私の野菜を食べなさい! ー異世界野菜を美味しくお料理ー

秋田川緑

ベジタブル1 ランナー・ヤム(お芋ステーキ)

「うわーん! 助けてください、部長!」


 授業が終わった午後4時。

 ここ只野ただの中学校、料理部の部室である家庭科室では助けを求める少年が出没する。

 名は犬山。中学二年生にして身長160cm。

 学力、体力ともに平均値、女子の人気はそこそこだが特に目立たない少年である。


「どうした犬山。また面倒事か?」

「そうなんです、聞いてください部長!」

「良いだろう。可愛い部員の頼みだ。言ってみろ、犬山」


 迎え撃つのは料理部部長の猫川さん。

 身長140cm、只野中学三年生。

 学力はトップレベル、体力は平均以下。

 得体のしれない秘密をいくつも持つチビッ子で、あだ名は『魔女』である。


「今度の体育祭、リレーの選手になってしまったんですよ! 俺、足が遅いのに、やる人がいなくてみんなが困ってたから立候補してしまって!」

「相変わらずのお人よしか! 良し、これを食え!」


 猫川さんはおもむろに鞄を持ち上げると、中から毛の生えた異様な芋を取り出した。


「食えって、その芋をですか? すっげぇ毛むくじゃらじゃないですか!」

「そう、これはただの芋ではない。これは私の故郷の国で採れる魔法の作物である!」

「そんな毛だらけの芋、食うの嫌ですよ! だいたい魔法って何ですか!」

「魔法の作物は、魔法の作物じゃい! ホントだぞ? 嘘じゃないぞ? スマホで検索かけてみろ!」

「俺のスマホ、充電切れそうなんで。って言うか、検索して出るもんなんですか?」

「出るかもしれないだろ! ホントに魔法の作物なんだから!」


 ホントである。

 何を隠そう、この料理部部長の猫川さんはただの中学生ではない。

 剣と魔法のファンタジー世界からやって来た、異世界人なのである!

 年齢も本来は36歳。

『ロリババア』と言うジャンルがあるのならば、猫川さんは『ロリおばさん』とも言うべきジャンルに属する存在なのである。


 このロリおばさん。元居た世界では魔法食物学科を首席で卒業し、独自の薬学理論へと発展させた天才。理論だけならば右に出るものがいないと言う伝説の女。

 それがなぜチビッ子の姿なのかと言うと、若返り効果のある作物の実験に失敗し、若くなりすぎてしまったのだ。


 そして、なぜ中学生として別の世界の中学校に在籍しているかは話すと長くなるので省略するが、とりあえずはこれが魔女と呼ばれている猫川さんの正体なのである。


「信じれば魔法だ! とにかく食うのだ、犬山!」

「嫌って言ってるじゃないですか!」


 警戒する犬山少年。


「だって、部長の野菜を食べると、毎度毎度、ろくなことにならないじゃないですか! 第一、俺、野菜が嫌いっていつも言ってますよ!」

「料理部だろ! 芋くらい好きになれよ!」

「肉があれば良いんです! ステーキ、焼き肉! タンパク質最高!」

「そんなに肉が良いか! って言うか野菜が嫌いだったら何で私を頼ってんだ! 野菜は私のアイデンティティーだぞ?」

「いや、部長って色んな事知ってるし、頼りになるじゃないですか。だから、走り方とかレクチャーしてくれるかなって」

「なっ」


 顔を赤らめる猫川さん。

 頼られるのは嬉しいらしい。


「走り方、教えてくださいよ。それだけで良いんです」

「走り方……」


 専門外の知識ではあるが、腐っても36歳である。

 むろん、その辺の知識も持っている。が、しかし!

 それを話して良しとするのは、彼女のプライドが許さない!


「そんなもん教えるか! 良いから黙って食えや! 私の芋をよ!」

「嫌ですって! 大体、芋だけ出されても困りますよ! 生で食えってんですか?」

「何だと? おい、犬山。ここはどこだ? ――そう、調理器具の揃った家庭科室だ! そして我々は料理部である! 料理とは物質を加工して、美味しく食べれる物に変える魔法! 錬金術! それが料理だ! そんなに芋を食うのが嫌なのなら、こいつをお前好みのめちゃ旨料理に変えてやろうじゃあないか!」


 猫川さんは芋を掲げた。

 毛だらけの芋は、とてもこの世の物とは思えない雰囲気がある。

 猫川さんは笑った。


「くっくっく! ケーッケッケッケ!」


 どこからどう見ても魔女だった。


「怖いですよ部長! やっぱり、そんな得体のしれない芋は食べたくないです!」

「これは得体が知れている芋だ! 私の後輩が経営している農園で採れたものだからな! 名をランナー・ヤムと言う!」


 ランナー・ヤム――異世界では強壮剤の材料にもなる栄養価の高い芋である。

 ヤムと言うのは向こうの世界での芋の名前で、こっちの世界でもヤム芋と言う芋があるが、まるっきり別種の芋だ。

 何しろ、このランナー・ヤム、食べると足が速くなる魔法の芋なのである。

 風のマナを中心とした魔法元素の奇跡のバランスが芋に魔法の力を蓄えさせ、その魔法は食べた物の筋肉に作用し、普段の何倍ものスピードで走ることを可能とさせるのだ!


