第7話 「どー…」

 〇朝霧好美


「どー…」


 新学期を迎えた。

 あたしはバッサリ髪の毛を切った。

 明るい茶髪にもした。

 うっすらメイクも研究して、今までの少し地味なあたしとさよならした。


「コノ…あんた……」


「どう?」


 今まで普通に保ってたスカート丈も、少し短くした。

 それだけですごくオシャレになった。


「すっっっっっっごく可愛い!!」


 おとが、目をキラキラさせて言ってくれた。


「どこのモデルが来てるのかと思った!!」


「ほんと?いい気になっちゃうよ?」


「いや、ほんとに!!」


「ありがと。おと、だーい好きっ。」



 善隆が、あたしの知らない女の子とキスしてた。

 あたしがわなわなと震えてるのにも気付かないで、何度もキスしてた。


 あの後、手を繋いでどこかに消えた二人を…

 あたしは追わなかった。

 …怖くて、追えなかった。

 でも、きっとホテルにでも行ったんじゃないかな。

 大晦日に童貞捨てられて良かったね。

 …ふん。



「あ…朝霧先輩、これ読んでください!!」


 後輩の男子から、手紙をもらった。

 何だろ。

 髪型とスカート丈を変えただけなのに。

 あたしは、ここ数日で驚くほどモテている。



「じゃーね。」


「うん。バイバイ。」


 一緒に下校してたおとが、最近料理教室に通い始めた。

 そんなわけであたしは一人…表通りをぶらぶらと歩く。

 あーあ…つまんない………

 あ。


「あっ…」


「……」


「…誰かと…思った…」


 善隆が…確か、星高No.2の佐竹君とやらと。


「えっ?王寺おうじの彼女?えーっ、全然感じ変わったね!!すごくオシャレ!!」


「…ありがと。でも、もう彼女じゃないから。」


「えっ…?別れ…たの?」


 佐竹君が、善隆とあたしを交互に見る。


「…別れては…」


「そう?大晦日に女の子とキスしてるの見たけど。」


「!!」


「えっ!!王寺おまえ浮気はダメだよ!!」


「あたし、捨てられたの。佐竹君、慰めてくない?」


「えっ…ええ?」


 佐竹君は善隆の顔を見て、困った顔…だけど、ちょっと嬉しそう。


「…好美このみ、ちょっと…」


 突然、善隆に腕を取られた。


「なっ…何よ、離して!!」


「話があるんだ。」


「……新しい彼女ができたから、別れたいってハッキリ言うの?」


「そうじゃなくて…」


「…何よ。」


 佐竹君を放置して、善隆はあたしをビルとビルの間の狭い路地に連れ込むと。


「…星高の…二年の子なんだけど…」


「…それが何。」


「病気で…もう長くないって…」


「…え?」


「それで…どうしてもって言われて…」


「……」


「…断れなくて…」


「…ホテル行ったの?」


「……」


 あたしは力任せに善隆の頬を叩いた。


「こっ…好美…」


「なんなのよ…ふざけんじゃないわよ…」


「……」


「あんた、何様のつもり?病気だから長くないから、思い出に一回だけとか言われたら、あたしのためにとっとくって言った童貞を、あっさり捧げちゃうんだ?」


「……」


「あっ、そう。分かった。もうこれでスッキリした。一生慈善事業みたいに、困った人とセックスしたら?あたしはそんな人、要らないから!!」


「好美、ごめん…」


「もう好美なんて呼ばないで!!二度とあたしの前に現れないでよね、王寺君。」


「この…」


 言うだけ言って、あたしは駆け出す。


 もうダメ。

 もうおしまい。

 許せない。

 許せない。


 許せない!!



「いたっ!!」


 泣きながら走ってると、前がよく見えなくて…転んでしまった。


「…えっ…えっ…」


 血のにじんだ膝見てると、ますます涙が出てしまって。

 座ったままで泣いてると…


「…ここで泣くのは、どうかと思うけど。」


「…ひっ…うっ…」


 背後からの声に見上げると、希世きよちゃんのバンドの…えいちゃん。


「誰かと思ったら…希世の妹か。」


「えっ…ひっ…」


 泣いて言葉にならない。


「そんなに痛かったのか。」


 映ちゃんはベースを担ぎ直すと…


「よっ。」


 あたしを…


「!!」


 お姫様抱っこした!!


