オレオレ詐欺にご用心(KAC3)

つとむュー

オレオレ詐欺にご用心

『麻美? オレオレ、オレだけど……』

 徹夜明けの午前十二時半。

 十五時までは寝れるはずだったのに無理やり着メロ起床で、私はつい電話に出てしまう。そして深く後悔。

 これって噂のオレオレ詐欺じゃん……。

 慌ててスマホを見ると、表示されているのは見知らぬ番号。

「本当に剛? 剛だったら証拠見せてよ」

 オレオレ撃退の第一歩は本人確認から。これに限る。

『なんだよ、疑り深いな。じゃあ誕生日を言うぞ。一九九二年九月十三日。ほら、本人だろ?』

 そうだっけ?

 まだ確信が持てない動揺を隠すため、私は質問を続けた。

「じゃあ今度は、もっと私達だけのこと言ってみてよ」

『例えば?』

「うーん、そうね。初エッチの場所……とか?」

 自分で言って恥ずかしくなる。言ってから気付いたけど、詐欺だったらどうすんの?

『小洗浜シーサイドホテル』

「…………」

 なんで犯人がそんなこと知ってんのよ。こんなことなら、もっとリッチなホテルにしとけば良かった。

『そろそろ本題に入っていい? 申し訳ないんだけど、ちょっと金を貸して欲しいんだ』

 キター!

 やっぱ詐欺だよ、オレオレだよ。

 私はスマホをぐっと握り直し、犯人にバレないよう身構える。

「それで、なにをやらかしたの?」

 どうせ会社の金を使ったとか、庶務の女の子を孕ませたとか言うんでしょ。後者だったら即別れるけどね。

『それがさ、ガチャ回しすぎちゃって』

 ガチャ!?

 なに、それ?

 そんなオレオレ詐欺、聞いたことがない。

 ははーん、これが新手のやり口ね。お年寄りにガチャなんて通じないもの。

「それで? お目当ては当たったの?」

『当たったんだよ! つ、ついに、あれが!』

 犯人の声が高揚する。これって演技力高すぎでしょ?

 引き込まれてはいけないと自分を戒めながら、私は訊いてみた。

「あれって?」

『約束の指輪だよ。超レアアイテムの!』

「えっ、マジ!?」

 それは私と剛がハマっているスマホゲームのアイテムだった。

 主人公がその指輪を付けると、すべての能力が二割増しになるという超お宝。当然、ガチャで当たる確率もかなり低く、噂では◯・◯一パーセントと言われている。

 特筆すべきは、約束の指輪は二個で一セットということ。当たった人は、他のプレーヤーに片方をプレゼントすることができる。

『約束の指輪が出るまで相当お金を注ぎ込んじゃって』

 そりゃ、そうでしょ。それだけレアなんだから。

 まあ、間違いなく十万は行ってるね。まさか百万超えとか?

「どれくらい注ぎ込んだのよ?」

『五十万』

 ご、五十万!?

 そ、それだけで当たったの?

 すごいじゃない。

 約束の指輪を当てるのに、二百万、三百万かけたという話を方々から聞いている。それがたった五十万で自分のものになるなら……と言おうとして、私ははっと我に返った。

 まんまと犯人に乗せられるところだった。

 それにしてもこの価格設定は上手い。

 二百万や三百万のところが五十万と言われたら、つい払ってしまうだろう。

 これがオレオレ詐欺のやり口なのね。今までずっと「なんで騙されるんだろう? 騙される人が悪い」と思っていたけど、これなら仕方がないと納得。

 冷静になった私は、ひとまず話題を変えることにした。

「そんな、いきなり五十万って言われてもね。それより、今日はなんで自分のスマホじゃないの?」

 ほらほら、何か言ってみなさいよ。どんな言い訳をするんだか。

『それがさ、スマホを無くしちゃって、どこに落としたのかわかんないんだよ』

 なによ、その月並みな回答は。

『公衆電話からスマホに掛けてるんだけど圏外って言われるんだよ。無くしたのに気付いてすぐに掛けたんだけど。どっかに落として壊れちゃったんじゃないのかな……』

 それって……、かなりマズイんじゃない?

「ちょっと、なにそれ? 約束の指輪はどうなるの?」

『引き継ぎコードなんて発行してないから、もうダメかもな。せっかく当たったってのに……。あーあ、ガチャの金だけ支払うなんてバカみたいだよ』

 本当にバカだよ、全く!

 じゃなかった、詐欺なのにそんなシナリオでいいの? これじゃ払う気無くすじゃない。

『だからさ、お金はスマホが見つかった時でいいよ。そしたら約束の指輪の片方を麻美にあげるからさ』

「うん、わかった」

 こんな風に答えると犯人に同情するようで嫌なんだけど、心底落胆した声を聞いていたらそう言うしかなかった。

『あとさ、無くしたスマホなんだけど、ケースに麻美のケータイ番号書いてたんだ。忘れないようにって。だから、拾った人から麻美に電話が掛かってくるかもしれないからよろしくな』

「うん。早く見つかるといいね」

『ああ。じゃあ、また』

 もしかしたら、今の電話は本物の剛からだったかもしれない。

 試しに私も剛のスマホに電話してみた。すると、先程の話の通り圏外のアナウンスが流れるだけ。

 だったら、もっと優しくしてあげればよかったのかな……。

 しかし、そんな私の幻想を打ち破るような電話が、十分後に掛かってきた。


『もしもし、こちらはエムティーティー小洗浜の者ですが、ちょっとお聞きしたいことがありまして……』

 それは、電話会社を名乗る電話。

「はあ、何でしょう?」

『実は、貴女様の電話番号が書かれているスマホが当店に届けられまして』

 えっ、それって剛のスマホってこと?

