協力プレイ、そしてチュートリアル

小峰綾子

協力プレイ、そしてチュートリアル

圭太と菜穂は共通の友人を介して知り合った、ゲーム仲間だ。ある週末、少し前に発売されたゲームの協力プレイをするために待ち合わせし、カラオケボックスに入った。


「今日は絶対ランクアップまでは頑張りたいから協力してもらっていい?」

「もちろんです。そのつもりまで来ましたから。じゃあ、圭太さんがミッション選んでいいですよ」

二人の携帯ゲーム機をwifiにつなぎ、マッチングし、同じグループに入る。今日二人が遊ぶのは、広いフィールドを歩き回りながら、アイテムを集めたり、特定のモンスターを倒したりするゲームだ。


「じゃあ、俺の方のミッションを貼っといたから。」

「ミッション受託しました。」


ミッションが始まると、いつものスタート地点から散策が始まる。今回は大型のモンスターを倒すという内容だ。

「二人とも近いところにいた方がいいですよね。」

「そうだね。どこいく?」

「奴は、マップ右上の方にいることが多いと思います」

「じゃ、そっちを目指そう。素材も回収したいのでゆっくりでお願い」

「でも、あんまりゆっくりしていると時間が厳しくなりますよ。」


二人ともそれなりにやりこんでいるのでマップはある程度頭に入っている。フィールドを進んでいくとほどなくして目的のモンスターに遭遇する。

「いたいたいた!」

「私、近接で叩くので、援護射撃お願いします」

「分かった」

二人でミッションをこなすには、協力して効率的にモンスターにダメージを与えていく必要がある。


「ところで、ここ何回か、私たち二人きりで会ってるのは何ででしょうか?あ、逃げちゃいましたね。」

モンスターはダメージをある程度受けると逃亡し、一旦姿を隠すことがある。

「よし、気を取り直して索敵に入ろう。えっと、何で二人なのかは、山野内が来れないと友達の少ない俺はほかに誘える人もいないからであって」

「今のうちに回復っと。そりゃあ、山野内がインフルエンザで本当に来れなかった日はありましたけど。その後何故か私たち二人じゃないですか」

「いないなあ。どこに逃げやがった?いや、別にあいつ誘ってもいいけど、どっちでもいいかなって」

「奴、見つからないですねぇ。どっちでもいいと?山野内、なんか寂しがりそうですよね。ハブにされたとかなんとか。次回から誘います?私から聞いてもいいですよ」

「うん・・・まあいいけど」

「なんか歯切れ悪いですね。ところで次の攻撃、どういきます?」

「そうだな、闇雲に叩くだけじゃまた逃げれられてタイムロスだしな」

二人は次なる攻めのための相談をしてから行動する。

「いた!いました。」

「行くぞ行くぞー」

作戦通り攻撃を仕掛ける。

「ところでさっきの続きですけど」

「なんでさっきからここぞというところでその話始めるの?」

「聞こうと思ってたけど直接なかなか聞けなくて。別に二人でもいいですけどね。あの、私からは敢えて、山野内誘おうって言ってないの気づいてました?」

「いてて・・やべ、死んじゃう」

「防御が甘いですよ。ちゃんと回避して。ゲームに集中してください。」

「集中力が途切れるようなこと言うからだよ」

「動揺してるんですか」

「コントローラー握りながらそんな話できるほど器用では…ちょっと離脱して回復する」

ゲームの腕前は実は菜穂のほうが数段上手だ。見た目は清楚系な女子である菜穂だが、格闘ゲーム、アクション、RPGなど広く浅くいろんなゲームをこなす。一方圭太の方は子供のころにそれほどゲームをした経験がないため、初心者の部類に入る。なので今日も菜穂の動きについていくのが精いっぱいで、話をしながらプレイをする余裕はまだない。


