第10話 「くっそぉ…」

 〇王寺善隆


「くっそぉ…」


 俺は、フツフツと沸き上がったまま、静まることのない怒りを抱えたままだ。

 あの男…

 よくも…よくも!!


 あれは、一ヶ月前。

 好美に会いたくて…家の周りをウロウロしてしまった。

 だけど結局は、あいつと一緒に帰って来た好美を見て…

 さらには、俺が贈るはずだったコルネッツのクッションをプレゼントされている好美を見て…

 最悪なのは…

 二人のキスシーンまで…


 その後、打ちひしがれていた俺の耳に飛び込んできたのは…好美のお兄さんの言葉。


『家の周りを不審な男がウロウロしてたから、警察に通報…』


 あいつ…俺がいたのを知ってやがったな!!


 めでたく桜花の大学に合格したものの…好美と別れた今、それさえ残念に感じてしまう。

 それに追い打ちをかけるように…


「あたし、女優になる夢を追うから、さようなら。」


 そんな夢、いつからあったんだよ。

 て言うか、病気は?

 まさか、浅香 音が言った通りなのか?


 て事で…

 亜由美ちゃんも、俺から去って行った。

 ついでに、あんなにいた取り巻きも…俺が卒業すると同時に、新しい誰かを見つけたようで。

 気が付いたら…俺は一人ぼっち…



「…はあ…」


 つい、溜息をついてしまった。

 家にいると気が滅入ると思い、外出したのはいいけれど…どこに行く気だ俺。

 足は勝手に…好美の家の方向へ…


「………あ。」


 足が止まった。

 今…俺を追い越した車…


 あいつの車だ!!

 しかも助手席に…誰かいる。

 まさか、好美!?


 * * *

 〇朝霧好美


「あれ、もしかして今追い越したの、あいつだな。」


 映ちゃんがルームミラーを見ながら言った。


「え。」


 あたしは振り向こうとして…


 キッ。


「…え?」


 突然、映ちゃんがブレーキを踏んで車を停めた。


「ど…どうして停まるの?」


「んー、何となく。」


「ちょ…」


 映ちゃんは車をバックさせ始めて。

 あたしの気持ちとは裏腹に…車は善隆に近付いて行く。


「やっやめてよ!!」


「なんで。いーじゃん。」


「いーじゃんって…やっやだ!!あたし、まだ全然心の準備も…!!」


 あたしが大声でそう言うと。


「久しぶり。」


 車が停まって…映ちゃんはあたし側の窓を開けて…言った。


「……」


「……」


 窓の外から返事はない。

 あたしは映ちゃんの方を向いたまま、外には振り向きもせず。


「何してんの、こんな所で。」


「…散歩みたいなもんです。」


 善隆の声…久しぶり…


「散歩?君んち、この辺なの?」


「そ…それは…」


 …そうだ。

 なんでこんな所にいるの?

 あたし…少しだけ善隆の方に顔を向ける。

 すると…

 見慣れた銀縁のメガネはなくて…なんだか、ゲッソリしてる善隆がそこにいた。


「……」


「……」


「あのさ、俺とコノちゃん」


「好美、聞いてくれ。」


 映ちゃんが何か言い始めた途端、善隆がそれを遮った。


「俺、バカだった。同情なんかで…好美を傷付けた。」


「……」


「本当にごめん。でも…これだけは信じて欲しい…」


「……」


「俺、今でも…好美の事、好きだ。」


「おーい。何勝手なこ」


「何よ今さら。」


「……」


「本当にそう思ってるなら、どうしてもっと早く来てくれなかったの?」


 自分の事は棚上げ。


「そ…それは…」


「善隆の好きなんて、軽すぎて伝わらない。」


「なっ…じゃあ、どうしたら信じてくれるんだよ。」


「…そんなの、自分で考えなさいよ。」


 隣で、映ちゃんが鼻で笑ったような気がした。

 あたしも…自分で考えられなかったクセに。


「…ったく…どいつもこいつも…」


 映ちゃんは車から降りて善隆の手を引っ張って…


「なっ何するんだよ…」


「いいから乗れ。」


 後部座席に、押し込んだ。


「……」


「……」


 そしてあたしと善隆は。

 無言のままで、一時間近く走る車に揺られて。

 何やら楽しそうな顔をしてる映ちゃんに…


「じゃあなー。」


 人里離れた寂しい場所で、車をおろされた。



 * * *

 〇王寺善隆


「じゃあなー。」


 な…

 なんなんだ!!