「○×&%$〜!!」


 何とも言えない顔してると。


「あ、これじゃパンツ見えるか。」


 映ちゃんは、笑いながらちょっと困った顔。


「み…みえ…見えても…だ…だいじょぶ…なやつ…はいてるっ…し…」


「へー、そんなのあるんだ。」


 あたし、たぶん顔ぐちゃぐちゃだよね。

 映ちゃん…恥ずかしいよね…



 事務所のロビーにつくと、隅っこのソファーに下ろされた。


「これ、かぶってな。」


 映ちゃんはそう言うと、あたしの頭にジャケットをかけてどこかに歩いて行く。


 しばらくそのまま待ってると…


「あらあら、痛かったでしょ。」


 近くで声が聞こえた。


「心配すんな。医務室の先生だから。」


 ジャケットを少し取って、映ちゃんを見る。


「…身内に見つかりたくないんだろ?もう少しかぶっとけ。」


 そうだ…

 ここには、希世きよちゃんも、沙都さとちゃんも…父さんもおじいちゃんも来る。


「……うん。」


 医務室の先生は、手早く消毒をしてくれて、ガーゼとか包帯で手当してくれた。


「歩けそう?」


 ゆっくり立ってみるも…


「いたっ…」


 痛みで、すぐに座ってしまった。


「う〜ん…もしかしたら膝を痛めてるかもしれないわね。レントゲン撮ってもらった方がいいかもしれないわよ?」


「えっ…」


「とりあえず、今日は帰って安静にしなさい。明日ちゃんと病院に行くように。」


「…分かりました。ありがとうございました…」


 ああ…

 ついてない…


「タクシー呼ぶから、ちょっと待ってな。」


「……」


 映ちゃん、優しいな。


「はあ…」


 溜息が出てしまった。

 せっかくオシャレしたのに…いきなり怪我なんて。


「立てるか?」


 声が降って来て、見上げると…映ちゃん。


「はい…あっ…つ…」


 痛くて顔がゆがんだけど、気力を振り絞って立ち上がる。

 すると…


「ほら、つかまれ。」


 映ちゃんが、肩を貸してくれた。


「…ありがとう…ございます。」


「何、しおらしい声出して。」


「……」


 本当なら…

 今までなら…

 ここで、キュンとなって、映ちゃんに恋して。

 良かったら、お礼がしたいからデートでも…なんて自分から言ってるはずなんだけど。


 善隆の事。

 相当…ショックだったんだろうな…あたし…。


「明日、ちゃんと病院行けよ?」


 タクシーの窓から、映ちゃんが言った。


「はい…すいません…」


「治ったら、礼でもしてもらうかな。」


「…え?」


「連絡して。」


 そう言って、映ちゃんは…

 あたしに、名刺を差し出した。



 * * *


 〇浅香 音


「ねえ、おーちゃん…コノちゃん、大丈夫かなあ…」


 昼休み。

 佳苗が心配そうな顔で言った。

 昨日はあんなに下級生に告白されてキラキラしてたのに。

 今日、コノは休んでいる。

 しかも…


『怪我したから病院に行って来る』


 って、電話があった。

 声も…沈んでた。



「…王寺君と、何かあったんだろうけどね…」


「王寺君って…例の星高の?」


「うん。コノの事、すごく好きだったはずなんだけど…」


 あたしは、静かに怒っていた。

 この腹の底からフツフツと、地獄谷の如く沸き上がる怒り。

 どうしてくれよう!!

 王寺善隆!!



