第7話 「泉と行けるなんて、すごく嬉しい。」

 〇二階堂 泉


「泉と行けるなんて、すごく嬉しい。」


 電車の中、華月はあたしの隣でニコニコ。

 いつもしてた、あの変なメガネも…三つ編みもなくて。

 モデルをしてる、華月と変わらないわけで…。

 他の乗客達、さりげな〜く…華月に注目してる。


 …うん。

 だって、可愛いもん。

 華月、あんた本当…美人だわ…。



「…みんなと座らなくて良かったの?」


 あたしと華月は、車両の一番前にある、二人掛けの席。

 あたしが後ろを振り返って言うと。


「だって、本当に楽しみにしてたんだもん。泉が一緒に行けるって聞いて、夕べはちょっと眠れなかった。」


 華月は、頬を押さえてそう言った。


「…ほんとに、あたしと行けるからって眠れなかったの?」


「…どういう事?」


「彼氏みたいな人も一緒なんでしょ?」


 あたしが振り返って人を探すふりをすると。


「…そういう泉も…いつから聖と仲良しだったの?」


 あ。

 痛いとこ突かれた。


「な…仲良しって言うか…学校帰りにバッタリ、みたいな感じよ?」


「ふうん…」


「何よ…」


「泉と聖が結婚したら、泉はあたしの叔母さんになっちゃうのね。」


「ばっ…!!」


 あたし、つい立ち上がってしまった。

 そんなあたしを見た華月は。


「もう、泉ったら…冗談よ。」


 本当に…女のあたしでもメロメロにされちゃうような笑顔。

 ああ…どんな奴だろ。

 華月を彼女にしてしまうのは。



「ひゃっほー!!」


 辿り着いた旅先。

 聖が言うには、予定より莫大に増えた人数のせいで。

 簡保の宿の、大広間で雑魚寝ってパターンらしい。

 まあ…あたしは、そういうのでも全然いいんだけど。


 それよりも…

 誰が誰だか、分かんない。

 イトコの紅美くみがくは分かる。

 それから…紅美にベッタリの沙都さとも分かる。

 後は、華月と聖。


 …どれが華月の彼氏だ?


 集合場所にギリギリ到着したあたしは、自己紹介さえしていない。



 沙都が先頭になってはしゃいでる所を見ると…あの辺は、桜花の高等部の一年坊主とかだよな…きっと。

 う〜ん…

 新鮮だけど、やっぱ落ち着かない。

 知らない人が多い場所って、居心地悪いもんだな…。

 …それだけ、あたしって…今まで身内行事にばっかだったって事だよね…。



 あたしは…

 いずれ、二階堂で働く。

 命を懸けて、危ない任務とかにも出る事になると思う。

 兄ちゃんも姉ちゃんもそうだったけど、学生の間はひたすら勉強と基礎体力作り。

 自由に遊んでられる今の間に、色々楽しめばいいんだろうけど…

 あたしは兄ちゃんみたいに大勢で遊びに行く事も、姉ちゃんみたいに男友達に囲まれて遊びに行く事も、した事はない。


 …いつかは、会えなくなるかもしれない存在を、わざわざ増やす必要はない。

 どこかで、そう思ってたのかも。


 なのに…恋はしちゃうなんて、矛盾だ…。


 浮かれてる輩の声を聞きながらも、どこかブルーになる。

 浜辺で遊んでる沙都たちを横目に、華月がいる方向に足を向けた。


「泉。」


 呼ばれて振り向くと、聖。

 その隣で…


「沙都ーっ!転ばないでよーっ!」


 紅美が大声で叫んだ。


「おーお、何だかんだ言って、優しいねぇ。」


「だって、あいつが着てるブルゾン、あたしのなんだもん。」


 ……


 今の、誰?