 良かった、約束の指輪が戻って来た。

『お心当たりはありますでしょうか?』

「あります。きっと、知人の田中剛のスマホです」

『ありがとうございます。これで確認が取れました』

 すると丁寧だった店員の口調が、だんだんと険しさを帯びてくる。

『貴女様は、田中様の連帯保証人である橘麻美様ですね?』

 えっ? 何で?

 何で電話会社の店員が私の名前を知ってんの?

 それに連帯保証人って何?

『失礼とは思いましたが、貴女様の電話番号をこちらで調べさせていただきました。以前、田中様と一緒に機種変更されてますね?』

 そういうこと?

『実は田中様には延滞金が五十万円ほどありまして、その支払期限が今日なんです』

 私ははっとした。

 先程の電話と今の電話、内容が繋がった。五十万という単語で。

 これは詐欺だ。間違いなく詐欺だ。それも噂の劇場型ってやつ。

 私は一呼吸置いて、電話会社を名乗る男に尋ねる。

「それで私にどうしろと?」

『急な話で恐縮ですが、連帯保証人として五十万を支払っていただきます』

 本来ならこの時点で電話を切るべきよね。でもこれは犯罪、警察に通報しなくてはいけない。

『今から三十分後の十三時半に橘様のご自宅に伺いますので、お金をご用意下さい』

 わざわざ来るって言うの? それなら警察に捕まえてもらいましょうよ。

「分かりました。お金を用意してお待ちしております」

『ありがとうございます。私、鈴木が参りますので、よろしくお願いいたします』

 そして電話は切れた。

 ていうか、この人、本当に私のアパートの場所が分かっているの?

 本物の電話会社の人なら登録情報からわかるかもしれない。でも、それは個人情報の乱用だし、詐欺グループが私のアパートを見張っているならもっと恐い。

 私は急いで警察に電話しようとした――刹那、逆に警察から電話が掛かってきた。

『もしもし、こちらは小洗浜署の者ですが、ちょっと伺いたいことがありまして』

 なんというタイミング! 正に渡りに船。

「どういうご用件でしょう?」

『先程、小洗浜署の方へスマホの落し物が届けられまして、そのケースにこちらの電話番号が記されていたもので』

 同じスマホがこの世に二台!?

 なことあるわけない。やっぱり電話会社の方が嘘だったんだ。

「それ、私の知人のものです。それでさっき、そのスマホを人質にお金を要求する電話があったんです!」

『それはキナ臭いですね。詳しくお話を伺わせていただけないでしょうか?』

 私は説明する。スマホの紛失を知った経緯を。そして三十分後に訪問するであろう鈴木という人物のことを。

『おそらく詐欺グループの一員ですね。ただの雇われ受け子かもしれませんが』

「とにかく来てください。一員だろうが下っ端だろうが、見知らぬ男がやって来るんです。うちはボロアパートでセキュリティも無いし、恐くて死にそうです、お願いします!」

『分かりました。今から向かいますので、どうか安全なところで待機をお願いします』

 私はすぐさま玄関の鍵の確認をして、家中のカーテンを引く。そして部屋の真ん中で頭から布団を被った。

 どこかに出掛けるという選択肢もあったが、すでに詐欺グループに監視されている可能性がある。それなら一歩も動かない方がいい。

 そして三十分後。

 アパートの玄関の呼び鈴と鈴木を名乗る男の声。直後に玄関外で怒号が飛び交い、バタバタと人が暴れる音がした。

 再び静けさが訪れて十分くらいすると、ノックと共に呼び鈴が鳴る。恐る恐る玄関の覗き窓に瞳を寄せると、玄関前に立つ若い警官が見えた。

『橘さん。犯人は捕まえましたのでもう安全ですよ』

 よかった……。

 これで一安心だ。

 私は警官に一言お礼を言おうと玄関を開ける。すると――

「あなたも逮捕します」

 驚くべき言葉と共に私は警官に手を掴まれた。

「えっ、何で? 私、何も悪いことしてないのに。痛たたた、薬指を掴まないでよ。指に粘土なんて当ててどうすんの? 逮捕しないで! 私、何もしてないのに……」



 三日後。

「で? 私の指のサイズを測るためだけに、あれだけの大芝居を打ったってこと? あの時、本当に恐かったんだからね。マジで、冗談抜きで!」

 私は剛を問い詰めていた。

「ゴメン、本当にゴメン。でも、ほら、そのおかげで君の指にぴったりだろ?」

 左の薬指はキラキラと光っている。約束の指輪(エンゲージリング)のダイヤモンドの輝きで。

「それにしても、あんたの友達はみんな暇人ね」

「まあ、そう怒るなって。俺だってこの指輪のために五十万も溶かしたんだからさ」

「だから溶かすって言うな! このバカっ!! デリカシーなし!!!」

 もう二度と私を泣かしたら承知しないんだからね。

 ポカポカ叩くふりして、私は剛の胸に飛び込んだ。

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