第4話 コスプレイベント・・・

天気の様子と同様に中途半端な逢瀬を過ごした六月が開け、期待に胸を膨らませる七月がやってきた。すでに梅雨明けの宣言はなされていた。

カラッと晴れた陽射しは一瞬で、後はギラギラとした夏の厳しい陽射しに変わる。

そんな七月には納涼ついでにミホに会いに行こうと考える。

どうせ窓のない密室のような部屋なのだから、エアコンはガンガンに効いているだろう。

一つ気になるのは、嬢たちが薄手の衣装をまとっていること、女性たちは皆一様に冷え性であること。

ともあれ、ミホに会いたいのはどのみち同じ事だ。暑くてもいいや。

ところが今回の訪問は水曜日ではない。

以前にもあったのだが、先週末ぐらいにメールが届いていた。

「今週の水曜日はお休みします。代わりに金曜日に出勤します。」だって。

流石に平日とはいえ金曜日はいわゆる「花金」。週末に羽目を外したいサラリーマン親父たちがこぞって来店する。

だから金曜日は比較的出勤している嬢も他の平日の曜日よりは多い。

そんな曜日にオメオメと出動するほどボクもお人好しではない。つまり、この週のボクの出動日は月曜日となるのだ。


初めての月曜日出動。少し緊張した面持ちだ。

今日もヒデちゃんには内緒で、そそくさと仕事を終わらせる。十八時きっかりに会社を後にして駅に向かうボクは、いつもとは違う緊張感を持って店に向かっている。

七月にもなると夜になっても都会の気温はさほど下がらない。アスファルトの熱もまだ冷めないままの夕暮れは、歩くたびに汗がほとばしる。

店の前に着いたのは十八時三十分を少し回ったところ。ヒデちゃんから教えてもらった口臭予防液をトイレで活用することを忘れない。

そして受付のボーイさんとは、今までと同じような会話を交わす。

「いらっしゃいませ。ご指名は誰にします?」

覚えてもらうまでに何回かかるのだろう。それでも嫌な顔をせずに答える。

「ミホさんをお願いします。」

そしていつものシートへと案内されるのが、いつものルーチンなのである。

やがてミホがやってくる。

今日はなんだかいつもと違う衣装だ。そう、この店はたまにイベントを行うのである。

今宵はバスローブイベントだって。嬢たちは思い思いのバスローブを羽織って客の隣や膝の上へと座っていく。

ミホのバスローブは黄色くて可愛いタイプの衣装だ。

「やあシンちゃん、来てくれてありがとう。」

今日のミホは元気になってくれたようだ。

「暖かそうやね。これってお店で用意してくれるん?」

「一応カタログを用意してくれるんやけど、基本は自前やで。」

ちょっと驚いた。店が企画するイベントなのに、衣装は自前?ボクは当然のことながら、店が用意してくれているものとばかり思っていた。

「じゃあ、いつもやってるイベントって、みんな衣装は自前なん?ナースコスとかセーラーコスとかもあるようやけど。」

「そうやなあ。ミホまだ3回ぐらいしかコスプレやってないけど、みんな自前やったで。」

「イベントやるんも大変やなコストかかって。元をとらなあかんから、いっぱい稼がなあかんな。」

「そうやな、その取っ掛かりがシンちゃんやな。いっぱい稼がせてな。」

ニコッと笑ってボクの首に腕を回す。

「ボクはいつも通り2セットやで。もっとお大尽なお客さん探し。」

「オダイジンってなに?」

「お金をぎょうさん持ってるオッチャンのことや。少なくともボクやないな。」

「うふふ。そうやな。シンちゃんはお金持ちっぽくないよな。」

「そのうち宝くじでも当たったら、愛人契約結んだるから楽しみにしときな。」

「うん。待ってるわ。」

よかった。今日の会話はいつもと同じとおりに和やかだ。

「今日は大丈夫?」

「ウン。大丈夫やで。」

その返事を聞いて、ボクは黄色いバスローブの前を肌蹴てから美しい曲線を探す。

あったあった。今日もその曲線は見事なまでに美しい。

ボクはミホに唇の挨拶を求め、祠の中の女神様を呼び出した。

彼女は遠慮がちに迎えてくれて、ボクの官能を刺激する。そのネットリとした甘い感覚は何だか久しぶりのような気がした。

キラキラと光る瞳を見つめ、頬にも唇を当てながら体を引き寄せる。そして薄いビキニの内側へと手を滑らせて行くのである。

「ありがとう。今日は元気でいてくれて。」

「こないだはゴメンネ。」

こうして今宵はミホの美しい曲線を堪能できる夜になったのである。

さて、一通り満足したボクは、ミホにお土産を提供する。そう、ブログネタである。

「今日はねえ、ブログネタを持って来たで。こんなんどうやろ。絶対自分では買わへんお茶やけど。」

そう言って取り出したのは、ペットボトルならぬ瓶のボトル。そこに入っているのはお茶である。「水出し」って書いてある。

普通は自動販売機で買っても百五十円ぐらいだけど、これはそうではないお茶なのだ。

なんでも高級玉露の茶葉を水からゆっくりと滲み出させたお茶らしい。

「ああ、これ知ってる。確かに自分用では買わへんな。これって瓶なんや。」

瓶だけにかなり重量感がある。持って来るまでに肩掛けバッグに入れていたのだが、ズシンと重さが響いていた。

「ありがとう。面白いな。」

「飲んだらブログ書いてな。楽しみにしてるわ。」

さて、ネタ振りもできたことだし、機嫌のいい内に再度綺麗な曲線へとアタックを始めることとしよう。

まずは「シンちゃん座り」をお願いする。すると目の前には、ボクに委ねられたミホの美しい身体が露になる。

ボクはミホの唇を求めながら、首筋と胸元と鼻息の匂いを堪能する。匂いフェチのボクにとって、これらの匂いを堪能することがこの店に来るメインの一つであるといっても過言ではない。

