第16話 「……えっ…。」

 〇二階堂 泉


「……えっ…。」


 クリスマスイヴ。

 聖に呼び出されてやって来た…港。

 何だって、こんな何もない場所に?って思ったけど、なるほど…穴場なのかな?

 その暗がりゆえか、星空がイルミネーションみたいにきれい。

 …だけど、そこにいたのは…



「ど…ど…」


 言葉にならない。

 あたし、キョロキョロして聖を探す。



 待ち合わせ場所にいたのは…早乙女。

 何よ。

 パリに行ったんじゃなかったの?



「聖くんに、嘘つかせてしまいました。ごめんなさい。」


 早乙女はあたしの前で、そう言って頭を下げた。


「……どういう事…?」


 早乙女、サンダルじゃない日もあるんだ。

 今日は…靴履いてる。

 顔が見れなくて、そんな事考えてると…

 突然、腕を取られて…


「…えっ?」


 こ…これって…


「…泉さん…」


 顔を上げようとしても…

 あたし、早乙女に抱きしめられてて…


「ちょ…」


「泉さん。」


 耳元で、早乙女の声。


「…はい…」


「泉さん。」


「…はい…」


「泉…さん。」


「……何。」


 どうしていいか分からないあたしの手は、ずっと宙に浮いたまま。


 …どういうつもり?

 彼女がいるって…

 結婚するって…


「泉さん…」


 早乙女は右手であたしの髪の毛を撫でて…左手は、背中をギュッと抱きしめてる。

 そして…なぜか、ずっと耳元で…あたしの名前を呼ぶ。

 …なんなのよ、これ…。


 たまらず、宙に浮いてた手を…早乙女のわき腹辺りに落ち着かせる。

 服をギュッと掴んで、鎖骨に顔を埋めて…目を閉じた。



 聖め…

 何か言ったな?

