小野君は暴走する

 昼食が終わり、各自次の授業の準備をする。

 和明が自分の席に戻ると、まだ恵美が座り、桜花と話し込んでいた。


「だからね、食事代くらいは残しておかないとダメ。大人になってから大変だよ?」

「はい、わかりました。ごちそうさまです。生きるためにがんばります」

「地道にお金貯めないと知らないよ、本当に」

「な、何の話してるの?」


 和明はさりげない感じを装うことに失敗しつつ、恵美に話しかけた。


「あ、ごめんね小野君、邪魔だよね」

「大丈夫だけど……。なんかシリアスな会話が聴こえたので」

「あ、この子が発明品にお金をかけすぎるって怒ってたの。昨日もスマホがあれば事足りるものをさあ」

「カクトワ・カール、いいよね!」


 恋する者は盲目であるし、愛する者はいつも絶対的な賛同者である。和明はここぞとばかりに喰い付いた。


「ロマンがあるし、なんかすごいし、子供にも人気出そう。なんかすごいロマンがあるし、子供に持たせたらブームになるかもだしすごいロマンがあるよね」


 スマホ1つで事足りると感じている無用の発明品、カクトワ・カールへの賛美を焦るあまり、語彙が死に絶えていることに和明は気づいていない。

 だがつたなすぎる称賛を受けた桜花は、はたと手を打った。


「子供向け! それいいかも!」


 言うなりノートを開き、何かを書き進める。恵美は和明を見やり、ため息をついた。


「あとお願いね。こうなるとこの子、授業も聞かないから」


 授業が終わった。桜花は一度もノートから顔を上げることがなかった。その体勢は放課後まで続いた。居残る桜花と、帰りたくない和明だけが教室に取り残された。

 さすがに疲れたか、桜花が顔を上げる。そのタイミングに和明は話しかけた。


「如月さん、あの、昨日はごめん」

「ん? ああ昨日の。仕方ないよ。分かってくれない人は分かってくれないし、分かってくれる人は分かってくれるということは分かっているんだけどな」


 桜花は禅問答のようなことを言ったが、長い時間集中していたせいで運動性言語中枢が回転していないだけである。


「よく言われるよ。恵美、えっと橋田さんね。彼女もよく私を叱るの。それだけお世話になっちゃってるんだけど、いつかこのご恩に必ず報いるよ」


 急に繰り出される大時代めいた物言いに、和明は胸が締め付けられる。かわいい顔から繰り出される、いかつい言葉とのギャップが狂おしく愛らしい。もっと話がしたい。何か共通の話題はないだろうか。

 和明は先程の恵美との会話を振り返り、そこから話題を広げる試みに出た。


「そういえば如月さん、お金な、いや、アルバイト探してるの?」

「うん、時給のいいやつ。どうしても機械を作るのにお金はかかるし」

「僕も探してるんだけど、今度市街で一緒に探さない?」


 流れで言ってから和明は気づいた。

 おれ今、アホみたいに攻めてる。嫌がられたらどうしようもないじゃん。これだから女に慣れてない奴は。ご先祖様ごめんなさい、などなど自分を責めていると、返答があった。


「いいよ。雰囲気もわかるからネットで探すよりいいかもね。時給高くてもきっつい所だとやだし。で、いつにしようか」

「こここ今度の日曜日とか。じゅじゅ11時くらいでどうかな」

「じゃあそうしよう。11時、駅の北口にて。あ、そろそろ帰らなきゃ」


 別れの挨拶をして桜花は帰った。夕焼けで赤く染まった教室に一人残された和明は、更に赤くなった顔をしながら直立していた。

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