第9話 「あ、映ちゃん、この前は妹に色々サンキュ。」
〇
「あ、
プライベートルームで、
俺はギターの弦を張り替えながら、その会話をボンヤリと聞いていた。
「あー、コノちゃん元気?」
「え?うん。」
「そっか。ならいいけど。」
「…なんで?」
「元気なかったから。」
「えー?普通だけどなあ…て言うか、映ちゃん、コノとデートってどうなの。」
「何が。」
「あいつ、映ちゃんにはどうかと…」
「なんで。」
「見た目だけっつーかさ。」
「そっかな。習い事、いっぱいしてるんだろ?」
「うーん…それがちょっと気味悪いんだよな…キャラ変かな。」
…希世の妹は…俺の妹の
ついでに…
俺的には、あまり佳苗があの二人に毒されるのは嫌だなと思うけど。
佳苗は、二人を親友と言う。
…親友ねえ。
「彰、佳苗とはうまくいってんのか。」
弦を張り終わったところで、映ちゃんに聞かれた。
「…おかげさまで。」
「浅香家は、許嫁制度通りにくっついたな。」
希世が笑う。
あんなに遊びまくってた
婚姻届も書いてしまった。
まあ、親の目に間違いはなかったって事だな。
最初は全く興味がなかった佳苗だが…一緒にいて苦じゃない。
沈黙に耐えれる女。
料理ができる女。
行儀もいいし、何より…誰にも言ってないが、顔が好みだ。
昔はお菊人形みたいだって言って泣かせた事もあったが、成長していくうちに美人になった。
間近で見る機会がなかったせいで、俺の頭の中での佳苗はずっとお菊人形だったが…俺が酔いつぶれて、佳苗が俺の部屋に泊まるというハプニングがあった朝。
至近距離で佳苗を見て。
好みだ。と思った。
今までいろんな女と付き合ったけど、誰の顔も覚える前に終わった。
可愛いと思うまでもなかった。
セックスできれば良かったようなもんだし。
…だけど、佳苗は違う。
気が付いたら、特別になっていた。
ギター以外に興味のない俺が、佳苗の弁当だけは食うようになって。
だけどそれにあぐらをかいてた俺は…女問題で佳苗を傷付けた。
熱でうなされてるあいつの看病に行った時、部屋の中は段ボールだらけだった。
中を見ると、弁当や料理、編み物の本。
それと…ガキの頃に、俺と写った写真。
…女優の仕事だけでも大変なのに、毎日俺の弁当の事まで…
そう思って、胸を打たれたわけじゃない。
ただ、佳苗のために…体を壊すわけにはいかないと思った。
だけど俺はギターバカだ。
佳苗の作った飯しか食えない。
俺が健康を維持するには、佳苗に弁当を作ってもらうしかない。
あれから…
俺たちは、何となく上手くいっている。
佳苗は今までの女と違って、寛大だ。
俺の気まぐれに合わせてくれるし…クリスマスに会えなくても、怒らなかった。
大晦日は…最近セックスしてないし、ついに佳苗と…って思ったものの。
連日のタイトなスケジュールに疲れてた俺は、佳苗の上に乗ったまま眠ってしまった。
…あいつの体、気持ち良かったな…。
なんもしてねーけど。
ふと気が付いたら、佳苗が俺にキスしてた。
俺がそこで目を開けたら、大騒ぎするんだろうなとは思ったが…寝たふりでそれを受け入れた。
小さく唇を合わせては、いちいち赤くなる気配。
…可愛い。と思った。
まあ、このままこいつと結婚するのもいいかな。と本気で思えた。
…体の関係は、まだでも。
「あっ、彰〜…またこんな所にゴミ投げたままにして…」
希世が愚痴りながら、何かをゴミ箱に捨てた。
「あ?何?」
「おまえ…いい加減メガネかコンタクトしろよ。」
「別に不自由してないぜ?」
「嘘つけ。メンバーの顔もよく見えてないクセに。」
「雰囲気で分かる。」
「…目付きわりぃって、みんなに嫌われてんのにな…」
「あ?」
「…何でもない。」
とりあえず、視力は悪くても問題はない。
可愛い許嫁と、上手い飯と、ギターがあれば。
俺は満足だ。
* * *
〇朝霧好美
「……」
あたし、たぶん今…能面みたいな顔してるよね。
本当なら、口をあけてポカンとする所なんだろうけど。
なんだか…
善隆のキスシーンを目の当たりにしたり…
映ちゃんから突然キスされたり…
そんな事が立て続けにあったからか。
もう、何があっても。
そんなに驚かないような気がする。
でも…今はちょっと、驚いてるんだけど。
驚いてるんだけどー…
そういう顔ができない。
「すごいでしょ、亜由美ちゃん。」
目の前で、佳苗が…
なんだか、可愛らしさに磨きがかかってる佳苗が。
あるパンフレットを開いて言った。
「オーディション、最終審査まで残ってるんだよ?」
「…オーディション…」
「そ。女優になりたいんだって。」
「……」
目を、パチパチさせてしまった。
女優…?