 じゃないと…早乙女がこんな事…



「初めて…公園で会った時、あなたはこの辺りで見かけない制服を着てました。」


「……」


「伸びた背筋を…カッコいい女の子が来たなって。当然年下だと思って見てました。」


 …あたしだって、あんたの事、年上だと思ってたよ。

 心の中で、つぶやく。


「いつも真っ直ぐ前を向いて、俺の事なんて眼中にないだろうなって。」


「…明治大正の文豪みたい…って…」


「え?」


「…着物が、似合いそうだなって…いつも思ってた…」


 早乙女が、小さく笑った気がした。


「あの子…どんな色が好きなのかなって。」


「…ピンクなんて…ガラじゃないって思ったでしょ…」


「俺のイメージする泉さんにピッタリだった。」


「……」


 早乙女の声が…優しくて…あたしは泣きそうになる。


「…泉さん、ありがとう。」


「……何が、よ…」


「…俺の事、成功するって信じてくれて。」


「……」


「俺…弱いから。だから…泉さんが信じて言ってくれた言葉を…違う意味に受け取った。」


「…当然だと思う。あたし…あんな言い方しかできなくて…」


「だけど、結果…あの言葉が俺を動かしてくれた。」


「…彼女を作るキッカケにも…ね。」


「あー…それ言われると痛いね。ごめん。」


 いつの間にか…ため口になってる。

 それが、ちょっと嬉しい。



「彼女の事…大事なんだ。」


「…なのに、こんな事するの?」


「うん。これは…感謝の気持ち。」


「……」


「泉さん、ほんとに…こんな俺の事、信じてくれて…」


 あ…ダメだ。

 涙出る。

 我慢して、あたし。


「…それと、聞いていい?」


「…な…に…」


 鼻声になってしまった。


「…公園でさ…」


「…ん…」


「…俺に、キスした?」


「!!」


 驚いて早乙女から離れると…


「あはは。泉さん、真っ赤。」


 早乙女はあたしの顔を見て、笑った。

 その笑顔が…憎たらしくて…


「な…なんなのよ!!」


 ポカポカと早乙女を叩く。


「いてっ…あいてて…泉さん、そんなにムキになるって事は、したんだね?」


「う。」


 動きが止まってしまった。

 早乙女は、そんなあたしの腕を取って。


「夢だったのかなって思ったんだけど…」


 また…引き寄せた。


「そっか。ほんとだったんだ。」


「……」


 バツが悪くて何も言えずにいると…


「俺のファーストキス、寝てる間に奪うなんて酷いな。」


 早乙女は、クスクス笑いながら言った。


「…あたしだって、ファーストキスだったけど…」


「なんで寝てる俺に?」


「…忘れた。」


「誰でも良かったとか?」


「そっそんなわけないじゃない!!」


「じゃ、なんで?」


「……」


 早乙女は…こんなに意地が悪い奴だったのか…

 なんでって…

 そんなの…


「…キス…したかったからよ…」


「…どうして?」


「な…なんで、言わせるのよ…」


「聞きたいから。」


「……」


「…言って。」


「…す…」


 ああ…もう…


「…好き…」


 ダメだ。

 ダム決壊。

 涙も気持ちも…一緒に溢れた。



「好きだから…キスしたかったから…だから、寝てるあんたの顔に触れて…起きなかったから…」


「……」


「あたし、なんであんたの事なんか…好きになったんだろ…」


「…泉さん。」


 早乙女は、あたしの涙を優しく拭うと。


「ありがとう…めちゃくちゃ嬉しい。」


 両手で、あたしの頬に触って…

 あたしを…見つめてる。


「……」


「……」


 唇が…来そうで、来ない。


 …お願い。

 キスして。

 あたしを…

 もっと、抱きしめて。



「…今…俺、すごく葛藤してる…」


「…う…うん…そんな感じだね…」


「…あなたとキスしたい。」


「……」


「だけど…彼女のこ…」


 このまま黙ってたら。

 早乙女は自分に言い聞かせるようにして、キスしないと思った。

 だから…あたしから、無理矢理早乙女の唇を塞いだ。



 早乙女の首に手を回して。

 長い髪の毛が腕にからまるのを感じてると…

 早乙女が、ためらいながらも、あたしの背中に手を回した。

 そして…ギュッと抱きしめられた。


 ああ…

 やだな…

 早乙女…

 あんた…キス上手いじゃん…



 兄ちゃんが言ってたの、思い出す。

 好きな相手なら、良く思えるって。

 …だったら、別にこれは上手いんじゃなくて…

 好きだから、そう思えるのかな…。


 長い、長いキスをした。

 この唇が離れたら、もう終わりだって知ってるから。

 だから…離れたくなかった。

 …きっと、早乙女も…

 だけど…

 どちらからともなく、唇が離れた。



「…ごめん…俺、理性ゼロだな…」


 早乙女はそう言って、首をがっくりさせた。


「…今から…彼女の所に?」


「うん…」


 …そうだよね。

 クリスマスだし…

 分かってて…キスしたあたしがバカだ。



「…行って。」


 …うそ。

 行かないで。


 ……なんて、言えない。



「……」


 早乙女は、無言であたしを見つめてる。


「…早く。」


「…ありがとう、泉さん。」


「……」


「俺、本当に…泉さんの事、大好きだった。」


 だった…か。

 過去形なんだね…。

 …そりゃそうだよ。

 アジアンビューティーの娘なんて、絶対美人に決まってる。

 打ちひしがれた早乙女を、立ち直らせて…成功させたんだ。

