第4話 「また来てる。」
〇朝霧好美
「また来てる。」
事務所のロビー。
「何よ。ダメなわけ?」
「何しに来てんだよ。」
何しに来てるか?
それは…
なーんて、ちょっと言えない。
だって…この前家族で話してる時に…
「父さんと母さんて、7歳違うじゃない?それって、付き合い始めた頃って抵抗なかったの?」
あたしと
勝手に運命感じて、両親にそう問いかけてみたら…
「別に違和感はなかったけど…強いて言えば…」
父さんは小さく笑って。
「知り合った時、瑠歌は18で…」
「18で?」
「ガキだなーって思ったかな。」
「あっ、もう!!そんな事思ってたの!?」
母さんが、父さんに猫パンチ並みの暴力を振るう。
「ははっ。だっておまえ…下手くそな料理とかしてさ。本当はもっと上手いって言ったクセに、結局できなかったじゃないか。」
「そういう所も可愛いって言ってくれたじゃないー!!やだもう!!」
「…ごちそうさま。」
父さんは身内の中で一番クールな人だけど…
母さんと話してると、そのクールさもどこへやら…
まるで付き合い始めてすぐのカップルみたいな目で、見つめ合ったりする。
…そんな夫婦を目の当たりにしてるせいか、あたしの結婚相手への理想と願望はチョモランマよりもはるかに高い。
「…やっぱ、7つも違うと子供扱いかなあ…」
いつの間にか
誰にともなく、小さくつぶやくと。
「相手によるんじゃ?」
頭上から声が降って来た。
え?と思って顔を上げると…
「あっ、き…聞こえちゃいました…?」
「独り言にしては大きな声だったけど。」
「えへ…恥ずかしいですね。」
「ちょうど良かった。
「はい。今朝届いた。」
「え?」
それを手にして、紙袋の中に入ってる銀色のビニール袋を開けると…
「わあ!!コルネッツのクマ!!」
嬉しさのあまり、ギュッと抱きしめて頬ずりする。
抱きかかえるのにベストなサイズ!!
あ〜!!嬉しい!!
「ありがとうございます!!ほんっと最高!!」
クマを離してマジマジと見て、もう一度抱きしめる。
いやーん!!ふっかふか!!
「いいねえ…そうやって素直に喜ぶ女の子、おじさん大好きだよ。」
「…えっ…」
だ…大好き…?
「俺の周りは素直じゃないのとクールなのばっかりだからねー。ここまで喜んでもらえると、彼氏は嬉しいだろうね。」
ドキドキドキドキドキドキ…
か…彼氏は…
「かっ彼氏は…いないんですけど…」
「えーそうなんだ?好美ちゃん、モテそうだけど。」
笑顔。
ああ…クラクラしちゃう。
あたしは父さんが有名バンドのドラマーだし、おじいちゃんも有名なギタリストだし。
二人の兄と、兄の嫁もバンドマンだし。
事務所に来れば、いつだって有名人に会えちゃうわけで。
それでなくても、ここの事務所の人達は家族ぐるみで付き合ったりするから、出会いなんてそこら辺にいくらでもあったはずなのに。
あたしと
「あたしら、一般人と付き合うし。」
なんて、頑なになって。
事務所はおろか、家族ぐるみのお付き合いにも…ほとんど参加しなかった。
バカだ!!
あたし、大バカだ!!
それも、早乙女家の
恰好はダサくても、見た目はいいし、あたしには分からないけど、才能がある。たぶん。
いいなあ…難なくあんないい男をゲットできて…
なんであたしには、許嫁が用意されてないのよ!!
…って、僻んでもしょうがない…
そんなわけで、あたしはみんながすでに打ち解けている事務所の人達の身内にも、ちょっと何歩も引き気味。
桐生院家の
まあ、一般人狙いだったあたしの目に、止まるはずもなかったけど…
両親共に有名バンドのボーカリストで。
妹の
双子の妹の
しかも…
華道の名家の生まれ。
噂によると、展示会用に華をいける事もあるとか…着物でお客様をもてなしてるとか…
もう、チョモランマを越えたあたしの理想に近い男!!
「女子高生って、嫌いですか!?」
クマを抱きしめたまま、勝負笑顔で振り向くと…
「……」
「……」
「いや…嫌いじゃない…」
「…あなた誰。」
目線が同じ。
ぼさぼさの髪の毛。
ハッキリしない顔立ち。
…地味!!
あたしが眉間にしわを寄せたまま、見知らぬ男と見つめ合ってると。
「なんだ。おまえ、また来てんのか。」
またもや我が兄、今度は
「おっ、これが噂のクマか。可愛いじゃん。で?
