第6話 「あーあ。」

 〇浅香 音

「あーあ。」


 今頃、コノはホテルで王寺君と上手くやってるかな。


 カーテンを開けて外を眺める。

 雪はない。

 近所のイルミネーションが、チカチカと眩しかった。


 事務所でクリスマスパーティーがある。

 そう言って、親も兄貴も事務所。

 毎年、朝方まで帰らない。


 あたし、今までは…出かけてたけど。

 今年は…一人。

 園ちゃんと迎えられるはずだったのに…


 ピンポーン


 あ、ピザが来た。


「はーい。」


『お待たせしました。ハビーピザです。』


 ドアを開けて、オーダーしたピザを受け取る。


「おまけにクラッカーが入ってますから。」


「あはは…どうも。」


「楽しい夜を。」


「ありがとう。」


 ドアをしめて、鍵をかけ…

 ガチャ。


「…えっ…」


「メリークリスマス。」


「……」


 あたし、口を開けたまま。


「あっ、ピザ落ちちゃうよ。」


「ああっあ、あ…」


「ただいま。」


 あたしの手にあったピザを取って、靴箱に乗せると。

 …どうしてここにいるのか分からない園ちゃんは…あたしを抱きしめた。


「あー…寒かった。あっためて。」


「…ど…どうしてここに?」


「ん?クリスマスだから。」


「…だって…パリ…近くないよ?」


「うん。でも、音が待ってるから。」


 園ちゃんは、珍しくコートを着てる。

 その中に…すっぽり抱きしめられて…


「うっ…ううっ…」


 泣けてしまった。


「音?どうしたの?」


「だって…園ちゃん…あたし、一人…えっえっ…」


「…よしよし。ごめん。」


 園ちゃんはあたしの頭を撫でながら。


「お土産。」


 そう言って…ポケットから出した指輪を、あたしに見せた。


「……」


「お揃いの、作ってもらってきた。完全オリジナルだから、俺と音にしか合わないよ。」


「…あたしの…指輪のサイズ…」


「コノちゃんに聞いた。」


 コノ…!!

 親友の計らいに、また泣けてしまった。


「不安にさせてごめん。でも、本当に俺…音しか見えてないから…」


 頬を両手で挟まれて…キスされた。

 園ちゃんの手と唇は、冷たくて。

 温もったあたしの顔には、とても気持ちが良かった。


 グー…


「……」


「……」


「…ごめん…お腹すいてて…」


「あはは。音のお腹の虫は、かわいい声で鳴くんだなあ。」


 園ちゃんはそう言って、ピザを手に、片手であたしを抱き寄せてリビングへ。

 ああ…なんだろう…

 こんなクリスマスって…



 それから、二人でクラッカーを鳴らして。

 玄関に置いたままにしてた園ちゃんの荷物から、シャンパンも出てきて。

 それから、向こうで描いたっていうポストカードサイズの絵は、チューショーガじゃなくて、あたしにも分かりやすい景色だった。


「音にパリの景色を見せたくて。」


「…きれい。」


 園ちゃんの肩に寄り添って思う。

 写真を取るって発想は…なかったの?

 だけど、あたしに見せたい物を描いてくれたっていうのが…すごく嬉しかった。


「音…」


「ん?」


「これ…書いてくれる?」


 園ちゃんが取り出したのは…


「…婚姻届?」


「うん。もう…俺、待ってられないよ。」


「園ちゃん…」


「親には、俺から言うから。音さえよければ…一緒にパリに…」


「…園ちゃん。」


 園ちゃんの胸に飛び込む。

 ああ、あたし…あたし、結婚するんだ!!



「一緒に半年、パリに行って、その間休学って事にして…」


 ……ん?


