【KAC3】先輩男子が後輩女子に告白される話

五三六P・二四三・渡

第1話

「あの!先輩ちょっといいですか!」


「いいぞ」


「えっ! そんな軽々しく……心の準備がまだできてないんですけど!」


「じゃあ何で声をかけた……」


 時は昼下がりの休み時間。

 季節は冬。

 外は冷たい風が吹き荒んでいるが、暖房のかかった校舎内は温かくて昼食後の生徒たちの眠気を誘う。

 江戸町大介えどまちだいすけは美術室にて部活で出されていた課題を顧問に提出し、教室に戻ろうとしていたところ、後輩の京戸由香里きょうどゆかりに話しかけられたのだった。


「いえ、いえいえ、別に絶対に話を聞いてほしいわけじゃないんですよ。私的には、まあ聞いてほしいんですけど、肩ひじを張らずに、『ふーん聞いてやるか』ぐらいの気持ちで。むしろ断ってほしいっていうか、あ、いえ、断られるのは嫌です。でも忙しいのであれば、そちらを優先して欲しいです。ですがもしよかったら、もしよかったらでいいので。むしろ断りながら話を聞いてほしい???」

「落ち着け。言ってることが支離滅裂だ」


 大介は目の前の焦りながら早口で話す後輩を諫めた。

 彼女の身長はあまり高くなく、大柄な大介と比べると、頭一つ分ほど低い。黒いショートの髪は少しぼさっとしていた。寝不足なのかそうでないのか、常に目元にうっすらと隈が出来ていた。


「つまり、いいってことですか!?」

「よくわからんが、話なら聞くぞ」

「じゃあ、じゃあ、こっちに!」


 由香里はぐいぐいと大介を美術室準備室へ押し込む。

 戸惑いながらも、大介はされるがままに。

 この時間は、顧問の先生もほかの生徒も準備室には大抵入ってこない。

 それに加え、二人は美術部なので万が一他の人が入ってきて咎められても、言い訳がある程度効いた。

 つまり秘密の話をするのにもってこいの場所と言える。

 あまり使っていない部屋なので、入った瞬間、乾いた絵の具と埃の混じった臭い大介の鼻を突いた。

 由香里は準備室の扉を背に、大介の方を顔を赤くしながら見ていた。

 閉鎖した空間が、大介を少し変な気持ちにさせた。それを隠すように、由香里に指摘する。


「お前、凄い汗だな」

「ああああ! みませんすみませんすみません! 気持ち悪いですよね!?」

 

 由香里は自分のポケットを慌ててまさぐる。 


「あ、いや」大介は慌てる「すまなかった。女子に向かって凄い汗だとか、デリカシーが足りなかった」


 しかしそれには答えず由香里はポケットをまだまさぐっている。もしやハンカチを持っていないのだろうかと大介は考えた。


「これで良かったら使ってくれ」大介は自分のハンカチを差し出す「まあわかるよ。大抵のトイレや手洗い場で手を拭く紙があるもんな。俺も割と忘れる」

「すみません……本題も聞いてもらってないのに……洗って返します」

「それで頼みと言うのは?」

「いや、頼みってわけじゃないんですよ!? 頼みって言ってないですよね!?」

「すまん……」

「ああああああああああああ! 違います! すみません! 責めたいんじゃないんです!ごめんなさい!」

「落ち着けって、パニックになってるぞ。深呼吸しろ。深呼吸う~」


 大介はジョークでも言って落ち着かせようとラジオ体操の声真似をした。


「ブボッ、ヒイヒィヒィ……」

「おい?! 大丈夫か!?」


 由香里のツボに入って過呼吸のようになってしまった。


 ◆ ◆ ◆


 大介は慌てて先生を呼びに行こうとしたが、咳き込みながらも由香里が全力で止めてきた。


「いや、大丈夫です……ヒィ……ヒィ……頼みますから、過呼吸みたいなだけで過呼吸じゃないですから、大事にしないで……」


 仕方なく、由香里が落ち着くまで待つことになったのだった。

 時計の針が部屋内に響いている。廊下の生徒たちの喧騒が、別世界のように大介は思えた。


「あの、重ね重ねすみませんが」由香里は椅子に座りうつむいていた「背中をさすってもらってもいいですか?」

「いいのか、こういろいろと……」

「はい、さすってほしいんです。ただ、あんまり上の方は……」

「わかった……」

 

 大介は恐る恐る、由香里の背中をさする。彼女の表情は見えなかった。

 

「そろそろチャイムが鳴って、次の授業が始まりますね……」

「そうだな、話は放課後にするか?」

「いえ、何かもういいです……一世一代のつもりで覚悟したけど、こんなぐだぐだになっちゃって……先輩のことも悪くないのに、意味の分からない理由で責めるみたいになっちゃって……消えたい……」