三学期は…何となく、よく休んでしまった。
おかげで、補充授業を受ける羽目に。
学校は休むクセに、習い事には通った。
音と佳苗は二人でつるんでたけど、あたしはー…ちょっと一人で居たくて。
周りからは、あたしがハブられてるなんて噂が立ったみたいだけど。
いい感じでほったらかしてくれる二人には、本当に感謝だ。
そんな補充授業を受けてる春休み。
音と佳苗が、校門であたしを待ち伏せてた。
春休みの登校は私服でOKの我が校。
以前なら、そこそこにオシャレして通ったと思うけど…今日のあたしは、どうでもいい恰好。
そんなあたしの目に飛び込んでるのは…
平塚亜由美。
三人でダリアに来てすぐ…佳苗が開いたパンフレットに、それは載っていた。
名前も知らなかったけど…なぜ佳苗は『亜由美ちゃん』なんて、仲良しテイスト?
疑問ではあったけど、どうでも良かった。
…善隆の彼女の事なんて…
「…好きな事をして、燃え尽きるつもりなんだね…」
小さな声でそう言って、パンフレットから目を逸らす。
あの時は顔をよく見なかったけど…可愛い子だ。
身長だって、あたしみたいに大きくないし…
よく考えたら、あたしが可愛い声出したって、大きい女が何ぶってんだって思われてるに違いない。
…あ、
あんたもだわ。
「この子、王寺とは付き合ってないらしいよ。」
王寺?
なんで呼び捨て?
音の言葉、そこが気になってしまうなんて…あたし、どうかしてる。
音、やっぱり怒ってるんだね…あたしのために…
……って…
「……え?」
やっと、言葉が頭の中に入って来た。
…付き合って、ない。
「…でも、キスして…ホテル…」
「うん。それなんだけどさ。」
佳苗はテーブルの向こうから身を乗り出すと。
「ホテルに行ったけど、王寺君…ダメだったみたい…」
「……」
「その…あ、あそ…あそこが…」
「……」
「えっと…その……お…おお…大きく…ならな…」
「佳苗、そこまで言わなくていいから。」
真っ赤になって話す佳苗に、音がストップをかけた。
「もうっ!!おーちゃんがあたしに話せって言ったのに!!」
「いや、まさかそこまで言うとは思わなかったからさあ。ははは。佳苗、あそこがどうなるとか考えて赤くなるって、あんた可愛いわ。」
「おーちゃーん!!」
佳苗が真っ赤になるのを見て、ちょっと笑えた。
「あの子、風邪もひいた事ない、健康体らしいよ。」
「え…」
「王寺の事、金持ちだし、連れて歩くにはいいと思ってたみたい。」
「……」
「どうする?王寺、あんたの事まだ好きだよ?より戻すなら…」
「………どうもしない。」
「え?」
二人から同時に『え』が聞こえて、なんて言うか…まあ、笑った。
「なんで?なんでどうもしないの?」
佳苗が眉間にしわを寄せる。
「…病気だったのが嘘だとしても…選んだのは善隆だよ。」
「コノ…」
「可愛そうって気持ちで、そこまでできちゃうんだもん。もし…あたしが今、より戻したいなんて言ったら、罪悪感でも戻っちゃいそう。」
「コノちゃん、素直になってよ。王寺君、確かに不器用だけど…コノちゃんの事、本気で好きだと思う。」
…二人が言いたい事は分かる。
だけどあたし…
「…あたし、怖いんだ。」
「…え?」
「もう、しばらく恋はいいや。」
「コノ…」
「コノちゃん…」
「ごめん、あたし帰るね。」
あたしは二人を残して席を立つ。
…罰が当たったのかな。
今まで好き勝手にしてきたから。
こんなあたし、誰も相手にしないよ…。
善隆だって…
もう、無理だよ…。
* * *
「で、どーなった?」
「……」
校門の前。
なぜか…映ちゃんが、車を横付けしてる。
運転席から顔を出して。
あたしに向かってそう言った。
「…なんでここに?」
「希世に聞いた。追試受けてるって。」
「……」
追試じゃないけど。
でも言い換えるのも面倒。
春休みだけど今日はクラブもなくて、学校は閑散としてる。
補充もあたしが最後の一人だったから…
下手したら、こんな寂しい学校、映ちゃん…希世ちゃんに騙されたとか思わなかったのかな。
「で、どーなった?」
「…どーなった、とは?」
「素直に、元彼と話したか?」
「……」
そう言えば。
映ちゃん…
あたしに、言ってくれたんだっけ。
素直にならないと…後悔するって。
あ。
沙都ちゃんにも言われた。
善隆には気持ちを…映ちゃんには、お礼と謝罪を、って。
どっちにも、何もしてないや。
善隆はともかく…
映ちゃんには言わなきゃいけなかった。
…コルネッツの、お礼。
と。
あたし…映ちゃんとは…
「あの。」
あたしが切り出そうとすると。
「俺、あの時言ったよな。」
「…え?」
映ちゃんが、あたしの目を見ながら言った。
「今素直にならないと、後悔するって。」
「……言った…」
映ちゃんは車から降りると。
「やめた。」
あたしの腕を引いて。
「…え?」
「おまえが元彼の事好きだと思って遠慮してたけど、やーめた。」
助手席のドアを開けて。
「おまえが、火をつけた。」
あたしを、ポンと助手席に押した。
ストン。
あたしの体は、不思議なぐらい簡単に、シートに収まった。
「……」
な…何?
