勤は週に三日。しかも週末の出勤が日曜日だけというシフトなので、夜遊び上手なヒデちゃんのスケジュールとも合わずにいるに違いない。

さて、今宵はうまく誤魔化せたかな。

そして待ちに待った土曜日が訪れるのである。



八月最終週の土曜日。晴天、湿度高し。朝から残暑が猛烈に厳しい。

前日にメールで連絡してあるのは、地下鉄T線R駅中央改札口午前十一時三十分。

「お腹を空かせておいでね」としてある。

やがて待ち合わせの時刻が近づいてくる。するとどこからともなくミホが現れた。

「おはよー。待った?」

「いいや、ここではたったの数十分しか待ってないで。せやけど昨日から待ちわびてたから、トータルでは十時間ぐらい待ってたかな。」

「うふふ、いつも通り、トークも快調やね。」

今日も眩しい笑顔が嬉しい。

「さてお嬢さん、今日は初めてのデートなのでかなり緊張しています。お手柔らかにお願いします。」

「なにそれ、まるでミホがシンちゃんを従えてるみたいやんか。」

「気持ち的には恋の奴隷やで。」

「うふふ、ウソばっかし。おもろいな。」

今日のコースはランチタイムの焼肉である。どこまでガッツリいくのかはわからないが、とりあえずは無難なレベルの焼肉屋を予約してある。

「遠慮はせんでええけど、ボクが破産せん程度にしといてな。」

このあたりからトークも軽快に弾んでいないと大阪人としては失格である。

「めっちゃハングリーやから、店ごと空っぽにしたげるわ。カルビだけ残してな。」

ミホも負けじと応戦してくる。

「今日はお休みやろ?ビール飲む?」

「あんまりたくさんは飲まれへんけど、ちょっとだけいっとこかな。」

ボクらのオーダーは、ビールとナムルとタンとヘレからスタートした。

「とうとうホンマに来てしもたな。今日は何時までに帰したらええの?」

「無事に帰してくれるんやったら何時でもええで。」

「無事ってどういう状態のことを言うん?手足が取れてなかったらええかな?」

「こらこら。ミホも一応、嫁入り前の体やねんで。大事にしてな。」

「はいはい。肉を食うてから考えるわ。まずは、初デートに乾杯や。」

もちろん端から襲うつもりなんてない。今日は楽しく食事ができればいい。それしか考えていなかった。初デートだから、コンロを挟んで向かい側。ホントは隣に座りたいところだけど、今日はガマンしよう。

やがてテーブルに並べられる肉たち。鮮やかな赤と白のコントラストがボクたちの空腹中枢を刺激する。

「ミホが焼くん?」

「いいえ、お嬢様。やつがれが焼かせていただきます。」

「ヤツガレって何?」

「しもべの者が自分のことをへりくだって言うときの呼びかたやで。」

「シンちゃん何でも知ってるな。」

「エッヘン。てね。何でも知っておかんと若い女の子との話がもたへんからな。これはこれで苦労してんねんで。」

するとミホは少し意地悪そうな目でボクを睨む。

「そんなにあっちこっちで若い女の子と話するん?」

「ん?妬いてくれんの?嬉しいな。ボクがあっちこっちで若い女の子と話しするかどうかはミホ次第なんちゃう?ミホがちゃんとデートしてくれたら、ボクはあっちこっち行かんでもええんやけどな。」

「ミホはシンちゃんの恋人ちゃうし、妬いたりなんかせえへんで。」

「ちょっとは妬いて欲しいな。」

「めっちゃ妬けるし。」

「肉もそろそろ焼けるで、美味しいうちに食べや。」

そう言ってボクは、程よく焼けたタンをミホの皿へ移した。

「うまいタイミングやな。なんか知らんうちにシンちゃんに引き込まれてってまいそうやわ。」

「気いつけなあかんで。」

「大丈夫やシンちゃんやったら。ちゃんと気いつけてくれるやん。」

「タン、まだあるで。これを食べたらもっと饒舌になるかな。」

「ジョウゼツって何?」

「うまいこと喋れるベロって言う意味。」

「ホンマに何でも知ってるな。」

「なんか褒められると嬉しいな。今日はきっとええ日なんやな。」

タンもヘレも中々だった。あっさり系の肉を堪能したボクたちは、次にガッツリ系へとシフトしていく。

「次はカルビにいくのが普通かも知れんけど、ボクはここで先にロースを入れんねん。脂率は徐々に上げていく方がええからな。」

「シンちゃんグルメやな。ウチらはいきなりカルビとかいったりするけど、順番通り食べなアカンのかな。」

「若いうちは、いきなりカルビとご飯でええねん。ボクみたいに少し年を感じると、脂の少ない順番でいった方がええねん。」

実際ここ二~三年、めっきり肉を食べる量が減った。若いころはバラとハラミだけで充分に白ごはんを堪能できたのになあ。なんて思いながら、次はミノとセンマイを入れておこうとかその次にカルビにいこうとかを考えている。

