神様、そっちじゃないです!

くにすらのに

神様、そっちじゃないです!

 俺達は将来を誓い合ってる。

 周りからは「まだ高校生のくせに」って言われるけど本気だ。

 その本気を証明するため、春休みを利用して出雲大社にやってきた。

 親には日帰りと伝えてあるので弾丸ツアーだ。

 時刻はすでに14時近く。16時半には出ないと東京へ戻れない。

 「2人きりでこんなに遠くまで来るなんて、それだけでドキドキしちゃうね」

 ツインテールを揺らしながら頬を赤らめるこの可愛い生き物が俺の彼女、美来だ。

 「初めて2人で飛行機に乗ったもんな。離陸する時の緊張した顔、写真に撮りたかった」

 「恥ずかしいからやめてよー!」

 「そう言えば、同じ飛行機にアイドルのまやや居なかった?」

 「なーに? 私が景色を楽しんでる隙にひろくんはまややに見惚れてたの?」

 頬をプク―っと膨らませる姿が可愛くて、ついこうやって焼き餅を焼かせてしまう。

 「俺は美来単推しだよ。ただ、飛行機って芸能人と一緒になるんだなーって思っただけ」

 そんなやり取りをしながらネットで調べたマナー通りに歩みを進め拝殿に到着した。

 (香取裕哉と申します。美来と永遠に一緒に居られますように)

 神頼みしなくても一緒に居られる自信はあったけど、これで2人の絆は盤石のものになったはず!

 「よし! 急いで帰ろう! 今はまだ泊まる時ではない」

 「うん。こうして神様に彼氏を紹介できて満足♪」

 親に紹介みたいなノリだけど楽しんでくれたみたいで良かった。

 約1時間の滞在を終え、俺達は今来たルートを引き返し東京へ戻った。


 

 翌日からは春期講習が始まり、なんだかんだ美来と会える日はなかった。

 それでも出雲大社に参拝したことが安心感に繋がっていたのか、毎日のLINEだけで心は満たされている。

 一般的に新学期はあまり歓迎されないけど、学校がある方が自然に美来と会えるので楽しみだったり。

 だって、まさかあんなことになるなんて思ってもみなかったし。


 新学期当日、昨年度までと同じく駅の改札で美来を待つ。

 ダイヤの関係で俺が先に到着するのもいつも通り。

 ただ1つ違っていたのは、美来がとても見覚えのある女性と一緒に現れたことだ。

 周囲の人達も「まさか!?」みたいな顔でその人を見ている。

 あまりに驚き過ぎているのか、目の前の光景が信じられないのか、スマホを構えて写真を撮る人は誰も居ない。

 「ひろくん、どうしよう。まややに惚れられたみたい」

 「は?」

 全く状況が飲み込めない。

 まややは国民的アイドルだし、美来は俺の彼女だし、女の子同士だし!?

 「あなたが美来ちゃんの彼氏? ごめんね。私が美来ちゃんを幸せにするから」

 田辺麻耶、19歳。スラリと伸びる長身と黒髪の美しさは女性をも虜にする。

 実は美来もCDは持っていて、俺はそれがきっかけでファンになったという経緯がある。

 「いやいや! 美来を幸せにするのは俺です! って言うか、なんでまややが普通に街を歩いてるんですか!?」

 「飛行機で偶然見かけた美来ちゃんに運命を感じたからよ。すぐに声を掛けられたら良かったんだけど、仕事もあったし……。だから探し出して、ようやく再開できたの」

 それもうストーカーじゃん! しかも立場が逆(?)だし。

 「ひろくんゴメン。たぶん、出雲大社にお参りする時、一瞬だけまややの顔が浮かんだの。それを神様が勘違いしたのかも」

 「そうだとしたら出雲大社スゲーな……。でもそれなら、ずっと美来のことを考えてた俺の願いだって叶うはず!」

 「ふふん。美来ちゃんの私に対する想いが神様に届いたのよ。さあ、私と一緒に新しい扉を開きましょう」

 このまややは神様の力でこんな風になってるのか、元からそういう素質があったのか判断できないけど、とにかく今のままじゃ美来の貞操が危ない!

