時給3,500円

 昼食前の繁華街は多くの人で賑わっていた。歩行者天国になっているメイン通りを、三人はゆっくりと歩く。往路は東側を、復路は西側を観察していれば、アルバイト募集の張り紙は何枚も見つかるだろう。

 和明はコンビニや和菓子店の窓に、いくつかの求人チラシを見つけた。県の定めた最低時給のラインから少しも外れていない。


「如月さんは基本的に時給の高いところを探してるんだよね」

「うん、まずは時給。次にしんどくなさそうなところ」

「佐藤さんはどういうの探してるの?」


 前を行く霧江がビクッと立ち止まる。


「はい! えっと、楽そうなのを……」

「佐藤さんなら家庭教師とかできそうだけど」

「わあ、すごい愚問だね」


 桜花が口をはさんだ。


「あはは、まだ高校生なので家庭教師は無理だと思いますよ」

「ほら、霧江も苦笑いしてる」


 袋叩きにあった気分に和明は陥った。

 それにしても今日はよく桜花に責められる。それ、実に良いものだなと、気持ち悪い生き物と化してしまった和明はうつむいてニヤニヤしていた。

 ふと桜花が立ち止まり、カバンに手をかざす。


「まただ。フフフ、おエモり大活躍。カバン越しに振動が伝わってくる。誰ですか緊張しているのは。他言しないから名乗り出なさい」

「そう言われたら名乗り出づらいと思わない? 機械のことはともかく、少しは人の心を考えなさいよ」

「ということは霧江ね。さっきから緊張しっぱなしなのは」


 霧江が桜花の頬をつねりあげた。和明は痛がる桜花の様子を見て、薄々気づきつつあったことが確信に近づくのを感じた。


「如月桜花は実はポンコツなのではないか」


 という残念な確信にである。

 しかしポンコツであろうがなかろうが、桜花に恋心を抱いていることに揺らぎはない。むしろダメな点が見えた方がポイントが追加される。加算方式の和明の恋愛集計棒グラフはにょきにょきと伸び続けた。

 時計を見るとそろそろ13時。ハンバーガーショップで昼食を摂ることにした。


「目星はついてきました。和菓子屋さんのカウンターなんかいいかなって。小野君は何かありました?」

「見ていた限りでは、コンビニなんかどうかなあって。時給低いけど」

「そうですか。小野君、縦縞の制服似合いそうですもんね。青と白の。桜花はなにかあった?」


 桜花は無言だった。激しくうねり続けるおエモりの状況を確認しているようだ。

 霧江も無言で桜花の手を取り、手首を極めた。いたたたと悲鳴を上げた桜花は的外れの批判を口にする。


「いたたた、ていうか誰のせいでおエモりがうねり続けていると思っていたたた」

「それは今、どうしてもやらなければならないこと?」

「モニタリングと検証はなくてはならないいたたたた」


 笑顔の霧江は、手首をひねり続ける。桜花が悶絶するさまをもう少し眺め続けていたかった和明だが、ここは割って入った方が高感度が上がりそうだと狡猾に判断し、まあまあとか言いながら霧江の肩に手をかけた。霧江は慌てたように手を離す。


「如月さんは、発明が好きなの?」

「発明が好きなわけないじゃない。わ、電池切れた。激しくうねりすぎたか……」

「あ、そうなんだ。発明することが好きなんだと思ってた」

「ぜんぜん。私が望むのは発明品によりもたらされる利益と成果。あくまで手段よ」

「利益はわかるけど、成果ってなに?」

「人をぶっとばせるような成果」


 何が何だかよく分からなかったが、深入りするのはまだ早いと和明は察した。桜花は黙々とおエモりの電池を入れ替えている。霧江が時計を見てため息をついた。


「私、そろそろ帰らなきゃ」

「あ、塾?」

「うん予備校」


 桜花と霧江の、今後に対するスタンスの差異を感じさせる会話を聴きながら和明は考えた。高校2年ともなれば予備校に行くのは普通であるが、勉学を優先しているような霧江に、アルバイトをする時間はあるのだろうか。

 人のことに首をつっこんでも仕方ないので、和明は霧江に別れを告げた。


「じゃあ佐藤さん、また明日。予備校がんばってね」

「はい、またよろしくおねがいします」


 霧江は頭を下げ名残惜しげに帰っていった。

 桜花は霧江の姿が見えなくなるまで手を振り、さて、と言った。


「さっきこんなチラシ配ってたの。まさしくうってつけ。」

「お、時給3500円! 職種は……あっ」

「女子なら大丈夫で、座ってできる。いうことなし。しかも18時からだから、学校終わってからのんびり行ける」

「いやその……あっ」


 チラシには時給よりも遥かに小さい文字でこう書いてあった。


「女子ならカラダで稼げ!」


 和明はギリギリのところで理性を保つ。

「如月さん、これはそのダメ」

「なんで? 18時は塾だろうから霧江には言わなかったんだけど。とにかく18時になったら一度現場を見てみるよ」


 これが、夜の繁華街で起きた出来事のきっかけだった。

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