第9話 「いつ引っ越すの?」
〇二階堂 泉
「いつ引っ越すの?」
「来週。」
早乙女に告白されて一か月。
もう…一人暮らしはいいかなって思えた。
兄ちゃんが…父さんと血が繋がってなくても。
早乙女の父の息子であっても…。
それよりも…
部屋に一人でいる時の孤独感が増した。
聖とは、あれ以来連絡も取らない。
偶然会う事もない。
早乙女とも…
当然、何もない。
自分で言ったクセに、傷付いた。
成功してから言え、なんてさ。
でも…あたし、密かに信じてるんだよね…
あたしを描いてくれた、あの絵…
そりゃ、個人的な理由が主だとしても、きっと早乙女は才能がある。
もし…それが叶えられたら…
あたしの中の塊も…なくならないかなあ…
それまであまり知らなかった、陸兄が所属するビートランドの事務所について調べた。
誰と誰がバンドメンバーで、誰が誰と付き合ってて…
興味のなかった事だけど…いつどこで誰とどんな出会い方をするか分からない。
だから、知っておこうと思った。
…間違いの、ないように。
それぐらい、あたしの世界は広くない。
「やっぱ泉ちゃんは本家に居てなんぼだよ。」
学校帰りに華月とバッタリ出会ったらしい紅美が、あぐらをかいて言った。
今日は、華月が『最後のお城訪問』と題して遊びに来た。
紅美は、そのオマケ。
「ま、仕事も本格的になってきたからさー。自炊とかしてる時間ないんだよね。」
「えっ、泉、料理してたの?」
自分も料理しないクセに、華月が目を丸くした。
「…してませんけどぉ…」
「あはは。泉ちゃん、食べ専だもんね。」
「くっそぉ…いつか必ず作れるように…って、まあコンビニもあるしねー。」
「もう…泉…」
女三人、くだらない話だけど、楽しかった。
華月は…車椅子。
リハビリを続けてるけど、まだ…立てるようにはならない。
最近は、彼氏とも上手くいってないのか…少し寂しそうな顔をする。
「週末の温泉、行くんだよね?」
紅美がワクワクした目で言う。
「行くよ。」
あたしも、紅美の顔を覗き込んで言う。
…大丈夫。
あたしには、仕事と…大事な親友と従姉妹がいる。
…そして…
また、家族に戻れる…家族がいる。
* * *
「はあ…」
実家に戻って…仕事もバリバリ頑張って…
だけど、もしかしてあたしが悪いの?なんて思いたくなるような事態が続いた。
まずは…
華月が渡米した。
…これは…喜ばないといけない事だ…って。
頭では分かってたけど。
向こうで一から出直す、って。
車椅子のままだけど、帰る頃には歩いてるかもよ、って。
…華月がそうしたのには、理由があった。
華月の彼氏…早乙女の兄が…華月のマネージャーと一線を越えて…妊娠させた。
その時のあたしの気持ちと言ったら…なんだよ、やっぱ親子かよ。みたいな感じだったと思う。
ただ…
父親は本気で愛した相手だったとしても…息子は、ただ手を出したって感じで。
華月は。
「あたし、ちょっとアメリカに逃げて来る。」
笑わなくていいのに…笑顔でそう言って旅立った。
七月にみんなで温泉に行った時、浮かない顔してたのは…そういうので悩んでたからなのか…
あたしがもっと頼りになるなら、華月も打ち明けられたのかな。
一人で抱え込んで、アメリカに逃げて来る。なんて笑わなくて済んだのかな…
それに追い打ちをかけるように…紅美が家出をした。
紅美は養女だ。
あたしがそう聞かされたのは、今年の春だった。