 「行くぞ! 美来」

 美来に絡み付くまややの腕を払い、美来の手を取り走り出す。

 ああ、もう! 新学期早々遅刻だよ。

 こんなことで怒られるなら、いっそ一泊してオトナの階段を昇って怒られればよかった。

 「えへへ、なんかこういうの楽しいね」

 「のん気にしてる場合かよ。まやや、目が本気だったぞ」

 ステージ上で歌って踊ってるんだから、そりゃあただの高校生より体力あるよな。おそらく土地勘のない場所にも関わらず俺達の距離を少しずつ詰めてくる。

 「ねえ、ひろくん。どこまで走るの?」

 「ひとまず人が少なそうな場所。適当な橋の下とか。その前に捕まらないように……もうちょい頑張れ!」

 「うん!」

 美来は自分が狙われているのに妙に嬉しそうな表情を浮かべる。鬼ごっこか何かと思っているのだろうか。

 

 すでに始業式が始まっている時間ともなれば人通りも減ってくる。

 美来が頑張ってくれたおかげで遠くまで来ることもできた。

 「結構足が速いのね。一緒にスポーツも楽しめそう」

 俺なんて眼中にないかのように、まややは美来を見つめている。

 「あのね、まやや。まややは私を幸せにしてくれるって言ったよね?」

 「そうよ。その彼氏さんよりもたくさん稼いでいるし、芸能界での地位も確立しつつある。この瞬間だけでなく、将来を見据えても絶対に私と一緒の方が幸せよ」

 「……っ!」

 高校3年生、ただの受験生には何も言い返せない。まややと同じ年収になるまで何年掛かるのかその予測すらできない。

 「ごめんね、まやや。私が出雲大社で神様を勘違いさせたばっかりに。私はね、ひろくんと一緒に居る時が幸せなの。だから、私の幸せを願ってくれるのなら」

 美来はそっと俺の顔をつかみ、少しずつ顔を近づける。

 まだしたことがない。もっと良いシチュエーションでと考えていた。

 人が見ている。それも一応恋敵だ。

 喜怒哀楽のどれかで単純に表現できない感情に脳を支配されているうちに、俺と美来の唇は重なっていた。

 美来の匂い、体温、感情までもが伝わってくる。

 俺は自然と美来を抱きしめていた。

 そこにまややが居ることはすっぽりと抜け落ちた2人だけの世界。

 「……えへへ、神様に背中押されちゃった」

 「本当は俺からしたかったのに。やっぱり神頼みじゃなくて自分達を信じればよかった」

 「ひろくんはイヤだった?」

 「ううん。ありがと」

 思い描いていた理想とは違うけど、美来と同じ幸せを味わうことができた。

 「まやや、これが私の、私達の1番の幸せなんだ」

 「……美来ちゃんの幸せが私の幸せ」

 美来でも俺でもなく、まるで神様にもでも伝えるように天に向かってつぶやく。

 「ねえ、美来ちゃん。私が美来ちゃんを1番幸せにするチャンスってあるのかな?」

 「あると、思う」

 「あるの!?」

 この流れでその可能性を否定されないことに大声を出してしまった。

 「だからひろくん、ずっと私の1番でいられるように頑張ってね?」

 神様、そういうことですか。俺が努力し続ければずっと美来と一緒に居られる。

 ホント、恋愛の神様って思い通りに力を発揮してくれないな。

 おかげで美来と楽しく過ごせそうです。

 「ふふん、私はすでに100歩くらい彼氏さんより人生をリードしているわ。美来ちゃんならきっと分かってくれるって信じてるから」

 「望むところです! 俺は美来に好かれてる時点で1000歩リードですけどね」

 「えへへ。私のために争わないでーってやつだね。ちょっとビックリしたけどまややはこれからも好きだよ」

 「はうっ!」

 妙な悲鳴を上げて、まややは幸せな顔で真っ白な灰になった。

 「こんなまややを見られるなんて貴重だね。飛行機で見かけたひろくんよりもすごいかも」

 こうなった本人がとても楽しそうなんだけど、もしかして神様が美来に惚れたからこんな事態に……!?

 神様、あなたのすべきことはそっちじゃないです!

 

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