 視線を、あたし達の後に向ける。

 そこには…華月と、整った顔の男。

 やだ…

 心臓が…バクバクする…


「…泉、あっちで写真撮ろうぜ。」


「…え?」


 突然、聖があたしを誘った。

 さりげなく振り向いて華月を見たけど、華月はその男と楽しそうに話してる。


「……」


 テトラポットまで無言で歩いて。

 あたしは…膝を抱えて座った。


「…せっかく来たのに、つまんない顔だな。」


 聖が隣に座る。


「華月の…彼氏ってさあ…」


詩生しお?」


「しお?」


「ああ。早乙女さおとめ詩生しお。DEEBEEってバンドのボーカル。」


「……」


 今…聖、なんて言った?

 早乙女…?



「…なんだよ。怖い顔して。」


「聖…あたし…」


 体が震える。

 あの人の声…兄ちゃんそっくりだった。

 二人を知ってる人には…分かってしまえるほどに…


「…大丈夫か?」


 聖が、あたしの肩を抱き寄せてくれた。

 あたしはそのまま聖の胸に体を委ねる。


「…泉?」


 あの人…早乙女の、兄貴なんだ…

 それが華月の彼氏なんて…


「…何か、辛い事があるなら言えよ。」


 あたしをギュッと抱きしめて、聖が言った。

 いつもみたいにふざけた声じゃなくて…


 頼れる、男の声だった。



「…誰にも…言わないでくれる…?」


 あたしが小さく言うと。


「…ああ。」


 聖も、小さく答えた。


「…うちの兄ちゃん…父親が…違うんだ…」


「……」


「それ知った時…すごくショックだった…」


「…おまえ、ブラコンだしな。」


「それだけじゃないよ…父さんの事も大好きだから…同じ血が流れてないって知って…それに、母さんが父さん以外の人の子供を産んだって事がショックで…」


 聖は体の位置をずらして、あたしをすっぽり抱きしめてくれた。


「あたし…全然気付かなかった…」


「普通、そういうのって隠してるんだろうからな…」


「ううん…兄ちゃんは知ってた…たぶん、姉ちゃんも知ってる。」


「……」


「相手の…男の人も、兄ちゃんが知ってる事…知ってて…」


「え?身近な人なのか?」


 胸が、ギュッとなった。

 身近…

 身近だよ…

 なんで、こんなに身近で…


「泉?」


「…華月の彼氏ってさ…」


「うん…」


「…兄ちゃんの声と…そっくり…」


「……え?」


 聖は何かに気付いたのか、少しキョロキョロとして。


「…詩生の…父さんが…?」


 低い声で言った。


「……うん…」


「って…え?不倫…」


「違うよバカ…まだ…高校生の時だったんだって…」


「……」


「高校生だったし…お互いの家柄とか…目指すものがあったから…って、結ばれなかった…って…」


「…でも、お母さんは…兄ちゃんを生んだ…と。」


「…うん…」


「…でもさ。」


 聖はあたしの背中をポンポンと叩いて。


「お母さん、苦しかっただろうな。」


 優しい声で言った。


「…え?」


「考えてみろよ。今の俺らぐらいの年でって事だろ?好きな奴とは結ばれない。だけど子供は産みたい。」


「……」


「普通さ、周りからはおろせって言われるよな。そんな中で産むって…相当な覚悟が要ったと思う。」


「…うん…」


「それに、違う男の子供がいるって知ってて、結婚したおまえの父ちゃんもさ…すげーよ。」


「……」


「何の不満があんだ?ん?すげー父ちゃんと母ちゃんがいて、父親は違っても、おまえの事すげー可愛がってくれる兄ちゃんがいて、美人の姉ちゃんがいて。全然文句ねーじゃん。」


