如月さんと小野君
春を彩る薄桃色の花びらが校庭を鮮やかに染め出す頃のこと。
窓際の席で、
その様子を、隣の席で気付かれないように見つめる
クラス替えで隣の席になってからというものの、気づけば彼女の姿を目で追い、桜の花びらを見れば彼女を連想してしまう。寒い2月でも、如月という彼女の名に包まれていると思えばなんということはなかった。
恋する年頃の男子が奥ゆかしすぎる場合、たいてい少し気持ち悪い生き物になってしまうが、和明はこの休み時間の間にも、誰知らず深刻かつ順調に、すごく気持ち悪い生き物へと変貌を遂げつつある。おととい通販で買った、全く似合っていないシルバーのネックレスを、少しだけ見えるようにシャツのボタンを外している辺りからもそれは伺えた。
だがなんとかしたいと思ってもきっかけすらつかめない。隣の席だけど接点がない。用もないのに話しかける度胸がない。悶々とした、文字通りに青い春を、日々消費しているのであった。
休み時間終了を告げるチャイムが鳴った。次の時間は古文。
和明にとって、昼食後の最も眠い時間に、昔の人間の日記を読み解くという悪趣味な授業は最大の難関だった。
「『二月つごもりごろに 風いたう吹きて 空いみじう黒きに 雪少しうち散りたるほど』。
現代訳すると「二月の下旬ごろに風がとても吹いて、空がたいそう暗く、雪が少し舞い散っているとき」となりますね。
さて、2月を旧暦でなんと言うでしょうか。じゃあ如月さん……の隣の小野君」
教師は半ばウトウトしていた小野を指した。
は、はいとモゴモゴ言いながら立ち上がる。質問を聴いていなかった。
「えっと、わかりません」
寝ていたので聴いてませんでした、もう一度お願いしますと言う度胸はない。
教師はもう一度言った。
「如月さんの横の小野くん、2月は旧暦でなんて言うでしょう? 大ヒント付きですよ」
知ってる。おれそれ大好きだから知ってる。それ、この世界で一番好きな月と、和明は絶叫しそうになった。
「き、如月さんです」
「正解、如月です」
教師は無視をしてくれたが、クラス中が沈黙の笑いに包まれたのを和明は感じた。
ふと如月の方を見る。彼女は、切先にペン先のついたメガネケースのようなものをコリコリと回転させ、それでノートに2月と書いた。するとボールペンから「きさらぎ」という小さな声が流れた。
「なにそれ」
反射的に和明は桜花に小声で話しかける。
桜花は眉間にシワを寄せ、和明を訝しげに見つめた。
「あ、ごめん」
思わず和明は謝る。
なぜかは分からないが警戒、もしくは嫌われている。和明にとってはそれだけで号泣するに十分な理由だったが、桜花からは予想を越える答えが返ってきた。
「カクトワ・カールVer.2だけど」
「ん?」
「だから、カクトワ・カールVer.2」
もう一度聴き返したい気持ちを抑え、和明は授業を聴いているふりを貫いた。
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