第11話 「あっああ…好美…」

 〇朝霧好美


「あっああ…好美…」


 善隆が、あたしの上で何とも言えない表情をする。

 …うん。

 嬉しい。

 こんな顔してくれるなんて。


「い…痛くない?」


 あたしを気遣ってもくれる。


「うん…大丈夫…気持ちいい…」


 実際、善隆はとても丁寧にあちこちにキスして、もっと激しくしてもいいのにって思うほど、ゆっくりと指を入れた。


「あんっ…」


 あたしが声を出すたびに、善隆はかなり興奮したようで…


「好美…好美…」


 何度も名前を呼びながら、あちこちにキスしてくれて。

 そして、ようやく…あたしの中に入って……すぐ果てた。

 …ま、仕方ない。

 さっきお風呂で触っただけでイッちゃった時に、これは覚悟した。

 …じっくり育てていこうじゃないの。


「ご…ごめん…」


「どうして謝るの?次、頑張ればいいじゃない。」


「うっうん…」


「…ほら、もう大きくなってる。」


「そっそそれは…好美が…そんなに見るから…」


「だって…善隆のだと思うと…」


「…好美っ!!」


「あんっ…」


 そんな感じで。

 善隆は、AVで研究したという、正常位以外も試して。

 回数を重ねて、イクまでの時間もかなり延びて。


「ああっ…善隆…あっ…あたし…もうダメ…」


 朝方には、ちゃんと…あたしをイカせてくれるぐらいになった。

 …ああ。

 気持いい。

 もう…

 結婚できなくてもいいよ。


 …あたし…


 欲求不満だったのかな?



 * * *


「おはよ。」


 目を開けると、善隆があたしを見てた。

 …いつから起きてたんだろ。


「…おはよ。」


「……」


「……」



 それから。

 朝風呂。

 バスルームで…二度。

 チェックアウトの時間だから…って、ホテルを出て。


「……」


「……」


 すぐ近くの、朝からフリータイムをしてるラブホに入って…

 また、夕方まで…あたし達は、さかりのついた動物のように。

 何度も何度もセックスをした。


 …正直、もう善隆もあたしもグッタリだった。

 あそこも、ヒリヒリしちゃってるし。

 なのに…手を繋ぐだけで…うずうずしちゃう。

 善隆と…やりたい!!って。



「送ってくよ。」


 さすがに帰らなきゃ…って、電車に乗った。

 電車の中でも…手を繋ぐたびに疼いちゃって。

 目を見合わせて『ヤバいよね』って笑った。



「いいよ。怒られちゃうから。」


「元をたどれば俺のせいだし…ちゃんと謝るから。」


「大丈夫。何とか誤魔化すから。」


「…いや、挨拶もしたいし…」


「挨拶?」


「うん。」


 あたしがキョトンとしてると。


「好美…結婚しようよ。」


 善隆が、あたしの両手を持って言った。


「……えっ?」


「もう、離れていたくないよ。」


「……」


 あたし、目をパチパチさせてしまう。

 だって…

 あたしは…なんて言うか…

 セックスしてしまったら、ちょっと気持ちが落ち着いた。

 これで、善隆はあたしの物。みたいな…妙な安心感。


「同じ家で暮らして、同じ家から行ってきますって出て、同じ家にただいまって帰りたい。」


「…善隆…」


 そう言われると…それにはちょっと憧れる。


「だけど…あたし、まだ今から高三だし…」


「うちから通うってダメかな。俺、好美の登校に合わせて大学行くから。」


「…どうやって、親を説得するの?」


「誠心誠意を持って、話してみるよ。」


「……」


 だ…ダメだ。

 今の善隆は、頭の中がお花畑だ。

 そんな話…親が許すわけ…


 * * *


「こんな娘だけど、いいのかな?」


 あたし達の想いとは裏腹に、父さんは暢気な顔でそう言った。


「え。」


 あたしと善隆は、拍子抜け。


王寺おうじ君、好美は本当に何もできない子なのよ?一緒に暮らして幻滅しちゃうかもしれないわよ?」


「い…いえ、それは…」


 母さんの言う事も一理ある。

 セックスだけが良くて結婚なんて…

 ああ、あたしもおとと一緒に料理教室通おうかな。


「…今から、両親を呼んでもいいですか?」


 突然善隆がそんな事を言って。

 結婚の申込みに来てる。なんて連絡したもんだから、慌ただしく王寺グループの夫婦がうちに来て。

 ちょうど、沙也伽さやかちゃんが仕事に行かなくちゃって事で…母さんが廉斗れんとを見てたんだけど。

 母さんがお茶を入れる間、あたしが廉斗を抱っこしてると…


「まあ、可愛らしい赤ちゃん。」


 善隆のお母様が…廉斗に過剰反応。


「おお、本当だ。」


 …お父様も。

 また…廉斗が愛想たっぷりの子なもんだから…


「あっ!!笑ったわ!!可愛い〜!!」


「好美ちゃんは、赤ちゃんの抱き方が上手だねえ。」


「あ…いつも、面倒見てるんで…」


「世話はよくしてくれるんですけど、炊事全般が苦手な子なんですよ。」


 父さんが割り込んできた。


「恥ずかしながら、花嫁修業もさせてませんでした。」


「そんな事は、結婚してから身に着けてもいいんですよ。」


 …お母様の視線は、廉斗に釘付け。


「お孫さん、可愛いですわね。」


「え?あ、ええ。もう、目に入れても痛くないぐらい。」


 …父さん?