「……」


「それとも、おまえはあれか?家族は全部が同じじゃないと気が済まねーって?」


「…そうじゃ…ないけど…」


 泣けてきた。

 すげー父ちゃんと母ちゃんがいて、あたしをすげー可愛がってくれる兄ちゃんがいて、美人の姉ちゃんがいて…

 そうだよ…

 あたしんち、最強じゃん…


「…よしよし。」


 聖はあたしの頭を撫でながら。


「もしかして、それで一人暮らし始めたのか?」


 少し笑った。


「うん…」


「馬鹿だなー。」


「うん…ほんと…バカだ…」


 聖は、あたしが泣きやむまで、ずっと頭を撫でてくれてた。

 憎たらしい奴だけど。

 あたし、いつも聖に甘えてる。


 もういい。

 好きって言ったの、忘れて。って言われたけど。

 あたしの事、好きでいてくれたらいいのにな…

 なんて。

 ちょっと、勝手に思ってみたりもした。



「また、何かあったらさ…すぐ俺に言えよ。」


「……」


「何でも聞くから。」


「………ありがと。」


 嬉しかった。

 好きとか、男とかいうんじゃなくて。

 ただ…

 聖がここに居てくれて。


 すごく…

 すごく、嬉しかった…。


 * * *


 〇早乙女 園


「な…な…」


 僕はその写真を手に、わなわなと震えた。

 先週、兄貴とチョコが小旅行に出かけた。

 企画は、華月さんの身内の聖くん。

 兄貴と仲が良くて、よくうちに来る人。


 小旅行は、僕にも話が来なかったわけじゃないけど…学校の課題も溜まってたし、公園にも…相変わらず足繁く通ってる僕は、その誘いを断った。


 だけど…

 チョコがテーブルに置いていた、その写真を見て…


「い…泉さん…」


 兄貴とチョコが、ピースサインで写ってる後の方に…海を眺めてる、泉さんが…

 他の写真も見たが、泉さんが写ってるのは、それだけ。

 …もしかしたら、一緒に行ったわけじゃないとか…?

 それならそれで、誰かと行った。って事になるから…


「……」


「あ、見てたんだ。」


 お風呂上りのチョコが、リビングでうなだれてる僕に言った。


「天気も良かったし、お兄ちゃんも来れたら良かったのにね。」


「…何人で行ったんだっけ?」


「え?んーとね…12人。」


 12人…


 僕は写真を見ながら、それとなく人数を数える。

 うちから、兄貴にチョコに…桐生院家が、華月さんに聖くんに…

 二階堂から紅美と学…朝霧家から、希世と沙都…

 それから、こういうイベントには行きそうにない…映さん。



「…このカッコいい人って?」


 さりげなく、チョコに問いかける。

 すらっとした、カッコいい男の人。


「ダリアのオーナーの息子さん。モデルなんだって。で、その女の人は妹さん。紅美ちゃんとバンドしてるんだって。」


「ふうん…」


 希世も紅美も同じ歳だけど、僕は中学からみんなと違う所に行ったから、ちょっと疎遠気味では…ある。

 親や兄弟がビートランド所属のバンドマンなら、何となくは分かるけど…こうしてみると、僕の交友関係って狭いなあ…



「……この人も、一緒に行った人?」


 数えた人数が11人とあって、僕は兄貴とチョコの写真の後にいる泉さんを指差して問いかける。


「え?あー…うん。あたしは一言もしゃべってないんだけど…」


 チョコは少しだけ、眉間にしわを寄せた。


「なんで?」


「うん…なんでだろ…ちょっと…近寄りがたい感じで…」


「……」


 確かに…泉さんには、そういう所があると思う。

 人を近付けないオーラと言うか…

 僕も…冷たい目で見られてたっけ…

 って、ずっとか…



「でも…聖くんの彼女かなって。」


「……え?」


 チョコの言葉に、少し反応ができなかった。

 …聖くんの…彼女?

 え?

 泉さんと…聖くん?