「佳苗、あたしちょっと…早退するわ。」


「えっ、どうするの?」


「星高…偵察に行って来る。」


「えっ…」


 あたしが荷物を持って席を立つと。


「あたしも行く。」


 佳苗も鞄を持った。


「…あんた、単位平気なの?」


 女優業が忙しい佳苗は、二学期かなり休みがちだった。

 今学期、何としても出席してないと…


「大丈夫。二人のおかげで試験は合格してるし、出席日数も何とかなる。」


「佳苗…」


「あたしだって、コノちゃんの事…心配だもん。」


「…分かった。行こう。」


 あたしと佳苗は校舎の裏側から外に出て。


「さ、行くよ。」


「うん。」


 星高へと向かった。



 そして、辿り着いた星高の門前。


「……」


 あたしと佳苗は、口を開けてその光景を見た。

 王寺善隆が…

 コノの彼氏だったはずの、王寺善隆が…

 女の子と、ベッタリしている。


 どうやら授業が午前中だけだったらしく、学校の周りは大勢の星高生徒で埋まっている。

 そんな中でも、王寺善隆が一際目立っていたのは…

 取り巻き達が、恨めしそうについて来ていたからだ。



「どういう事かしら。」


 あたしが王寺善隆の前に仁王立ちして言うと。


「はっ…」


 王寺(もう呼び捨てでいい)は、少し青ざめた。


「よっくん…この人誰…?」


「よっくんだあ!?」


 あたしよりコノより小さいその女は、しなを作って王寺に寄りかかる。


「だっ…大丈夫だよ…この人は…俺の…知り合いで…」


「知り合い?俺の彼女の親友だ。じゃないの?」


「……」


「えぇ?よっくん…彼女って…?」


「ごめん…ちょっと、話をして来ていいかな。」


「五分でいい?」


 おおおおおーーーーーい!!


「ねえ、あんた。男と女の話がたった五分で終わると思ってんの?ああ?」


「やだっ!!怖い!!」


「ああああ浅香さん、ごめん、五分…五分でお願いします…」


「おーちゃん。」


 あたしが怒り狂った顔で王寺を連れ去ろうとすると。


「あたし、こっちで話してるね。」


 佳苗が、営業スマイルで言った。


「初めまして。島沢佳苗と言います。」


「えっ…ええっ!?島沢佳苗って…あの島沢佳苗ちゃん!?ドラマに出てる佳苗ちゃん!?」


 王寺にベッタリだった彼女は、突然ハツラツとして。

 それだけか、取り巻きの子達も一斉に佳苗に近付いて。


「可愛いーっ!!肌きれいっ!!」


「佳苗ちゃん、サイン書いてもらっていいですかっ!?」


 囲まれた佳苗が心配だったけど…


「ね、ドラマの裏話、聞きたくない?」


 佳苗…あんた、いつからそんな事ができるように…


「聞きたいっ!!て言うか、一緒に写真もいいですかっ!?」


「うん…でも、五分じゃ終わらないかも…」


「あっ…あ!!よっくん!!一時間ぐらい話して来て!!」


 そう言って、王寺の彼女もどきは佳苗と腕を組んで歩いて行った。


「…だって。」


「……はあ…。」


 王寺は溜息をつくと。


「…好美…どうしてる…?」


 暗い声で言った。


「今日は休んでる。」


「…えっ?どうして…?」


「怪我したんだって。病院行ってるよ。」


「えっ…ええっ?怪我って…どこを!?」


「さあ…あたしも詳しくは知らない。」


 王寺は落ち着きなくキョロキョロとして。


「どこの…どこの病院だろ…怪我って…大丈夫なのかな…」


 つぶやいた。


「…ねえ、なんであの子と居るわけ?」


「……」


 あたしの問いかけに、王寺は無言。


「コノ、大晦日にすっごく泣き腫らした顔でうちに来てさ。」


「……」


「仲直りしたいって、たぶん…あんたんちに行ったんだと思うけど。」


「…その時…見られたんだと思う。」


「見られた?何を。」


「…彼女と…キスしてるとこ…」


 ブチッ。


「王寺―――――!」


 ガツッ


 気が付いたら、あたしは王寺の顔を殴ってた。

 しかも、グーで。


「…うっうっ…」


 王寺はうずくまったまま、泣いている。


「あんた…その後、あの女とホテルに行ったとか言うんじゃないでしょうね。」


「……うっ…うっ…」


「泣いてちゃ分かんないでしょうが!!」


「うっ…もう…病気で長くないから…思い出に…って言われて…」


「はあ?」


「昨日…表通りで…好美に会って…」


「あんたまさか…コノにもそれ言ったの?」


「うっ…うっ…」


「ば……」


 呆れた。

 呆れた呆れた!!

 あたしは、うずくまった王寺の隣にしゃがむと。


「あんた、コノが処女を誰かに捧げてもいいわけね?」


 低い声で言った。


「………それは…」


 今、どこからかキューンって音が聞こえた気がした。

 王寺の胸か?