「まあ…楽しみだわ。ね、あなた。」


「本当に。」


「……」


 こうして…あたしは…


 王寺家で生活する事が…決まってしまった。



 * * *



「やっほー、遊びに来たよー。」


「あ、おと。いらっしゃーい。」


「コノちゃん、久しぶり。今日はお招きありがとう。」


「えっ、佳苗かなえ、ショートカットなんて…すごいイメチェンだねえ。」


「大人っぽくなったでしょ?」


 今日は、我が家…王寺家でホームパーティー。

 とは言っても、旦那抜き。

 子供は、あり。



「まあまあ、いらっしゃい!!ささ、入って入って。」


「お邪魔しまーす。いつもすいません、おばさま。」


「いいのよ、おーちゃんも佳苗ちゃんも、しっかり楽しんでね。あ、コノちゃん、ケーキ買ってあるから。」


「えーっ、お義母さん、ありがとう!」


「いいのいいの。可愛い娘達の集合だからね。さ、みんなおいで〜。あっちで遊びましょう。」



 お義母さんが子供達を連れて、広間に。

 あたし達はその広間が見下ろせる、二階のテラスへ。


「あんたの義母さん、ほんっと面倒見いいわよね。」


「うん。女の子が欲しくてたまんなかったんだって。今もたまに、喜隆が妬いちゃうぐらいベッタリ。」



 高校三年生の四月から、あたしはこの王寺家で生活している。


 で。

 善隆は一人っ子。

 女の子のいない王寺家。

 そりゃあ…あたしは無条件で可愛がられた。


 コルネッツのクマも、今はお義母さんと一緒に集めている。

 実はお義母さんも炊事が苦手で、一緒に料理教室に通ったりもした。



 善隆とは…もう…そりゃあ…毎晩のようにセックスをして。


「好美…俺、早く赤ちゃん欲しいな…」


 まだ高校在学中だと言うのに、善隆にずっとそう言われて。

 色々計算して…悪阻の事も頭に入れて…一月の排卵日に、頑張ってみた結果…

 見事的中。

 あたしは、無事高校を卒業して、秋には長女『珠子たまこ』を出産した。

 そして、立て続けに…長男『隆信たかのぶ』次女『優生子ゆきこ』を。


 善隆は、大学生にして子持ち。

 あんなに高校生時代にモテてたのが嘘みたいに、モテなくなった。

 まあ…育児が好き過ぎて、サークルにも入らなかったしな…

 今は、王寺グループの後継者として、ホテル業務を下積みから勉強している。



 おとそのちゃんは、音が高校在学中に籍を入れた後。

 日本に帰って来た園ちゃんと、早乙女の本家の近くに小さなアトリエ付きの家を建てた。

 子供は要らないって聞いたことがあるような気もしたけど。

 音には、隆信たかのぶと同じ年の女の子『まどか』ちゃんと…現在、お腹に二人目が。



 佳苗かなえは、女優として着々と成長していってたにも関わらず…しょうちゃんと電撃結婚。

 女優業は潔く引退。

 世間を騒がせた。


 佳苗が引退した事によって、あの、平塚亜由美ちゃんが。

 佳苗に似合うはずの役どころを、全てうけているらしい。

 佳苗二世と言われることに、どこまで耐えられるのか。

 …て言うか。

 佳苗、自分の引退のために…後釜を育ててたんじゃないよね…?