「単位はどうなるのかな。留年って事になったら…音は辛い?」


「…半年?」


「うん。」


「…パリ、半年なの?」


「そうだよ?」


「……」


 あたし、無言で園ちゃんの上に乗る。


「…三年とか、四年とか…」


「いや?半年。」


 は ん と し。


「もう!!あたし、もっと長いって思ったから我慢できなかったのに!!」


「うわっ!!ちょ…音!!あいてててて!!」


 園ちゃんの膝に座ったまま、園ちゃんをポカスカと殴る。


「行かない。卒業までコノと一緒にいる。」


 唇を尖らせて言うと。


「えっ…俺が…耐えられないって言ってるのに?」


「園ちゃんも少しは耐えてよ。あたしのために。」


「……」


「あたし、留学の話をきいてから毎日、ずーーーっと泣いてたのよ?」


「…泣かせてごめん…」


「本当に悪いって思ってんの?」


「思ってる…ごめん。」


 キスが来て。

 ああ、やっぱこれされると…あたし、ダメだ。

 許しちゃうよ…って。



 それから…

 久しぶりに、園ちゃんとセックスをした。

 相変わらずの気持ち良さに、半年この快感を味わえないと思うと、惜しい気がした。

 でも…婚姻届を書いてしまったら…あたし達は、夫婦だ。

 どこで甘い誘惑があろうと、浮気なんかしたらそれは不倫。



「絶対、金髪に誘惑なんかされないでよ。」


 空港でそう言うと。


「俺が音しか見えてないって分かってるクセに…」


 園ちゃんの指には、あたしとお揃いの金の指輪。


「音こそ…俺がいない間に浮気するなよ?」


 園ちゃんらしからぬ言葉に……キュンとしてしまった!!


「…どうかしら。」


「絶対ダメだからな?」


 頬にキス。


「園ちゃんこそ。」


 唇にキス。


「…待ってて。」


「…待ってる。」


 ギュッ。


「…たった半年なのに…今生の別れかよ。」


「二人の世界にどっぷり過ぎて、見送り隊は目に入らないらしいな。」


 少し離れた所から、詩生しおちゃんや兄貴の声が聞こえる。

 大丈夫。

 あたし達。

 離れてても。



 コノから聞いた。

 園ちゃんが、今さら…あたしがモテる事を知って、あたふたしてる、って。

 あたしの事、見張っててくれ、って。



 バカね。

 あたし…

 こんなにも園ちゃんに夢中なのに。


 飛び立つ飛行機に手を振りながら。

 左手の薬指に光る指輪にウットリする。

 半年後。

 園ちゃんが帰ってくるまでに…


 あたし、料理の勉強して、園ちゃんを驚かせる!!



 * * *


 〇朝霧好美



「音、全然あたし達の事無視だったね。」


 あたしがそう言って善隆の腕に手を回すと。


「彼氏しか見えてなかったんだよ。」


 善隆は笑いながらそう言った。


 園ちゃんの見送りに行くって言うから、あたしと善隆も見送りに加勢したのに。

 それでも、園ちゃんはうっすら気付いてくれて、手を振ってくれたけど。

 音は全然。


 全く…

 あの指輪、誰のおかげでピッタリだと思ってんのかしら。


「ねえ、善隆。今日はこれからどうする?」


「ごめん、好美…俺、塾行かなくちゃいけないんだ。」


「…塾?」


「大学受験に向けて、猛勉強しなくちゃだよ。」


「…そっかあ…善隆、受験生だもんね。」


 なんだ。

 つまんない。

 せっかく冬休みなのに。

 あたしが唇を尖らせてると。


「推薦で合格したら、毎日会えるよ。」


「ほんとっ?じゃ、絶対推薦合格してねっ。」


 とか言いながら…

 推薦入試まで、まだだいぶあるじゃんー。って、あたしのテンションは下がり気味。

 あーあ…音みたいに遠距離でも、結婚したいなあ。


「…音はいいな…」


「え?どうして?」


「だって…結婚しちゃうんだもん。」


「あ…うん…そうだよね。でも、俺達も結婚するんだろ?」


「…いつの話?」


「え?」


「結婚、いつするの?」


「え…えーと…それは…」


「それは?」


「…大学入って…」


「入って?」


「…卒業して…」


「卒業?卒業してからなの?」


「だって、俺学生の間は無理だよ。」


「……」


「好美?」


 あたし、思い切りぶーたれた顔。


「そしたら…善隆は23歳にならなきゃ結婚しないのね?」


「大学出てすぐは無理だよ。働いてお金を貯めてから…」


「何!?じゃ、あたしに25とか26まで独身でいろって言うの!?」


「だ…ダメなの?」


「無理っ!!」


「こっ好美ぃ!!」


 あたし、善隆の腕を振り切って走り出す。

 もう!!なんなのよ!!

 25とか26とかまで独身って!!

 あたしは早く結婚して、楽しく暮らしたいのーっ!!