「あんたは、その嘘か本当か分からない女に初めてを捧げたんだもんね。コノだって、誰かに捧げちゃっていいって事だよね。」


「……」


「たぶん、そのうち奇跡的に病気が治った。王寺のおかげだとか言うんじゃないの。」


「……」


「ま、あんたみたいなバカな男とは、お似合いかもね。」


 スカートをパタパタとして立ち上がる。


「コノの事はもう忘れて、あの子と仲良くやれば。」


 ほんっとムカつく。

 あたしは怒りで放り出してた鞄を拾って、佳苗のいる場所に歩いた。



 * * *


 〇王寺善隆


「……」


 浅香 音に殴られた。

 痛かった。

 …何も言い返せない自分が…痛かった。


 好美の事は今でも好きで…大好きで…

 だけど情に流されて、亜由美ちゃんとホテルに行ってしまった俺。


 行ってしまったけど…

 土壇場で、俺のアソコは…機能しなかった。

 好美じゃないと思うと、萎えた。

 だけど亜由美ちゃんは、またチャレンジしてくれたらいいから…って。

 自分の命があるうちに、またホテルに行こうって…


「あ。」


 忘れてた。

 亜由美ちゃん…帰ったかな…

 気が付いたら、表通りを歩いてた。


 好美と行ったダリア…

 クリスマスケーキ、美味しかったな…

 …昨日の好美…

 髪の毛バッサリ切って…色も、変わってた。

 スカート丈も…ドキドキするぐらい短くて…

 ああ、俺の彼女、なんて可愛いんだ…って。

 一瞬、そう思ってしまった。

 …もう、終わってたのに…



「…あ…」


 好美!!

 ガラス張りの大きなビル。

 確かあそこは…音楽事務所。

 好美…松葉杖ついてる…!?


 何かを考えるより先に、足が動いてた。


「好美!!」


 名前を呼びながら駆け寄ると、好美は冷たい目で俺を見て。


「…もう、あたしの前に現れないでって言わなかった?」


 早口で言った。


「でも…それ、怪我…?」


「…転んだだけだから。タクシー乗るからどいて。」


「好美、待って。」


「触らないで!!」


「……」


「…彼女と、仲良くね。さよなら…王寺君。」


「好美…」


「もう、そんな呼び方しないで。」


「……」


 俺が途方に暮れてると。


「お取込み中?」


 突然、知らない男が好美の鞄を持ってやって来た。


「違います。全然。」


 俺には向けなかった笑顔の好美…

 そいつ…誰だよ…


「ほんと?はい、バッグ。」


「ありがとうございます。」


「気を付けてね。」


「はい。」


 好美はそう言ってタクシーに乗り込んで。

 知らない男に…手を振った。


「…君、コノちゃんの彼氏?」


 この男…どこかで…


「あなたは…誰ですか?」


「俺?俺は、アズマ、映。」


「あずま…えい…」


「東に、映画の映って書くんだけど、続けて書いたら『東映』になっちゃうんだよなあ。親がふざけてつけたとしか思えないけど、気付かなかったって言うから不思議だよ。」


「…DEEBEEの…」


「あ、そう。ベース弾いてる。」


「……」


「さむっ。中入らない?」


 東 映は両腕を触って、俺をロビーに誘った。

 なんて言うか…

 業界人なのに、意外と気さくな人だ…。



「昨日さ。」


「はい…」


「コノちゃん、泣きながら走ってて、すっ転んで膝を怪我した。」


「……」


「転んだまま、大泣きしてたよ。」


「…そうですか…」


 好美…

 あの後、怪我したんだ…


「で、俺がここまで抱きかかえて連れてきて。」


「…え?」


「だって、歩けそうになかったから。」


「あ…あ、どうも…」


「治ったら、デートでもしようかなって。」


「……」


 無言で東 映を見た。

 DEEBEEの中では地味なタイプ。

 だけど…実は頭が良くて有名な人物でもある。


「なんで、あんな可愛い子泣かせちゃうの?」


 これは、宣戦布告なんだろうか。

 …でも、俺は…

 亜由美ちゃんに手を出した。

 それが例え同情でも…

 彼女の裸を見た。

 責任…取るべきだよな…

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