 結婚する少し前ぐらいから、しょうちゃんがメガネをかけ始めて。

 なんて言うか…佳苗にベッタリになった。

 それについて、『毎日ご褒美みたいで困る』って。

 佳苗らしい喜び方。

 そんな二人にも、隆信たかのぶと同じ年の『麻里子まりこ』ちゃんと、優生子ゆきこと同じ年の『晴季はるき』くんが産まれた。



「あたし達の子供には、許嫁制度は作らないわよ?」


 あたしがそう言うと。


「ちぇっ。まどかを玉の輿に乗らせようとしてたのに。」


 音は首をすくめた。


 音と佳苗は義理の姉妹になったから…当然、子供達の許嫁も無理だ。

 あたしと佳苗もイトコだから…

 あり得るとしたら、うちと音のとこだけ。

 ま、そんなのなくても、好きになった人を選べばいい。



「えっ、これコノちゃんが作ったの?」


「うん。食べてみて。」


「ほうほう。まあまあの出来ね。」


「あっ、音が言う?一緒に教室行った時、あんたは焦がしたやつよ?」


「えー?そんな事あったっけ?」



 楽しかったけど、今思うと小さな事で悩んでた10代。

 音がいて、佳苗がいて、あたしがいて。

 そして、年をとっても、こうやって一緒にいられる幸せ。

 ああ、あたし、幸せ者だ。



「ねえ、佳苗。結局あんたって、兄貴といつ一線越えたわけ?」


「音…もう出産もしてるってのに、何今さら…」


「おっおおおーちゃん!!」


「…変わらないねえ…佳苗のリアクション…」


 だけどあたしも。

 そして、たぶん音も。

 自分の旦那が、一番だと思っている。




 あばたもえくぼ、サイコー。


 ふふっ。



 * * *


 〇あずま えい



「……」


 二人を車から降ろして…溜息。

 …自分の好きな女が幸せならいい。

 俺は…そう思い込もうとして、今もそう思えていない。


 どうしてあの時、好きかどうか悩んだんだろう。

 どうして…

 待たせたりしたんだろう。



「あたし…映くんの事…好き。」


「……」


「…気付いてなかった?」


「…ああ。全然。」


「…鈍いね。」


 気付いてなかった?って言われて…

 色々思い出そうとしたが…

 まあ、確かに気付いたらいつもそばにいた。

 でもそれは…


「おまえ、ガキの頃から一緒だし…詩生の後くっついてばっかだったし。」


「…それは…照れ隠しって言うか…」


「で、なんで今告白?」


「…映くん、地味にモテるから。ちょっと、言いたくなった。」


「地味にかよ。堂々とモテてるつもりなのに。」


 俺が19、千世子ちよこが16の時だった。


 千世子。

 早乙女家の長女。


 詩生の妹で…俺にとっても、妹みたいな存在だ。

 体の弱い千世子は、スポーツ全般を禁止されている。

 でもその分、よく歩く。

 いつも歩いている。

 色が白くてきゃしゃで、可愛い千世子。

 みんなは『チョコ』と呼ぶが…俺はずっと『千世子』と呼んでいる。


 千世子から告白されても、俺は特に返事をしなかった。

 何となくだけど…千世子はいつまでも俺の事を好きなんじゃないか、と。

 変な自信があった。

 その間に俺は適当に何人かと付き合ったりもしたし…千世子からあれこれ言って来る事もなかった。


 だけど…半年前。

 少しだけ、距離が縮まった。

 …もしかしたら、俺は千世子が好きかもしれない。

 そう思ったものの…時すでに遅し。

 千世子は…もうすぐ外国へ行く…。


 なぜあの時…自分の気持を口にしなかったのだろう。


 本当はまだ癒え切っていない傷。

 千世子が俺以外の男の手を取るなんて。

 …バカだな。

 もう…吹っ切ろうとしたのに…。



 …コノちゃん。

 千世子より一つ年下で、見た目ほど内面が派手じゃない所が…可愛いと思った。

 弱いクセに強がろうとする所が、可愛いと思った。

 希世の妹っていうのがまた…なんて言うか。

 俺はツレの妹しか好きになれないのか?と、ちょっとおかしな気分にもなったが…

 でも、まだ彼女への気持ちは…千世子へのそれを上回る事はなかった。



 …あの先へ歩くと、ラブホテルしかない。

 今頃あいつら…上手くやってるかな。



 一人、夜の公園でうなだれる。

 ああ…いい人ぶらずに、奪えばよかったのに。

 そう言えば、拾ったコノちゃんのハンカチ…返しそびれたな。

 …ま、いっか。

 どうせまた、あいつに買ってもらうだろ、



「きゃっ!!」


 突然、目の前で自転車に乗った女性が転んだ。

 カゴから荷物が散乱して、女性も転んだまま…なかなか立ち上がらない。


「…大丈夫ですか?」


 声をかけて荷物を拾おうとすると…


「…す…すみません…」


「……」


 泣いてる。


「…どこか怪我でも?」


「い…いいえ、気にしないで下さい…すみません…」


 女性は泣きながら自転車を立てると、荷物をゆっくり拾って。


「…ありがとうございました…」


 俺の手からも荷物を取って、それをカゴに入れると…再び自転車に乗って消えて行った。


「……」


 千世子に、感じが似てたな…

 黒い髪の毛。

 白い肌。


 ふと、足元に目をやると…


「…学生証…」


 歳は、俺より一つ下。

 …なんで泣いてたんだろう。


 そして俺は、その学生証を届ける事もせず。

 手元に置いた。

 その学生証にある、彼女の写真が…しばらくは、俺の宝物になった。


 恋をしたわけじゃない。

 ただ、夜の公園で。

 泣きながら自転車を走らせていた女の子が。

 俺の中から、千世子も、コノちゃんも消してくれるキッカケになる気がした。


 俺の恋が始まるのは、もう少し後。

 その女性と再会した時、状況は色々変わっていた。


 自分の好きな女が幸せなら、それでいい。

 そう思えるようになるまで…



 それはまた、数年後の話。





 23rd 完

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いつか出逢ったあなた 23rd ヒカリ @gogohikari

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