第5話 「…あんた、何でここに。」
〇二階堂 泉
「…あんた、何でここに。」
マンションに戻ると、ドアの前に聖がいた。
「ちぃーっす。」
「ちぃーっすじゃないわよ…どいて。」
鍵を開ける。
「寒い。入れてくれ。」
「…バカじゃない?なんであんたを入れな…あっ!!ちょっと!!」
聖は勝手に部屋に入ると。
「あー、いいなあ。一人暮らし。」
そう言いながら、こたつのスイッチを入れた。
「て言うかさ、女子高生の一人暮らしの部屋か?これ。」
「…うるさい。」
あたしはコートを脱ぎながら、やかんに水を入れる。
「あ、俺コーヒーな。」
「知らない。」
「待ってて冷えた。」
「誰が頼んだのよ。」
「来てほしかったくせに。」
「勝手に言ってれば。」
最近…ずっと、胸がざわざわする。
…早乙女に抱えられて以来、それはますます大きくなった。
見た目老けてるクセに、あたしを抱えて走るとか…何なのよ。
顔を近付けたら、真っ赤になったクセに。
抱えるとか…普通しないでしょ。
転んだぐらいで…
「……」
「…何。」
ふと顔を上げると、聖が頬杖ついてあたしを見てた。
「おまえ、クリスマス何してる?」
「は?」
「どっか行かね?」
「行かないよ。何それ。あんた自分でモテるって言ってたクセに。」
「モテるけど、おまえが寂しいなら空けてやってもいい。」
「お気遣いありがと。でも全然寂しくないから。」
お湯が沸いた。
あたしは仕方なくマグカップを二つ用意して、一つにコーヒー。
もう一つに…悩んでやっぱりコーヒーにした。
あたしは、コーヒーが飲めなかった。
だけど、飲むようになった。
大人になりたい。
それだけの理由で。
「はい。」
コーヒーを入れてこたつの上に置く。
制服を着替えたいけど…聖の前じゃ着替えたくない。
「おまえ、帰っても制服のまんまなの?ジャージとか着替えねーの?」
コーヒーをすすりながら、聖が言った。
「なんでジャージよ。」
「イメージで。」
「ジャージ持ってないし。」
「泉。」
「…えっ…?」
突然…景色が変わった。
まずは天井…それから…目の前いっぱいに…聖。
「…な…何?」
こういう展開って言うか…シチュエーションに免疫がなさすぎる。
唇が重なってる事にも…なかなか気付けなかった。
って…
これって…キス…してるんだよね?
あたし、目開けたままだけど…
「…目つむれよ…」
唇が離れて、聖がそう言った。
「……」
言われるがまま、目を閉じると…また、キス。
…ん…うん…
なんで…あたし、聖とキスしてる?
でも…なんて言うか…
ふわふわして…いい気持ちになって来た…
聖、こういうのに慣れてるのかな…
角度を変えたり、上唇を甘噛みしたり…
ああ…なんだろ…変な気分…
早乙女も、こんなの…するのかな…
…って…
「バカっ!!」
あたし、急に我に返って聖を突き飛ばす。
「…いって…何だよ…」
「なっ…なな何でこんな事…」
「なんでって…おまえも拒まなかったし…」
「これ目当てで来たの!?」
「違うよ。」
「じゃあ何よ!!」
「…おまえと…居たかったんだよ。」
「…え?」
「おまえと、一緒に居たかった。」
「……」
聖が何言ってるのか、よく分からなかった。
「…コーヒー、こぼれた。」
あたしは立ち上がってキッチンに。
布巾を手にして…ようやくドキドキし始めた。
…あたしと居たかったって…
それに、さっきのキス…
ふわふわして…何だかおかしな気分になった。
「泉。」
聖があたしを呼ぶ。
「来いよ。」
「……」
行ったら…どうなるの?
さっきみたいに…キスして…それ以上いっちゃうの?
だいたい、聖…あたしと居たいって…あたしの事、好きなの?
あたしは?
聖のキス…受け入れたけど…
聖の事、好きなの?