マニアックな焼肉談義はそこそこにして、ミホとの楽しい焼肉タイムはほどよく満足のいくデートとなった。

「シンちゃん、美味しかったで。ホンマにいろいろごちそう様やな。」

「ん?いろいろって?」

「シンちゃんとおったら、いろんなこと教えてくれるやん。それも面白いし、ごちそうさまやで。」

「ミホの仕事はおしゃべりも大事。いろんなこと勉強しなアカン。ボクから吸収できるもんあんねやったら、どんどん吸収してな。」

「うん。今日はありがとう。」

「もう帰るん?」

一応引き止めにかかる。ボクの初デートとしてはすでに満足していた。

「どこに行きたい?」

「本音を言うたら密室になるとこ行きたいけど、今日は約束やから、ここで帰してあげる。これ以上一緒におると、どっかの密室に引きずりこんでしまいそうやから。」

「やっぱり優しいな。思た通りや。シンちゃんは絶対にムチャできひん人やねんな。ミホの見る目は正しいってわかったわ。」

「安心しすぎたらアカンで、今日はガマンするって言うたんやで。次はできひんかもよ。」

「うふふ。今日無理やり誘われたら、大きい声出して逃げたろ思てた。せやけどそんな心配いらんかったわ。シンちゃん、また次もデートしたげる。お店も来てな。」

「来週の水曜日にな。」

流石にまだ日の明るい往来のど真ん中。キスはおろか抱き合うことも憚れた。

それでもボクは、ちょっと甘える口調でおねだりしてみる。

「駅までは手をつないで歩いてもええかな?」

「ええよ。恋人同士に見えるかな。」

そう言ってボクに手をさしのべるミホ。

ニッコリ笑ってボクはその手を引き寄せた。

「見えるに決まってるやん。鼻の下がめっちゃ伸びてるやろ。」

「そんな恋人っておらんし。」

この後は駅まで送って行き、改札口の中へと送り出す。

そしてミホは北行きの電車に、ボクは東行きの電車に乗って帰って行く。

少し物足りない感じもしたけど、初デートだと思えばこれで十分だった。ひとまず「大丈夫な人」の称号は確保できたようだ。



やがて九月の第一水曜日がやってくる。

この日はボクがミホを訪れるパターンの水曜日だ。

ボクはいつもの様にヒデちゃんの目を潜り抜けて会社を出た。いつもの通り終業時間が訪れてすぐのタイミングである。もちろんこの日も朝からシャワーに入り、念入りに髭をあたっていることは言うまでもない。