「え。」
あたし、驚いた顔で二人を交互に見てしまった。
「いや、はじめましてかも。」
「あ…っ…どうも…はじめましてぇ…」
バツが悪くて、首をすくめながら挨拶。
確か…お父さんはF'sのギタリストだよね…
お母さんも、昔はシンガーだったけど、引退されたんだっけ…
そういう情報は知ってるんだけど…実際顔と一致しないんだよねー…
「そういえば
「そうだっけ。」
「あはは。相変わらず自分に興味ないなあ。あ、じゃあな、コノ。」
「あ…う、うん…」
TOEICで、すげー点。
…頭いいんだ…
そう言えば、何となく品のある顔に見える気がする。
うん…身長だって、あたしが高いから物足りなく感じるけど、実際は高い方だよね。
ぼさぼさの髪の毛も…セットすれば、カッコいいかも!!
あたしはおじいちゃんに用意してもらったパスで、二人に続いてエスカレーターに飛び乗る。
確か、あと二回は使えたかな。
そんなあたしを希世ちゃんが目を細めて見てるけど、関係ない。
はっ…さっき、女子高生嫌いじゃないって言った!!
エスカレーターが上がりきった所で…
「はっ…」
「えー、何やってんすか?」
「後ろの花が折れてたから、ちょっと位置変えてた。」
大きな花瓶に豪華に飾ってある花。
ああ…ダメだ…このギャップ、やられちゃう…
「あ、
「あ、マジで。あれ、勉強になるから楽しいんすよね。」
「おまえ、本当勉強好きだな。」
「答えがある物に関しては、ですよ。」
えっドイツ語もできるの!?
クマを抱きかかえたまま、二人のいい男を前に目をトロンとさせて。
あたしの気持ちは、クリスマスを前に忙しくてたまらなかった。
* * *
「
事務所で誰にも相手にされなくなって、仕方なくトボトボと帰ってると…知った顔発見。
あたしの声に気付いた王寺君は。
「コノちゃん…」
少し、バツが悪そう。
星高三年、生徒会長。
王寺グループの御曹司で、星高No.1の王寺善隆君。
「久しぶりね。」
以前Dで知り合って、音にモーションかけてるつもりだったんだろうけど…
あれで案外園ちゃんに入れ込んでる音には、全然響かなかったようだ。
それに、園ちゃんの個展で出くわした時、音にモーションかける理由も聞いたけど…
どうでもいい、ちっちゃい理由だなって思った。
まあ…男としては…大問題だったんだろうけど。
「…大荷物だね。」
「そ。コルネッツのクマ。」
「コルネッツのクマ?それって、どこのやつ?」
「これはアメリカの。何、王寺君コルネッツ知ってるの?」
「母が好きで、集めてるんだ。見せてもらっていい?」
「いいよ。」
舗道の端っこに寄って、あたしは紙袋の中の銀色のビニールからクマを取り出す。
「うわー、このサイズの物って、なかなか通販じゃ手に入らないんだよな。」
「えっ、詳しいね。」
「うん。どうやって手に入れたの?」
「知り合いがアメリカに行ってて、送ってもらったの。」
「そっかあ。すごいなあ。」
「王寺君のお母さんは、どんなの集めてるの?」
「うちは今は小物が多いかな。ぬいぐるみは場所取るからって、今年はティースプーンを何種類も買ってたよ。」
「えっ!!あれって限定品でしょ!?手に入ったの!?」
「母さん、基本何もしてない人だからさ。発売になる何日も前から並んでまで買ったんだ。」
「すごーい…」
王寺グループの奥様が、行列に並んでスプーン買うなんて。
女子高生と変わらない事してるなんて。
可愛いなあ。
ちょっと、お母様に親近感。
「あたし、ティースプーンの発売日は試験だったから、並べなかったのよね…」
残念そうに言うと。
「あ、見に来る?」
「え?」
「確か、叔母のも買ったのに、叔母が要らないって言ったはずだから…あるんじゃないかな…」
「本当!?」
「あー…でも違ってたらごめん。でも、そんなに好きなら、見るだけでも楽しいんじゃないかな。色んな物があるし。」
「いいいいい行く!!行っていいの!?」
「あはは。いいよ。」
王寺君はさわやかに笑うと。
「コノちゃんて、飄々としてるから、こんなに熱くなるなんて意外だなあ。」
あたしの目を見て、そう言った。
「うわああああ…」
あたし、感嘆の溜息。
王寺君の家は予想通りの大豪邸で。
それよりなにより…
お母様のコレクション部屋の素晴らしい事!!