「来いよ。」
もう一度、言われた。
あたしはー…
* * *
〇早乙女 園
「お兄ちゃん、いいの?せっかくクリスマスなのに。」
チョコと映画を見に行った。
それから、今は手芸屋で布地を見ている。
「それはチョコもだろ?僕と映画なんて。」
クリスマス。
結局…泉さんとは、あれから一度も会えなくて。
携帯にも…連絡する勇気がなかった。
兄貴は予告通り仕事で、父さんも事務所の盛大なパーティーに花を添えるらしく、久しぶりにフォーマルな格好をしてた。
母さんは家にいるって言い張ってたけど、父さんが一緒に行こうって強引に誘って。
二人で、腕を組んで出かけて行った。
「次はどんな服がいい?」
僕が着る服のほとんどが、チョコの作品。
手先が器用で、オリジナルの服をいくつも作ってくれる。
デザインも変わってて、僕はすごく気に入っている。
まあ、僕のイメージに合わせて作ってくれてるから、似合って当然なんだろうけど。
「チョコが閃いたものでいいよ。間違いないから。」
「もう、お兄ちゃん、ハードル上げ過ぎだよ。」
「いや、本当だって。」
いくつか布地を買って、外に出ると…
「さむっ。」
チョコが首をすくめた。
「マフラーして来なかったのか?」
「忘れちゃった。」
「家を出る時、あんなに言ったのに。」
チョコは体が弱い。
僕は自分のマフラー…これもチョコが編んでくれた物だけど…
マフラーを外して、チョコの首に回す。
「ありがと、お兄ちゃん。あったかい。」
チョコはそう言って、僕の腕に手を回した。
可愛いチョコ。
周りから見たら、シスコンって言われるのかな。
妹と腕組むなんて。
でも、うちでは昔から普通にある事だなあ…
「
「流れでそうなるかもな。」
「じゃ、あたし達だけチキン買って帰る?」
「ああ、そうしよっか。」
昔は、事務所のパーティーに一緒に行ったりしたけど。
今は、あの煌びやかな世界が少し苦手だ。
自分の家で、のんびり過ごしたい。
…って言ったら、爺臭いって言われるのかな。
「ドーナツもいい?」
「ドーナツ?ケーキじゃなくて?」
「えー、じゃあケーキも。」
「も、って。チョコ、贅沢だな。」
妹とではあっても、楽しいクリスマスを過ごした。
テレビを見て笑って。
泉さん、どんなクリスマスを過ごしてるかな…と。
そんな空想にふけって。
僕の16歳のクリスマスは終わった。
* * *
〇二階堂 泉
「……」
あたしは今、すごく冷たい顔をしてると思う。
通りの向こうに…早乙女がいる。
女の子と腕を組んで、楽しそうに笑ってる。
…何なのよ。
あたしの事、好きなんじゃないの?
どうして連絡してこないのよ。
わざと公園も行かなくしたのに。
気になんないの?
…ダメだ。
早乙女を見ると、気持ちがざわつく。
つい、イライラした顔になってしまう。
「……」
ポケットから携帯を取り出して、番号を押す。
…出ない。
何なのよ。
聖。
クリスマス空いてるかって聞いたクセに。
どいつもこいつも…
街になんて、出るんじゃなかった。
一人で部屋に居るのが嫌で…
帰って来ないのか?って、兄ちゃんから留守電があったけど…それも無視して。
あたし、なんだってこんな所で一人で…早乙女のデート現場なんて、見ちゃってんだろ。
ああ、嫌だ。
それでざわついて、好きでもない聖に連絡するとか…それもあり得ない。
来いよ。
そう言われても…あたしは行かなかった。
キッチンで布巾を手にして。
「拭いて。」
聖に投げた。
気が付いたら、知ってる存在だった。
偶然会って、話すようになった。
だけど、それを人に知られたくなかった。
何でだろ。
トボトボと部屋に帰ると…
「よ。」
部屋の前に…兄ちゃん。
「…いつから居たの?」
「ん?さっき来た。」
「…仕事は?」
「今は大丈夫。おまえ、連絡しても出ないから…ケーキだけ持って来た。」
「……」
「たまには帰って来いよ。」
兄ちゃんはそう言って、あたしにケーキを渡して…頭をくしゃくしゃっとして。
「じゃあな。」
手を上げた。
…ダメだ。
あたし、重症だ。
兄ちゃんの事、あんなに大好きだったのに…
父さんの血が流れてないってだけで…もう、遠くて仕方ない…
早乙女のせいで…あたし…
半泣き状態で、部屋の鍵を開ける。
時計を見ると、九時。
…さっさと風呂入ろ…
ここのお風呂は一人暮らしには贅沢な広さで。
あたしはバスタブにお湯を溜めると、前に姉ちゃんがくれたローズの入浴剤を入れた。
ああ…いい匂い。
チャプン。
バスタブの縁に足を上げて。
ゆったり気分で湯に浸かる。
あたしは、姉ちゃんとか華月ほど女子力ないし、自分を磨こうともしてない。
だから今まで男子に声をかけられるとかもなかったし…どっちかと言うと怖がられてた。
…だから、早乙女が声をかけて来たのも驚いたし…
聖がキスしてきたのも…驚いた。
モテなくったって。
彼氏がいなくたって。
あたしは、別にどうでも良かった。
家族が居れば、寂しくなんかないって思ってたから。
…だけど…
「はあ…」
今は…むちゃくちゃ寂しい…。
泣きそうになって、バシャバシャと顔を洗う。
ああ…のぼせそう。
もう上がって、ケーキ食べようかな…
ピンポン
…え。
誰。
こんな時間に。
ピンポンピンポンピンポン
えええ?誰よ!!迷惑だな!!
あたし、バスタオルを体に巻いて、そっと玄関をのぞく。
『泉!!』
…え?
聖?
『泉!!おい!!大丈夫か!?』
え?え?
大丈夫かって…何!!
あたし、慌ててドアを少しだけ開けて。
「ちょ…近所迷惑…」
「なっ…おまえ、いるんなら携帯出ろよ!!」
「いや、今お風呂入ってたし…」
「なんっ…だよも〜…心配して走って来たのに…」
そう言って、ドアの向こうに倒れ込む聖…
そう言えば携帯…バイブにしてバッグの底にあるんだ…
「え…えっと、とりあえず…」
着替えるから、待ってて。って言おうとしたのに。
「寒い。あっためて。」
聖は隙間に手を入れてドアを開くと。
勢い良く中に入って来て…あたしを抱きしめた。
「ちょ…ちょっと…きよ…」
強引に唇を塞がれる。
ああ、やだよ…
あたし、寂しいんだから…
こんなのされたら…
「…泉…」
…やだ。
聖、いつもと全然声違う。
なんか…色っぽくて…ぞくぞくする…
「あ…」
首筋にキスされて、つい声が出てしまった。
すると…
「やっ…!!」
いきなり、抱えられた!!
なんで今月こうなの!?
早乙女に、聖に…!
「俺…もう、無理っぽい…」
ベッドに降ろされて、聖が熱い目で…あたしを見て言った。
「…無理っぽいって…何が…」
「わかんだろ?」
「わかんない…」
「…わかれよ…」
「わかんな…」
キスされて…バスタオル…えっ、バスタオルは!?
あたし、裸じゃん!!
「やっ…タオル…」
「いらねーし…」
そう言って、聖も…服を脱ぎ始めた!!
ええええええ!!
ちょ…ちょっと待ってよ!!
って思うのに…
なんて言うか…
キスが…気持ちいい。
「あっ…」
やっぱり…つい、声が出る。
それを最初は恥ずかしいと思ってたけど…途中からは、どうでも良くなった。
って言うか…あたしが声出すと、聖がすごく色っぽくなっちゃって…
それが気持ち良くて、わざと声出したくもなった。
気が付いたら、胸揉まれて…お尻触られて…あそこに…手が伸びて…
一応、ギュッと足を閉じたけど…なんか、もう…おかしな気分にさせられてて…
「んっ…あっ…」
わざと出してるはずの声が…本気になっちゃって…
「…おまえ…すっげ…いい匂いする…」
おっぱい、舐めながら…聖が言った。
あっ…マジで…おっぱいってヤバい…
片手でクリクリされて…気持ち良くなり過ぎて…
「あっ…ダメ…聖…」
聖の髪の毛、ぐしゃぐしゃにしちゃうほど…あたしの理性、もう、ぶっ飛んでる…
あたしの…超少ない性教育の知識…では…
これは…セックスと言って…
お互いを好きな男女が……
…お互いを…好きな…?
「ねえ、聖…」
「…あ?」
「あたしの事…好きなの?」
「なんだよ…今さら…」
「…あたし…」
「何。」
「あたし…好きな人がいる…」
「……」
あたしの言葉に、聖は動きを止めた。
それまですごく気持ち良かったのに。
また…ざわざわした気持ちが戻って来た。
あたし…今、なんて言った?
好きな人が…いる?