 …あたしからも、お礼を言いたい気分だよ…。



「…じゃ。」


 歩き始めた早乙女の背中に…振り返って言う。


「園!!」


 すると早乙女は、驚いたように振り返って…そして、嬉しそうな顔をした。


「初めて、名前呼んでくれたー。」


「園、頑張ってね!!」


「…うん。頑張るよ!!」


 早乙女が手を振る。

 あたしも、ブンブンと手を振りながら…


 さよなら、初恋。


 って。


 …少しだけ、笑えた。



 * * *


 〇早乙女 園


「はっ…はっ…」


 遅くなってしまった。

 音の家まで、あと何キロかな。

 実家に帰るよりも何よりも…まず、聖くんがセッティングしてくれた通り…泉さんと会った。

 聖くんに、どうか泉さんに告白させてやってくれと言われて…何とか、『好き』って言葉を聞き出せた。


 …すごく…すごく嬉しかった…。

 …まさか、キスまでするとは思わなかったけど…。



 音に申し訳ない気持ちは…もちろんある。

 だけど、墓場まで持ってくから。

 音の事、誰より大切にするから。

 そんな事を呪文のように唱えながら、音の家まで走り続けた。


 クリスマスに会えない事でケンカして。

 何とか都合をつけて帰って来た。

 正直…パリに行っている間、音と泉さん…二人の事を半々ぐらいで考えていた。

 …いや…

 泉さんの方が、少し大きかったかもしれない。



「メリークリスマス。」


 玄関のドアを開けて言うと、音は口を開けたまま。

 ははっ。

 可愛いな。

 俺の許嫁は。



 朝まで音と抱き合った。

 クリスマスプレゼントは、指輪。

 そして、婚姻届も書いた。

 俺と音は結婚する。

 それは、誰が見ても幸せな二人にしか見えないほど…俺と音は、最高の夫婦になる。

 一生、音を大切にする。

 いつも笑っていて欲しい。

 だから、俺は音の笑顔のために頑張る。

 …うん。

 きっと、幸せに…なれる。



 …隠し事は、あっても…。



 * * *


 〇二階堂 泉


「遅い。」


「無茶言うなよ…パーティー終わるまではダメって言ったろ?」


 電話で聖を呼び出した。


 今夜は…聖の誕生日。

 桐生院家では、恒例のクリスマスと誕生日パーティーが開催された。はず。

 華月と、華月のお母さんと、聖。

 三人の誕生日。

 華月は、まだアメリカだけど…


「さむっ。おまえ、ずっとここにいたの?」


「あんたが、こんな場所選ぶからよ。」


「馬鹿だな。移動すればいいだろ。」


「…何となく、賑やかなところには行きたくなかったから…」


 そう言って、石のベンチに座る。


「…聖。」


「あ?」


 隣に座った聖の顔を覗き込んで。


「…余計な事しやがって…!!」


「あたっ!!」


 頭突き。


「いっ…」


「てぇ〜…」


 二人して、額を押さえてうずくまる。


「何すんだよ…いってぇな…」


「あんた石頭過ぎ…」


「おまえが言うかな。」


「…聖。」


 立ち上がった聖に、ギュッと抱きつく。


「…どうした?」


「…ありがと…」


「……余計な事しやがって、が?」


「…いつも、あたしのそばにいてくれて…ありがと。」


「……」


 聖は無言であたしの腰に手を回すと。


「おまえがいて欲しいって言うなら、ずっといるよ。」


 ギュッと…あたしを抱きしめて言った。


「…いて欲しい。」


「…ほんとに?」


「うん。」


「俺の事、好きになれそう?」


「もう好きかも…」


「本気で?」


「…いや、どうだろ…」


「お…まえなあ…」


「うそ。本気で。」


「…証拠は?」


「……」


 あたしは聖から離れると、ちゃんと…聖の目を見ながら言った。


「…誕生日おめでと。」


「…ああ、サンキュ。」


「…プレゼント、何も用意してないから…」


「いいよ別に。」


「…あたしを、お持ち帰りする?」


「………えっ…?」


 聖の驚いた顔は、すごく…


「あはは!!変な顔!!」


「なっ…おまえ!!からかうなよ!!」


「からかってないよ。」


「…園と…ダメだったから、ヤケになって言ってんのか?」


「ううん。あたしの事…やっぱ一番分かってくれてるのは…聖だなって気付いたから。」


「……」


「…持ち帰らないなら、別に…」


「持ち帰る。」


 聖は力強くあたしを抱きしめて。


「て言うか…もう、ここでいただきたい。」


 キスをした。



 早乙女のキスと比べるわけじゃないけど…

 早乙女のは、優しくてあたたかいキスで。

 聖のキスは、強くて熱いキスだな…。

 なんて思った。



 …思いも寄らなかった。

 早乙女に抱きしめられて、キスして…

 …好きって…言えるなんて。



 …聖。


 あんたのおかげだよ。

 ほんと…お節介なんだから。



「…あたしの事、よく飽きずに好きでいてくれたね。」


 聖の肩に頭を乗せてつぶやくと。


「…見てて飽きねーよ。おまえは。」


 聖は少しだけ笑いながら、そう言った。

 物好きだな、聖。

 でも…

 本当…感謝の気持ちしかない。



「見てて飽きないなら、一生見てて。」


「…えっ?」


 聖はあたしの体を離して。


「今の…どういう…」


 驚いた顔であたしを見つめた。


 …聖の驚いた顔は…すごく…


 すごく、愛しく思えた。

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