第8話 「ない…」
〇朝霧好美
「ない…」
あたし、鞄の中身をぶちまけて、それを探す。
制服のポケットにも、どこにも…ない!!
ええと…
今日は病院に行って…その帰りに、事務所に行った。
昨日、バカなあたしは、鞄を置いたままにしてしまってたから。
だとしたら…
病院か…事務所か…
「母さん、あたしのハンカチ知らない?」
「ハンカチ?どのやつ?」
「コルネッツの。」
「さあ…洗濯物の中にはなかったけど。」
…どこかに落としたのかな…
どうしよう…宝物だったのに…
……って。
別に、いいじゃない。
あんな男がくれたものなんて。
…まず、足が治ったら…
映ちゃんに連絡して、デート…
「…デート…か…」
楽しかったな…クリスマス。
善隆、ケーキ食べる時、口のまわりにクリームつけてた。
あたしがそれを取って食べたら、真っ赤になってたっけ…
あ、ダメだ。
泣いちゃう…
…今日の善隆…
なんだか…口元が赤かった。
…やだな。
あたしの前に現れるなとか言っておいて…
しっかり、そんなとこ見ちゃってるなんて…
何回もキスして…
キスだけは、上手になってた。
…あのキスを…
あの子ともしたのかな…
「ああっ…やだっ。」
頭をぶんぶん振る。
「コノ。」
リビングのソファーでテレビを見てると、
「おかえり…何?」
「これ、
「…何?」
「エステ…」
「膝の傷が残らないように、ケアしてもらえってさ。」
「へえ、
近くで雑誌を読んでた
「あと…冗談だとは思うけど…」
「コノの事…好きかも…なんて言うんだぜ?」
「……」
「……」
「……」
あたしと
三人して無言になってしまった。
以前なら…ラッキー!!本当!?って浮かれてたと思うけど…
「…からかってるんじゃない?あたし、
「転んで泣いた?そんなに痛かったのかよ。」
はっ。
墓穴を掘った…
「う…うん…その、本当に痛くて泣いてたら、映ちゃんが通りかかって…事務所で手当てさせてくれたの。」
「へえ〜…」
「映ちゃん、レベル高過ぎじゃない?コノにはもったいないよ。」
「何よ沙都ちゃん!!あたしだって、この一週間で20人ぐらい告白されたんだから!!」
「見た目だけじゃあなあ…」
「うっ…うるさいっ!!あたし、華道も茶道も書道もできるもんっ!!」
「どれもかじったぐらいじゃないか。」
「〜……」
図星過ぎて言い返せなくなった。
あたしはこんなに空っぽだと言うのに、兄二人は見た目も中身も高評価だ!!
悔しいぃぃ!!
肩身の狭さに、ゆっくりとリビングを離れる。
松葉杖、面倒だなあ…なんて思いながら階段に向かってると。
「階段辛いだろ?ほら。」
「……」
「早く乗れよ。」
沙都ちゃんが、おんぶしてくれた。
「早く治るといいな。」
「…ありがと。」
あたし…
足が治ったら…
本気で、茶道も華道も書道も始めよう。
見た目だけの女子なんて。
もう、やめる。
* * *
「おっ、傷痕、きれいだな。」
あたしの足を見て、映ちゃんが静かに笑った。
「その節はお世話になりました。」
深々とお辞儀する。
「希世が言ってたけど、今、習い事してるんだって?」
「はい。色々と。」
「いい事じゃん。」
「楽しいです。」
お茶に、お花に…習字にマナー。
あたしの変貌ぶりに、家族は心配するけど。
今は、何かをしていたい。
変わりたい。
「でも、今日はタメ口でいーよ。」
「え?」
「デートだし。」
「……うん。分かった。」
予告通り。
足が治って、さらには足の傷跡も治って。
少し遅くなったけど、映ちゃんに連絡をした。
そしたら、どこかドライヴでも行かないかと誘われた。
来週から三月。
あたしは、髪の毛を元の色に戻した。
スカートの丈も。
