はいすくぅるはくしょ。

あぷちろ

それは、日常のこと


「ハァイ、ジョウジィ! 最近どう?」

 とハニーブロンドの長髪を獅子舞のように振り回しながらずけずけと廊下の向こう側から歩いて来たのは、僕の幼馴染でクラスメイトで一緒の家に住んでいる、島袋キャサリンだ。

 キャサリンはつい数十分前まで一緒にいた僕こと、仲宗根・T《トラボルタ》・譲治に、今日は初めて会った風に装って話しかけた。

「最近どう……って、さっき家を出るまで一緒だったじゃないか」

 僕が健全な日本男児ならば誰もが抱く疑問をそのまま彼女へとぶつけると、キャサリンんはしなを作って僕の唇に人差し指をあてた。

「家を出るまでって、そんなの私にしてみれば遠い過去よ過去。私、振り返らないオンナ、な・の・よ。それで、How are you最近どう?」

I’m fine thankyouぼちぼちでんがな.そうそう、今日の夕飯はご馳走だってさ。なっちゃんが言ってたよ」

 なっちゃんというのは我が家に勤めているお手伝いさんで、八重歯と赤毛とそばかすが印象的な少女だ。

「そうなの? 私聞いてないんだけれど」

「キャサリンってばなっちゃんの話聞く前に脱兎の如く走って行っちゃうから」

「だって、ジョウジィに学校で声かけたかったんだもん」

 唇を尖らせてキャサリンは僕の腕をとる。彼女という生物はスクールカースト上位の人間らしく優れた容姿に優れた頭脳を持って、さらにはこのようなボディタッチも積極的にする人物だ。

「友達のすくない僕からしたらありがたいけれどね……」

 そう言いつつ廊下を見渡してみると、教室の中から外から、一様に同じ制服を着た生徒たちが好奇の目で僕たちを見ていた。そりゃあ、僕みたいなスクールカースト最下位の人間と最上位の人間が仲良くしていたら顰蹙ひんしゅくも買うだろう。

 キャサリンの好意はとてもありがたいのだけれど、その所為で僕の友達が少ないような気がしてならない。

「それから、キャサリンさ放課後にもしよかったらなのだけれど、」

 僕の台詞を遮るように、学校のけたたましいチャイムが鳴り響く。

「あっHRはじまるからもう行くね。ジョウジィ、また放課後にね!」

「あ、ああ、また放課後」

 期を逸脱してしまった僕は生返事だけをして、彼女の背中を見送った。

「――また言えなかった」

 放課後、体育館裏に来てくれ。ただ一言、それだけなのに彼女への恋愛感情を意識してはや2年。今日もまた、彼女に告白するチャンスを逃したのだ。

「ハァ」

 溜息を吐くと、何故か周囲で反響しているように感じた。



 どんがらがっしゃん、と乱暴に教室後ろの扉が開け放たれ、授業終わりのHRを締めようとしていた担任の先生(ロシア系・女性、20代前半。すらりと伸びた美脚が素敵だが、噂によると休日に大食い専門のお店を巡っていたらしい。)はびくりと肩を震わせた。

「ジョウジィ! HR終わった!?」

「まだだよ。もうちょっと待って」 

 僕は散歩を待つ愛犬を待たせるような気分を味わいながら担任に締めの挨拶をするように促す。

 担任の先生がおどおどしながらもHRを閉めると、三々五々にクラスメイト達が席を立ちだす。

「キャシー、いいよ。帰ろっか」

 僕がそう言うと、キャサリンは太陽のような笑顔を称える。

「うんっ!」

 僕は彼女に微笑みを返すとキャサリンは指を組み合わせながら僕を見つめる。

「ねえジョウジィ、もしよかったらこの後……」

「ああ! 手が滑って六法全書が島袋さんに飛んでっちゃう! このままだと六法全書の角が島袋さんに激突しちゃう!」

 クラスメイト女子の悲鳴が僕の耳に届くよりも早く、僕はキャサリンを片腕で抱き寄せる。

「キャッ」

 キャサリンの背後に六法全書がずどんと音を立てて地面に突き刺さった。

「キャシー、大丈夫? 怪我はない?」

「う、うん。ありがとう譲治……」

 キャサリンは歯切れ悪く口をもごもごと動かす。

「それで、さっき言おうとしてたのって……」

 キャサリンはあわてて僕の身体から離れるとくるりと半回転して僕に背を向ける。

「ううんっ、何でもないっ! 一緒に帰ろっか」

 彼女はしきりに手で顔をあおぎながら学生鞄を持ち直し、さっさと歩き出してしまう。

「んん? 何だったんだろう」

 僕が一人首を傾げていると、なぜが教室から数多の舌打ちが聞こえたような気がした。

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