彼方からの孤独

湫川 仰角

彼方からの孤独


《万有引力とは ひき合う 孤独の力である》

  ——二十億光年の孤独/シュンタロウ・タニカワ


 アリとカブトムシは意思疎通ができない。

 同様に、アカゲザルとロシアン・ライカも互いを解することはない。アリはアリ同士、サルはサル同士でしか疎通は得られず、また生存という点においてはそれでなんら問題はない。地球上のどこを探しても、生物としての種を超越した相互理解が得られることはない。

 根源的に、生命は生まれながらにして孤独である。


 ただ、人間という種はそれに耐えられなかった。

 生物としての生存という鎖から解き放たれて久しく、その探究心は地球の外という存在を詳らかにした。


 例えばの話。

 地球外生命体なる未知の生命がいたとして、さらにその生命体が地球に舞い降り、かつ知性を有するかのように振る舞ったとしたら。人は敵意を向けるだろうか。いかなる見目であろうと、意志疎通を図らずにはいられない。この宇宙における生命が持つ孤独さに、既に人は気付いてしまっているのだから。



 ●接触記録No.5

 今だ疎通は得られず。事前に録音した会話テープを流すも応答なし。英語、中国語、ラテン語、フランス語、いずれにも反応は示さず。詳細な記録は別紙報告書を参照されたい。

 それにしても、だ。

『外見の相違による無用な混乱を回避するため』って理由はわかる。でもだからといって、な施設を用意し、姿まま、を図るってのは無理がある!

 これが宇宙人とのファーストコンタクトって言うなら、人類は腰抜けの種族とアピールするようなもんだ!


 ●接触記録No.7

 疎通なし。ロシア語、ドイツ語、アラビア語、日本語、反応なし。地球上における言語は他に存在するも、既知の言語を用いたこれ以上の会話試行は無用と判断。指示を乞う。

 真っ暗で何も見えない。闇の向こうに、本当に宇宙人なんてものがいるのか?


 ●接触記録No.8

 疎通なし。当たり前だろ! 『接触時間終了まで立ち続けることを要請』されたからその通りにしただけだ! 何がいるかも知らされてない真っ暗闇の中を、3時間もボーッと突っ立ってた奴の気にもなってみろ!

 まともな指示を乞う。

 注記。暗闇の中、風の音が聞こえた。


 ●接触記録No.9

 疎通なし。継続要請に従い引き続き直立不動を実行。頭を冷やして指示の真意を理解した。『相手の攻撃意思なし』これでいいだろ?  詳細はレポートを参照されたい。モルモットより。


 ●接触記録No.12

 疎通あり! ゴムボールを投げた結果、投げ返されてきた! 試行11回、全てで再現された。レポート参照!

 やったぜこれで俺は人類初の『宇宙人とキャッチボールをした男』だ! メジャーリーガーだって出来っこないことを成し遂げた! 俺のサインボールだ!

 注記。以前から聞こえていた風の音、波長が一定ではなく不規則性が見受けられる。録音を添付する。


 ●接触記録No.15

 疎通あり。マズッた。少し強めに投げたもんだから、ボールが思い切り相手にぶち当たった。そしたら奴さん、ボールに穴開けて返してきやがった。これを危害行動と捉えるかは判断を乞う。ただ、予備のボールを再度軽めに投げたら優しく返ってきたため、その意思は薄いと考える。

 注記。ボールをぶち当てたとき、固い物に当たった音がした。解析を乞う。


 ●接触記録No.28

 あり。暗闇の中から、真っ白い外格に覆われた細長い円錐のようなものが伸びてきた。触れた瞬間、円錐は暗闇の中に引っ込んでいった。映像を添付する。触感としては、陶器のような、皿を触ったみたいだった。皿じゃないよな?


 ●接触記録No.49

 闇から伸びてくる12本の白い触角と触れ合うのは、あまり気持ちの良いものじゃない。ただ、決して敵意を感じることはなく、あくまでも優しい接触であることは間違いない。12本の根本にどんな本体があるのか、気になって仕方がない。ハグしてやりたい気分なんだ。

 接近の許可を要請する。


 ●接触記録No.49

 追記。風の音は気にするなだって? あんたらは隣でクソしてるやつの音とか気にならないタチか?


 ●接触記録No.78

 彼女は美しかったよ。真っ白い外格は白磁のように滑らかで、ひんやりとしているんだ。最初の頃に俺がボールをぶち当てた時のことを話すと、あの時彼女はちょっと怒ってたらしい。そう話す彼女もまた可愛らしいんだ。

 追記。風の音は彼女なりの求愛コミュニケーションらしい。つまり俺のことを呼んでたってことだ。なんて呼んでたかわかるか?

 『ぶよぶよ』だってさ。


 ●接触記録No.113

 待ってくれ。コンタクトの終了とはどういうことだ。彼女との、言いたくはないが地球外生命体との接触を終えることに、なんの意味があるんだ。もう少しで俺は彼女と真の意味で意思疎通が図れるようになる。彼女に近づけば近づくほど、彼女が抱える孤独を感じるようになってきたんだ。もう少しだけ同化すれば、きっと人類にとって有益な情報をもたらせる様になる。もう少しだけだ。


 ●接触記録No.148

 注:風の音のみが録音


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