「あっ、分かんないよ?でも…なんか、ずっと一緒だったから…」


「……」


 …そりゃあ…

 泉さんほどの人に、彼氏がいないって…

 …バカだな。

 そんな事、考えもしなかった。


「…お兄ちゃん?」


「…え?」


「大丈夫?元気ないけど…」


「…ちょっと、徹夜続きで疲れてるんだ。」


「あまり無理しないでね?」


「ありがと。」


 自分の部屋に入って、ベッドに崩れ落ちるように倒れる。


 ああ…

 聖くんと…泉さん…か。

 うん…似合うよ…


 初恋…終了。



 * * *


 〇二階堂 泉


「マジあり得ね〜…」


 小旅行から帰って二週間。

 別に暇だからいいんだけど…なぜか…聖が毎日来る。

 夜は夜間工事のバイトをしてるらしく。

 昼まで寝て、午後からうちに来て…うちからバイトに行く。

 力仕事をしてるせいか、最近の聖は…ちょっと見た感じも力強い気がする。



「おまえ、全然写ってねーじゃん。」


 小旅行に持って行った、使い捨てカメラ。

 ようやく現像に出した。


「だって、撮る側だったんだから…写らないよ。」


「俺のカメラにも、ほとんど入ってなかったもんな。撮られるの嫌いなのか?」


「…まあ、あまり好きでは…ない。」


「なんで。」


「なんとなく。コーヒーおかわり要る?」


「ああ、サンキュ。」


 聖のマグカップを持って、キッチンに。


 …泊まったりするわけじゃないんだけど…いつの間にか、聖の物がこの部屋に増えた。

 まあ、聖って名前が書いてあるわけじゃないから分からないんだけど…

 華月にはバレちゃマズイ気がして、時々コソコソと隠したりする。

 …とは言っても、華月は旅行以来超多忙で連絡も取ってない。



 旅行は…早乙女の兄だけじゃなく…妹も来てて。

 もう、全然楽しむどころじゃなかった。

 聖はそんなあたしを察してか、ずっと一緒に居てくれた。

 周りからは、あたしと聖はデキてるって思われたかもしれないけど…この時ばかりは、そんなの気にしてられなかった。


 って言うか…それに助けられた。

 早乙女の兄とも、妹とも…出来れば、距離を取っていたかった。


 きっと、あたしはみんなの雰囲気も壊したと思う。

 だけど夜は紅美があたしを連れ出してくれて。


「泉ちゃん、人見知り激し過ぎ!!」


 って笑いながら…二人で、海岸を歩いた。


 華月と早乙女の兄は、どうなるんだろうね。なんて話しながら。

 紅美と沙都は、相変わらずなのか。なんて話しながら。

 あたしと聖はデキてるのかと聞かれて、あたしの好みは、今も兄ちゃんだ。なんて話しながら。

 これじゃ、相変わらず親戚の集まりと変わんないかもだけど。

 紅美には感謝した。

 で、もうあたしは二階堂以外の集まりには参加しない。と、紅美に宣言して…大笑いされた。


 …紅美っていい奴。

 ほんと…大事な従姉妹。



「…おまえ、なんだよコレ。」


 あたしがコーヒーを入れてると。


「何…あっ…!!」


 聖が手にしてるのは…

 早乙女の絵!!

 ソファーの下なんかに置いとくんじゃなかったー‼︎


「そ…それは…」


 コーヒーをテーブルに置いて、絵を取ろうとすると。


「あそこの壁に掛けたら?」


 聖は絵を手にしたまま、位置を確認して言った。


「…え?」


「この部屋殺風景だし。これ、すげー色使いいいじゃん。おまえっぽい。」


「……そう思う?」


「ああ。」


 そしてあたしは。

 聖の言った通り、その絵をソファーの上辺りに飾った。

 早乙女が描いたあたし…

 そう思うと、少しざわざわしたりズキズキしたりするんだけど…

 たぶん…あたしが公園に行かなきゃ会わない関係。

 あいつは、あたしの事なんて…もうどうでもいいんだ。

 携帯も、全然鳴らないし…


「…泉。」


「……」


「泉。」


「…え…えっ?」


 どれだけボンヤリしてたのか、聖がじっとあたしを見てる事に気付かなかった。


「家…帰ってないのか?」


「…う…ん…」


「強情だな。」


 聖は首をすくめてそう言って。


「今は二度とないんだぜ?後悔する前に、素直になれよ。」


 あたしの額をツン、と突いた。

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