たぶん、紅美はその事実を知った、と。
普通に養女ってだけじゃない。
実の父親は…殺人犯だ。
それも、15人もの命を奪ってる。
何食わぬ顔で、普通に接していたはずだった。
だけど…紅美の家では少し事情が変わっていたようで…
麗姉の精神状態が…紅美を追いつめた。
麗姉は、紅美が大事で。
大事過ぎて。
ただ、それだけだったのに…
紅美が家出をした時、あたしの胸はひどく痛んだ。
あたしなんて…兄ちゃんの父親が違ってたって…
同じ母さんから生まれて、一緒に育って来たのに。
小さなことに悩んで、ひねくれてた自分を呪った。
紅美は…どんな気持ちで、どこにいるんだろう…。
相変わらず紅美は帰って来ないまま…年が明けて。
今度は…姉ちゃんが事故に遭って…記憶を失くした。
何だろう…
あたしの大事な人たちが、次々に運命に翻弄されてるような気がした。
聖には…あれから一度も会ってない。
姿も見かけない。
早乙女も…そうだ。
あたしの狭い世界の中でも、意識しなければ会わないもんなんだなと思った。
華月と紅美も…姉ちゃんまでいなくて。
あたしは一人だな…なんて思った。
兄ちゃんの許嫁で、敷地内に住んでる朝子がいるけど…朝子は…友達とは違うし…
身内みたいなもの。とは思ってても、実際そうじゃない。
朝子の事は好きだけど、兄ちゃんの許嫁…って事で、あたしは朝子を厳しい目で見てしまってるのかもな…。
「何、黄昏てる?」
リビングの窓際で庭を眺めてると。
兄ちゃんがあたしの頭をグリグリしながら言った。
「…みんな…早く帰って来ないかな…って。」
あたしが小さな声でそう言うと。
「…もうすぐ春だしな。いいニュースがあるといいな。」
兄ちゃんは、グリグリしてたあたしの頭をポンポンと叩いて。
「さ、現場行くぞ。」
スーツの上着を手にした。
「あ…」
兄ちゃんと現場に向かってる車の中。
あたしは外の景色を見て…つい、声を出してしまった。
「なんだ。知り合いか?」
運転してる兄ちゃんは、赤信号で停まって…あたしの視線の先をチラリと見た。
…聖。
女の子と…歩いてる…
「あ…あー、えと…桐生院の…」
あたしがしどろもどろに答えると、兄ちゃんは、もう一度ちゃんと視線の先を確認して…
「ああ、聖か。」
さらっと言った。
「……」
母さんと双子である陸兄が、聖の19歳離れた姉である麗姉と結婚してるから。
全く関係ないわけじゃないけど…
うちは直接桐生院家とは、付き合いはない。
…こんな家業だし。
小さい頃は、あたしだけ…華月と聖とで、陸兄んちに行って会ったりもしてた…事があるみたいだけど。
それは、紅美が持ってた写真で見たり。
あたしのかすかな記憶だったりで。
華月と聖は、何も覚えちゃいない。
兄ちゃんは去年から桜花に体育教師として潜伏してるけど…もう、聖は卒業してたし…
「…聖の事、知ってたっけ?」
しかも、聖って呼び捨てるほど?
気になったついでに…思い切って聞いてみる。
「え?おまえの彼氏だろ?」
「なっ…!!」
つい、大げさに驚いてしまった。
「違うよ!!なんでそんな事になってんの!?」
「違うのか?俺はてっきりそうなのかと…」
「なっなななんでっ!?」
あたしの剣幕に、兄ちゃんが笑った。
「一人暮らししてる時に、近くのスーパーでよく一緒に買い物してたじゃないか。」
「……はあ?」
み…見られてた!?