外見は、別に自然でいい。
またいつか、気が向いたらオシャレしよう。
映ちゃんの車で、海までドライヴをした。
出会った時、見た目をバカにしてしまったけど…実は地味にカッコイイ事に気付いた。
…それも失礼な言い方かな。
でも、本当にさりげなく優しくて…頼りがいがあって…話題も豊富で、すごく楽しい。
「じゃ、習い事が休みの日は、希世の子供の世話してんの?」
「うん。すごく可愛い。まだ六ヶ月だけど、食欲旺盛だからかなあ…なんだか日に日に大きくなっちゃって。」
「ドラマー夫婦の子だし、力のある子に育ちそうだ。」
「ね。ほんと。」
「コノちゃんは結婚願望ないの。」
「え…あ…あたし、まだ学生だしね…」
「でも希世は学生結婚…って、希世は中退か。嫁さんは在学中に結婚しただろ?」
「うん…」
何となく、ブルーになってしまった。
もう忘れたはずなのに。
結婚。なんて言葉が出てくると…胸が疼く。
「…結婚なんて、あたしには遠い話かな。」
わざと笑顔で言ってみせたのに…
たぶん…あたしは泣きそうな顔になってる。
そんなあたしを見た映ちゃんは…
「…え。」
そっと、あたしを抱きしめた。
「泣けばいーのに。」
「……」
「いいよ、泣いて。」
「………」
泣けばいーのに。なんて言われても。
泣けるわけないじゃない。
…って思ったのに。
あたしは…案外素直に、映ちゃんの胸で泣いてしまった…。
* * *
〇王寺善隆
「はっ…」
慌てて電柱の陰に隠れる。
好美に会いたくて…家まで来てしまったものの。
もう、かれこれ三時間。
ご近所から苦情や通報がないか不安になりながら、俺は家の前をウロついてしまっている。
「今日は…ありがとう。」
家の前に止まった車から…好美が降りてきた。
運転席には…東 映。
エンジンを切って…車から降りた。
「…?」
好美が不思議そうな顔をすると、東 映は車の後に回って…
まさか。
まさか。
花束とか出てくるのか!?
「はい。初めてのデートの思い出に。」
大きな袋を手渡した。
「えっ…そんな…」
「いいから開けて。」
「……」
何だ?
こっそり様子をうかがってると…
「わあ…コルネッツのクッション…」
ガーン…
俺が…いつか買うはずだった…クッション…
「これ、欲しかったんでしょ?希世が言ってた。」
「でも…高かったんじゃ…」
「お兄さんたち、結構稼いでるんだよ?」
「…ありがとう…」
「…彼に買ってほしかった?」
「えっ?」
えっ?
「そういう顔してる。」
「ち…違う…違います…嬉しい。ありが…」
あ。と思った時には、二人の唇が重なってた。
俺は…ここで何をしてるんだ…?
目の前で、好美と東 映がキスしてるのを…電柱に隠れて見てるなんて…
好美も…あの時、こんな気持ちだったんだろうか…
「…………」
「…え?」
唇が離れた後、耳元で何かを言われた好美が、東 映を見つめた。
「じゃあね。」
そう言って東 映が車に乗り込む。
耳元で何を言った!?
そう思いながら、走りゆく車を見送ってると…
「…はあ…」
好美は溜息と共に、コルネッツのクッションを抱きしめた。
…今日…デートだったのか…
どこに行ったのかな…ホテルとか…行ったのかな…
考えれば考えるほど、胸の奥がざわついてしまった。
さっきの…二人のキスを思い出して、眩暈がしそうになった。
ああ…好美…
俺、君にこんなに苦しい思いをさせてたなんて…
* * *
〇朝霧好美
「今素直にならないと、後悔するよ?」
ふいにキスをされて…それから、耳元で、そう囁かれた。
映ちゃん…
どういうつもりで、あたしにキスしたの?
それに、あの言葉は何?
あたしが…素直じゃないって事?