「……教室まで送ろうか?」

「いいえ、このままここにいます……」

「ここにいるって……」


 由香里は椅子の上に体育座りをして、顔を伏せ、亀のように動かなくなった。

 大介はその姿を見て美術部での彼女の姿を思い出す。

 由香里は普段は大人しいが、緊張すると精神が不安定になり変なことを口走る。そのせいで人間関係で苦労しているところも見受けられた。

 大介はため息をついた。


「なら俺もここにいるよ」


 椅子を用意し、どかりと腕を組んで座る。


「え?」ゆかりは顔を上げる「いや授業遅れちゃいますよ」

「過呼吸みたいにしたのは俺の責任だしな。さすがにここで帰ることはできんよ」

「私が自爆しただけですって」

「俺のギャグがツボに入ったんだろ」

「いやそうですけど……」

「ちなみに過去に励まそうと同じギャグしたら思いっきり滑った上に、人が落ち込んでるときに、ふざけたことをするなと怒られた」

「かわいそう……ところで女相手ですか?」

「男だよ」

「そうですか……じゃ、なくて!」


 なんとなく流れにのまれそうになった由香里は、大きな声で自分を正した。


「先輩去年皆勤賞もらってるでしょう。こんなつまらないことでフイにしちゃもったいないですよ」

「皆勤賞も案外つまらないぞ」

「いや、中学という貴重な学びの時間というものは、社会に出ると得られなくなりますよ」

「それお前、本気で思って言っているか?」

「思ってないです」


 本気で思っているのなら、自分もさぼらない、と大介は思う。


「まあ、俺に授業に出てほしかったら本題を済ませるか、自分が授業に出るのかするんだな」

「ずるい……」

「そうか?」

「めっちゃずるいですよ! なんでこんなかまうんですか! なんで部活でわからないところとか、すごく丁寧に教えてくれるんですか! なんで私みたいなメンヘラに構うんですか!そんなの……そんなの……」

「わからない所を聞かれたら皆教えてるんだが、まあそれでも京戸がそう思うのなら、きっと京戸が熱心だからだと思う」

「熱心……?自分のことそんなこと思ったことなかった。ただ、楽しく絵を描いていただけで」

「熱心だよ。わからないことは何でも聞いて、一度絵に集中したら周りが見えなくて、人間関係を構築するのが苦手ながらも、しっかりと時間をかけて誤解を解いたりフォローをしたりしていて、好きなことになると早口になる。俺は」そこで大介は言葉に詰まる「京戸のそんなところを俺は――」

「ストップ! ストップ! ストオオオオオップ! 今何しようとしました?! 何をしようとしました!?」


 由香里は慌てて立ち上がり、顔を赤くした大介の目の前で手を大きく振った。


「何って……」

「告白! 告白でしょう!? 私を差し置いて告白しようとしたんでしょう!?」

「ああ」

「ああああああ! 何で私より先にするんですか!? 何で私より先にするんですか!?」

「やっぱりお前もしようとしてたのか?」


 顔を真っ赤にした由香里が手を自分の顔の前で振る。


「ちちち違いますー何勘違いしてるんですかーひゃー恥ずかしー」

「本当だったらそれ本気で傷つくんだが」

「いや、待ってください。本題に入らせてください」

「おお」


 由香里は大きく深呼吸をしたが、舞った埃が喉に入り噎せた。

 気を取り直すかのように、もう一度深呼吸をした。


「あのお、これから言うことですはね、別に絶対にOKしてほしいわけじゃないですよ。私的には、まあOKして欲しいんですけど、肩ひじを張らずに、『ふうううんOKしてやるか』ぐらいの気持ちで。むしろ断ってほしいっていうか、あ、いえ、断られるのは嫌です。でも忙しいのであれば、そちらを優先して欲しいです。ですがもしよかったら、もしよかったらでいいので。むしろ断りながらOKしてほしい???」

「それはさっき聞いた」

「違うんです! 話を聞いてほしいのと、OKしてほしいのは違うんです!」


 大介はじれったくなった。このままではこの意味のない引き延ばしのようなやり取りが延々と続くのではないのだろうか。何か行動に移さねばならない。


「京戸」

「はい」

「好きだ」

「あー! あー! 聞こえませーん! 先に告白しないでって言った後輩の願いを聞き入れてくれない先輩の言葉なんて聞こえませーん!」

「これでも俺も頑張って言ったんだ。真面目に答えてくれてもいいんじゃないか」

「うう……うう、でも……何日も悩んで、絶対に先に告白するって決めてたんです……ここで先に告白できないと、何もかもうまくいかないんじゃないかって」

「そんなことはないと思うが……」

「ですけど、スパッと決めますから、今のなかったことにしてくれませんか」

「俺はフラれたのか」

「いや、そういう意味じゃ」

「わかってる。お前のことは全部ではないが、割とわかってる」

「あーもう、江戸町先輩! いいですか」

「おう」


 由香里は思い描く。これからのことを。この部屋に入る前は、フラれた時のショックをどうやって軽減しようかと言う気持ちでいっぱいだった。しかしそれでも、思い描いた。大介と中慎ましく家族を作る未来を。中学生の時の恋など一生続くわけがないと自分にいくら言い聞かせようが、幸せな未来を思い描いた。


「先輩、好きです」


「俺もだ」

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