 いきなり東映に車に押し込まれて、いいように連れて来られてしまった知らない土地。

 俺と好美は状況に呆然と…

 してる場合じゃない!!


「こ…ここ、どこだろ…」


「そんなの…あたしに聞かれたって…」


 はっ…好美を不安にさせちゃいけない!!


「よ…よし、あっちに歩いてみよう。」


「…あっち?あっちに何があるの?」


「いや…分からないけど…」


「……」


「…あっちの方、空が明るいから街なのかも。」


「…うん…」


「ゆっくり…歩いて行こう?」


 そう言って、好美に手を差し出すけど…

 好美はそれに気付いてないフリなのかどうか…さっさと一人で歩き始めた。


 こんな状況だけど…二人きりにしてくれた東 映には感謝したい。

 何とか…好美に気持ちを伝えたいし…自分がしてしまった事、謝りたい。



「待てよ、好美。」


 後ろから手を取ると。


「…やだ。離して。」


 低い声。


「…嫌だ。離したくない。」


「……」


「あの子とは…別れた。」


「……」


「って…まあ…付き合ってるみたいな空気も、さほどなかったけど…」


「…キスしたり、ホテル行ったりしたのに?」


「それは…どう言われても仕方ないけど、でも…俺、あの子とはできなかったし…」


「……」


 好美の反応を見るも…まさかの無反応。

 できなかった!?してないの!?って言われるかなと思ったのに…


「好美に、早く結婚できるなら俺じゃなくていいって言われたの…ショックだった。」


「…何よ、あたしのせいだって言いたいの?」


「本当に、早く結婚できるなら…俺じゃなくていいの?」


「……」


 好美は俺の顔を見ない。

 ひたすら進行方向を見つめたまま。


「…そっか…」


 もう、望みなんてないんだ。

 好美が欲しいのは、俺じゃなくて…早く結婚できる相手。

 諦めるしかない…

 そう思って、無理矢理繋いでる手を離そうとすると…


 ギュッ。


「…どうして…ケンカで、すぐ他の女の子の所に行っちゃうの?」


「え……」


「できなかったって言っても…ああ、善隆は同情でホテルに行っちゃう人なんだなって思ったら…あたしとも、傷付けたからって同情で戻るんだろうなって。」


「ちっ違うよ!!そりゃあ、確かに…同情でホテルには行ったけど…でもやっぱりそれは違うって気付いた。だから俺…ずっと…」


「……」


「…ずっと…」


「ずっと…何よ。」


「…恥ずかしいけど…」


「何。」


「…ホテルに入ってから…ずっと泣いてた…」


「…は?」


 ああ、こんな告白をするなんて…男として、どうなんだって思うけど。

 好美を傷付けた。

 だったら、恥ずかしい想いを告白するのなんて…大した事じゃない!!



「…好美を抱きたかった、なんで俺、こんな所に違う子といるんだって思ったら…泣けて…」


「……」


「だから全然…その…俺ができるような状態にならなくて…」


「……」


「あの子は…俺があの子の病気の事を気にして泣いてると思ったみたいで…」


「……」


「……ごめん。」


「…バカじゃないの…」


 好美の小さな声が聞こえて来た。


「…うん…本当に…バカでごめん…」


「…違う。あたしが。」


「…え?」


「あ。」


 俺が好美の顔を覗き込むと、前を向いていた好美が足を止めた。


「え?」


 好美の視線を追って前を見ると…


「……」


 目の前に広がる…いくつものラブホテル…



 * * *

 〇朝霧好美


「……」


 こっちの空が明るいはずよね。

 こんなにラブホテルが並んでるなんて。

 …こんなシチュエーションで…ホテルを前にして…

 善隆、どうするの?


