世界に主人公は二人もいらない!

たちばな立花

1

 最強の勇者と呼ばれた男がいる。彼は、仲間と共に凶悪な魔王を倒し帰還した。現在は城下町の隣の広大な敷地で、仲間と共に気ままなスローライフを送っている。


 最強の勇者――チィト・オレツーエは、数名の女性と共に、城の回廊を歩いていた。


「チィト様、今日も素敵ぃ~」

「私もチィト様の女になりたぁい」


 周りからは黄色い声が上がる。そこまで良い男とは思えないのだけど。


「あら、ごきげんよう。チィト・オレツーエ様」

「ああ、誰かと思ったらあんたか……」

「あんたじゃないわ! 私にはクレージョ・アークヤっていう名前が有るのよ」


 勇者とはいえ、ただの平民あがりがこの公爵令嬢と話をできるだけでも涙を流して喜んでも良いところなのに。しかし、私にはどうしても彼に会って話をしなければいけない理由があった。


「それで、何の用だ?」

「ねえ、おかしいと思わない?」

「何が?」

「二度の転生を経て世界を救った勇者のあなたと、理不尽な婚約破棄から返り咲いたこの私が同じ世界にいるなんて」


 そう、世界に主人公はただ一人で良い筈。チートでハーレム持ちの男がいたら、折角王家をざまぁしてこの国を手に入れたと言っても過言ではない私が霞んでしまう!


「はぁ……」


 チィトは気のない返事をした。気だる系主人公を張ろうと言うのね! そうはいかない。こっちだって、気の強い系ヒロインでキャラを立てているんだから!


「私の技を受けてたちなさい……!」

「女の子相手に気が乗らないんだけど、仕方ないか」


 ポリポリと頭をかいて、乗り気じゃないアピールを欠かさない。さすが魔王を倒した勇者だけあるわ。処世術もお手の物ってことね。


 でも、私がこの世界の厳しさを教えてあげる。


「我がアークヤ公爵家に伝わる秘儀……! 『カテーシー』!」


 説明しましょう。この秘儀『カテーシー』はドレスの裾を美しく持ち上げ、優雅にお辞儀をすることで、相手の心に絶大なダメージを与えることができるのよ。


 チィトが膝をつく。周りからは騒めきが起こった。

 

 ふふん、私の実力が分かれば宜しいのよ。


「やるな……これは本気でいったほうが良さそうだ」


 周りに侍らせていた女の子達を遠くへとやると、チィトは私の前に立ちはだかる。


「さあ、あなたの実力もみせてみなさい!」

「……後悔しても知らないからな」


 チィトが大きく息を吸い込んだ。――これは、本気だわ。


「良く聞け。俺の最強奥義……!『僥倖ぎょうこう』!!!!!」


 ぎょ、僥倖ですって……! それは選ばれし者しか唱える事を許されない真の奥義。


 眩い光が世界に降り注がれた。今この世界は彼の良い方向にしか進まない。


「や、やるわね……。あなたの実力認めてあげてもよろしくてよ」

「ああ、俺もあんたの……いや、クレージョのカテーシーにクラクラきたみたいだ」


 ま、まあ……世界最強の男を落とすっていうのも悪くないわね。


「次は見てらっしゃい。あなたを絶対落としてみせる」

「んんん?! なんか、趣旨変わってないか?! ま、まさか……! これが、世界の強制力『こんなはずじゃなかった』なのか……?」



end

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世界に主人公は二人もいらない! たちばな立花 @tachi87rk

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