コルネッツのクッション、ずっと欲しかったのに。
映ちゃんには悪いけど…そんなに…嬉しくない。
門の前に立ったまま、何となく動けずにいると…
「コノ。」
家から、沙都ちゃんが出てきた。
沙都ちゃんは辺りをキョロキョロと見渡して。
「早くうちに入れよ。」
あたしの背中を押した。
「え?どうしたの?」
「今、映ちゃんから電話があってさ。家の周りを不審な男がウロついてたから、警察に通報しろって。」
「えっ。」
思いがけない言葉に、あたしは急いで家に入る。
そう言えば…学校から帰る時も、誰かにつけられてるような気配が…
あたし、告白されていい気になってというか、自棄になってフリ倒してたしな…
誰かに恨まれてたって仕方ない…
「…見たよ。」
家の中に入ってすぐ、沙都ちゃんがつぶやいた。
「え?何を?」
「…映ちゃんとキスしてた。」
「なっ…!!」
「好きなの?」
「……」
「映ちゃん、いい人だけどさ…コノ、最近全然らしくないじゃん?」
沙都ちゃん…気付いてたんだ…
「映ちゃんに合わせようとして、無理してるとか?」
「…ううん、それはないよ…」
「そっか。」
「うん。映ちゃんは…本当、すごくいい人。キスしたクセに、あたしに素直になれって。」
「…どういう意味?」
「あたし…別れた彼氏の事、忘れられないの…」
口に出すと、予想外に泣きたくなったけど…意外とスッキリした気分にもなった。
ああ…そっか。
あたしやっぱり…善隆の事、忘れられないんだ…
…もう、彼女がいるのに…
「…コノ。」
「ん?」
「ちゃんと、気持ちが伝えられるといいな。」
沙都ちゃんはそう言って、あたしの頭をポンポンとして。
「映ちゃんには、ちゃんとお礼とお断りをしとけよ?」
あたしに目線を合わせて、そう言ったのよ…。
* * *
〇浅香 音
「亜由美ちゃんに聞いたんだけど、
最近、コノは学校を休みがちだ。
「佳苗…あんた、あの子と友達になったの?」
「うん。メル友。」
「なんでそんな事…」
「色々情報が知れていいかなと思って。」
「でも、コノと王寺はもう終わってるんだよ?」
「そうかなあ…」
佳苗はお弁当を広げながら。
「あたし、コノちゃんはまだ王寺君の事好きだと思うなあ…王寺君だって、きっとコノちゃんの事好きだよ。」
つぶやいた。
…そりゃあ…
今までのコノの恋愛を間近で見て来て。
王寺とのそれが、かなり違ってたのは分かった。
だけど…
目の前で他の女とキスされて。
さらにはホテルって。
コノ、どれだけ傷付いただろう。
それに、最近の学校を休みがちな件についても。
…コノには時間が必要だ。
「それに、亜由美ちゃん、最近ちょっと面白い事言うのよ?」
「どんな?」
「女優になりたいんだって。」
「へえ…」
「だから言ったの。体が弱いと無理だと思うよって。確か彼女、余命わずかって話でしょ?」
「うん…」
「それを逆手に、余命わずかな女優って売り出すって言うのかと思ったら…」
「…たら?」
「小さい頃から体は頑丈で、風邪の一つもひいた事ないって。」
つい、目が細くなる。
やっぱり王寺は騙されてたのか…
頃合いを見て、奇跡的に病気が治ったって言うつもりだったんだろうか。
「それとね、彼氏が居ると難しいかもって言ったのね。」
「…あんた、随分やるわね。最近、キャラが兄貴に似てきたような…」
「だって…コノちゃんを泣かせるなんて、許せない。」
「……」
「そしたら…王寺君の事、別に彼氏じゃないって。」
「え?」
「お金持ちだし、将来的に仲良くしておけばいいかなって。」
「……」
「亜由美ちゃんて、転校生みたい。だから、王寺君はみんなのものっていう星高の暗黙のルールも分かってなくて、すぐモーションかけたんだって。すぐ仲良くなれて、ビックリしたって言ってた。」
あ…あの女ぁ…!!