 映ちゃんにあれだけ諭されたのに。

 善隆を前にすると…どうしても素直になれないあたし。

 あの子とホテルに行った事…もう、どうでも良くなってきてる。

 悔しいけど、腹が立つけど。

 それでも善隆が好きなんだもん…

 それに…

 あたしの事を考えて、泣いてたとか…

 バカじゃないの?って。

 ちょっと笑えてしまう。



 ギュッ。

 あたしの手を握る善隆の手に、グンと力が入った。

 …これって…


「…好美…もう、今夜は…泊まらないか?」


「え…」


「やみくもに歩いても…ここがどこか分からないし。泊まって、明日の対策を練ろう。」


「……」


 善隆は真顔。

 あたしはその目に映るホテルのネオンサインを見て。


「…いい雰囲気にもつれこんで、あやふやにしようと思ってる?」


 あたしだって、半分以上その気になってるのに。

 善隆の目を見てそう言うと。


「そりゃあ…好美の事大好きなわけだから、あわよくばとは思うけど。でも、明日の対策は本当。」


「……」


 あわよくば、なんて。

 馬鹿正直。


「…任せる。」


 あたしがそう言うと、善隆は目下に並ぶネオンサインの中から…


「…あそこでもいい?」


 クマのマークがついた建物を指差した。


「…うん…」


「…じゃ…」


 善隆の手が、少し汗ばんだ気がした。

 手を繋いで無言のまま、あたし達はそのホテルに向かって歩いた。





「…お風呂入る?」


 ホテルは思ったよりもきれいな場所だった。

 善隆は部屋に入るまでの階段で、二度躓いて転びそうになった。


「えっ、おっおおお風呂…あっああ…汗…かいたしな…」


 …どもってる。

 緊張してるんだな…


「お…おおお俺がするよ。好美は、すっすすすわっ座ってて。」


「…うん。」


 ラブホなんて…久しぶりだな。


 ガッくんとは、常にラブホだった。

 フリータイムで何時間も。

 頭のいい彼はお金持ちの小学生の家庭教師をしてて、いつもお財布は潤っていた。

 ただ…彼氏って立場ではなかったから。

 あたしも、ガッくんにコルネッツをおねだりした事はない。



「あっつ!!」


 バスルームから、善隆の大きな声。

 …そこでもあたふたしてるのかと思うと、ちょっと笑えた。

 …あたしの気持ちだけど…あたしだけの物じゃない。

 あたしが意地になってたら…善隆は、いつかあたしから離れていっちゃうかも…



「…大丈夫だった?」


 バスルームから出てきた善隆に言うと。


「えっ?あ…ああ、勢いよく出てきて…驚いただけ。」


 善隆は苦笑い。

 …さて。

 この後は?どうするの?善隆。

 あたしが無言で善隆の行動を見てると。


「あ、すみません。ちょっとお願いしたいんですけど…」


 善隆はフロントに電話をした。


「電車の駅まで2kmぐらいだってさ。あとで時刻表持ってきてくれるって。」


「…そ。」


 本当に、明日の対策…ね。


 それから少しして電話があって、ドアの前に置いてあるとの事だった。

 善隆が少しだけドアを開けて、床に置いてあった時刻表を持ってきた。


「ここって隣県なんだね。」


 善隆が駅の名前を見ながら言った。

 …映ちゃん、わざとあそこで下したのかな…

 ラブホが近いって知ってて…


「あ…お湯溜まったみたいだ。好美、先に…」


 善隆の言葉が止まる。

 あたしが…善隆の股間に手を置いたから。


「こっ…こここ…好美…?」


 善隆のそこは、すぐに驚くほど大きくなっちゃって。

 笑いそうになったけど…笑わなかった。


「…善隆。」


「ななな…な、な…何?」


「あたし…善隆が思ってるような…女の子じゃないよ?」


「……」


 手を、ゆっくり動かす。


「はへっ…」


 善隆は変な声を出して、体を硬くした。


「それでも…善隆、あたしの事…好きでいられるの?」


 耳元で、そう言うと。


「はっは…なっ…どっどどど…」


 …もはや、善隆は何を言ってるのか分からないほどの緊張…

 そんな善隆を見てたら…なんて言うか…


「あたし…本当に、善隆が思ってるような…」


 処女じゃないの。

 嘘なの。

 もう、何度も…


「…知ってる…」


