日曜日の11時、駅の北口
日曜日。待ち合わせ場所の駅北口。
約束の11時よりも30分早く到着した和明は、またも気持ち悪い生き物になっていた。
まずヘアピンである。じゃまになるほどの長さの髪でもないのにヘアピン。
そして黒いYシャツに黒いジーンズ、黒のスニーカーという忍びスタイル。
極めつけが復活したシルバーネックレス。黒のYシャツに3,260円のこいつはさぞ映えるだろうという、かなりわけのわからない理屈のたまものである。
そんな思春期こじらせ系ファッションモンスターが20分近く、時折体を軽くくねらせながら桜花の到着を今か今かと待ちわびていた。
「おはよう、今日、よろしくね」
10時50分。軽い挨拶とともに学生服姿の桜花が現れた。
「真っ黒だね。遠目からみたら全身黒タイツかと思ったよ」
「え」
「それか備長炭」
ストレートの剛速球がど真ん中に決まり、和明は後ずさった。まさか自分がおしゃれだと思っていた黒一色が、お笑い芸人どころか、燃料用品扱いされるとは。しかしまだ、おれにはこの胸元を飾るシルバーネックレスが。
「あまり言いたくないけど、そのネックレスはなんというか、おじさんくさいと思う」
和明はネックレスをズボンのポケットに入れた。どこかのゴミ箱に捨ててしまおう。
しかし、今日の桜花は普段よりも饒舌なように感じられた。
和明は妄想する。如月さんは上機嫌なのかもしれない。
なぜ上機嫌なのかというと、今日が楽しみだからであると想像できる。
なぜ楽しみかと言うと、二人で街を見て回るからではないだろうか。
二人で歩くというのは、すなわちこれデートと呼ばれるものである。
そしてこの状況は、はたから見ればデートと呼ばれる行動以外の何物ではない。加えて、デートというものは恋人がするものである。
気の利いた一言を放とうと和明が口を開くわずか前、女の子が桜花に話しかけていた。
「ごめん桜花、ちょっと遅れた。ふたりとも早いね」
「おはよう霧江。時間通りだから大丈夫だよ」
現れたのは、同じく学生服姿の佐藤霧江だった。
「あ、そうか、小野君に言ってなかった、霧江も来るって。ごめんね二人とも。どうしたの小野君、口、開いてるよ」
「僕は、全然、問題ないです。あ、佐藤さん、ですよね。小野と言います」
「はい、ほぼはじめましてですよね。佐藤霧江です。一緒にアルバイト探していいですか?」
霧江は丁寧に頭を下げた。眼鏡がずり落ちそうになる。
和明は、これが学年屈指の秀才とうたわれる佐藤さんかと軽く身構える。教室の後ろの方で桜花と霧江、そして橋田恵美の三人がよく集まっていることを思い出した。
「わあ」
桜花がすっとんきょうな声を上げた。胸ポケットから何かを取り出す。それは神社で売っているお守りのように見えた。だが、普通お守りは、ウオンウオンと低い機械音をたてたり、ぐねりぐねりとのたうったりはしない。
「ん! 強い緊張感を持った人がこの中にいるよ!」
「如月さんなにそれ。いやそれなに。なんなの」
「周囲3メートルにいる人の感情を、動きと音と形で表すお守り。もちろん私の発明。名付けて『おエモり』。もちろん感情つまりエモーショナルとお守りをかけているんだけど、怒りや緊張、楽しいとか悲しい気持ちを察知すると、形状が変化するの。音も鳴るけど、大きさは3段階に調節可能で……」
桜花は説明を続けている。発明した機械の解説をする時、タガが外れるのはいつものことだった。
しかしカクトワ・カールにせよ、このお守りみたいな形状の、気持ち悪い動きをする何かしらのものにせよ、桜花のネーミングセンスは贔屓目に見ても発酵していた。普通に見ると腐っている。
そもそもそのおエモりが何の役に立つのか、どんな場面で使うのか。和明には想像がつかない。
「それ、何の役に立つの? 使える場面とか状況が想像できないんだけど」
霧江が桜花の説明を遮り、和明が感じていた疑問をそのまま口にした。なおもおエモりは桜花の手の平の上でウオンウオンうなりながらぐねぐねとのたうち回っている。
桜花はあごに親指を当てながら答えた。
「……役に立つ? ば……めん? ……じょう……きょう?」
「小野君、そろそろ行きましょうか」
「ちょっと待って。話すと長くなるけど、これはえーと例えば小学校のクラスの学級裁判とか、どこかの国の弾劾裁判とかで、頭の上に置いておくとか。あと実はこれパーツの一つで」
「行きましょう。時間がもったいないです」
霧江は和明を促し、先に歩き出した。遅れた形で桜花も後を追う。おエモりの振動は収まり、普通のお守りになっていた。桜花は首を傾げたが、それをカバンにしまい、二人の後を追った。
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