スペース・トーク

秋瀬田 多見

彼女と最後の宇宙空間で

 体重を感じられない、ふわふわした奇妙な感覚にも慣れてきた。上下左右どこを見ても同じような光景で、遠くの方に星が煌めいているほかは何もなかった。



 そう、ここは宇宙空間の中だ。



「カイくん、カイくん、あれ見てあれ!すっごい綺麗!」

「いや、どれだよ。同じ風景だよどれも」


 そして、俺の右手の先にいるのは、チサト。小学生から、今まで同じクラスの腐れ縁。幼馴染って奴だ。


 今は20XX年。地球から他の惑星に人類が移住を始める年だった。高校生の俺たちも今日地球を飛び立った。無事に新惑星に辿り着くはずだった。それがどうだ。今は二人で宇宙空間の中。



「あのさあ、チサト。なんでいきなり脱出しようなんか言ったんだ?」

「えへへ。なんででしょう~?」


 宇宙服越しに、ニコニコと笑っている彼女の顔が見えた。


「なんで、だろうなあ」

「なんで、だろうねえ」

「いや、チサトが疑問に思うのはおかしいだろうよ」

「アハハ」



 俺は小さくため息をつき、改めて周りを見渡した。乗っていたはずの宇宙船はもう既にどこにも見えない。辺りは暗く、静かだった。まるで夢の中に居るかのようだったが、右手に伝わってくる感触と、彼女の声だけが、今が現実だと伝えていた。


「ねね、初めて会った時のこと覚えてる?」

「ん?小学一年生で同じクラスになった時じゃないのか?」

「違いまーす。カイくんったら、記憶力ないねえ」


 勝ち誇ったようなチサトの顔に、少しイラっとした。偶然その記憶が無かっただけで、普段忘れ物ばかりしているのはお前だぞ。


「違ったか。それよりも前に会ってたっけか?」

「初めては、私が日向町に引っ越してきた当日だよ」

「チサトって小学校入学と同時に来たんだろ?」

「そうだよ。入学の1週間前に来た。その近くのスーパーでカイくんを見たの」

「そうだったか?全然覚えてない」

「まあ、会話はしてないからね」

「それ単にチサトが俺を見かけたってだけじゃねーか!覚えてるかそんなもん!」


 未だ消えないままの、優越感を含んだ彼女の笑みに納得がいかない。


「それで、それがどうかしたのか?」

「ううん。何も無いよ、別に」

「おい」


 相も変わらない彼女のマイペースぶりに苦笑いが浮かんだ。このふてぶてしさが、チサトの悪いところでもあり、まあ、魅力でもある。


「じゃあさ、じゃあさ、小学5年生の時の事は?」

「範囲が広すぎるだろ。……その私は覚えてますよって顔を止めろ」


 小学五年生か……。何か特別なことでもあったか……?

 回答は無しと判断したのか、チサトが時間切れを唱え、答えを口にした。


「カイくんが初めてノート貸してくれたんじゃん~」

「……はい?」

「だから、私が宿題を忘れて困ってた時に、ノートを貸してくれたんじゃん~」

「……そうか」


 予想外のどうでもよさ。つい左手で、視界を覆ってしまった。


「じゃあ、次は……」

「まだ続くのか?!」

「だってまだカイくん当ててないし」

「その難易度が続くなら当てられる気がしねえ」


 チサトは口をへの字に曲げながら、渋々といった様子で引き下がった。


「じゃあ、次カイくんが問題だしていいよ」

「え……。うーん、そうだな」


 彼女との思い出を思い起こす。色々あった。幼馴染ってこともあって、面倒を見たし、見てもらった。俺の人生の隣にはずっとチサトが居た。


「中学一年生のときさ……」

「はい!カイくんが私以外から告白された!」

「そんなの問題にするかよ」

「でも、断ってくれたんだもんね~」

「いやそうだけど、別にチサトとも付き合ってたわけじゃないだろ」

「えっ!?」


 そんなバカなって顔をするな。


「告白してくれたのは高校の一年生だろ?」

「あれはなんというか、改めてって感じで。もう付き合ってたし。断られる理由も無かったし」

「どんな自信だよ。付き合ってもなかっただろ」


 呆れて言葉を失いそうになるが、それでも笑えたのはやはり、俺が彼女と長い付き合いだからだろうか。


 ああ、それにしても、本当に気持ちのいい夢の中に居るようだ。体がふわふわして、頭の中まで無重力かのようにぼーっとしてくる。




 沈黙が二人を支配していくと、繋がりはお互いの手だけになった。それでも、少しも寂しくも悲しくも怖くも無かった。


「なあ、チサト。死ぬのって怖くないのか?」


 彼女はチラリと首を動かし、俺の方を見た。


「ううん、全然。だって、生きてる方が怖いよ」

「……そっか」


 重みのある言葉を、チサトは軽く口にする。そこにどんな思いがあるのか、その真意が分かるのは俺だけだろう。



「カイくんは、何でついて来てくれたの?」


 彼女の目線はもう俺には向いていなかった。


「なんでだろうなあ」


 俺もチサトから目線を外し、前を見た。といっても、どこが前かも分からない。とりあえず、暗闇のその先にある光を目にした。



「チサト」

「ん?」



 気恥ずかしい言葉も、こんな非日常的空間なら言いやすかった。



「好きだよ」

「知ってるよ」



 顔は見なかったけれど、声色も大していつも通りだったけれど、それでも彼女の顔は今までで一番とも思えるほど笑っている気がした。

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