「決められないなら、俺が決めてやる。」
運転席に回った映ちゃんはそう言いながら。
助手席のヘッドレストに手をかけて。
「俺を好きになれ。」
そう言って…あたしを見つめた。
… 俺を好きになれ?
こんなシチュエーション…正直ドキドキしちゃう。
ここまで強引に、あたしにそんな事言う人なんて…今までいなかった。
だけど…
「…ごめん…無理だよ…」
あたし、小さく謝る。
だって…
「なんで無理?」
「…映ちゃんは…大人で…すごく魅力的だけど…」
「だけど?」
「あたしには…もったいないよ。」
「ははっ、ずるい断り方するんだな。」
「…ずるい?」
「だってそうだろ?本当はそれが一番の理由じゃないクセに、嫌われるのが嫌だから無難に選んだよな。」
「ちっちが…」
…ううん…違わない…
「…そうかも…」
「まだ、あいつを好きなんだろ?」
「……」
あたし、映ちゃんの言葉に小さく頷く。
映ちゃんは小さく溜息をつくと、ヘッドレストから手を離して。
「ほんっと、おまえって見ててイラつくな。」
……耳を疑うような…言葉が…
「……え?」
「だから、素直になれっつったのに。」
「…そ…それは…ごめんなさい…」
「この一ヶ月、全然進歩してないとはな…呆れて物も言えない。」
「……」
な…何?
映ちゃんて…二重人格?
「おまえさ。」
「…はい…」
「自分の気持ちに期限はないとか思ってるだろ。」
「……」
自分の気持ちに、期限はないとか…
「…気持ちに期限なんてあるの?」
言ってる意味が分からなくて、聞き返す。
「恋愛って一人ですんのか?おまえがうじうじ悩んだり見ないフリしてる間に、周りは変わる事があるって分かんね?」
「……」
「確かに自分の気持ちは自分だけの物だよ。でも、相手がいる事には、独りよがりにしちゃ…上手くいくものもいかないよな。」
…確かに…あたしは。
善隆に対して、ケンカ腰にものを言ったまま別れて。
映ちゃんには、どっちつかずでいい顔してると思う。
あたしは傷付いてるの。
だから…許される?って…思ってた…?
うん…思ってたのかも…
「…ごめん…なさい…」
「謝るって事は、俺を好きにはならないって事だな?」
「…好きにならないって言うか…」
「調子よく言うなよ?」
「……」
映ちゃんて…傷付かないのかな。
あたしに、俺の事を好きになれって言ったぐらいだから…少なからずとも、あたしの事好きなのかと思ったのに。
そんなあたしから、好きになれない、なんて言われたら…
「可能性がないのに、待たせる方がずるいぜ。」
まるで映ちゃんは、あたしの気持ちを見透かしたようにそう言った。
「…なんで…分かるの?」
あたしが小さくつぶやくと。
「…おまえは、昔の俺に似てるから。」
映ちゃんはそう言った。
「傷付くのが怖いとか言うなよ。」
「……」
「無傷の薄っぺらい恋なんて、長続きしやしない。」
「映ちゃん…」
「あ?」
「…映ちゃんは、誰かに恋して…傷付いたことがあるから…あたしに、こんなに…?」
今のあたしを、昔の自分に似てるって言った。
映ちゃんは、クールで頭が良くて…優しくて頼りがいがあって。
とてもあたしになんて似てるとは思えないけど…
だけど、傷付いて、うじうじ悩んで…自分の気持ちは一人だけの物って思ってたから…
…誰かを、手放した…のかな…
「…自分の好きな女が幸せならいい、なんてさ…」
「……」
「俺には、そんな器の大きさがないんだよな。まだ。」
「…忘れられない人がいるの?」
「ふっ。俺、おまえに説教してる場合じゃねーな。」
映ちゃんは溜息をつくと。
「おまえと恋愛できたらなって思ったのは本当だよ。だけど、そう長く待ってられないって思うのもほんと。でも…」
「…でも?」
「……」
あたしの問いかけに映ちゃんはニッと笑って。
「なんでもねーよ。」
そう言ってあたしの頭をくしゃくしゃっとして。
「送ってく。これで分かったろ?おまえは、あいつが好き。で、何か理由があって怖いと思ってるんだろうけど…」
「……」
「でも、それはおまえ次第だ。」
少しだけ…寂しそうな目をしたのよ…。
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