「できるだけ動きは封じておくんで慌てずに」

「ありがとう。山野内も強いから、いれば戦力にはなるんだけどね。」

「っていうか、圭太さん最初は別にゲームそんなに知らないしあまりやらないって言ってましたよね。最近すごい頑張ってる気がしますけど、何でですか」

「足手まといになりたくないからさぁ」

「まあ、最初は足手まといでしたよね。最近は大分ましですけど。頑張ったんですね。それだけなんですか」

「それだけ…どういう意味?」

「早く来てください。回復まだですか」

「ああ、ごめんごめん。今行くよ」

戦いもいよいよ佳境だ。

「さっきの答えだけど、ゲームやりながらだとまともな話にならないから、そういう話を、あ、ちょっと待ってね。装備変えるから」

「要領悪いなあ。回復と一緒にやっちゃえばいいのに」

「ごめんって。忘れてた。で、そういう話をしようと思っていつも、ゲームの後にご飯でもどうかって誘ってんのに。菜穂ちゃんのってくれたこと無いから」

「…残り時間少ないですねえ。倒せるかな」

「そういうわけでこの話の続きをしたいから、今日このあと付き合ってくれる?言いたいこともあるし聞きたいことも」

「やっぱりいいです。ゲームに集中しましょう。すいませんでした。余計な話して。」

「え、なんでそこで引くの?急に?」

「私、ただフラットな状態で慣れてない人と話するの苦手なんです。ゲームの話だったらいくらでもできるけど。そういう取っかかりがないと緊張して話せなくて」

「なにその、コミュ障。ゲームしながらそんなにペラペラしゃべれる方が不思議なんだけど」

「これは、慣れです。昔っから、お兄ちゃんと話しながらゲームしてたんで」

「俺、まだ話しづらい存在なの?こんなに二人で会ってるのに。なんかショックだなあ」

「そういう意味じゃなくて。えっと、意識するとダメというか。ただの友達っていう関係だったらむしろ平気なんですけど。」

「ただの友達、ではないのかな。なんか今度はそっちが歯切れ悪い感じになってるけど」

「だからーーーー!ミッション中ですよ!完全に手が止まってますけど!?」

「わーごめん。ちょっと、やっぱりこの話続けながらは無理だ。ああ、時間がない」

「あ、終わっちゃうーーー」


二人の協力プレイもむなしくミッションはタイムアウトで失敗に終わる。菜穂はうーー、と悔しそうな声を出しながらテーブルに突っ伏す。

「ごめん、途中までいいペースだったのに、俺が攻撃の手を緩めてしまったから」

「いえ、ちゃんとフォローできなかった私のせいです。もう一回やりましょう。ミッション貼ってください」

「え、ちょっと待ってよ。一回、ちゃんと話しよう。一回。」

「いや、だから」

顔を赤らめて菜穂は目をそらす。

「ほんと苦手なんだな。面と向かって話するの」

「ゲームの力を借りないと人と話せないなんて。ほんと終わってますよね。分かってます。でも恥ずかしいんです」

「ここで話してくれないなから無理やりでもこのあと飲みにつれてくけど。それもだめなら、もう俺たちは何でもないただの友達ということで、次回から山野内もガンガン誘っていくけど?」

「ゲーム止めた途端、ぐいぐい来ますね」

「ゲームだと菜穂ちゃんに頭が上がらないからつい委縮しちゃうけど」


それまでテーブルの角を挟んで90度の角度で座っていたが、圭太は菜穂に近づき横並びのポジションになる。

「大人になると、誰かを誘うのも、気持ちを伝えるのも理由がいるよな」

菜穂の全身に緊張が走るが、いざ横並びになってみると顔を正面から見られることがないのでかえって話しやすいかもなあ、と感じていた。

「そうですね。私もつい、ゲームに逃げちゃいます」

「なんでここ最近、二人なのかに関しては」

「だから、すいません。気にしないでくださいって」

「二人で会いたいな、と思っていたのは本当で、そっちが何も言わないから、それに甘えて」

菜穂は、首が折れるのではないか、と思うぐらい顔を下に向けている。

「私も…です。」

「えっと、これからは、正式に二人で会う、ということで、いいのかな」

「それって、デートするってことですか?」

顔を伏せたまま、菜穂が聞く。

「デート。えっと、そういうことになるかな」

「…む、無理かもです」

「え。なんで」

圭太はつい素で聞いてしまう。この状況で振られるのか?

「デートって、おしゃれして映画見に言ったり水族館行ったり、そのあとお茶したり、お食事したり、ってしなくちゃいけないんですよね。無理なんです。ゲームしてる時みたいに話せないんです。つまんない女だってバレて、嫌われるのいやなんです。だから」

「待って待って、ちょっと待って。分かったよ。言いたいことは分かった。でも、デートってそういうのだけじゃないよね。しばらくは二人で会ってゲームする、でいいんじゃない?」

「え、いいんですか」

「当たり前じゃんか。無理して映画だの水族館だのドライブだの行くのがデートじゃないよ」

「じゃあ、二人で。またゲームやりましょう。次回からも厳しくいきますよ。」

菜穂は、初めて圭太と目を合わせ、不器用に笑顔を見せた。


さて、そのような運びで不器用な二人はマッチングしたわけだが、この件に関して一番驚いたのは言うまでもなく共通の友達、山野内だろう。

「は?お前ら俺のあずかり知らぬところでそんな関係に?っていうか俺、インフルエンザでドタキャンした後一回も誘われてないけど?」

「え、一回も?じゃああれ、嘘だったのか」

何度か菜穂が「山野内さんも誘ったけど用事があるから無理って言ってました」というようなことを言っていたが、自分にも心当たりがある。結局どちらからも誘ってなかったのか。

「ひでぇな。でも、ある意味俺のおかげってことか。感謝しろよ。っていうか何か奢れ」

「はいはい。ところで今度フレンチかイタリアン食べに行こうって話してんだけど、お前も来てくれない?」

「なんで?!それこそ俺要らなくない?」

「お前がいた方が話しやすいからさ」

「てめぇらの都合で呼んだり呼ばなかったりかよ」

「じゃ、日時決まったら連絡するから。じゃ。」

電話を切ると、菜穂からメッセージが届いたところだった。顔がにやけてしまう圭太。

ゲームから始まった二人の恋は、まだまだチュートリアル中だ。

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