見慣れた入り口のドアを入り、見慣れた黒服のお兄さんにミホを指名してフロアに足を踏み入れる。

「シンちゃーん。この間はありがとう。やっぱりシンちゃんは大丈夫な人やったやろ。」

ニッコリ微笑みながらボクの隣に座る。

「たまたまやで、二回目は簡単には帰さへんかもよ。でも、デートにつきおうてくれてありがとう。楽しかったで。」

「なんで?お礼を言うのはミホの方やん。また連れてってな。」

「わかった。でも今日はいつも通りの抱っこさしてな。」

そう言ってボクはミホの体を引き寄せる。

お店のオリジナルキャミソールが本日のセクシー衣装。白のスケスケがとっても色っぽい雰囲気を醸し出す。

スケスケなのでビキニは丸見え。今日はイエローの小さなビキニ。その内側にいつもの美しい曲線が包み込まれている。

ボクは「いいよね」といいながら、その内側へと手を侵入させていく。柔らかな感触がボクの手のひらを痺れさせる。

ボクの手のひらは、彼女の体温とボクの体温が合わさって、じっとりと湿り気を帯びてくる。少しヌルヌルとした感触がさらにエロチックなタッチを増長させる。

「ボクの手のひらはな、犬の鼻と一緒やねん。年がら年中濡れてんねん。」

「うふふ。面白いな。ホンマにシンちゃんって犬やねんな。」

お店でのボクはミホの美しく柔らかな曲線を堪能することに集中する。ボクがおっぱい大好き星人であることの証しでもあるかのように。

あの夜・・・・・。

嫌な客に付きっきりになることを嫌がり、ボクに普段以上の延長をおねだりしたあの夜以降、ミホはそれ以前と同様に素敵な応対を施してくれる。

「シンちゃんは先っちょいじったりせえへんな。他のお客さんはつねったりいじくり倒したりする人多い。それもあんまり好きやない。」

「だって、この大きさがええねやんか。先っちょだけやったらペチャパイでもええんちゃうんかな。ボクはミホの綺麗なおっぱいが大好きやねん。でも先っちょも大好きやで。」

そう言いながら二本の指で薄茶色いエロチックな突起物を刺激し始める。

しかしボクにとっては突起物だけを弄ぶのは物足りない。やはり大きくて美しい曲線の膨らみを感じ取らなければ、満足いかないのである。

「次は何を食べたい?」

さっそく次のデートの約束を取り付けようと試みる。

「そうやなあ、イタリアンってどう?」

若者の定番路線で責めてきた。

「それって、ボクを試してる?」

「うふふ、試されてみる?」

「ええけど、今度は少し覚悟がいるかもよ。」

「シンちゃんは口だけの人、絶対大丈夫。せやけど、ミホがかまへんでって言うたらどうする?」

「ボクの恋人になってくれるんやったら大歓迎やで。」

「それってどういう関係?セフレってこと?そんなんいやや。」

「あのな、体目当てで言うてるんちゃうで。ボクはほぼ独身やで。恋人にはなれんか?年が離れすぎてるから?」

ミホはしばらく間をおいてボクに問いかける。

「ほぼって何?」

「今な離婚調停中やって言うてたやろ、もうすぐ成立予定や。華の独身貴族やで。」

少しキョトンとした目でボクを見つめる。

「どう言うてええのかわからんけど、やっぱり恋人は難しいかな。でもシンちゃんやったらあるかもしれん。一緒におると楽しそうやし。」

「期待だけさせて後で知らんて言うパターンやな。」

「ミホそんなことせえへんで。シンちゃん次第やなって言うてんねん。」

甘い誘いに落ちる罠、典型的なパターンが簡単に予想される。正直なところ、夫婦の間柄がうまくいっていない状況にある現在、異性との新鮮な出会いや会話に飢えているボクにとって、ミホの笑顔や若い肌は最も危険なアプリケーションとなっている。

特に誘惑っぽい言葉には必然的に吸い込まれていく自分がわかる。

「半分は冗談やと思とくわ。後で振られて辛い思いすんのはボクやしな。」

「本気やないくせに。」

ミホは笑ってボクの首に腕を回す。

その流れに従うようにボクはミホの首筋に唇を這わせる。今日も彼女の匂いはボクの脳裏を心地よく刺激してくれる。

やがてボクは思い出したように話を切り出す。

「ほんで、イタリアンの店を探したらええねんな。」

「期待して待ってるし。」

「じゃ、今週の土曜日でええの?」

と、少し強引気味に日程を告げてみた。

「ええよ。何時?」

意外にもミホは平然として乗り気だった。

「夕方六時にY駅でどう?」

「ええよ。今度は夜やねんな。ちょっとエッチなこと考えてる?」

何だか少し腹のうちを見透かされているかのようだ。それでも気のないフリをしてウソを繕うよりも、本音を話すのがボクのポリシー。

「もちろん、下心がないといえばウソになる。一応、紳士のつもりやけどな、決めるのはミホやで。」

「うふふ、前ンときもそうやった。それに、シンちゃんはお店に来るとき、ちゃんと身支度して来てくれてる。そんなお客さんおらんし。ちゃんとしてる人ってわかるんやで。」

「あんまり褒められると、ホンマに手を出しにくくなるなあ。でも、またデートできるんやったらそれでもええ。土曜日が楽しみや。美味しいイタリアン探しといたげるからな。今日はまったりさせてな。」

ボクはミホの体を引き寄せて、彼女の美しいバストラインに頬ずりをした。その後で唇を奪いに行き、彼女の女神様への挨拶も怠らない。

ボクの右手はずっと彼女の小さなテントの中で弧を描くように踊っていた。ときおり、つぶらな石碑を指で弄ぶことも忘れない。

こうしてボクの九月の第一水曜日の夜は過ぎて行ったのである。

そして最後は、場内コールと共に現実の世界へと引き戻される。

「また今度の土曜日な。」

「うん、楽しみにしてるし。」


彼と彼女は誰知ることなく、自由にデートを楽しむ間柄に進展していくのである。

このあたりで進行を元の三人称に戻してみよう。



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