「待てよ!!」


 あたしに追いついた善隆が、腕を取って…怖い顔をした。


「…何よ。」


「好美は俺の事好きじゃないの?」


「…だって…」


「だって何。」


「…早く結婚したいんだもん…」


「早く結婚できるなら、相手は誰だっていいって事?」


「……」


 善隆は小さく溜息をついて。


「…分かったよ。好美がそうしたいんなら、早く結婚できる人見つけて、幸せになれば。」


「えっ。」


「じゃ。」


 まさかの展開!!


「ちょ…ちょっと!!善隆!!」


 あたし達、セックスもまだじゃない!!


 善隆、誰と童貞捨てる気よーっ!!



 * * *



「…誰?」


 大晦日。

 浅香家の玄関を開けたら、音が眉間にしわを寄せて言った。


「ひどっ…」


「嘘よ。どうしたの?何かあった?」


 あれから毎日泣いて。

 あたしの顔は、かなり酷い。



「…善隆と…別れた…」


「えっ!?何で!?」


「うっ…うう…ええ〜ん…」


「ああ、よしよし…入んなよ。」


 音はあたしの肩に手をかけて、家の中に入れてくれた。

 家の中に入ると…


「…誰かと思うぐらいブスだな。」


 リビングに、音の兄貴。


「ちょっ…彰ちゃん…コノちゃん、何かあったの?」


 音の兄貴に暴言を吐かれ、久しぶりの佳苗がそれを咎めた。

 ここにも、いつの間にか許嫁制度が確立したカップル…


「…何、佳苗、今夜泊まるの?」


「えっ!!」


 この驚き具合からして…泊まりはないな。


「ああ、泊まってけよ。」


「ええっ!?」


 彰ちゃんの言葉に、さらに驚く佳苗…何なのあんた…羨ましいぐらいの純情…


「クリスマスも会えなかったしな。」


「いっいいいいや、でも、あたし、年越しは家族でって決まってるし…」


「電話しといてやるよ。」


「いーっいい、いい!!今日は帰る!!」


「寂しい事言うなって。」


 …どう見ても、彰ちゃん遊んでるよね。

 音と目を細めてしまう。


「…ほっとこ。」


「うん…」


 あたしと音は、無言で二階に。


 音の部屋に入ると、園ちゃんからもらったのか…パリらしき景色の絵が、数枚飾ってあった。


「…チューショーガ以外も描けるんだね。」


「一応ね。」


「…いいなあ、音…」


「何が?」


 ベッドに座る。


「園ちゃん、音に夢中じゃん…結婚するなんて…羨ましい…」


 あたしの視線は、音の薬指。

 キラキラキラキラ…

 眩しくて仕方ない。


「…コノは、誰かと結婚がしたいの?それとも、王寺君と結婚したいの?」


「…わかんない…」


「困ったわね。」


「でも、善隆には…いい人見つけろって言われた…」


 あ、ダメだ。

 思い出すと泣けちゃう…


「うーん…でもあんた言ってなかったっけ。初めて同士で結婚するって。」


「…まだしてないもの…」


「はっ?」


「まだ、してないの。」


「えーっ!?クリスマスは!?」


「…しなかった…」


「……」


 音はしばらく呆然としてたけど。


「…あんた、王寺君の事大好きなんだね。」


 あたしの隣に座って、頭を撫でた。


「…そうなのかな。」


「たぶんさ、身近にいるあたしが結婚するから、すごく憧れが強くなっちゃったんだろうね。」


「…それは…ある。」


「それを王寺君はすぐに叶えてくれないから、腹が立ったんじゃない?」


「…そうかも…」


 ああ、なんて小さいって言うか。

 無謀なんだろう…あたし。

 こんなんじゃ、ふられて当然だよ…


「…帰る…」


「大丈夫なの?」


「うん…」


「仲直り、できるといいね。」


「……」


 それには返事ができなかった。


 あたしは音の家を出ると、トボトボと善隆の家の近くまで歩いた。

 未練がましいかな…

 だけど、善隆に会いたい。

 ごめんって…謝りたい。


「……」


 だけど、チャイムを押す勇気がなくて。

 あたしは数分ウロウロしたけど…結局、向きを変えて歩き始めた。

 すると…


「……」


 目を見開いた。

 善隆が…

 善隆が、女の子とキスしてる…!!

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