「それに…ホテルもね…」
「ん?」
「その…」
「何。」
「…や、や、や…」
佳苗は真っ赤になって。
「お…王寺君の…あああ…そこが、ダメで…」
「…できなかったの?」
「…みたい…」
「……」
「でも、それで余計、王寺君は、自分に夢中になってるって…亜由美ちゃん言うの。どうかなあ…」
「ゆ…許せないっ!!」
あたし、両手を握りしめて立ち上がった。
「佳苗!!その女の所に殴り込みに行くわよ!!」
たぶんあたしは鬼の形相。
周りの男子がドン引きしてる。
そんなあたしに、佳苗は。
「おーちゃん、もう少し泳がそうよ。」
意外な事を言った。
「お…泳がす?」
「だって亜由美ちゃん、今は女優になる事に夢中で、王寺君の事ほったらかしだもん。」
「…それ、本当?」
「うん。あたしが紹介したボイストレーニングの教室、早速行ってるみたい。」
「て言うか…素質あるの?」
「王寺君をコロッと騙しちゃったんでしょ?まあ、王寺君が騙されやすかったにしても…もしかしたら演技力は本物かもしれないよね。」
「……」
あたしは…佳苗の変貌ぶりにも驚いていた。
以前は女優をしてるクセに、自信がなさそうで…いつも、あたしとコノの後ろに隠れているような性格だったのに…
なんだか、随分頼もしくなった。
…そして、平気な顔して悪巧みを口にするように…
やっぱ、兄貴の影響なのかなあ…
「…あんたは兄貴と上手くいってんの?」
何気なく言ってみる。
「…う…上手くって?」
「…あんた、最近綺麗になったよね。兄貴と何かした?」
「しっ…!!」
佳苗は真っ赤になって立ち上がると。
「しっしっし…したとか!!違うの!!」
「…えっ…?」
「あっあたしは、そんなつもりじゃ…!!」
佳苗は両手で顔を覆うと。
「おーちゃんの意地悪ーっ!!」
「えっ…かっかな…」
叫びながら、走ってどこかに行ってしまった。
「え…」
あたしは茫然と佳苗の後姿を見送って。
「…何かあったな?あいつら…」
佳苗の、開いたままの弁当箱から。
卵焼きをちょうだいした。
…美味い。
* * *
〇島沢佳苗
「はっはっはー……」
お…おーちゃん…
怪しく思ったかな…
思うよね…思うよね!!
ああ!!あたし、どうしてこんなに…すぐ顔に出ちゃうの!!
許嫁でありながら、全然進展のなかったあたしと
進展どころか…本当に結婚相手として…見られてるのか不安だった。
でも、お弁当を作り続けてたら…何となく距離が縮まって。
彰ちゃんと付き合ってたって女の人が現れて、ちょっとこじれたけど…
彰ちゃん、熱を出したあたしの看病をしてくれて…
お弁当作りも、再開。
以前は相手にされなかったセーターも…
編んでくれって…
クリスマスはお互い忙しくて会えなかったけど。
大晦日は…彰ちゃんの実家にお邪魔して。
帰るって言ったあたしに、じゃあ俺も部屋に帰るって。
一人暮らししてるマンションに…あたしを…連れて帰って…
……きゃー!!
もう、もう思い出すだけで…!!
彰ちゃんは、ちょっと意地悪だけど…あの夜は…すごく…優しかった。
ちゃんとキスしたの…初めてだった。
ああ、あたし…このまま…彰ちゃんと…ってとこまで来て…
「グー……」
彰ちゃんが、寝た。
あたしの上に、乗ったままで。
「……」
クリスマス前から、ずっとハードスケジュールだった彰ちゃん。
たぶん…大晦日をあたしのために空けてくれようとして…
だからあたし、不安より大きかった期待に、少し残念な気持ちもあったけど…一緒に居れる事が嬉しくて…
あたしから…あたしから、眠ってる彰ちゃんに…
キ…
キスした!!
「きゃー!!」
思い出して、つい悲鳴が出てしまった。
顔を押さえてうずくまると、いつの間にか後ろにいたおーちゃんが。
「よっぽどの事があったらしいわね。さ、教えてもらおっかな?」
あたしを見下ろしながら、彰ちゃんに似た笑顔を見せたのよ…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます