ホワイトデーのお返し

流布島雷輝

第1話


「先輩!!ホワイトデーのお返しです!受け取ってください」


 帰り支度を終えて教室を出ようとしたとき、後輩である羽澄百合音はずみゆりねに呼び止められた相内瑞希あいうちみずきは、突然目の前に差し出された包み紙に困惑していた。


「それ何?」

「ですから、ホワイトデーのお返しです」

「いや、私達、女同士よね」

「はい、そうですね」

「おかしくない?」

「昨今ではLGBTの権利も認められるべきだという話も世界的に広がってるんですよ。だから私が先輩を好きでもなにもおかしくないのです」


 たしかに百合音の言う通りなのかもしれない。が、それ以前の問題がある。


「そもそも、私、貴女にチョコレートなんて渡した記憶ないんだけど」


 そもそも誰かに渡した覚えがない。というより渡していたなら今ここで今困惑する理由もないだろう。だから、ホワイトデーのお返しが帰ってくる通りがないはずなのだが。


「私ももらった記憶はありませんね」


 百合音もあっさりと肯定する。


「じゃあ、なんで渡してもいないチョコレートのお返しが帰ってくるの?普通はお返しって渡したものに対するものじゃない」

「それはもちろん、私が渡したいからですよ。決まってるじゃないですか」


 何か不思議なことがあるのかといった様子で百合音が首を傾げる。


「だって普通は……」

「世間一般の普通に縛られないのが私の良いところだと思います」


「じゃあ、そもそも、なんでバレンタインにチョコレートをくれなかったの?そっちの方が自然じゃない?」


 女性がプレゼントを渡す日といえば、普通はホワイトデーではなくバレンタインデーの方だ。

 百合音も性別は女なのだから、バレンタインにチョコを贈るのが自然だろう。


「あー、それはですね。深い事情があったんですよ。実は、前日、バレンタインチョコレートとして先輩の等身大彫像を作ろうとしたんですけど」

「えっ!?何してるの!?貴女!?」


 初耳だ。というか、そんなものをもらっても困る。自分の等身大チョコなんてどうしろというのだ。


「私からの先輩への愛を表現するにはこれしかないなと思ったんです」


 たのむから、普通のチョコにしてほしい。瑞希は心からそう思った。


「それでですね。部屋で夢中になってチョコの彫像を作っていたら、バレンタインデーを過ぎてしまっていたんですよ」

「そういえば、あの日、貴女学校にいなかったわね……」


 どうりでバレンタイン当日、百合音の姿を見た記憶がなかったはずだ。

 あの時は、体調不良か何かで欠席したのかと思ったのだが、そんな事情があったとは。

 そんなバカなことをしていないで、ちゃんと授業に出てほしい。


「流石にバレンタインを過ぎてから、渡すのもよくないかなと思ったので先輩には渡さなかったんですよね。とても残念です。先輩の麗しき御姿を再現した自信作だったのですが。あっ、ちなみに、あのチョコレートは、私が責任もって食べましたので、安心してください」


 何も安心できないし、間に合わなくてよかったと心から思う。


「で、反省したんです。どれだけ愛情をこめても当日に渡せないと意味がないなと」


 もっと早く気付いてほしかった。無駄な労力を使わずに済んだだろうに。


「ですから今回はごく普通にクッキーを作ってみました。自信作です。受け取っていただけますか?」

「別に構わないけど、変なものは入ってないでしょうね」

「流石にそんなことをしませんよ。心外です。そんなことをする人間に思われてたんですか?」

「ごめんなさい。確かに根拠もなく疑うのはよくなかったわ」


 百合音から包み紙を受け取って、瑞希はそれを開く。確かに中身はクッキーだ。

 瑞希はその中の一枚を口に放り込んだ。


「おいしい」

「お口にあったようなら、よかったです」


百合音の表情はとても嬉しそうだった。


「けど、貴女の気持ちこたえられるかといわれたら微妙なところよ」

「それでもかまいません。私の気持ちを伝えたかっただけですから。それに」

「それに?」

「先輩が卒業するまでに、私に振り向かせて見せますから。」

「そう」


「それではまた明日」

「ええ、また明日」


 手を振りながら、百合音は教室を出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホワイトデーのお返し 流布島雷輝 @luftleiter

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