「それに、おまえがアメリカ行ってる時も、部屋の掃除してくれたり…」
「……」
「何回かお茶出してもらった。」
「……」
き…聞いてない…‼︎
「それでも彼氏じゃないのか?」
「…彼氏じゃないよ。それに、もう会ってないもん。」
あたしの言葉に、兄ちゃんは何か言いたそうだったけど…黙って車を発進させた。
…彼氏じゃないよ。
もしかしたら…そうなってくれた方が良かったのかもだけど…
あたしは、聖と一緒にいたいクセに、一緒にいると早乙女の事を考える。
一人で居る時は、聖と早乙女、二人の事を考えて…
早乙女と居る時は…
早乙女の事しか考えない。
それって、もう…あたしは完全に早乙女寄りだよね。
会わなくなったのに…あたしは、今も二人の事を考える。
聖、彼女できたかな、とか。
早乙女、絵描いてるかな、とか。
だけど…どっちかに傾くよりは…楽だ。
「兄ちゃんは彼女いないの?」
「彼女がいてもいいのか?」
「あ…そっか。朝子ね…」
許嫁か…
そう言えば…
SHE'S-HE'Sの中では、親戚になりたいがために子供達を許嫁にしようって話があってさ。
親同士がノリで決めたみたいだけど、うちは父さんがあたしを嫁にはやらないって、許嫁制度には参加できなかったんだよねー。
ちょっと残念。
って…紅美が言ってたっけ。
…早乙女にも、いたりするのかな。
許嫁。
* * *
〇桐生院 聖
「聖くんのバカ!!」
バシッ
「……」
あ…いたー…
なんなんだ、俺は。
気が付いたら、とっかえひっかえ、女作って。
だけど、本気になれないから…すぐ失敗をする。
で、こうやって嫌われて終わる。
一ヶ月前…
詩生の家に遊びに行って…たまたま、園の絵を見た。
そこで、泉が部屋に飾ってたのと同じ絵を見つけた。
つい…口を開けて見入ってしまった。
聞けば、園がプレゼントしたと言う。
それをソファーの下に置いてたり…飾ってたのに外してたり…
泉の好きな奴って、園なんだな…って思った。
すげーショックだったし…すげーイラついた。
こっちは本気で好きで、泉に会いたくて部屋に行ってたのに。
俺とはそばにいたいと思うクセに、好きにはなってない…とか。
好きなのは、園。
俺は、都合のいい男。
そんな括りでいられるかよ…
「はあ…」
なんなんだよ。
好きなら好きでいーじゃねーか。
兄貴と父親が一緒でも、泉と園は血が繋がってないだろ。
泉らしくねー。
真正面からぶつかっちまえばいいのに。
…とは言っても…複雑か…。
園に煽るような事言ったけど…あいつ、告白したかな。
部屋も教えたから、もしかしたら上手くいって…あそこで絵描いてたりな…
あー…
俺ってお人よしだー。
ま…泉よりいい女なんて、世の中にはわんさかいるわけだし…
……あれ?
「園。」
駅前の画材屋の前。
今にも寝込んでしまいそうな園が、しゃがんで何かを見てる。
「何して……おい、大丈夫か?」
園は…あきらかに怪しい顔付。
「あ…聖くん…」
「大丈夫か?顔…酷いぞ?」
顔を覗き込むと、目の下にはクマ…
いつもきれいにしてる髪の毛も、ボサボサ。
気付いてるのか、どうでもいいのか…自分で髪の毛踏んでるし…
「ああー…もう、五日寝てないし…食ってないんで…」
「えっ…おいおい、死ぬぞ?」
「死にませんよ…こんな事じゃ…」
園は勢いをつけて起き上がろうとしたが…
カクン。
また、しゃがみこんだ。
…だから、髪の毛踏んでるって…
「…絵が大変なのか?」
俺も隣にしゃがみこむ。
「…まあ…それも…あるし…」
「それも?」
園はチラっと俺を見て。
「……泉さんに、告りましたよ…」
うつろな目で言った。
「……」
つい、凝視してしまった。
だけど…
どう見てもこれは…成功例ではない。
「…色恋なんて…」
「え?」
「色恋なんて…成功して言えって…」
「…泉が?」
「…はい。」
そ…
それは残酷だろ!!泉!!
あの絵で成功するって…
悪いけど、一発で断り文句だってわかる…!!
「…諦めます。」
「え?」
「長い片想いでしたから…もう、いいかな…」
「お、おいおい…成功して迎えに行けばいいんじゃ?」
「……」
園は髪の毛を一つにまとめて、今度こそ頑張って立ち上がって。
「…ありがとう。でも、もう…いいんです。」
俺にぺこりと頭を下げて…ペタペタと歩いて行った。
「……」
さっきまで、もし園と泉が上手くいってたら…なんて考えてて。
もし、上手くいってたら、俺は何でもない顔をしながらも、少しはショックだったと思う。
だけど今は…
園を哀れに思い、泉に憎しみさえ湧く。
そして…そんな泉をまだ好きと思う自分に、呆れる。
ほんと、いい加減にしろよな。
泉。
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