「…え?」


 あたしの手を股間から外して、善隆はあたしの両肩に手をかけた。


「知ってる。好美が…」


「……」


「好美が、俺のために、その…AVをたくさん見て研究してくれてた事!!」


「え。」


「好きだよ、好美。俺も…その…好美のために、いっいいい色々…」


 …ああ、もう。

 もう、いいよ。


「いっいっいい色々…けけ」


 善隆の唇に、人差し指を押し当てる。


「…黙って。」


「……」


「…よくこんなので、面接受かったわね。」


「…受験なんて…緊張の度合いが違う。」


 ゆっくり唇を合わせると…善隆は震えてた。



 善隆、あたしね。

 早く結婚できれば誰でもいい。なんて事…ないよ。

 善隆が、あたしと結婚するの…ずっとずっと後だって知って。

 それで、腹がたったのよ。

 くだらないよね。

 だけど、嘘でもいいから。

 結婚の約束…ちゃんとしてほしかったの。

 …あたし、子供だよね。


 * * *

 〇王寺善隆


「…よくこんなので面接受かったわね。」


 好美が少しだけ笑いながら言った。


 ああ…バレてたんだ…

 緊張すると、どもるクセ。

 だけど残念ながら、俺は受験ぐらいの事じゃ緊張しない。

 特に…

 メガネをかけてる時は。

 だから俺がこんなにどもるクセがあるなんて、知ってるのは好美ぐらいだと思う。


 亜由美ちゃんとホテルに行った時でさえ…

 彼女には申し訳ないけど、裸を見ても…現実味がなくて。

 好美じゃないって思うだけで、俺はもうダメダメだったし…まるで映像を見ているような気分だった。



「受験なんて…緊張の度合いが違う。」


 そうだよ。

 全然違うよ。

 好美が俺の股間に手を置くなんて、想像しただけでも頭の中がおかしくなりそうだったのに。

 さっき、いきなりそうされて…

 どもらないわけがない。


 それに…

 色々俺のために研究してくれてた事…俺、知ってるのに…

 好美、俺が思ってるような女の子じゃないって…気にしてたなんて…

 女の子がAV見るなんて、って。

 確かに…ちょっとびっくりはしたけど。

 それが、俺のためなんて…感動に決まってる。



 久しぶりのキスに、泣きたくなるほど震えた。

 自分のカッコ悪さと、愚かさと…大好きな好美の唇を感じて…泣きたくて仕方なかった。

 だけど、これ以上弱い所見せるなんて、嫌だ。


「…好美、お風呂…一緒に入る?」


 よし。

 どもらずに言えた!!


「いきなり?善隆…えっちだね?」


 うわっ!!


「そっそそそんっそんなに、えっちかな!?」


 ああ〜!!もう!!


「ふふっ…一緒に入ろっか。」


 好美はそう言って、俺のシャツのボタンを外し始めた。

 …ゴクン。

 俺も震える手で…好美の服を…ああ、ダメだ…一緒に風呂なんて…

 もう、これだけで爆発寸前なのに…!!


「…大丈夫だよ、善隆。」


 突然、好美が俺の顔を覗き込んで言った。


「え…えっ?」


「夜は、長いから。初めて同士…ゆっくり頑張ろう?」


「………うん。」


 そんな好美のエールを受けて。

 その後、俺たちは二人でお風呂に入った。

 ジャグジーで泡立ったバスタブに二人で入って、じゃれた。

 好美のリクエストで、薄暗いバスルームでは…そんなに好美の裸は見えなかったけど…

 バスタブの中で触ると…ウエストがすごく細くて…おっぱいは記憶にあるよりずっと大きくて柔らかくて…まるで夢を見ているような気分になって…

 俺は、恥ずかしながら…触られただけで、果ててしまった…

 だけど好美は笑うでもなく。

 大丈夫。って言ってくれて。

 ベッドでは…あれこれ、指導もしてくれた。

 さ…さすが…色々研究していただけはある…


「い…痛くない?」


 初めての女の子は痛いと聞いていたし、気になって聞いてみると。


「大丈夫…善隆が…優しくしてくれるから、気持ちいい…」


 ああ、俺も研究した甲斐があった!!


 そして、ついに俺と好美は結ばれた。

 好美を抱きしめて…決意する。

 うん。

 俺…。

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