「良いか? この芋が自生している場所にいた爬虫類は、この芋を掘って食べていたおかげで、恐ろしいスピードで走る生物へと進化した。まさに大自然の神秘! ランナーと言うのは、英語で『走る者』と言う意味なのだろう? だから、この世界で私はこいつをランナー・ヤムと呼ぶことにしたのだ!」

「部長の作り話なんてどうでも良いですよ! 第一、そんな毛むくじゃらの芋、どうやって食べるって言うんですか? って言うか、それ、ほんとに芋なんですか?」


 今更である。

 いや、毛はめちゃくちゃ生えてはいるが、その本体は細長いジャガイモや、小ぶりのサツマイモにも見えるのだが。


「ふん! 思い知るが良い! 私が料理の技術もスペシャルだということを!」


 猫川さんは芋を洗い場に持って行くと、タワシを手にした。


「まず、犬山が気にしている毛はここで綺麗にします!」

「あ、はい」


 ごしごしと、擦る。

 ややあって、洗い場に大量の毛が流れた。


「見たまえ! このツルツル具合を!」

「おおー! これは芋ですね!」

「そうだ! 間違いなく芋だろう、犬山! ハッハッハ!」


 そこにあったのは、まごうこと無き芋だった。

 続けて猫川さんは包丁を取り出す。

 猫川さんお気に入りの包丁だ。


「クックック、見たまえ、犬山! 今宵の虎徹こてつは血に飢えておる……!」

「虎徹って……ッ! 元から家庭科室にあった普通の包丁じゃないですか!」


 まな板の上に芋を載せると、斬る。

 ザク、ザクっ約7mm間隔で輪切りに。

 猫川さんは、そうして出来た芋たちに香辛料と粉をまぶした。


「小麦粉と、コショウ。それから魔法のスパイスを……ウム! これで芋の準備は完璧だ!」

「部長、何を作るんですか?」

「お前の好きなステーキだよ、犬山! 芋ステーキだ!」


 コンロのスイッチがオン!

 熱したフライパンでバターを溶かし、芋たちは熱く香ばしい鉄のステージでこんがりと焼かれ始めた!


「う、うおお、良い香り……!」

「芋とバターの相性は最強だ! もう二度と野菜が嫌いだとは言わせんぞ!」


 裏返しながら焼くこと10分。

 取り出した芋を、さらにオーブンレンジへ。


「ここで火を通している間にソースを作ります。そう、この芋を焼くときに使ったフライパンでな!」


 ランナー・ヤムは火を通すと、肉汁とも言うべき芋汁を出す。

 これは各種ミネラル他、上質な植物性蛋白質と脂質が含まれており大変美味である。


「くっくっく! この国に来て本当に良かった! 芋汁バターに醤油とみりんだぞ……! ケーッケッケッケッケ!」


 踊る炎。フライパン。笑う猫川さん。

 その様は、どこからどうみても魔女だった。


「出来たぞ! さぁ、犬山! 熱いうちに食うのだ!」


 お皿に盛りつけた芋にソースをかけると、それは見事な芋料理が完成した。


「お、おおー、なんか野菜感はあんまり感じませんねー」

「そうだろう。騙されたと思って食らうのだ!」

「はい。いただきまーす」


 おずおず口にする犬山。

 果たして、その味は……


「う、うーん。なんか、食べると野菜ですね。こりゃ芋だ」

「当たり前だろう! 芋だからな!」

「もぐもぐもぐもぐ。うーん」


 露骨に嫌な顔の犬山。

 そこまで野菜が嫌いなのか。

 と、その時、不思議なことが起きた。


「おっ、おっ、何だか、足が勝手に動いてるんですが」


 犬山の脚が、たんたんとリズムを取り出したのだ。


「何だか走りたくなってきました!」

「うむ、ランナー・ヤムの効果だな。ちょっと、その辺を走ってこい!」

「はい!」


 家庭科室を飛びだす犬山。

 夕暮れの家庭科室に、少年を見送った少女の小さな背中。

 そう、実はこの猫川さん。好きな男性のタイプは年下。ショタコン・ロリおばさんである。


「全く、私も厄介な奴に惚れた物だな。これで野菜が好きになってくれればいいのだが。……ふへへ、本来なら色んな人に怒られる年の差だけど、この体だしオッケーだよね。っとと、着信か」


 世界間通話機器。

 異世界との通話を可能とする特殊デバイスである。

 どうやら農園を経営している後輩からのようだった。


「なんだ?」

『先輩。先ほど送った芋なんですけど』

「あれか。どうした?」

『私の農園で作ったあの芋、ちょっと問題があったみたいで。他のうねの芋は大丈夫だったんですけど、何でなんだろ。マナの配合がまずかったのかな』

「問題?」

『そっちの調味料と相性が悪いって検証結果が出たみたいで。そっちの世界のコショウで料理した物を食べると、足が止まらなくなって暴走状態になります』

「なん、だと」


 今度はスマホの方が着信を告げた。

 犬山からだった。


『ぶ、部長! 足が止まりません! これ、どうやって止まるんですか!』

「い、犬山! 今、どこだ!」

『わかりません! 何だか、信じられないくらい早く走れてるんですけど、今、どこを走っているのかも……! ああ、スマホのバッテリーが! 充電が切れる!』

「ま、待て! 犬山!」

『部長! たすけ……』


 通話は切れた。


「ち、ちくしょう! 今助けに行くぞ、犬山ァーッ!」


 猫川さんはすぐに鞄から各種魔法の野菜を取り出した。


――


 その夜。猫川さんは遠く離れた埼玉県、秩父の山奥で犬山を発見する。

「芋、怖い。野菜怖い」と呟く彼は、ますます野菜嫌いになっていたのだった。

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私の野菜を食べなさい! ー異世界野菜を美味しくお料理ー 秋田川緑 @Midoriakitagawa

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