あたしは素早くカバンから手袋を取り出した。
「……?」
不思議そうに眺める王寺君に。
「触らせてもらっていい?」
真顔で問いかけた。
「ぷっ…ははっ…うん、いいよ……ぷぷっ…」
なぜ王寺君が笑ってるのか分からなかったけど、あたしは真剣にティースプーンを手にした。
ああ…この艶…このクマの細工…
最高傑作だ…
「…コノちゃん。」
「んー?」
「あの事…誰にも言ってない…よね?」
「あの事?」
今度はキーホルダーを手にしたまま、王寺君の顔を見る。
「何?」
「…俺が…浅香さんの事…」
「ああ、童貞だから、音に手ほどきしてもらいたかったって事?」
「ばっ…そっそんな事、大きな声で…」
「別にいいじゃない。そんなの恥ずかしがらなくても。」
「…噂ばかりが独り歩きしてるからさ…ちょっと焦って…」
「あたしだって、遊んでるように思われてるけど、処女だよ?」
「えっ…?」
あぁ、このコースター…もしかして、一番古いやつ?
もう絶対手に入らないよ…こんなの…
「ど…どうして…そんな事…さらっと、俺なんかに…」
「えー?だって、つまんない事気にしてるから。」
「……」
「誰にだって、最初って物があるんだし、それが早いか遅いかなんて人には関係ないよ。」
うーん。
この砂時計、最高!!
嫌だ!!
あたし、王寺君のお母様と結婚したい!!
そう思いながら、あたしが砂時計を元に戻した所で…
「…えっ。」
いきなり、後ろから王寺君に抱きしめられた。
「…何?」
「…俺たち…付き合わない?」
「え?」
「俺…コノちゃんとは…うまくいく気がする。」
「……」
う…うーん…
正直…
王寺君は、カッコいいし、頭もいいし、運動神経も良くて優しくて…
将来有望だし、申し分ない。
でも…どこか…あたしの好みではない…気がする…んだけどー…
…王寺君と結婚したら…王寺君の母は、あたしの母。
そして…その母が大事にしてるコルネッツのクマ達…
それもいずれは…あたしの物に…?
…そう思うと…王寺君の顔が…コルネッツのクマに見えてきて…
か…可愛い…
「ねえ…王寺君…」
「何かな…」
「あたし…付き合うなら…もう、その人と結婚したいって思える人じゃないと…嫌なの。」
「…う…うん…」
「処女を捧げるって事は…そりゃあ、今時古臭いかもしれないけど…」
「…うん…」
「その人しか知らないって、あたしは、素敵だと思うのよね…」
「…うん、そうだね…」
「あたし達、お互いの初めてになって、他の誰も知らなくて、それでも一生…一緒に居られる関係になれるかなあ?」
王寺君に向き直って、とびきりの笑顔。
どう?どうよ!!
「…うん。なれる気がしてきた。コノちゃん…君…すごく可愛い…」
強引に、唇が来た。
マジ!?
もしかして、キスも初めて!?
こんなの、絶対音に言えないー!!
「あっ…あん…もう、王寺君たら…」
一応、照れてみせる。
もっとムード作れよ!!って心の中で思ってるのは、まあ…今は見せちゃダメ。
「もっと…優しいキスして?」
「えっう…うん……こんな感じ…?」
「うん…そう…いい…」
あ、ダメダメ。
これじゃ…バレちゃう。
「…コノちゃん…本当に…初めて?」
「そうよ?王寺君のために…だったのね…」
「…嬉しいよ…」
王寺君は感極まって。
「一生大事にする。もう、このまま広間に降りて、親に紹介する!!」
まだキスしかしてないって言うのに。
あたしの手を握って、広い廊下を足早に歩いた。
…あたしの初めての相手は…
紅美ちゃんの弟の、ガッくん。
体の相性が良くて、色んな事を教わった。
たぶん音は、あたしの経験人数はすごいものだと思ってるはずだけど。
あたしの相手は、ガッくんただ一人。
ただ、回数はかなり多い。
でも、お互いなかった事にしよう。って約束してるから…一生バレる事はない。
「父さん、母さん、紹介するよ。僕の彼女、朝霧好美さん。」
広間に降りると、王寺君のご両親がお茶をされてた。
王寺君の言葉に唖然とされてるお二人に、あたしはやんわりと笑いかける。
「はじめまして。朝霧好美です。王寺君と仲良くさせていただいてます。」
「できれば…結婚前提で付き合う事、許可して欲しい。」
「宜しくお願いします。」
唖然としたままのご両親を前に、王寺君は鼻息が荒い。
やれやれ、もうやることしか考えてないな?
ま、仕方ないか。
女にはモテまくってるのに、この年まで守ってたんだものね。
「あたし、王寺君の事、一生大切にします。」
そして、あのコルネッツのクマ達も。
命をかけて、大切にします♪
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