…誰、それ。
* * *
「…はあ…」
テーブルに肘をついて、グラスの中の氷をストローで突いた。
年が明けて、新学期が始まって二週間。
クリスマスからずーっとざわざわモヤモヤした気持ちのまま…あたしは正月も実家に帰らず、一人で部屋で過ごして。
時々様子を見に部屋の前に立ってる兄ちゃんと、一言二言交わすぐらいで…特に誰とも関わらなかった。
親友の華月も…モデル業が忙しくて。
…それ以前に、華月に相談なんてできやしない。
ほかならぬ…華月の身内の事なんて…。
「…で。」
「……」
「おまえは、誰が好きなんだよ。」
「…だから、それが分かんない。」
「はあ?」
「好きかどうかも分かんない。」
「…おまえが好きな人がいるって言うから…俺は蛇の生殺しみたいな気分で帰ったのに?」
あの夜。
聖は…
「好きな人がいる。」
そう言ったあたしを呆然と見つめて。
「…帰る。」
最後までせずに…帰って行った。
「…だって、あの時は…ふとそんな言葉が出ちゃって…」
「俺の事はどうなんだよ。」
普段は来ることのないDってお店。
ここは星高の生徒のたまり場だ。
たまに、桜花の派手な子達の姿も見える。
チャラチャラした音楽が流れてて、椅子はなくてテーブルだけ。
出会いを求めてくる輩が多くて、なんだか落ち着かない。
だけど今のあたしには、ここでいいやって思えた。
「…どうなんだよって?」
「俺は、おまえの事好きって言ったぜ?」
「…本当なの?」
「嘘ついてどうすんだよ。」
「…だって、聖の今までの彼女って、あたしと全然タイプ違うし。」
「そりゃあ…でも、好きになるってそんなもんだろ?タイプなんか関係ない。好きになった子がタイプなんだよ。」
「……」
「…全然嫌そうじゃなかったから…イケると思ったじゃないか…」
「…だって…」
「何。」
「…なんか…初めての事だらけで…ちょっとふわふわしちゃって…」
「……」
「……」
「て言うかさ。なんでこういうのを当事者である俺に相談するわけ?」
聖は頭をくしゃくしゃにしながら。
「普通さ、ダチとかに相談すんじゃね?で、気持の奥の方の事を引っ張り出してもらってさ、ああ、あたし、聖の事好きなのかもって気付くとか。」
「なんで聖が好きかもよ。」
「だからそれは例えで。もー…なんか、俺へこむわ。」
「…え?なんで…?」
「…男として見られてない感たっぷりじゃん。」
「…だって、華月に相談しろって言うの?」
「う。」
あたしがそう言うと、聖も眉間にしわを寄せた。
…どうやら、聖も華月には何も言ってないようだ。
「あっ、聖くん?」
ふいに、あたしの背後から声がかかった。
振り向くと、桜花の制服。
「おう。」
聖が斜に構えた感じで短くそう言った。
「ちょうど良かったー。英語のテスト範囲さあ…」
テスト範囲って事は…同じ年か…
「あ…彼女?」
その子はあたしを見て、遠慮がちにそう言った。
違うよ。
そう、あたしが言おうとすると…
「違う。ただの友達。」
聖が早口に言った。
「……」
な…
何だろ。
今…ちょっと…ズキッとした。
「あ、そっか。お邪魔しちゃ悪いと思って。」
「いいよ。何。英語のテスト範囲?」
「うん。できれば英語と現国…」
「オッケ。明日まとめたやつ渡す。」
「いつもありがと。お返しはいつものでいい?」
「おう。サンキュ。」
「じゃあね。」
女の子が帰って行って、聖はグラスに残ってるジュースを飲み干した。
「…お返しって?」
「は?」
「いつものお返しって、何?」
別に…こんなの気にしなくていいじゃない。
そう思うのに…
聖は…何だか少し冷たい顔であたしを見て。
「…キス。」
って言った。
「…え?」
「テスト範囲の要点まとめたプリントを渡したら、キスしてもらってんだ。」
「……」
「…って、冗談だよ。売店で人気のパンを……泉?」
なんだろ…なんなんだろ…あたし…
涙が…
「…何。」
聖はカバンの中を探って、タオルを差し出した。
「…要らない。」
「…なんで泣いてんだよ。」
「…分かんない。」
「おまえは…自分の事なのに分からない事ばっかなんだな。」
聖は小さく溜息をつくと。
「…もう、いいよ。」
タオルをカバンにおさめて。
「好きって言ったの、忘れてくれ。」
「…え…」
「こんなに煮え切らない泉、見ててイライラする。じゃあな。」
「……」
泣いてるあたしを置いて…聖は帰って行ってしまった。
煮え切らない泉、見ててイライラする。
…そんなの、あたしだってそうだよ。
自分で分からなくて困ってるのに。
なんで、そんな事聖に言われなきゃいけないのよ。
ただの友達。
好きって言ったの、忘れてくれ。
…何なのよ…ほんとに…
あたし、何やってんのよ…。
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