「ボクはな、犬の生まれ変わりやねん。昔からどこの犬にも好かれてたし。何となく犬の気持ちがわかるような気がするし。」

「ほんなら頭なでなでしてあげなあかんなあ。」

「そしたら、『へっへっへっ』っていうて顔中ナメまくるで。」

「それはいやや。」

「せやから、ミホの匂いをクンクンさせてくれたらええねん。」

さらに、もう一つのメインである美しい曲線へのあいさつも求める。

ホントはもう一つお願いしようと思っていたこともあるのだが、今回のバスローブイベントでは、ちょっと難しいかも。これについては次回に持ち越すこととしよう。

しかしながら気のせいか、以前よりも乗りはよくないかも。サキちゃんの塩対応ぶりには随分と関心を持っていたからなあ。

それでもボクが女神様へのあいさつを要求すると、ちゃんと応えてくれる。

さらに最近の情報を聞き出そうと話を始める。

「最近、新しいお客さんいっぱいついた?」

「ううん、なかなかやけど、こないだはヒトミさんとおんなじ四被りっていうのあった。」

「それはすごいなあ。もうボクの入る余地がなくなるやん?」

すると少し下を向いて、

「そんなんいっときだけやし。あとはまだまだ。せやからシンちゃん一杯来てくれな。」

「なるたけ来るわ。でもずっと来たいから、長く細くやで。ゴメンな。」

「ええよ。来てくれるだけで嬉しいし。」

ボクもお大尽にはなれないので、せいぜい今の二週間おきのペースを守りながら通うのがベターなサイクルだ。

今宵も若くて美しい肌と曲線を堪能し、甘美な世界を擬似恋愛の空間で楽しめた。

やがて場内コールがボクを現実の世界へと引き戻す。


=二番テーブルスタンド&バイ=


淋しそうな顔をするミホ。

やはり平日の早い時間帯では、ヒトミ嬢の独り舞台のようだ。

しかし、そろそろ酔いどれのお客がそぞろ入ってくる時間帯となる。

ボクは早々に引き上げることとしよう。

「今日は帰るけど、頑張ってね。また二週間後に来るよ。」

「うん。頑張るわ。」

ミホに先導されて、出口へと誘導される。

「またね」と軽く手を振り、ボクは店を後にした。



なんだかんだ言いながら、ミホは割りとこまめにメールを送って来てくれる。

もちろん、シフト変更が主な内容だが、それを聞かされると行かねばならぬと思うのも、恋焦がれているオジサンのサガかもしれない。

とはいえ、「二週間おき」と言うペースは守られなければならなかった。それよりも速いペースはボクの財布が了解してくれない。

それにしても彼女の美しいラインは魅力的だ。何ゆえ彼女が相当な人気にならないのか不思議に思う。胸の曲線の美しさだけなら間違いなくナンバーワンだと思うのだが。

あとはやっぱりトーク力かな。ネタをいっぱい持って、色んな話を中年オジサンに投げかけないと、簡単には釣れないようだ。

ボクも確かに彼女とポップな会話がしたいと思う。しかし、最近の女の子は会話が苦手なようだ。たまにミホが呼ばれて席を立ち、代わりにヘルプの嬢さんが来ることもあるが、得てして一様にみな会話が上手くない。平日ナンバーワンのヒトミ嬢は一体客とどんな話しをしているのだろう。一度聞いてみたい気がする。



さて更に二週間後、ボクはミホに会いに行く準備にかかる。

しかし、ミホのブログはまだ更新されていない。

こういうことにマメじゃない嬢にとっては煩わしい作業以外の何ものでもない。

ふとしたことからボクはブログを更新していないベスト(ワースト)3を探し出した。ホームページに掲載されているブログの月日を遡って調べていくのだ。

こういう作業があまり面倒でないボクにとって、ネタ作りの格好のテーマとなる。

まず第三位はマヤ嬢で、今年の一月を最後に止まっている。第二位は三位と僅差でサキ嬢だった。彼女の更新も一月が最後になっているが、わずかにマヤ嬢のブログが後だった。

そして栄えある第一位はカナ嬢だ。彼女は見るからにそういうことに面倒くさそうなタイプだ。昨年の四月を最後にうっちゃらかしているダントツの一位だ。

しかしながら、他の嬢たちも二月や三月に掲載したのを最後に、おおよそ止まっている。なぜだろう。ボクは平日の早い時間のミホを指名している限り、なかなか多くのヘルプ嬢にお目にかかることはないが、このことは一度聞いてみたいと思っている。

しかしミホもなかなかの筆不精だ。ボクの記憶が正しければ、この四月以降、まだ三回しか更新していないはずだ。

ミホのファンとしては、もう少し高い頻度で更新してもらえると嬉しいんだけどな。



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