殺殺武運

 そんな他愛もないやりとりが行われ、約束の8月10日午前10時、お弁当のハッシーの店先で学生服姿の桜花とTシャツの和明が出会い、暑いねと短い挨拶を交わした所だった。自転車がある。霧江はもう到着しているようだ。

 桜花はうちわのようなものをカバンから両手で取り出し、近くにあった街灯に六角レンチを使って挟み込む。そして和明に方向を向けた。この間無言。

 ほどなくして、和明の顔の汗が瞬時に吹き飛ぶほどのすさまじい風が吹きつけた。


「如月さん、それはまた新たな…」

「うん、発明品。これでも出力弱くしてるから」

「いだだだだ。小石が。扇風機ではダメなの」

「風情がちょっとね」


 ここまでの暴風を送ってくる機械に風情もへったくれもあるのかと和明は思うが、もちろんそれを口にすることはない。盲目的な賛同者である。しかし心の中で桜花を讃えている間にも、息苦しいほどの熱風が顔面に吹き付け続けている。


「それにこの『コロコロブーン』は」

「待って」

「漢字で書くともちろん殺殺なんだけど。後半は風が吹く効果音のブーンと、武運と、ぶん殴るのぶん」

「やめ」

「最大出力なら、キャスターがついていればなんと200キロ越えの物体をも」

「とめ」


 地面にひざまずくことにより、和明は暴風から逃れた。横暴にも等しい扱いは、残念ながら怒りよりも興奮を呼び起こしている。当然そのことはおくびにも出さずに抗議の声を上げた。


「そ、それはもしや人を殺せるやつでは」

「ネーミングからお察しの通りよ。これの最大のポイントは推進力にあるんだけど、どう使うかはそのうち、気が向いたら教えてあげる」


 桜花はスタイリッシュに髪をかきあげながら言った。反省していることをごまかしているのか、和明を人と思っていないのかは判別がつかない。

 するりとお弁当のハッシーの扉が開き、佐藤霧江が姿を表した。


「あんた今、小野君にひどいことしてなかった? してたよね?」

「直接人に向けなければなんてことはないたたたた」

「小野君、大丈夫? 怪我ない?」


 桜花は毎度のように手をひねり上げられながら、和明に片目をパチパチとしばたいた。ウインクしているようだ。


 「和明を痛くして霧江に心配させる」 


 そして二人の仲を進展させようとする桜花の策略だったのだろうが、恋の矢印が桜花にしか向いていない和明にとって、何一つ意味がわからない行いであった。むしろ下手くそなウインクを目の当たりにしたことにより、桜花に対する恋心が激しく燃え盛ってしまっている。

 話がこんがらがる最大の要因は、桜花が発揮する雑で一方通行な優しさだった。


「痛くて熱かったけど大丈夫。佐藤さんありがとう」

「あ、いえ。そんな。本当にこの娘はいつもいつも……」

「いたたたた。離して、この妖怪手首ひねりメガネ」


 ぎゃあという桜花の悲鳴を満足そうに聞いた和明は、二人をうながし、お弁当のハッシーの扉を開けた。

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