恋と書いたらストレンジ

 授業終了後、和明は意を決して、メガネケース状のものを持った桜花に話しかける。


「き、如月さん、それ、なんですか」

「別に」


 にべもないとはこのことだった。

 桜花は横目で和明をにらみつけ、そっけなく続ける。


「どうせ大したものじゃないですよ」


 なぜかは分からないが、かなり警戒されている。和明は慌てる以外の反応を持たない。


「ごめん。なんかすごい面白そうなものだったので……つい……」

「今、なんて?」


 言いながら桜花は件のカクトワ・カールVer.2をコリコリとひねった。ノートに「面白い」と書く。するとカクトワから再び声が流れてきた。

「ユニーク、個性的である様。楽しい様子」


 和明はここが好機と攻め込んだ。

「なにそれ、どこで売ってるの?」

「売ってないけど。作ったから」

「誰が?」

「私が」


 スマホがあれば十分じゃないかと思ったが、和明の心がその言葉を回避した。


「それはどういうものか聞いてもいい?」


 桜花は笑顔になった。


「あ、うん、まず項目が現代文、古文、英語、日本史、世界史ってあって、まずそこにダイヤルを合わせるのね。こうコリコリっと。手前側にしか回転しないんだけど。で、知りたい項目に合わせてから2秒以内に紙に書くと、あ、単語ね、文章は無理。ペン先のジャイロシステムが作動して何を書いたのか判断して、書いた内容の意味を録音した音声で教えてくれるの。さっきの例で言うと、古文に項目を合わせたあとすぐに2月って書いたら答えを教えてくれるわけ。あは、もちろん音声は自分で録音。照れる。あはは。画数が多い魚編の漢字とかはしばしば誤認するのがむずかしいところ。恋と変とかもごっちゃになって、こないだダイヤルを英語に合わせて恋って書いたら『ストレンジ』って言ってた。これは内緒だけどカンニング用に作ったのね。けど音量が変えられないし、何よりペンにしては大きいから実用的じゃないかなあって」


 笑顔のまま一息に下手な説明をした。

 気をまるごと呑まれたが、和明はさらなる好機を逃さなかった。なんとか会話をつなごうと真顔で全力を振り絞る。


「す、すごいなあ。ジャイロってなんかこう、クルクル回るやつだよね。縦とか横とか斜めとかに。まさかそれを如月さんが作ったの?」

「うん、試作第一号。なんだかんだですごくお金もかかったけど、自分の行いに悔いはないよ。

 霧江も恵美も『スマホで十分じゃん』とか言うけど、それ言われると憤懣やるかたない」


 桜花の口調がところどころ武士のような言葉になり、和明の心に突き刺さる。NGワードを回避しつつ穴だらけになった自分の心に和明は感謝を捧げた。


「あ、佐藤さんと橋田さんだっけか。けど如月さん、勉強できるんじゃなかったっけ」

「ええと、私は必要ないけど、売れたりするかなって」

「そっか。けど、最初僕がそれなにって聞いた時、如月さん怒ってなかった?」

「うん。内心また『スマホでいいじゃん』ってせせら笑われるのかと思って。本当にその言葉、甚だ遺憾。けど興味もってくれたみたいだし、ちゃんと説明しようって。小野君はいい人だね」


 和明は顔を逸らした。誰がどう見ても赤い。しかし何とかしてつかんだ会話の機会を手放せない。


「そ、それが小型化したら需要あると思うんだけど。あと音声じゃなくてペンの胴体に文字が浮かぶとか」

「あ、そうか。有機ELを埋め込めばいいんだ。それで小型化したら売れるかな?」

「多分」

 倫理的にどうかと思うけど、とは言えなかった。


「1本21万円くらいなら採算があうんだけどな」

 和明は無言でのけぞった。


「ん? どうしたの?」

「いや腰が」


 音声が出るカンニング用の機械を発明するあたりから、桜花の倫理観が自分のものとは大いに異なっていることに和明は気づいたが、経済感覚にも大きな隔たりがあると感じた。


「売れないと今月もしんどいな……バイト増やそう……」

「如月さん、バイトやってるの?」

「うん、お金ないとこういうの作れないから……」


 何のバイトしてるのと聞こうとした時、和明の友人佐久間が割り込んできた。桜花の手にあるカクトワ・カールVer.2を見つける。


「和明、帰ろう。あれなにそれ」


 和明は一通りの説明をした。佐久間はふーんと聞いた後に


「ならスマホでよくね?」


 と笑った。

 桜花は無言で立ち上がる。


「私帰るね。小野君、ネックレス似合ってないよ」


 桜花は激怒しているようだった。足音を立てて教室を出ていく。和明は何も言えずに後ろ姿を見送り、何の罪もない佐久間の腿に膝蹴りを見舞った。


 帰宅後、和明は机の中にネックレスを放り込んだ。

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